Interview

白井貴子×きたやまおさむ特別対談。白井貴子が伝説の作詞家「きたやまおさむ」を歌う

白井貴子×きたやまおさむ特別対談。白井貴子が伝説の作詞家「きたやまおさむ」を歌う

白井貴子ときたやまおさむが出会った。きたやまの代表曲のカバーに、二人で作った新曲3曲を加えたアルバム『涙河(NAMIDAGAWA)』を6月15日にリリースし、25日には原宿クエストホールでライブを行なった。

白井は80年代にロックバンドを率いて西武球場ライブを成功させ、全国をツアーした後、ビジネス優先の音楽業界を離れて渡英。90年代には“歌を大切にするアーティスト”として活動を再開して現在に至っている。

きたやまはザ・フォーク・クルセダーズのメンバーとして「帰って来たヨッパライ」の大ヒットを飛ばし、その後、作詞家として「あの素晴らしい愛をもう一度」や、堺正章の「さらば恋人」、ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」を手掛けた。今も“孤高の賢人”として、その発言には他に類をみない重さがある。

取材・文 / 平山雄一 対談撮影 / 関 信行

白井貴子×きたやまおさむ特別対談

“偶然の必然”とみんなが言ってるけれども、ホントにそんな感じです(きたやま)

『涙河』のアルバム制作は、どのように始まったんですか?

白井 ある日、私のコンサートの制作をしてくださっている方から、「きたやまおさむさんをご存知ですか?」って訊かれたんですよ。「ご存知もなにも、大好きな方です」って言ったら、その方が「きたやまさんが、自分の歌を次の世代に歌い継いでくれる女性の歌い手を探してる。白井さん、どうですか?」って言われて。

きたやまさんと言えば日本のビートルズみたいに私が尊敬してる人で、小さいときからきたやまさんの歌を歌って大きくなったんです。だから「やりませんか」って言われて、普通だったらいろんな人に相談するんですけど、即決で「是非お願いします」って言いました。 

きたやまさんはそのときに、今まで自分の歌を歌ったことのない人に歌ってほしいと考えていらしたんですか?

きたやま そうですね。自分の歌を歌ってもらえるのは、作家冥利に尽きることですよね。もちろん自分で出演して歌うこともあるけれども、私はそんなに自分のことをうまいと思ってない(笑)。思い通りに歌えてるとも思えないから、やっぱりプロの歌手に歌っていただく方がいい。歌い手は加藤和彦であったり、杉田二郎であったりすることが多かったと思うんです。でも加藤和彦も亡くなったし、杉田二郎とは今レコーディング中の新曲で、一通りの仕事をやったぜって感じも若干あって、それよりも次の世代にって思っているところだったんですよ。

ただカバー曲としては、ひと月に1回ぐらい、誰かが僕の歌をカバーしてるっていう状況があって。この前もダイヤモンド・ユカイさんっていう人が、「さらば恋人」を歌ってましたね。でも、まとめて歌っていただける方を望んでいた。そしたら白井さんのお話があって、よく知らないもんですからYouTubeでチェックしたり、どこかの放送局で「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌った録音も聴かせていただいたのかな。それこそオーディションまがいのことをやったんだよ(笑)。

白井 知らない間にオーディションされてた(笑)。

きたやま そういうこと。それで「この人はいいな」と思って、僕のイベントにゲストで白井さんを呼んで、僕の歌をフィーチャーしながら話を進めるみたいなことをやったんですよ。それが本格的に一緒に仕事をした最初ですね。2013年ぐらいかな? 京都でもイベントをやって、そのときに“「いるだけ」の幸せ”という新曲が生まれた。何回か一緒に仕事をして、せっかくこれだけ歌ってくださってるんだからアルバムにしようって話になったんですよね。

白井貴子×きたやまおさむ特別対談

最初からアルバムを作ろうということよりは、まずふたりのチューニングを合わせるのに3年をかけたわけですね。

きたやま そうです、全然知らない者同士ですから。“偶然の必然”とみんなが言ってるけれども、ホントにそんな感じです。ただのカバーだと、ある瞬間のかりそめの付き合いのように消えていくんだけど、白井さんとはアルバム作りまでたどり着きました。

