瀬尾まいこの「傑作はまだ」  vol. 13

Story

息子は俺をどう思っているのか? 瀬尾まいこ『傑作はまだ』第13回

息子は俺をどう思っているのか? 瀬尾まいこ『傑作はまだ』第13回
あらすじ

引きこもりの小説家・加賀野<かがの>の元へ、生まれて以来一度も会ったことのなかった息子・智<とも>が突然訪ねてきた。

しばらく泊めてほしいと言う智の頼みで、二人は一緒に暮らすことに--。

息子のことは何も知らない。血がつながっている、ただそれだけの関係。ただそれだけのことがこんなにも俺の心をかき乱す。

祝・『そして、バトンは渡された』で「ブランチBOOK大賞2018」受賞、「キノベス2018」1位獲得!! 切なくてやさしい物語を送り出してきた作家・瀬尾まいこが、不器用な親子の不思議な同居生活を描く、笑って泣けるハートフルストーリー。

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瀬尾まいこ『傑作はまだ』新連載スタート!! 小説家・加賀野の元へ、生まれて以来一度も会ったことのない息子が訪ねてきた

瀬尾まいこ『傑作はまだ』新連載スタート!! 小説家・加賀野の元へ、生まれて以来一度も会ったことのない息子が訪ねてきた

2018.12.02

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連載 瀬尾まいこの「傑作はまだ」

第13回

第二章

9

 打ち合わせは一時間程度で終わり、店の前で片原と別れると、俺はバス停へ向かって歩いた。

「人間の闇を書いた小説か……」

 片原に言われたことを思い出すと、気が重くなる。

 夏目漱石や太宰治。十代のころ夢中で読んだ小説は、美しいものも汚いものも含め、俺に人間の奥底にあるものや、生きることの真実を見せてくれた。現代だって、生きるとは何かを語る素晴らしい小説はたくさんある。人間や生命のたくましさや醜さ、本来ある姿を描こうとしている作品はおもしろい。でも、俺はそれを、書くべき人間なのだろうか。

「息子としてふるまうのであれば、少なくとも人前でおっさんと呼ぶのはちょっと……」

 秋祭りの帰り道、俺は智にそう言った。周りの人は智を俺の息子だと認識しているのに、智は堂々とおっさんと呼ぶ。みんなにどういう関係だと不思議がられるのは必至だ。

「え? まさか、お父さんと呼べって?」

 智はきょとんとした。

「いや、それは違う気もするが……」

「だよね。俺たち血しかつながってないもんなあ。お金は少々もらったけど、おっさんのしたことってセックスだけだよ。それで父親のように接しろっていうのは、無理あるよ」

 智はそう言って、笑った。

 人間とは、生きるとは、そんな大きなことを探る以前に、自分が父親と言えるのか、息子とは何なのか。その辺りに目を向けるのが先のような気もする。

 バス停で時刻表を確認すると、通勤時間帯でもないせいか、あと三十分以上バスは来なかった。智は家にいるのだろうか。せっかく駅まで出てきたのだから、何か買って帰ろうか。そう考えて、俺は大人になってから土産というものを買ったことがないことに気づいた。土産なんて、中学校の修学旅行の時に、親に買って以来だ。

 やっぱり食べ物が無難だろうと、俺は駅前のショッピングセンターの地下へと足を踏み入れた。洋菓子に和菓子、惣菜に弁当。様々な店が並び、平日の昼間なのに、人が行きかっている。

 俺はショーケースの中に目をやりながら、店内を歩いた。シュークリームにショートケーキにゼリー。華やかなものも、おいしそうなものもたくさんあるが、何がいいのかわからない。誰かが食べることを想定して買い物をしたことがないから、ぴんとこない。

 そもそも智は何が好きなのだろうか。俺の家に最初に現れた時は、豆大福を持ってきた。よく買ってくるからローソンのからあげクンも好きなのだろう。ついでにコーヒーを淹れるのもうまい。大福は甘く、唐揚げはスパイシーで、コーヒーは苦い。三つの共通点は何だ。好物を推測するのは、推理小説を練るより難しい。

 頭を悩ませながら足を進めると、和菓子屋が並ぶコーナーが出てきた。ケーキよりあっさりしていていいだろうかとショーケースをのぞきながら歩いていた俺は、小ぶりの大福が並ぶ店の前で足が止まった。

 抹茶大福、豆大福、栗大福、え?

