Interview

精神科医であり作詞家、きたやまおさむが語るアーティストの虚しさと苦悩、そしてドラッグ

精神科医であり作詞家、きたやまおさむが語るアーティストの虚しさと苦悩、そしてドラッグ

きたやまおさむは、先日、白井貴子とのプロジェクトの成果として、アルバム『涙河(NAMIDAGAWA)北山修/きたやまおさむを歌う』をリリースした。このアルバムには、きたやま作品のカバーに加えて、共作した新曲3曲が収録されていることはエンタメステーションで既報のとおりだ。

その流れの中で、きたやま自身が来たる10月1、2日に原宿クエストホールでライブを行なうことが決定。大きな注目を集めている。

きたやまはザ・フォーク・クルセダーズとしてデビュー以降、作詞家として音楽シーンの中で孤高を貫いてきた。「戦争を知らない子供たち」など、彼の作品はシンプルな言葉で人生の意味や愛の真実を描いた名曲が多数ある。

彼が今、音楽について何を思うのか、あるいは久々のライブに何を託そうとしているのかを訊いてみた。70歳を迎えたきたやまの言葉は、激変する現代の“心の環境問題”について、示唆に富むものとなった。今、これだけ真剣にミュージシャンやアーティストのことを思いやっている人は、他にいないのではないかと思った。

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 関信行

人生のための歌であって、歌のための人生ではない

今回の白井貴子さんとのコラボは、素晴らしいプロジェクトになりましたね。

そうだね。このプロジェクトにこれだけ時間がかかったのも、この曲が残ってあの曲が生まれたのも、どれもこれもが自然な感じがする。その無理のない感じが好きですね。『涙河』のどの歌も、他にない歌ですよね。それは新しいことが起きたっていうことで、新曲の「返信をください」にしても「涙河」にしても、日本でこんなメロディを聴いたことがない。中でも僕は「返信をください」が圧倒的に好きだな。「返信をください」の♪あなたのスマホは まだ生きてますか♪や♪インターネットが切れたら 溺れて死ぬでしょう♪っていう歌詞に、白井さんやスタッフのみんなが頭を抱えたって言ってくれたけど、頭を抱えるようなものを作らなきゃダメだよね。

既読スルーでイジメが起こったりする今、「返信をください」に含まれるメッセージは大切ですね。

そうなんですよ。ただそれを言葉で「返信をください」ってなかなか言えない。「返信をください」ってメールを出せないですよ。歌じゃないとできない。歌だからこそ言える。これはありがたいですね。 僕は作詞家であるから、歌でしか言えないことを発信し続けることができている。だから、人生のための歌であって、歌のための人生ではないっていうことを、最後の最後まで主張し続けたいね。私のための歌、あなたのための歌であって、みんなのための歌じゃない。

なんでミュージシャンに薬物使用が多いのか、あるいは妙な死に方をする人間が多いのか

今、きたやまさんが思索していることはありますか?

精神科医としての話をさせていただくと、なんでミュージシャンに薬物使用が多いのか、あるいは妙な死に方をする人間が多いのか。精神学と音楽、あるいはポップスとの関係を考えると、これは大変に大きなテーマだと思うんですよ。でも、芸人のそういう話はあんまり聞かない。なんでかっていうと、やっぱり芸人さんはリアクションを客からライブで得ているからだと思う。

私は武道館に出ると、虚しいって思う。遠くにいる観客の声も聞こえないし、顔も見えないところで歌を歌ってるのは、絶対に虚しいと思うんだよ。私たちは、観客の顔が見えないところで音楽を奏で過ぎたと思うんだ。それでミュージシャンは虚しくなって、妙な死に方をするようになったんじゃないだろうか。薬に結びつけるのはおかしいかもしれないけど、例えばマイケル・ジャクソンは虚しくなっていったと僕は思う。ホイットニー・ヒューストンも、プリンスもそうだったと思うんだよね。

この前ね、「オールド・フレンズ」っていうDVDを見てたんだ。これはサイモン&ガーファンクルの2003年のツアー終盤のマジソン・スクエア・ガーデンでのライブなんだけど、ポール・サイモンがずーっと最後まで笑わないのよ。でもポール・サイモンって他のDVDを見てると、笑う人だと思う。たとえば年間に2、3回しかライブをやらなければ、それこそ緊張感があふれるでしょうし、面白いぞってなるんだけど、もし1万人以上のコンサートを40回とかやったら、人間は機械の一部になってしまうと思う。僕はそういう仮説を持っている。

キャロル・キングも、ある時期、そうでした。大きい会場でコンサートをやるようになって、親しい友達のために歌うような良さを無くしてしまった。それが年を取った今は、“リビングルーム・コンサート”っていうのをやってるんです。舞台の上に自分の部屋のようなセットを置いて、そこで歌う。たまにゲストにジェームス・テイラーが来たりして、素晴らしいですよ。