白井さんは話をもらったときに即決しましたね

白井 そこは早かったんですけど、新曲を作るのにすごく時間がかかってしまって(笑)。カバー曲は、私が小さいころから歌ってきた大好きな歌を選ばせてもらったり、「花のように」と「初恋の丘」はきたやまさんから歌って欲しいとリクエストをいただいて、アルバムに入れました。

きたやま かつて僕が作詞をして女性シンガーに歌ってもらったものの中から4、5曲を候補として出して、その中から白井さんが「花のように」と「初恋の丘」を選んでくれたんだと思う。

白井 そうです。

口から心臓が飛び出そうなプレッシャーがありました(白井)

アルバム『涙河』には白井ときたやまがこのアルバムのために作った新曲が3曲、収められている。

きたやまはフォークルでは加藤和彦(「あの素晴らしい愛をもう一度」など)、端田宣彦(「風」など)というメロディメーカーと組み、その後も筒美京平(「さらば恋人」など)や杉田二郎(「戦争を知らない子供たち」)などの才能と仕事をしてきた。

きたやまは“曲先”といって、先に作られたメロディに対して歌詞を書くスタイルの作詞家だ。白井貴子にとっては計り知れないプレッシャーがあったことだろう。しかし白井は見事にそれを跳ねのけて、渾身のメロディをきたやまに届けたのだった。

そこからプロジェクトが一つの完成を見るまでに3年間かかったというのは、日本の音楽業界では異例の“ゆったりペース”ですね(笑)。

白井 そこはきたやまさんとスタッフに感謝です。私が曲作りをクリアできない限りは、このプロジェクトが断ち切れちゃうかなと思う瞬間は何回もあって。きたやまさんの作ってきた素晴らしい名曲に私の新曲を並べてもらうっていうこと自体はすごく嬉しいことなんだけど、よくよく冷静になって考えてみると、なんと恐ろしいことなんだろうって思うわけですよ(笑)。口から心臓が飛び出そうなプレッシャーがありました。それでもなかなか思うようにできなくて、ダメな陶芸家みたいに「バーン」って(笑)。

作っては壊し、みたいな(笑)。

白井 そうそうそう(笑)。ダメ出しをし続けてました。

きたやま すごいねえ、それは。

白井 どうにか3曲できて、それを最後にきたやまさんに聴いていただいたら、2曲を選んでくださった。それが「返信をください」と「涙河」です。最初にできた“「いるだけ」の幸せ”を加えた3曲が新曲です。

きたやま 新曲を3曲入れられたのは、やっぱり3年も4年もかけたおかげだよな。まず関係性があって、やり取りがあって、お互いに苦しんで、そして考えて、最後に3曲入れることができた。

その他の曲も編曲を新たにする中で、原曲のいろいろなフレーズを活かしながらということも非常に難しい課題だったと思うんですよね。何度もみんながカバーしてる曲をどうアレンジするかって、すごく難しいっていうのは僕もよく知ってるんだけど、『涙河』で大変見事な結果を生んでいただいた。僕はいろんなものを作ってきたけど、5本の指に入る。今ベストだって言いたいとこだけど、まだまだこれから先の成長を見てからベストだって言うべきだと思うので。

今から5年前に、アルフィーの坂崎幸之助と『若い加藤和彦のように』ってアルバムを作ったときに、加藤和彦が作った曲を坂崎くんがアレンジして、中に私の曲を5、6曲入れたんだけど、そのときとまったく遜色ない。

白井 でも「涙河」の歌詞を最初にいただいたときは、ビックリしました。

きたやま 面倒くせー歌詞だなっていう感想、ありそうだったもんな(笑)。

白井 正直、ちょっと演歌っぽいタイトルだなと思いました(笑)。カバー曲と並べると、違和感があるんじゃないかとも思いました。でもきたやまさんが、「いやいやいや、一緒にやるから意味がある」っていうひと言で決まりました。

新曲と以前の曲が噛み合って、ひとつのストーリーになってると思います。

白井 みなさん、そう言います。

きたやま 良いものができたねえ。これは私たちの準備と構成力と考える力が、実を結んだんじゃないですかね。昨日、ジムで走りながら、ずーっと『涙河』を聴いてたんだけど(笑)、良かったねえ。

白井 ああ、嬉しい、ありがとうございます。

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