小田和正『あの日 あの時』特集  vol. 5

Interview

KAZUMASA ODA TOUR 2016 “君住む街へ” バンドメンバーインタビューPart.1:栗尾直樹

KAZUMASA ODA TOUR 2016 “君住む街へ” バンドメンバーインタビューPart.1:栗尾直樹

 4月30日に静岡でスタ-トした小田のツアー。各地で様々なドラマを生み、首都圏初となる「さいたまスーパーアリーナ」へと駒を進めた。その二日目である6月15日。梅雨入りはすれど、雨の少ない気候の中、新宿から会場を目指す。今日はこのツアーを支える「Far East Club Band」のキーボード、栗尾直樹に話を訊く予定だ。
倉庫の入口を思わせる鉄の扉を入ると、いきなり小田の歌声が耳に届いた。リハーサル真っ最中のようだ。楽屋通路から巨大な暗幕で仕切られた向こうは1階のアリ-ナ席。もちろんまだガランとしていて、辺りは暗く、観客はいない。ただ、ステージには出演者全員が揃い、そこだけポッカリ色彩豊かな照明に浮かび、音楽という夢を運ぶ宇宙母船のようにも見える。
ツアーは進み、季節は巡り、セットリストも少し、変更されているようである。リハが終了し、小田が僕の目の前を通り、自分の楽屋へ戻っていく。 指定の部屋で栗尾を待つ。リハーサルを終えた彼が、笑顔で部屋に入ってきた。ではさっそくインタビュー。いやその前に、ちょっとしたプロフィールを…。

彼は大阪の出身で、“初ステージ”は3歳の時のピアノ発表会。場所は毎日大阪会館内の「毎日ホール」(現在は閉鎖)だった。その後、鍵盤よりギターに興味を持ち、ツェッペリンなど、ハードロックに傾倒するも、周囲に自分より上手な連中がいたため挫折。親が厳格だったため、このまま高校から大学受験、そして就職と、音楽を生業にするとは夢にも思わず、十代の日々を送る。
大学受験とともに上京。一人暮らしを始める。親元を離れた自由さのなか、高校時代の音楽仲間の誘いもあり、都内のクラブで演奏のアルバイトを始める。昼夜逆転の生活。熱心に見つめたのは大学のテキストではなく譜面。やがて活動の場所は、米軍キャンプへと広がっていく。
その後、トランペット奏者の武田和美の紹介で、「マイ・ラグジュアリー・ナイト」などのヒットで知られるジャズ~ポップス歌手・しばたはつみのバンドでの活動を始め、彼女のバンドのギタリストがサックス奏者の園山光博と知り合いだったことから、オフコースを解散し、新たにソロ活動を始めた小田和正のツアー・メンバー募集の話を知り、オーディションを受けることになる。見事合格。ただ、栗尾は当時、オフコ-スや小田のことを詳しく知っていたわけではなかったという。

取材・文 / 小貫信昭 撮影 / 菊地英二


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のちにFAR EAST CLUB BAND となるメンバーは、オーディションで集められたんですね。

栗尾 課題曲がふたつあって、「それをスタジオで演奏するので来てくれ」というのが最初なんです。でも課題曲、なんだっけなぁ? 「夜の行方」と、もう1曲は忘れちゃったんですけど。

『K.ODA』のなかの曲ですよね。なぜあの曲が課題曲だったんでしょうね。

栗尾 よく分からないけど、当時で言うところの“80年代サウンドの象徴的な曲”ということだったんじゃないですかね。あれ、ギターはダン・ハフですよね。

調べましたところ、小田さんのロス録音、ダン・ハフ(G)、デヴィッド・ハンゲイト(B)、ロビー・ブキャナン(Key)、ジェフ・ポ-カロ(D)、といったメンバーだったようで。

栗尾 僕はただ、オーディションを受けに行っただけなので、その時、何人に声が掛かって、とか、そのあたりの事情は知らないんです。で、集まったメンバーでふたつのツア-をやって、そのあと、園山さんが“もっと大人のバンドにしたい”と小田さんに提案したみたいで、メンツが変わったんですけど。

現在の他のメンバ-には、それぞれ伺うとして、栗尾さんは当時、どんな姿勢でツアーに臨んだんですか。

栗尾 正直なところ、言われたことをやるのに精一杯でした。“この曲の意味は?”とか、そこまで考えてなかった(笑)。あと、最初の頃は小田さんに、“音数、多いな”って言われてましたね。ついついミュージシャンは速弾きとか、“こんなアプローチもできますよ”みたいなことを見せたがるもので、だから当時は、曲を断片的にしか見てなかったということでしょうね。一番大切なのは“適切なところに適切な音が鳴っている”ことで、でも若い頃は、それが分からなかった。40過ぎてからじゃないですかね? 音楽を音楽として、全体で捉えられるようになったのは…。

小田さんもキーボードですよね。栗尾さんと役割分担とか、どうしていたんですか?

