小田和正『あの日 あの時』特集  vol. 6

Interview

KAZUMASA ODA TOUR 2016 “君住む街へ” バンドメンバーインタビューPart.2:木村万作

KAZUMASA ODA TOUR 2016 “君住む街へ” バンドメンバーインタビューPart.2:木村万作

 ツアー『君住む街へ』は、東京へと駒を進め、本日は東京体育館二日目。ちなみにこの会場は千駄ヶ谷駅から道を隔てて目の前にあり、アクセスは非常に便利である。建て替え中の国立競技場にも隣接していて、2020年の東京オリンピックの時期には、どんな活況を呈しているのだろう…。しかし今日は暑い。
通常コンサートは開演の1時間前に開場され、それまでに準備を万端整えておく必要がある。出演者にとって重要なのは当然ながらリハーサルであり、でもその前に、楽器が最良の音で客席に届くのかを実際に音を出しチェックする行程がある。この日、楽屋口から中へ入ると、まさにそんな時間帯のようだった。カルテットの弦だけが響いてる。これから行われるのがポップス系のコンサートだということが、ちょっと想像出来ない雰囲気。もしそれが、♪ツトトントン ドドン タタン タン…、といった響きなら、ドラムの木村万作が音をチェック中、ということである。

今現在の彼がドラム奏者であることを彷彿させる、恰好のエピソードからスタートしよう。木村万作は小学校時代、鼓笛隊に入っていて、中太鼓を担当していた。ただし、音楽に熱中し始めるのは中学生になって、“洋楽”の素晴らしさに触れてからだ。60年代末から70年代にかけて、大橋巨泉が司会する『ビート・ポップス』というテレビ番組で紹介されたアーティストに、万作少年はどんどん魅了されていくのだ。まずはとっつきやすいバブルガム・ミュージックから…。シカゴが来日すると、武道館に観に行ったりもした。中学時代にクラシックギターをやり始めたものの、高校に進学してもドラムプレイヤーとしてはもっぱら聴くだけで、本当のドラムに親しんだわけではない。ところが卒業が近づき、彼は同級生と約束をするのだった。「大学行ったらバンドやろう」。

取材・文 / 小貫信昭 撮影 / 菊地英二


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と、ここまで話が進みました。

木村 ところが浪人しちゃうんです、俺だけ(笑)。でもドラム・セットは買ってね。午前中に予備校行って、午後は暇だったし練習したりして、1年遅れて大学入ってバンドに加わって、バッド・カンパニーの曲とかやってました。あの辺のバンドはドラムの手数が少なくて、初心者も演奏し易かったから。

ちなみに木村さんは、小田さんの早稲田の後輩でもあるんですよね。前に小田さんが大学の体育館でライヴやった時も、そんな紹介をされてましたね。その後、プロとしての経験はどう積み上げていくんでしょうか。

木村 はじめは細々した仕事をしながらチャンスを待つような日々だったのですが、しばらくいろいろやっているうちにPRISMというバンドに参加するようになり、それと同じ頃安部恭弘さんのバンドで叩くようになりました。当時、安部さんのマネージャーだったのが、いま小田さんの事務所にいる木下(智明)さんだったんです。で、そのうち小田さんのバンドが2回ツアーやったあと“メンバーを変える”ということで木下さんから話が来て、それが94年かな? 「今度リハーサルがあるんですけど、観に来ませんか?」ということで、“はーい”って行って、そのままずるっと、現在まで居させてもらっているというか(笑)、そんな感じなんですが。

小田和正というアーティストの印象というと…。

木村 僭越ですが、ビッグ・アーティストなのにミュージシャン・サイドな人、という感じでした。94年といえば“ラブ・ストーリー”で大ブレイクした後だし、小田さんのことはマスコミでもいろいろと紹介されてたので、なんとなく分かってたつもりでしたけど・・・。それと小田さんと仕事をしたことある人が、けっこう周囲にいて、人づてにも聞いていましたが。

万作さんライブ1

小田さんの楽曲は、他にも知ってたんですか?

木村 実は俺、オフコースの「こころは気紛れ」のシングルだけは持ってるんですよ。学生時代にパチンコの景品でとったんですけどね。それ、今も家にありますけど(笑)。それから「さよなら」の大ヒットも記憶にあるし、「眠れぬ夜」を西城秀樹がカバーしていたことなどなど。

色々と景品もある中で、それを選んだというのも、思えばなにかの縁だったんでしょうか。

木村 そうかも知れないです。

木村さんは現在もPRISMのメンバーでもあり、あちらはフュージョン系のインスト・バンドというか…。

木村 そうです。PRISMは歌が入ることもあるけど、基本、インストで各楽器のインプロビゼーションが主体の音楽です。それに対して小田さんの楽曲を演奏する時は、聴いてくれている人に “小田さんの歌を出来るだけ素晴らしい状態でお届けできる環境を作る”ということを思って演奏しています。

演奏に関して、リクエストされたことというと?