「カフェオレ大福?」

 そんなものがあるんだと、思わず声が出た。

「こちら、コーヒー味の大福でとても人気の商品なんです。中に餡とコーヒークリームが入っていておいしいですよ」

 俺のつぶやきにすかさず店員が声をかけてきた。

 コーヒーが大福になっているとは。そんな不思議な代物があったのか。

「大福はほんのり塩味が利いているので、それほど甘ったるくもなく、男性の方でもぺろりと召し上がっていただけると思います」

 豆大福とからあげクンとコーヒー。それぞれの一部を引き継いだような商品があるだなんて。

「じゃあ、これ、これをください。二人分」

「えっと、お二つでいいですか?」

「あ、はい」

 カフェオレ大福。和と洋が融合された画期的な菓子だ。これは、すごいものを見つけた。智はびっくりするにちがいない。俺はわくわくして、紙袋を受け取ると帰り道を急いだ。

 

「おい、お茶を淹れてくれ」

 俺がダイニングに入るなりそう言うと、智が、
「おかえり。何慌ててるの。まずは手洗いうがいしなよ」
 と眉をひそめた。

「ああ、そうだな。手を洗っている間に、お茶淹れといてくれ。なんていうか、大福買ったから」

「そうなんだ。了解」

 俺はさっさと手洗いとうがいを済ませると、紙袋から大福を出した。パン皿ではなく、黒色の小さい皿が合うんだったなと大福を小皿に載せていると、
「何? 変わった色の大福だね」
 と、智がお茶をテーブルに置いた。