栗尾 「小田さん、俺、ちょっとここ手が足りないんで、こうしてもらえますか?」みたいなことも、以前はありましたけど、ただ最近は、小田さんが鍵盤弾く場合、ピアノと弦だけ、みたいなことが多くて、バンド・サウンドのなかで弾く曲は、少ないんですよ。今回のツア-だと、「さよなら」とか「愛になる」、くらいかな? ただ、役割分担というのとは違うんでしょうけど、小田さんが弾き語りをしている時、「ちょっとなんか寂しい…」、みたいなこともあって、「包んでくれる音があると助かるなぁ」ということで、そういう時は俺が、後ろでファ~ッと、パッドみたいな音を鳴らしてる。でも、「この音って、要らないんじゃないかな」って思う時もあるんですよ。

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と、言いますと?

栗尾 やはり小田さんの弾き語りは、誰にも真似できない。自分の歌のタイミングでぱーんと弾くピアノだし、あの感じって、どんな上手な人が来ても出せないし、当然、それだけで成立するわけで、パッドなんて入れる必要ないんじゃないかと思うわけです。でも小田さんは、「栗ちゃん、なんかほわ~んと入れてくれる?」って言うので、それは未だに、半分納得してないところはありつつも、やってますけどね(笑)。

これは非常に面白い話ですね(笑)。

栗尾 小田さんにしてみたら、「その音もハッキリ聞こえる」ことより、「誰かが後ろでサポートしている安心感が欲しい」という側面もあってのことなんでしょうかねぇ? いや…、よく分からないですけど。

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現在「KAZUMASA ODA TOUR2016 君住む街へ」が進行中ですが、これまでの手応えというと?

栗尾 ベスト・アルバムのツアーということでオフコース時代の曲も多く演奏してますが、昔の曲のなかにも“いい曲、多いな”って、ホント、改めて感じます。メロディがすごく心に残る。たぶん、自分の歳もあるんじゃないでしょうか。昔はそこまでは感じてなかったのかもしれないし。

今回、リハーサルの段階で、小田さんから言われたこととか、あったのでしょうか。

栗尾 コーラスに関してはいろいろありますが(笑)、演奏に関して言われることは、ほぼないです。それぞれが任されてる。でもそうは言っても、“これはこうだろう”と決めつけて解釈することはないですね。むしろそれより、一歩引いたところに居るくらいのほうがいいんだろうな、というのは、なんとなく思っていることでね。

それが先ほどの、“適切なところに適切な音が鳴っている”ことにも繋がるわけですね。

栗尾 バンド内での細かいことならありますよ。でもリハをやってて、“ここなんだけどさぁ”って言い出すの、たいがいベースの有賀(啓雄)君か俺ですけど(笑)。

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長い間小田さんの側にいて、「小田さんてどんな人なんですか?」って訊ねられることもあると思うんですが、最後に音楽以外のそんな質問もさせてください。

栗尾 ツアー中の話でいうと、小田さん生ものがダメなんで、食事は中華・イタリアン・焼き肉という、そのローテーションなんですよ。それは先日の函館でも同じで。

他の人達なら海産物を期待する場所でも…。

栗尾 一切、ない。でも俺もチェロの堀沢(真己)君も生ものダメで、“茶色”のものが好きなんです。ハンバーグとか、カレーとか(笑)。小田さんもどっちかというとそうでね。あと性格のことだと、「え!? そこ拘るの!」ってとこが小田さんにはあってね。A型で几帳面…、しかも偏って几帳面というか、他はぜんぜん大雑把でも自分が「こうだ」と思ってるところは拘る。俺も似てて、そんな話を小田さんにしたこともあったんですけどね。そしたら「あー、そうかー」って言ってましたけど(笑)。お互い、あまり多く語らなくても分かり合えるということじゃないですかね。

小田和正

栗尾直樹 Naoki Kurio (Keyboards)

1960年3月6日生まれ
大阪府大阪市出身 血液型:A型 左利き 父母健在、弟一人(警察官) 現在独身
3才でピアノを始め、なんとこの頃大阪フェスティバルホールで初舞台!中学時代に初恋、高校時代に初体験?!あんまり関係ないけど、バドミントン部で関東ベスト16に輝く。さらにこの頃ギターにチャレンジするも挫折。
1980年米軍キャンプのCLUBで演奏活動を始める。以後、渡辺徹、MIE、南野陽子、松田聖子、中西保志、小田和正、一青窈、藤井フミヤ他のセッションミュージシャン、作家、アレンジャーとして活躍中!

