黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 24

Interview

「サバイバルホラー」の始祖 三上真司氏(中)1回死んで復活の「ゾンビ組」

「サバイバルホラー」の始祖 三上真司氏(中)1回死んで復活の「ゾンビ組」

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

株式会社カプコン時代から現在まで、常にゲームプロデュースの最前線に立ち続けるクリエイターが三上真司だ。

三上のクリエイティブを支えてきた原体験は謎めいている。SNSなどでの発信も少なく、過去に取材した記事もゲームにフォーカスしたもの以外は極端に少ない。

三上真司はビデオゲームに新しいホラーの世界観を表現した『バイオハザード』を生み出し、サバイバルホラーと言う新しいゲームジャンルを開拓した。カプコンにおける活躍はもちろんのこと、独立し、現在に至るも、常に三上テイスト溢れる野心に富んだ話題作を提供し続ける孤高のイメージを持つクリエイターだ。

2018年の初頭、三上に申し込んだインタビュー取材が実現したのは木枯らしが吹く年末になった。カプコン時代と変わって、ゲーム系メディアへの露出が限られている今だからこそ三上自身のクリエイティブのルーツを自身の半生の中から追求してみたいと思った。

三上が何を感じ、何を想い、それぞれの作品に向かい合い、人生を生きてきたのか、今回の「エンタメ異人伝」は、三上真司を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

(敬称略)

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの第2回です。第1回(上)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


第一志望は新日鉄…「鉄鋼がメインなのにバイオをやるなんてブッ飛んでるな」

ゲームとの出会いは大学の頃ですよね。それで、そのあとカプコンに入られるわけですが、他の選択肢はなかったんですか。

三上真司 エンタメステーションインタビュー

三上 商学部だったんで就職活動はおもに商社でしたね。あと親父のコネで銀行。そこの支店長とパイプがあったみたいで、「お前、受けろや」みたいな話になったんです。で、地元に戻って個別面接みたいなのを受けて、コネ入社みたいなものですから、ほぼ内定みたいな。でも、そのとき一番入りたかったのは実は新日鉄さんだったんですよね。

そうなんですか?

三上 新日鉄は当時バイオ研究をやっていたんですよね。「鉄鋼がメインなのにバイオをやるなんてブッ飛んでるな」、「そんなすごいことをする会社に入りてえな」とか思って。

新日鉄のバイオ商品ってどういうものだったんですか?

三上 商品は出ていなかったです。バイオ生物学が将来どういうものになるか分かんないけど、研究はやっているっていう。ホンダのアシモとかあるじゃないですか。ああいった類のことと同じです。ただ、ホンダは自動車ですから、アシモはメカで繋がりがあるじゃないですか。でも、鉄とバイオはね。

確かに、まったく繋がりがないですよね。

三上 ブッ飛びすぎやんってね。で、ゼミの先生に興味ありますって話して、京都のホテルのカフェで新日鉄にいる卒業生の面接を受けることになったんです。

あ、OB訪問みたいな。

三上真司 エンタメステーションインタビュー

三上 そうそう。特別面接の場を作ってもらったんですけど、席に座るなり「商品の二面性って言える?」って聞かれて「……分からないです(小声)」って(笑)。これってゼミのテーマのひとつだから、覚えとかなきゃいけないことなんです。しかも、僕はゼミの幹事をやっていましたからね。それで、一気に空気がおかしくなっちゃって、結局落ちました。

任天堂も一次面接には受かっていたんです

そのあと最終的にどうされたんですか。つまり、どうしてカプコンを選ぶことになったんですか?

三上 メシを食っていくために商社か銀行に就職しよう、まともな商売に就こう……そう思ってはいたんですけど、ゲームがめっちゃ好きで、ものづくりも好きで。ものづくりをする仕事に携わりたいっていう個人的な願望もあって、自分の中で二分していましたね、ホントはソッチ(ものづくり)がいいんだけど、社会人になって生活していくんだったら普通はコッチ(商社・銀行)でしょっていう。新日鉄さんはその真ん中ぐらいですね。で、そんな中で任天堂さんを受けたんですよ。任天堂も一次面接には受かっていたんですよ。

そこでなぜ任天堂を選ばれたのでしょうか。

三上真司 エンタメステーションインタビュー

三上 ゲーム業界っていうと普通に任天堂の名前は知っているじゃないですか。正直、その頃はカプコンって知らなかったです。『魔界村』も『1942』も知っているし、よく遊んでいましたよ。けど、どこが作っているのかなんて、まったく興味なかったからゲーム画面に出てくる「CAPCOM」ってロゴも脳がスルーみたいな。だから、最初はカプコンさんを受ける予定はなかったんです。

「ああ、ああ、ああ、『魔界村』とか、アレね~」って

では、どうしてカプコンを受けることになったんですか?

三上 学生のときの友達が僕の下宿先のアパートに来て、チラシを置いていったんですよ。「ヒルトン立食パーティー、カプコン会社説明会」みたいな。それで「カプコンって何?」ってなって、「ああ、ああ、ああ、『魔界村』とか、アレね~」って。

そのときに初めてカプコンと『魔界村』が……。

三上 繋がりました。そういえば山田康雄さんの声で『魔界村』のファミコン版の宣伝とかしていましたよね。ルパンの声で「デビューが6月13日になっちゃった~」(注12)みたいな。今思うとありえないですよね。

三上真司 エンタメステーションインタビュー

注12:ファミコン版『魔界村』は発売が延期になった際、ナレーションをつとめる声優の山田康雄氏がテレビCMの中で「デビューが6月13日になっちゃった」と延期のアナウンスをした。

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