木村 特にはありませんでした。“デモ音源があってこういう曲なんだけど、やってみて”、という感じで言われることが多いです。やりすぎると“それは違う”と言われるので逆に言えば、“そこ”まではOKということなのかな。“ダメ”と言われたら“ハイ、分かりました”になりますけど、基本、自由にやらせてもらってます。でも20年も一緒にやらせてもらってるので、“小田さんは、こういうのが好きなのかな?”というのは、だいたい分かってきてるのかなぁ〜。

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それは具体的には?

木村 “ライド(・シンバル)でキープするより(ハイ)ハットのほうが好きかな”、とか(笑)。小田さんがよく言うのは、“こまごまと手を加えて構築したものより、シンプルな物の方が力強い”ということ。最近は僕自身の中でもそれが当たり前になってきてるからか、敢て言われることもなくなりました。その“力強さ”とは“分かりやすさ”であって、そのほうが“より伝わる”ということなんですね。

ドラムという楽器の醍醐味、苦心する点は?

木村 苦心というより、ドラムは楽しいですよ。ちゃんと音が出せるようになるまで時間が掛かる楽器も多いなか、叩けば誰でも鳴らせるし、子供なんて一度叩かしたらずっと叩いて遊んでますよ。だから自分も叩いてる時は、子供の気分です、ホント。あと俺の場合、ドラムを単独で演奏してどうの、ではなく、みんなでアンサンブルすることが好きなんですね。自分がグルーヴして、ほかのみんなもそれぞれグルーヴして、それが一体となった時に素晴らしい音が出てる、そういう時が最高の瞬間ですね。

今回のツアーで印象に残ってる場所というと。

木村 “あ~、やっちゃったぁ~”っていう意味で印象に残ってることはあります(笑)。ドラムって曲の頭でカウントを出すんですけど、俺がそれ間違えて、小田さんがすごく歌いづらそうだった、ということが何回かあって、そういう時は印象に残るというか、“やっちゃったぁ~”って、すごくヘコむんです。

それ、素人にも分かるよう説明してもらえますか?

木村 カウントって、“ワン・ツー・スリー・フォー”(シングル・カウント)って普通に入るのと、“ワァ~ン・ツゥ~ゥ・ワン・ツー・スリー・フォー”(ダブル・カウント)って弾みつけるのがあって、それ間違えると、小田さんが歌えなくなるんですよ。今回のツアーで一曲目の『Wonderful Life』はシングル・カウントなんですが間違えてダブル・カウントをしてしまったことがありました。ヘコみまくりです。

万作さんライブ2

セットリストとか全体のことではどうですか?

木村 オフコース時代の曲は今も人気が高い、ということですかね。小田さんが“今日はオフコースの曲をたくさん歌う”というようなMCをすると、盛り上がりますし。演奏してる者としても興味深いですよ、あの頃の楽曲は。音楽的に“こんなことしてたんだ…”ということが一杯ある。たとえば以前ツアーでやった曲ですけど、「倖せなんて」という曲は、基本は三拍子だけど部分的に二拍子が出てきてそこだけ取り出すと五拍子になってる、“あー面白い!”って思いながら演奏してました。小田さんに当時のことを訊くと、“あの頃はなにも知らなかったからそんな風になっちゃったんだよ”って仰るけど、逆にそれがすごく新鮮でね。

最後に小田和正さんの人間性を語るとしたら、どんな言葉になるんでしょうかね。

木村 一言で“こういう人だ”とは言えないけど、一つ言えるとしたら、小田さんは自分が何かをやることによって、それが後々、どういうことになっていくのかを深く考えて行動している、そういう人なんだと思います。自分が言ったこと、やったことに対して責任を持つ人間、だと思います。俺のような軽率な発言は小田さんには絶対に無いんじゃないかな(笑)。俺は普段、「迂闊くん」て呼ばれてるくらい軽率なんで…(笑)。

ここまでは特に迂闊なこと言ってないような気がしますけど(笑)。他にも何かありましたら…。

木村 今の小田さんは以前よりずいぶん自然体なんじゃないですかね。歳を重ねてとても素敵な感じだと思います。あと、俺たちバンドに対しても、凄く気を遣ってくれるんです。この場を借りて「ありがとうございます」と、改めてお伝えしたいくらいです。

