瀬尾まいこの「傑作はまだ」  vol. 15

Story

相手の反応を求めてたら何もできないよ。瀬尾まいこ『傑作はまだ』第15回

相手の反応を求めてたら何もできないよ。瀬尾まいこ『傑作はまだ』第15回
あらすじ

引きこもりの小説家・加賀野<かがの>の元へ、生まれて以来一度も会ったことのなかった息子・智<とも>が突然訪ねてきた。

しばらく泊めてほしいと言う智の頼みで、二人は一緒に暮らすことに--。

息子のことは何も知らない。血がつながっている、ただそれだけの関係。ただそれだけのことがこんなにも俺の心をかき乱す。

『そして、バトンは渡された』で「ブランチBOOK大賞2018」受賞、「キノベス2018」1位獲得!! 切なくてやさしい物語を送り出してきた作家・瀬尾まいこが、不器用な親子の不思議な同居生活を描く、笑って泣けるハートフルストーリー。

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瀬尾まいこ『傑作はまだ』新連載スタート!! 小説家・加賀野の元へ、生まれて以来一度も会ったことのない息子が訪ねてきた

瀬尾まいこ『傑作はまだ』新連載スタート!! 小説家・加賀野の元へ、生まれて以来一度も会ったことのない息子が訪ねてきた

2018.12.02

バックナンバー

連載 瀬尾まいこの「傑作はまだ」

第15回

第三章

10

「で、そう言えば、なんか返事は来たのか」

 ダイニングに智を見つけてそう聞くと、智は、
「また?」
 とふきだした。

 美月に誕生日カードを送ってから、一週間が経つ。そろそろ返事が来てもよさそうなころだ。「おめでとう」と書いた以上、その反応が気になってしかたがない。今さら美月に会いたいだとか、気に入られたいだとか、そういう思いがあるわけではない。どう受け止められたのかが単純に気にかかるのだ。

「おっさん、それとなく聞いているつもりかもしれないけど、俺の顔見るたびに返事のこと口にしてさ。小学生じゃないんだから。はい、コーヒー」

「あ、ああ。気にしてるというか、君がせっかくカード送ったんだから、返事もらえたかなって……」

 智がテーブルにコーヒーを置いて、俺はなんとなく席に着いた。

「返事気にしてるの、おっさんだけだから。おめでとうの返事なんて、ありがとうくらいしかないだろう」

 智は自分の分もコーヒーを淹れると、俺の前に座った。

「そっか」

「しかも、二十年以上放っておいても平気だったおふくろの反応を、今になって気にするなんてさ」

「いや、相手が美月だからってわけじゃなく、積極的に誰かにメッセージを送ったのはずいぶん久しぶりだから、どんな言葉が返ってくるのかと」

「積極的って、おっさん、俺にカード差し出されて、おめでとうってオリジナリティのかけらもない言葉を見えない大きさで書いただけじゃない」

 智はそう言って笑った。

「まあ、そうだけど。でも、君だって少しは気になるだろう? 誕生日カード送ったんだから」

「別に。ただ、誕生日だからおめでとうって言っただけで、それ以上は何もない」

「君は誕生日を祝うのが趣味なのか?」

 笹野さんに美月。ついでに誕生日でもない俺にも、智はカードをくれた。

「まさか」

「じゃあ、どうして? 君はこの一ヶ月で三人もの誕生日を祝っている」

「おっさん、本当に風変りだな。身近に誕生日の人がいたら、おめでとうくらい言うのは自然なことだよ。人を喜ばすことができるかもしれない機会が目の前にあれば、やってみたくなるだろう? 誕生日は割と安全に相手を愉快にできる、とっかかりやすいチャンスだから、おっさんもどんどん人の誕生日祝ったほうがいい」

「すごいな……」

 返事も期待せず人を喜ばせたいと思えるなんて、智はボランティア精神にあふれている。

「これ、普通だから」

 智は呆れたように息をついた。

「そうなのか」

「そう。相手の反応を求めてたら何もできないよ。おっさんだって、俺が淹れたコーヒー、当然の顔で飲んでるだろう? 君の淹れたコーヒーは最高だ。この一杯で俺は救われる。心からの感謝を贈る。くらい言ってもいいのにさ」

「本当だ!」

 俺は口をつけていたカップをテーブルに置いた。なんて失礼なことをしていたのだ。こんなにもおいしいコーヒーを智は何も言わず淹れてくれているというのに、今まで礼の一つも言っていなかった。

「すまない。君があまりにも自然にコーヒーを淹れてくれるのに、感謝の心を忘れてしまっていた」

「冗談だよ。おおげさだからやめてよ。ただコーヒー淹れただけなんだから、感謝なんかしなくていいって。これ、インスタントだし。おっさん、重症だな」

 智はたやすく言うが、俺ならどうだろう。ダイニングに誰かの姿を見つけ、コーヒーを用意できるだろうか。きっと、どんな飲み物を選べばいいか躊躇してしまうし、相手が喉が渇いているかどうか推測できない。そもそも俺の場合、飲み物を出すという発想すらわかないかもしれない。

 俺にはまったくない智のこういう部分は、美月の性格を受け継いでいるか、美月と生活する中で育まれたもののはずだ。ということは、美月もそばにいる誰かを気遣う人間だったのだろうか。俺が気づかなかっただけで、優しい女性だったのかもしれない。いや、それはないか。

「毎月写真は送るから、それで十分でしょう。父親風吹かして子どもに会おうとかいう妙な考えは起こさないでね。きっちり月末までに十万円振り込むのだけは、忘れないように」

 何の感情も含まずそう言っていた美月の顔を思い出して、俺は静かに首を横に振った。

つづく
タイトル画像・デザイン / 山家由希


自然と人を気遣うことができる、そんな風に智を育てた美月に思いを馳せる加賀野だが–。

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瀬尾まいこ(せお・まいこ)

1974(昭和49)年、大阪府生れ。大谷女子大学国文科卒。2001(平成13)年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。他の作品に『図書館の神様』『優しい音楽』『温室デイズ』『僕の明日を照らして』『おしまいのデート』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『春、戻る』『そして、バトンは渡された』など多数。

書籍情報

ブランチBOOK大賞2018受賞作!
『そして、バトンは渡された』

瀬尾まいこ(著)
文春e-Books

たくさんの〈親〉たちにリレーされて育った優子。数奇な運命をたどったけど全然不幸じゃなかった少女の物語。
私には父親が三人、母親が二人いる。家族の形態は、十七年間で七回も変わった。これだけ状況が変化していれば、しんどい思いをしたこともある。新しい父親や母親に緊張したり、その家のルールに順応するのに混乱したり、せっかくなじんだ人と別れるのに切なくなったり。(本文より)
幼くして実の母親を亡くし、様々な事情で血の繋がらない〈親〉たちの間をリレーされ、四回も苗字が変わった優子だが、決して不幸だったわけではない! 〈親〉たちの愛を一身にうけて、〈親〉たちのことも愛して、いま十七歳の優子は幸せなのだ。身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作!

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