「中身、何だと思う?」

「わかんないな。何?」

「いや、言ったら台無しだな。早く食べてみてくれ」

「そんな不思議なの、買ってきたの?」

「不思議というか、とにかく食べよう。さあ、早く座って」

「何、興奮してるんだよ。おっさん、そんなに大福好きだったんだ」

 智はこらえきれないようでふきだした。

「いや、そうじゃないんだけど」

 中身がコーヒーだとわかったら、智はどんな反応をするだろうか。それを想像すると、落ち着いてはいられない。

「じゃあ、いただきます。って、なんだよ。そんなに見つめないでよ」

「ああ、いや」

 俺はお茶を飲みながら、智が大福を口にするのを待った。智は手を合わせてから右手で大福をつかむと、一口ほおばった。

「うん?」

「どう、どうだ?」

「あ、なんだろう。この味」

 智は首をかしげながら、もう一口、口にする。

「あ、わかった。これ、コーヒーじゃん」

「そう、そうなんだよ」

 俺も一口食べてみる。コーヒーより生クリームの味が強く、少し食べただけでは何の味かわかりにくい。

「お、慣れてくるとうまい」

「おおそうか」

 最初の反応がいまいちだったからがっくりしそうになったが、智がおいしそうな顔をするのにほっとした。

「一口目はあれって感じだけど、大福があっさりしてるから、クリームでも食べやすいよな」

「ああ。そうだろう」

「コーヒーの苦みもいいアクセントだし。うん、うまいんじゃない」

 智は大福を食べ終えると、お茶をごくりと飲んだ。

「そうなんだ。コーヒーと大福が一緒に食べられるだなんて、すごいだろう」

「だね」

「しかも、大福は塩を利かせてあるから、甘いものが苦手な人でも食べやすくなっているんだ」

「ああ。って、この大福、おっさんが発明したの?」

「いや、違うけど」

「じゃあ、どうしてそんなにコーヒー大福について語ってるの?」

「いやあ、なんでだろう……」

 ただ、ショッピングセンターで売っていた大福を見つけて買っただけだ。けれど、智がおいしそうな顔をするのに、どこか誇らしい気がした。

「小説はあんなに暗いのに、大福でこれだけ盛り上がれるって、おっさん、実はのんきで陽気なんだね」

 智は「うん、よかったよ」と微笑んだ。

「いや、まあ。そうだな、えっと、君は今日の休み、何してたんだ?」

 意気揚々と大福を買っていたと思われるのは恥ずかしく、俺は話題を変えた。

「最近夜勤続いてたし、うとうとしたり、だらだらしたりしてる間に時間が過ぎちゃった」

「そっか。休めないとな、体」

「まあ。ね」

 智はうなずきながら、不審な目を俺に向けた。

「おっさん、大丈夫?」

「大丈夫だが、なぜだ?」

「突然コーヒー大福に肩入れしだしたかと思ったら、次は俺に興味持ちだしてさ。俺が来てから三週間くらい経つけど、おっさんが俺の何かを知りたがったの、初めてじゃない?」

「そうかな」

 スタバで生い立ちを聞こうとしてはぐらかされたきり、彼自身について問うことはなかった。息子がどうやって生きてきたのか、何を考え、俺をどう思っているのか。俺のことをどれくらい美月から聞いているのか。また、ここに来た目的は別にあるのではないか。それらを知りたくないわけではない。ただ、どことなく聞きづらく、そのまま触れられずにいる。実の息子に本気で踏み込もうとしない俺は、どこかおかしいのかもしれない。本来なら、思い切って疑問を投げかけるべきなのだろうか。

「まあまあ、力まなくても自然にわかってくるのを待てばいいんじゃない。本当に大事なことならそのうち伝わるしさ」

「あ、ああ、そうだよな……。あれ? どうして、君は俺の考えてることがわかるんだ?」

 俺の思いに答えるような言葉に驚くと、智はけらけら笑った。

「おっさん。引きこもってなければ、これくらいは、だいたいの人がわかるよ」

「そうなのか」

「そうそう。試しに、おっさんが今知りたいことに答えてあげようか」

「あ、ああ」

 俺が今知りたいこと。それは何だろう。自分でも見当がつかない。

「俺の好きなものは、かりんとう。もしくは、揚げ出し豆腐」

「へえ……」

 俺は智の好きな食べ物を知りたかったのだろうかと首をかしげていると、

「好物さえ知っておけば、次、土産買う時迷わないだろう。こういう奇天烈なお菓子、あんまり得意じゃないんだよね」

 智はそう言って肩をすくめた。

つづく
タイトル画像・デザイン / 山家由希


加賀野と智、二人の距離は少しずつ縮まっていき――?

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瀬尾まいこ(せお・まいこ)

1974(昭和49)年、大阪府生れ。大谷女子大学国文科卒。2001(平成13)年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。他の作品に『図書館の神様』『優しい音楽』『温室デイズ』『僕の明日を照らして』『おしまいのデート』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『春、戻る』『そして、バトンは渡された』など多数。

書籍情報

ブランチBOOK大賞2018受賞作!
『そして、バトンは渡された』

瀬尾まいこ(著)
文春e-Books

たくさんの〈親〉たちにリレーされて育った優子。数奇な運命をたどったけど全然不幸じゃなかった少女の物語。
私には父親が三人、母親が二人いる。家族の形態は、十七年間で七回も変わった。これだけ状況が変化していれば、しんどい思いをしたこともある。新しい父親や母親に緊張したり、その家のルールに順応するのに混乱したり、せっかくなじんだ人と別れるのに切なくなったり。(本文より)
幼くして実の母親を亡くし、様々な事情で血の繋がらない〈親〉たちの間をリレーされ、四回も苗字が変わった優子だが、決して不幸だったわけではない! 〈親〉たちの愛を一身にうけて、〈親〉たちのことも愛して、いま十七歳の優子は幸せなのだ。身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作!

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