小貫信昭

80年代より、雑誌『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽評論を開始。以後、主に日本のポップス系アーティストのインタビュー、各媒体への執筆などに携わりつつ今日に至る。主な著書には日本の名ソング・ライター達の創作の秘密に迫る『うたう槇原敬之』(本人との共著)、小田和正『たしかなこと』『小田和正ドキュメント 1998-2011』(本人との共著)、人気バンドの凝縮された1年間を繙いたMr.Children『es』(本人達との共著)、また評論集としては、ロック・レジェンド達への入門書『6X9の扉』、J-POPの歌詞の世界観を解き明かした『歌のなかの言葉の魔法』、また、ゼロからピアノ習得を目指した『45歳・ピアノ・レッスン!』などなどがある。現在、歌詞のなかの“言葉の魔法”を探るコラムを「歌ネット」にて好評連載中。

All Time Best Album
あの日 あの時

あの日 あの時

FHCL-3005~FHCL-3007
¥3,611+税

【初回仕様限定盤】
・デジパック仕様
・特製ギターピック封入(2種(「あの日あの時ver.」or「君住む街へver.」)から1種ランダム封入)
*本人直筆のタイトル「あの日あの時」or「君住む街へ」がピックに印刷されています。

日本人に長き渡り親しまれ、J-POPシーンのトップとしてそれぞれの時代を駆け抜け数々の記録を打ち立ててきた小田和正。1969年オフコースを結成し、翌70年プロとして音楽活動を開始、「さよなら」「言葉にできない」などのヒット曲を発表、今作にはオフコース時代のセルフカバー作品に手を加え多数収録。89年2月オフコースを解散後、ソロアーティスト活動を再開。1991年270万枚を超える大ヒット作となった「ラブ・ストーリーは突然に」明治安田生命CM曲でのヒット曲「たしかなこと」「今日もどこかで」やSUBARU ブランドCM タイアップソング「wonderful life」や、5月から全国東宝系にてロードショー公開される映画『64-ロクヨン-前編/後編』の主題歌「風は止んだ」も初CD化。まさに43年に渡る小田和正の創作活動の軌跡をたどった、珠玉の50曲を収録。

収録曲

【DISC 1】

  1. 01. 僕の贈りもの
  2. 02. 眠れぬ夜
  3. 03. 秋の気配
  4. 04. 夏の終り
  5. 05. 愛を止めないで
  6. 06. さよなら
  7. 07. 生まれ来る子供たちのために
  8. 08. Yes-No
  9. 09. 時に愛は
  10. 10. 心はなれて
  11. 11. 言葉にできない
  12. 12. I LOVE YOU
  13. 13. YES-YES-YES
  14. 14. 緑の日々
  15. 15. たそがれ
  16. 16. 君住む街へ

【DISC 2】

  1. 01. 哀しみを、そのまゝ
  2. 02. between the word & the heart-言葉と心-
  3. 03. 恋は大騒ぎ
  4. 04. ラブ・ストーリーは突然に
  5. 05. Oh! Yeah!
  6. 06. そのままの 君が好き
  7. 07. いつか どこかで
  8. 08. 風と君を待つだけ
  9. 09. 風の坂道
  10. 10. それとも二人
  11. 11. my home town
  12. 12. 真夏の恋
  13. 13. 伝えたいことがあるんだ
  14. 14. 緑の街
  15. 15. woh woh
  16. 16. the flag
  17. 17. キラキラ

【DISC 3】

  1. 01. たしかなこと
  2. 02. 大好きな君に
  3. 03. 明日
  4. 04. 風のようにうたが流れていた
  5. 05. ダイジョウブ
  6. 06. こころ
  7. 07. 今日も どこかで
  8. 08. さよならは 言わない
  9. 09. グッバイ
  10. 10. やさしい雨
  11. 11. 東京の空
  12. 12. その日が来るまで
  13. 13. 愛になる
  14. 14. そんなことより 幸せになろう
  15. 15. やさしい夜
  16. 16. wonderful life
  17. 17. 風は止んだ