小田さんアナザー

関連記事:「バンドメンバーインタビューPart.1:栗尾直樹」はこちら

木村万作 Mansaku Kimura(Drums)

1955年12月30日生まれ 東京都出身
大学在学中にピアニスト橋本一子と出会いプロ・ミュージシャンのキャリアをスタートする。1980年、彼女のデビュー・アルバム『Colored Music』に参加。以後、幅広いジャンルで数多くのセッションをこなす。1985年にPRISMに参加し現在にいたる。
レコーディング、サポート、共演をしたアーティストは、マーリン、谷山浩子、坂田明、渡辺香津美、MALTA、安部恭弘、松岡直也グループ、VALIS、窪田宏、伊藤君子、森高千里、ハイファイセット、赤木りえ、中西俊博、加藤登紀子、浜田省吾、中島みゆき、アンジェラ・アキなど多数。

小貫信昭

80年代より、雑誌『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽評論を開始。以後、主に日本のポップス系アーティストのインタビュー、各媒体への執筆などに携わりつつ今日に至る。主な著書には日本の名ソング・ライター達の創作の秘密に迫る『うたう槇原敬之』(本人との共著)、小田和正『たしかなこと』『小田和正ドキュメント 1998-2011』(本人との共著)、人気バンドの凝縮された1年間を繙いたMr.Children『es』(本人達との共著)、また評論集としては、ロック・レジェンド達への入門書『6X9の扉』、J-POPの歌詞の世界観を解き明かした『歌のなかの言葉の魔法』、また、ゼロからピアノ習得を目指した『45歳・ピアノ・レッスン!』などなどがある。現在、歌詞のなかの“言葉の魔法”を探るコラムを「歌ネット」にて好評連載中。

All Time Best Album
あの日 あの時

あの日 あの時

FHCL-3005~FHCL-3007
¥3,611+税

【初回仕様限定盤】
・デジパック仕様
・特製ギターピック封入(2種(「あの日あの時ver.」or「君住む街へver.」)から1種ランダム封入)
*本人直筆のタイトル「あの日あの時」or「君住む街へ」がピックに印刷されています。

日本人に長き渡り親しまれ、J-POPシーンのトップとしてそれぞれの時代を駆け抜け数々の記録を打ち立ててきた小田和正。1969年オフコースを結成し、翌70年プロとして音楽活動を開始、「さよなら」「言葉にできない」などのヒット曲を発表、今作にはオフコース時代のセルフカバー作品に手を加え多数収録。89年2月オフコースを解散後、ソロアーティスト活動を再開。1991年270万枚を超える大ヒット作となった「ラブ・ストーリーは突然に」明治安田生命CM曲でのヒット曲「たしかなこと」「今日もどこかで」やSUBARU ブランドCM タイアップソング「wonderful life」や、5月から全国東宝系にてロードショー公開される映画『64-ロクヨン-前編/後編』の主題歌「風は止んだ」も初CD化。まさに43年に渡る小田和正の創作活動の軌跡をたどった、珠玉の50曲を収録。

収録曲

【DISC 1】

  1. 01. 僕の贈りもの
  2. 02. 眠れぬ夜
  3. 03. 秋の気配
  4. 04. 夏の終り
  5. 05. 愛を止めないで
  6. 06. さよなら
  7. 07. 生まれ来る子供たちのために
  8. 08. Yes-No
  9. 09. 時に愛は
  10. 10. 心はなれて
  11. 11. 言葉にできない
  12. 12. I LOVE YOU
  13. 13. YES-YES-YES
  14. 14. 緑の日々
  15. 15. たそがれ
  16. 16. 君住む街へ

【DISC 2】

  1. 01. 哀しみを、そのまゝ
  2. 02. between the word & the heart-言葉と心-
  3. 03. 恋は大騒ぎ
  4. 04. ラブ・ストーリーは突然に
  5. 05. Oh! Yeah!
  6. 06. そのままの 君が好き
  7. 07. いつか どこかで
  8. 08. 風と君を待つだけ
  9. 09. 風の坂道
  10. 10. それとも二人
  11. 11. my home town
  12. 12. 真夏の恋
  13. 13. 伝えたいことがあるんだ
  14. 14. 緑の街
  15. 15. woh woh
  16. 16. the flag
  17. 17. キラキラ

【DISC 3】

  1. 01. たしかなこと
  2. 02. 大好きな君に
  3. 03. 明日
  4. 04. 風のようにうたが流れていた
  5. 05. ダイジョウブ
  6. 06. こころ
  7. 07. 今日も どこかで
  8. 08. さよならは 言わない
  9. 09. グッバイ
  10. 10. やさしい雨
  11. 11. 東京の空
  12. 12. その日が来るまで
  13. 13. 愛になる
  14. 14. そんなことより 幸せになろう
  15. 15. やさしい夜
  16. 16. wonderful life
  17. 17. 風は止んだ