それはいいですね。僕もザ・フォーク・クルセダーズをなんで辞めたかっていうと、いくら「帰って来たヨッパライ」を歌えって言われたって、5回も歌ったら、もういいですよ、あんなもの。声を合わせるだけの曲ですから。でも客は歌えと言う。これは非常に虚しい営みだと思う。この虚しさが今、音楽業界やミュージシャンの側にものすごくはびこってると思うんです。

「同じ曲を何回もちゃんと歌うのがプロだ」っていう意見もとってもよくわかる。三波春夫さんはえらかった。だけどロックとかフォークとかって言われてるものは、歌いたい歌を、歌いたいように、演奏したいように歌うということが、実に重要なことだからね。歯車のピースの一部になってしまって、演奏するのは虚しいだろうなと思う。

芸人の中で、たとえば落語なら、いっぺんに相手にできるのは3~400人ぐらいですよね。しかもインタラクティブで、お客さんによって枕を変えたりするじゃないですか。多分そういうことですよね。

そういうこと、そういうこと。だからパフォーマーとしての芸人さんから学ばなきゃいけないのは、ライブの面白さです。

“面白い”っていう言葉は、長老が面白い話をしたら、囲炉裏端を取り囲んでいた人々の顔が上がって、その顔が白く映えるっていうのが語源だって言われている。その感覚に私たちは戻るべきだと思う。たとえばクエストホールぐらいのサイズでなら、みんなの顔が上がったときに、その顔が見える。 僕は授業をやってても、そう思うんだよね。800人の授業ってやったがことあるけど、難しかった。やっぱり落語の方々が言ってる3~400人のサイズ。ここに原点を置いて出発する方がいい。 なんで数字を上げて言ってるのかっていうと、「帰って来たヨッパライ」を生み出したとき、最初は300枚のレコードを作ったんですよね。300人に300枚のレコードを売るために「帰って来たヨッパライ」を作った。それがちょうどいいサイズなんだと思うんですね、面白いものを作るためには。

ライブについて他に思うことがありますか?

ひとつ重要なことは、つまんなくなったにも関わらず、演出や照明や音響さんのおかげで、今日は面白かったって言われる。

なるほど、そうですねえ。

本人がいちばんつまんないのに、お客さんから「十分に楽しんだ。完璧なコンサートだった」って言われると、もっと虚しくなると思う。そういうことって多々起きてるように思う。そしたら何がいちばん面白いかっていうと、リハーサルか打ち上げかってことになってしまう。あるいは、ホテルに帰ってからでしょ。これじゃあ、辛いな。

そうすると、さっきのドラッグの話になる。

と思うんだよね。これは軽々しくは言えない話だけど、ミュージシャン側のシラケというのを感じる。

昔は自分が何をやってるのかが見えなかった。だからお客の面白いっていう拍手でもって知るしかなかった。

ただ、今のミュージシャンと昔とは違うように思います。例えばジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンは、激烈なドラッグで死んでる。でもマイケルもプリンスも鎮痛剤で死んでいる。刺激的な夢を見るためにドラッグをやっているわけではなくて、鎮痛剤で死んでしまうっていうのは、そうとう悲しいですよね。

わからない、僕、それが本当なのかどうかよく知らないから。処方の中身っていうのは、全部は公開されていないかもしれないし。だから何があったのかリアリティがわからないんだけど、確かに昔はサイケデリックな音楽を作るために刺激剤を飲んでいたのかもしれない。ところが今は、苦しみと痛みを抑えるために飲んでるっていう。まあ、そういうことかもしれないね。

その上、モニターが手に入って、自分が何をやってるのかをすぐに見ることができるっていうのも苦しいと思うよ。昔は自分が何をやってるのかが見えなかった。だからお客の面白いっていう拍手でもって知るしかなかった。ところが今や、モニターして見ることができるから、修正できるわけじゃない。それをDVDで出すときは、さらに修正したりもしてるから、もう辛いと思う。虚しさが生まれる。だって肉体と肉体の出会いがなくなってしまったんだから。

音楽産業は儲かる儲からないで大きく左右されているので、もう進行は止められないとは思うけど。でもこうやって長くやってる僕みたいな人間は、そういうことを大事にしながら、言ったりしゃべったり、実演したりしながらやっていくべきですね。

実感のこもった言葉ですね。

私はボブ・ディランからもピート・シーガーからも、学んだんだと思う。生活があって、その生活から歌が生まれて、そして歌を発表する機会があるわけで。キャロル・キングのリビングルーム・コンサートもそうかもしれない。私たちは生きてるのが先であって、発表活動はそれにくっついてくるもんですよね。その発表コンサートのおかげで、私たちは生きることが楽しくなる。それはお客さんにとってもそうであるべきだと思う。コンサートのために生きてるわけじゃない。コンサートによって生かされてるんだと、私は昔からそう思ってた。

コンサートのほうが、生きることを追い越していったら、私たちは辞めるしかない。付いていけないから。追い越していくから虚しいんだろうと思う。100万人とか1000万人を相手にするような仕事は、エンターテイナーとしてはあり得ないですよ。難しいし、ものすごく虚しいことだと思う。それに手を染めてしまったからね、今のエンターテイメント業界は。

ミュージシャン、あるいはアーティストたちは“現代人の鏡”

アーティスト側にも問題はありますか?