小田和正スペシャルサイト
http://www.kazumasaoda.com/

オフィシャルサイト
https://www.fareastcafe.co.jp/

小田 和正 (おだ かずまさ)

1947年9月20日生 神奈川県横浜市出身
東北大学工学部、早稲田大学理工学部建築科修士課程卒業
1969年オフコース結成。翌70年プロとして音楽活動を開始、「愛を止めないで」「さよなら」「Yes-No」などのヒット曲を発表する。
82年には日本武道館連続10日間公演を実施、それまでの記録を塗り替えた。日本の音楽シーンに様々な記録を残しつつ、89年2月、東京ドーム公演を最後にオフコース解散。その後、プロデュース活動を経てソロとしてアーティスト活動を再開。91年に発表したシングル「ラブ・ストーリーは突然に」は270万枚を超える大ヒット作となった。また映画やテレビの特別番組など映像監督としても活躍し、これまでに「いつか どこかで」(92年)、「緑の街」(98年)の2本の映画監督作品を発表している。2001年からは毎年12月に「クリスマスの約束」と題した音楽特番を放映(TBS)、好評を博している。
2008年4月5日を皮切りにスタートした全国ツア―「今日もどこかで」は、ドーム4公演を含め、全国で53万人を動員する記録的なものとなった。そして、2011年4月20日6年ぶりのオリジナル・アルバム『どーも』発表。業界紙オリコンにてチャート1位を記録。5作連続、通算9作目のアルバム首位を獲得し、自身の持つアルバム最年長1位記録を更新した。同年5月7日長野BIG HATを皮切りに、5大ドーム8公演を含む全国31会場59公演総動員74万人、1年に及ぶ全国ツアーを実施した。
2013年4月24日に約2年5カ月ぶりのニューシングル「その日が来るまで / やさしい風が吹いたら」の両A面シングル発売。さくらの植樹活動を通じて震災を風化させないように取り組む「東北さくらライブプロジェクト」の活動を支援するコンサートは、今後も継続的に実施してゆく。同時期ベストアルバム「自己ベスト」が発売から足掛け11年で500週目のランクイン(=TOP300入り)を果たす史上初の快挙を成し遂げた。
7月2日9枚目のオリジナル・アルバム『小田日和』リリース。同年25会場50公演の37万人動員の全国ツアーを実施。
2016年ベスト・アルバム『あの日あの時』を発売。また、全国ツアー『明治安田生命Presents KAZUMASA ODA TOUR2016「君住む街へ」』を2016年4月30日(土)の静岡エコパアリーナからスタートさせた。

ツアースケジュール

【明治安田生命Presents 「KAZUMASA ODA TOUR2016 君住む街へ」】

4/30(土)・5/01(日)静岡エコパアリーナ
5/07(土)・5/08(日)四日市ドーム
5/14(土)・5/15(日)別府ビーコンプラザ
5/21(土)・5/22(日)函館アリーナ
5/28(土)・5/29(日)富山市総合体育館 第一アリーナ
6/07(火)・6/08(水)神戸・ワールド記念ホール
6/14(火)・6/15(水)さいたまスーパーアリーナ
6/21(火)・6/22(水)朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
6/30(木)・7/01(金)東京体育館
7/06(水)・7/07(木)盛岡市アイスアリーナ
7/13(水)・7/14(木)北海道立総合体育センター 北海きたえーる
7/23(土)・7/24(日)さぬき市野外音楽広場テアトロン
7/30(土)・7/31(日)宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
8/05(金)・8/06(土)ビックパレットふくしま
8/11(木・祝)・8/12(金)出雲ドーム
8/17(水)・8/18(木)マリンメッセ福岡
8/24(水)・8/25(木)大阪市中央体育館
8/30(火)・8/31(水)名古屋・日本ガイシホール
9/6(火)・9/7(水)大阪城ホール
9/17(土)・9/18(日)広島グリーンアリーナ
9/27(火)・9/28(水)国立代々木競技場第一体育館
10/09(日)・10/10(月・祝)高知県立県民体育館
10/18(火)・10/19(水)横浜アリーナ
10/29(土)・10/30(日)宜野湾海浜公園屋外劇場

小田和正が語るベスト・アルバム『あの日 あの時』に込めた想い

ファー・イースト・クラブ吉田雅道氏へ訊く
今、ベスト・アルバムを発売する“真意”とは。

vol.4
vol.5
vol.6