Interview

岡崎体育 夢舞台に向けて“ネタ曲”を封印し、プライドや自負を詰め込んだ『SAITAMA』というアルバム

岡崎体育 夢舞台に向けて“ネタ曲”を封印し、プライドや自負を詰め込んだ『SAITAMA』というアルバム

天才覚醒! 2019年6月9日(日)に自身の夢としてデビュー前から公言し続けてきた、さいたまスーパーアリーナ(以下、SSA)公演が決定した岡崎体育が、3rdアルバム『SAITAMA』を完成。「MUSIC VIDEO」や「感情のピクセル」など、いわゆる“ネタ曲”でその名を知らしめ、たったひとりで世間と戦い続けてきた、まさに孤高の存在と言える彼。SSAに照準を合わせてネタ曲を封印し、彼が本当にやりたかったこと、高い音楽性の部分を出し惜しみなくさらけ出した今作は、天才・岡崎体育の真骨頂と言える一枚。渾身のアルバムを完成させ、たったひとりでSSAワンマンへと挑む彼に話を聞いた。

取材・文 / フジジュン 撮影 / 荻原大志


Twitterのフォロワーが44万人いて、この中から岡崎体育を本当に理解してくれる1万6千人を集めると考えて

3rdアルバム『SAITAMA』、お世辞抜きで最高でした! デビュー前から自身の夢として公言してきたSSA公演がついに決定して。夢のステージを迎えるにあたって、誰かに媚びたり遠慮したりすることなく、リミッターをはずしてやり残したことを詰め込んだのが今作だったのかな?と推測したのですが、いかがでしょう?

答えはその推測にすごく近しいと言いますか。1st、2ndは自分の存在を知らしめるため、ネタっぽい曲を書いて映像を付けて、認知度を上げるというタームだと思っていたので、そういう意識が強かったんです。今回はSSAでワンマンライブをすることだけに集中して作ったアルバムで、ここでもネタ曲を入れて、さらに認知度を上げるという作戦もあったんですけど。自分なりに分析した結果、今Twitterのフォロワーが44万人いて、この中から岡崎体育を本当に理解してくれる1万6千人を集めると考えたとき、一番理想的だったのがこの出し方だったんです。今フォローしてくれている44万人の方が、岡崎体育の別の側面とか、知らなかった深みみたいなものに気づいてくれたら良いなと思ってます。

今までで一番音楽的であり、一番聴きやすいアルバムにもなっていると思って。というのも、ネタ曲って繰り返し聴いたとき、ちょっと邪魔になってくるんですよね。あと、1曲目「No Touch Service Ace」のワクワク感から「The Abyss」の多幸感に満ちたラストまで、聴き進めるなかでライヴの画が見えたし、セトリさながらの曲順にしっかり浸れました。

1st、2ndと作ってきましたけど、僕もたしかにネタ曲って何度も聴くものじゃないと思ってます。「感情のピクセル」とか「Natural Lips」とかは音楽性も意識して、アレンジを他の方に頼んだり、「Natural Lips」はレイ・パーカーJr.がギター弾いてるくらいで、音楽的にもクオリティの高いものになってると思います。やっぱりネタ曲だと味がしなくなってきてしまう部分はあって、僕も自分のアルバムを繰り返し聴くことが少なかったりしたんです。今回はマスタリング終わってからも何回も聴いてて、それが何よりの証拠だと思うんですけど、自分が気に入った作品が出来たと思ってます。

今作の曲が中心になってきたら、ライヴの魅せ方も変わってくるのでは?

インディーズの頃とメジャーになってからと全然意識が変わったところがあって。メジャーになってからはライヴでも盤でもチョケた部分を見せて、よりわかりやすく見せていたところがあったんです。インディーズの頃はライヴでひたすらチョケて、盤では自分のやりたいことを思い切りやって、あくまでもグッズとしてCDを売るという姿勢でやっていました。現在はインディーズの頃に立ち返ったという気持ちが強くて、ライヴ自体は今までどおりチョケると思うんですけど、音源は今まで音楽をやってきたプライドや自負みたいなものを出して、思い切りカッコつけられればいいなと思ってます。

自ら引退を決めて、恵まれた環境をゴミ箱に捨てるのは本当にもったいないなと思った

ちなみに今回のこのジャケットの写真は、インディーズ時代の岡崎さんですか?

そうです。SSAを目指し始めた頃だから、5~6年前かな? 挑発的で威嚇的な表情をしてるこの表情が気に入ってて、これをジャケットにすることで、僕が牙むいてるところも伝わるかなと思って採用しました。この頃は自分の動き方、立ち回り方を意識するようになった頃で、ネタ曲を作ってメジャーデビューして、SSAに向けてどういうアプローチをしていくか?ってことを戦略的に考え始めた時期だったので。やっと自分の方向性が固まっていった時期でしたね。自分は消費されるタイプの音楽だから、27歳でメジャーデビューして、30歳でSSA公演をやって、という3年構想で考えてました。そこで引退して裏方に回って、日本最強のアイドルを作るっていう構想があったんですけど。

面白い! 3年でカッコよく引退して、プロデュース側に回ろうと。

でもその構想が活動していくなかで変わってきました。例えば今年の夏、〈ROCK IN JAPAN FESTIVAL〉に出させていただいたんですけど、朝イチから3万人以上の人が集まってくれた。その状況に岡崎体育という道化を演じてきたことに誇りを感じました。誰に言われるでも、人気が廃れるでもなく、自ら引退を決めて、恵まれた環境をゴミ箱に捨てるのは本当にもったいないなと思ったんです。だから自分の中で引退はなくなって、やりたかったプロデュース業もやりつつ、良いバランスで活動できたらいいなと思うようになったんです。幸運なことに思い描いてきたとおりの3年間を歩んでこれて、あとはSSAでバチコンと決めるだけなので。ここから6月までの半年間は、ひたすら準備と努力と告知だけだと思っています。

バンドと違って、その戦略も行動も自分ひとりで実行していかなきゃいけないわけで。ここまで、ひとりで戦っていくことの大変さや孤独もあったんじゃないですか?

そうですね。単純にメンバーがいないから、ファンの目が僕にしか集まらなかったり、活動にデメリットはありましたね。〈ROCK IN JAPAN FESTIVAL〉の何十年の歴史の中で、グラスステージにたったひとりで立ったのは僕だけだと思いますし。バックバンドもバックダンサーも付けずにひとりで戦うことに関して、誇りとプライドを感じてます。

「なにをやってもあかんわ」はバンドサウンドで制作していますが、この曲が生まれたのにはどんな経緯があったんですか?

まだアルバムにネタ曲を入れるか入れないか、葛藤があった今年の夏頃、まったく曲が書けなくなった時期があって。「全然出来ん、スランプやわ」ってTwitterで吐露したら、RIZEのKenKenさんが「俺の友達はそういうとき、自分のスランプを曲にしてたよ」ってアドバイスをくれて。それもそうやなと思って、何をやってもあかん状況を曲にしました。その衝動を1~2時間で曲にして、その衝動に最も適した音楽がパンクやロックだと思ったので、バンドサウンドなったんです。これは本当に自己満足の曲ですけど、自分語りで自己満足のアルバムなんで、それを体現しているし、このアルバムにピッタリやったと思います。

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