私はね、ミュージシャン、あるいはアーティストたちは“現代人の鏡”だと思うんですよね。私はさっき「ミュージシャンたちは虚しいんではないか」って言ったけど、あえて言っておきたいのは「私たち現代人がみんな虚しくなってる」と思うんだよ。

「有名になりたい」なんてことを、今から200年前の人はあんまり考えてなかったと思う。でも今や誰もが有名になったり、パフォーマーになって、みんなの前で何かをやるってことばっかり考えるわけじゃない。でも個人個人が発表してるブログもチャットも、誰も見てないし、読まれていない。読まれていないメッセージが、ものすごく氾濫している。

こんだけ発信してるのにね、誰も返事くれない。すると「みんな、ひょっとしたら私のことが嫌いなんじゃないか。私のことをみんなが捨ててしまったんじゃないか」って思ったりする。この前までいたフォロワーが何にも私のこと読んでくれてない。かえって悪いこと書いてるみたいなことになっていくという。要するに「1億、総返信をください時代」になってしまっている。ミュージシャンにときどき起こっている悲劇は、現代人の悲劇なのでね。だから、手応えをくれる他人、返信をくれる他人、目の届くところにいる人たちのことを大事にして生きるっていうのを、私も心がけて生きていきたいなと思う。

今回、クエストホールでライブをやろうと思ったのは、“手応えをくれる他人”の存在を確かめるためですか?

そういう主張を込めて、生きることの一部としてのコンサート活動をやってみたいと思います。実は音楽をやめて、医療の道だけに絞り込もうと思ったことがあったんですね。そうしないと、あまりにもうるさいマスコミがついて回るので。でも私から音楽を取ってしまったら、うつ病になっちゃったんですよ。落ち込んじゃいました。私は好きな音楽ナシでは生きていけない。音楽によって生かされいるんであって。

逆に言えば、私から音楽を奪い取ることはできない。音楽は私が生きてることに、非常に役に立ってる。今回、白井さんと作った3曲は、昨日も今日も私を楽しく生かしてくれてますよね。

特に「返信」を聴きまくってるわけですね(笑)。

そうですねえ。珍しい曲が生まれましたねと思ってます。さっきの授業の話に戻りますけど、生徒はみんな僕の本のPDFファイルを持って授業を受けにくる。そうすると、本は全然売れないわけ。でもみんなが私の著作物を持ってくれているほうが、嬉しいと思った瞬間に、世の中は変わるかもしれないね。

グーテンベルクが印刷や活字を発明したときに、こんな話があった。神父様は神様の代弁者で、神様の福音をお伝えくださるということで、人々の尊敬を受けていたんだけれども、聖書が印刷物で手に入ることになった途端に、みんなが教会に行かなくなってしまった。あるいは神様を尊敬しなくなってしまった。だからグーテンベルグが神父様の声の価値を貶めたって言われた。それがもし本当なら、とにかく次々と安いコピーが氾濫してしまって、最後のところでライブが面白いっていうふうになるほうが、私にとっては見たい現実だな。

もう、今はそうなってますよ。“ライブの時代”って言われ続けてます。

そうですか。今度、クエストホールというちょうどいいサイズのところでやらしていただくのは、ホントに楽しみです。

素晴らしいと思います(笑)。

みなさん、生き残ってまいりましょう(笑)。

 

プロフィール

きたやまおさむ
きたやまおさむ

フォーク・クルセダーズのメンバーとして「帰って来たヨッパライ」でマスコミデビュー、作詞家としての代表作は「戦争を知らない子供たち」「あの素しい愛をもう一度」など。近年は坂崎幸之助とCD「若い加藤和彦のように」を完成し、講演記録としてアカデミックシアターのDVD 全三巻が発表された。主な著書に、『北山修/きたやまおさむ百歌撰』(ヤマハミュージックメディア2008)、『ビートルズを知らない子どもたちへ』(アルテスパブリッシング2009)、『帰れないヨッパライたちへ~生きるための深層心理学』(NHK出版新書)』。専門書としては『劇的な精神分析入門』(みすず書房2007)、『意味としての心』(みすず書房2014)など多数。

きたやまおさむによるアカデミックシアター公式サイト http://academic-theater.jp

ライブ情報

きたやまおさむ ライブ「生きてます」

10月1日(土)、10月2日(日)  原宿クエストホール 問い合わせhttp://www.capital-village.co.jp/