小田和正スペシャルサイト
http://www.kazumasaoda.com/

オフィシャルサイト
https://www.fareastcafe.co.jp/

小田 和正 (おだ かずまさ)

1947年9月20日生 神奈川県横浜市出身
東北大学工学部、早稲田大学理工学部建築科修士課程卒業
1969年オフコース結成。翌70年プロとして音楽活動を開始、「愛を止めないで」「さよなら」「Yes-No」などのヒット曲を発表する。
82年には日本武道館連続10日間公演を実施、それまでの記録を塗り替えた。日本の音楽シーンに様々な記録を残しつつ、89年2月、東京ドーム公演を最後にオフコース解散。その後、プロデュース活動を経てソロとしてアーティスト活動を再開。91年に発表したシングル「ラブ・ストーリーは突然に」は270万枚を超える大ヒット作となった。また映画やテレビの特別番組など映像監督としても活躍し、これまでに「いつか どこかで」(92年)、「緑の街」(98年)の2本の映画監督作品を発表している。2001年からは毎年12月に「クリスマスの約束」と題した音楽特番を放映(TBS)、好評を博している。
2008年4月5日を皮切りにスタートした全国ツア―「今日もどこかで」は、ドーム4公演を含め、全国で53万人を動員する記録的なものとなった。そして、2011年4月20日6年ぶりのオリジナル・アルバム『どーも』発表。業界紙オリコンにてチャート1位を記録。5作連続、通算9作目のアルバム首位を獲得し、自身の持つアルバム最年長1位記録を更新した。同年5月7日長野BIG HATを皮切りに、5大ドーム8公演を含む全国31会場59公演総動員74万人、1年に及ぶ全国ツアーを実施した。
2013年4月24日に約2年5カ月ぶりのニューシングル「その日が来るまで / やさしい風が吹いたら」の両A面シングル発売。さくらの植樹活動を通じて震災を風化させないように取り組む「東北さくらライブプロジェクト」の活動を支援するコンサートは、今後も継続的に実施してゆく。同時期ベストアルバム「自己ベスト」が発売から足掛け11年で500週目のランクイン(=TOP300入り)を果たす史上初の快挙を成し遂げた。
7月2日9枚目のオリジナル・アルバム『小田日和』リリース。同年25会場50公演の37万人動員の全国ツアーを実施。
2016年ベスト・アルバム『あの日あの時』を発売。また、全国ツアー『明治安田生命Presents KAZUMASA ODA TOUR2016「君住む街へ」』を2016年4月30日(土)の静岡エコパアリーナからスタートさせた。

ツアースケジュール

【明治安田生命Presents 「KAZUMASA ODA TOUR2016 君住む街へ」】

4/30(土)・5/01(日)静岡エコパアリーナ
5/07(土)・5/08(日)四日市ドーム
5/14(土)・5/15(日)別府ビーコンプラザ
5/21(土)・5/22(日)函館アリーナ
5/28(土)・5/29(日)富山市総合体育館 第一アリーナ
6/07(火)・6/08(水)神戸・ワールド記念ホール
6/14(火)・6/15(水)さいたまスーパーアリーナ
6/21(火)・6/22(水)朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
6/30(木)・7/01(金)東京体育館
7/06(水)・7/07(木)盛岡市アイスアリーナ
7/13(水)・7/14(木)北海道立総合体育センター 北海きたえーる
7/23(土)・7/24(日)さぬき市野外音楽広場テアトロン
7/30(土)・7/31(日)宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
8/05(金)・8/06(土)ビックパレットふくしま
8/11(木・祝)・8/12(金)出雲ドーム
8/17(水)・8/18(木)マリンメッセ福岡
8/24(水)・8/25(木)大阪市中央体育館
8/30(火)・8/31(水)名古屋・日本ガイシホール
9/6(火)・9/7(水)大阪城ホール
9/17(土)・9/18(日)広島グリーンアリーナ
9/27(火)・9/28(水)国立代々木競技場第一体育館
10/09(日)・10/10(月・祝)高知県立県民体育館
10/18(火)・10/19(水)横浜アリーナ
10/29(土)・10/30(日)宜野湾海浜公園屋外劇場

小田和正が語るベスト・アルバム『あの日 あの時』に込めた想い

ファー・イースト・クラブ吉田雅道氏へ訊く
今、ベスト・アルバムを発売する“真意”とは。

vol.5
vol.6
vol.7