山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 52

Column

文学と音楽 #001

文学と音楽 #001

「Hotel Existence」はポール・オースターの小説『ブルックリン・フォリーズ』に登場するホテルの名前であり、HEATWAVEの曲のタイトルでもある。
かつて何百冊もの本に埋もれて生活していたという山口。
それらは時に人生をどん底から支え、時に血となって細胞をめぐってきた。
山口洋が書き下ろす「文学と音楽」、イントロダクション。


文学と音楽。文学とロックンロールって言い換えてもいいのかな? それが編集部からのリクエスト。今後、音楽と文学の関わりをシリーズ化しようって話もあるので、今回はダイジェスト的に書いてみる。

ふむふむ。確かに文学は音楽の次に影響を受けた。一生に一度だけ物語を描こうと思っているし。

ただし、致命的な欠点があって。

読んだらすぐに忘れてしまうのだ。もはや特技レベル。ちょっと健忘症じゃないかってくらいに。えっと、昨日読み終えた本の主人公の名前なんだっけ? 思い出せない。斜めに、猛烈なスピードで読んでいるせいもあるのだけれど、きれいさっぱり忘れてしまう。

でも音楽は残るのだ。歌詞やメロディーや、ちょっとしたフェイクやドラムのフィルイン、グルーヴやサウンドの特徴が。こころの網にひっかかってる。脳というより、腰と身体を通じて、確かにこころが覚えている感覚。

30代の半ばまで、本に囲まれて生息していた。というよりは、本の中で暮らしていた。本棚は二重では足りず、三重に本が重ねてあって、ときどきものすごい音をたてて、本棚が崩壊する。そして何度目かで気づく。本で死ぬのはゴメンだ。保有していることになんの意味があるのか? 引っ越しを機に、ほぼすべてを処分した。この膨大な書物の何千分の一かが僕の細胞に刻まれ、血になって流れているのなら、もうそれでいいじゃないか。

もうひとつ。作家と呼ばれる人たちと、ときどき知り合いになるのだけれど、仲良くなったためしがない(すいません)。それはひとえに彼らのフィジカルの弱さを突っ込みたくなる、僕の性格の悪さに起因していて、酒の席で「頭じゃなくて、もう少し身体で書けばいいじゃん」とつい口にしてしまう。すると彼らは頭を使って反撃を開始してくる。コントか! そこが噛み合わない。ロックンロールは肉体を使って反対側に突破するところが僕に合ってただけじゃんと、今となっては思う。

それでも。アイデンティティーの形成、孤独との向き合い方、正しい裏通りの歩き方、中指を立てる場面の選び方、暴力との向き合い方、魂を救済する方法、エトセトラ、エトセトラ。文学が僕に与えてくれたものは計りしれない。

音楽は若い頃に才能を発揮しやすい。残念ながら、加齢とともにソングライティングの能力は落ちていく。それは音楽的発想が多分にフィジカルに起因するものだからだと思う。逆に文学はメンタリティーの老成に伴って深みを増してくる。それは認めざるを得ない。

前置きが長くなったけど。僕が影響を受けた作家たちを、ロックンロールに照らし合わせてみる。甚だ偏ってるけど。

ブコウスキーの人生こそ、間違いなくロックンロール。かなりどうしようもない類いの。シェイン・マクガヴァンとジョニー・サンダースを足してもブコウスキーの人としてのヒドさに軍配があがるだろう。周囲に居る人間はたまったものじゃないだろうけど、読んでいるこちらには実害がない。そして、たまにモーレツに美しい。ドブ川に映る夕陽のように。醜悪で、笑えて、くだらなくて、たまに泣けてくる。ある時期、ものすごい勢いですべての著作を読み尽くし、正しい中指の立て方を学んだ。僕にとってはこの世界の暗闇を照らす汚れたヘッドライトのようなものだよ。

ヴォネガットは音楽で例えるなら、ランディ・ニューマンかな。シニカルでウィットに富んでいて、さりげなくいつも本質を突いているところがすごい。彼からは正しいケツの穴の描き方を学んだ(ほんとだよ、一時期サインには必ずそれを付け加えていた)。ランディ・ニューマンに「Short People」という素晴らしい曲がある。“Short People Got No Reason To Live” 、“背が低いやつは生きている理由がない”。この曲を聞いて差別だ、と騒ぐ人物とともだちになるのは難しい。コンプライアンス的にアウトでも、これは差別じゃなくて、ウィットに溢れた一流の表現。ほぼ誰も傷つかない、はず。そういうスレスレのスマートさをヴォネガットから学んだ。

ヘンリー・ミラー、ハンター・S・トンプソン、そしてLF・セリーヌ。日本でいうところの無頼派か。音楽でいうならウォーレン・ジヴォン。ハードボイルドだけれど、そこはかとない切なさと、虚しさと、孤独。裏返しのヒューマニズム。孤独の向き合い方を彼らから学んだ。ウォーレン・ジヴォンに「Splendid Isolation」という名曲があって、“栄光ある孤独”とか“名誉ある孤独”と訳されるのだけれど、僕は“素晴らしい孤独”と訳したい。孤独は本質的には素晴らしいものだから。

ポール・オースターの文章はテレヴィジョンのトム・ヴァーラインのギターみたいだ。精神の迷宮に迷い込んだ、Mr. Nowhere。痙攣する空気、歪んでいく時空、頭蓋の裏に映し出されるトラウマの映画。生きていること自体が幻想のような。現実そのものが夢のような。

カポーティにはディランを感じることがある。セレブ好きで、何を考えているのか分からなくて、ともだちがいなさそうで、セルフ&パブリックイメージを完璧にコントロールしようとしていて。そして、いつも作品が素晴らしすぎる。両者とも作品は大好きだけれど、ともだちにはなりたくない。褒めてますよ、もちろん!

ジャック・ロンドンとアラン・シリトー。スプリングスティーンの『ネブラスカ』に通じる道が見える。『野生の呼び声』も『長距離ランナーの孤独』も小さな頃から家にあって、タイトルを見るだけでこころがざわざわとした。『ネブラスカ』のジャケットを見たときに同じ感情が湧いてきた。これは、なにか特別なものだと直感がそういって、それは間違っていなかった。文学と音楽をつなぐ道がモノクロでジャケットに描かれていたんだね。

マルセル・プルースト。僕にとってはザッパかなぁ。「失われた時を求めて」。なにかものすごいことが書いてあるのは間違いないのだが、未だに一巻目で挫折したまま。同じくザッパも、未だにちゃんと聞き通せたことがない。

マイケル・ギルモアの『心臓を貫かれて』。これは例えようがないくらいの名著だった。文字通り、心臓を貫かれた。これに匹敵する音楽は、僕の中では……ない。気合いを入れて、ぜひ一読を。人間の凄まじさが描かれている。

もう一冊だけ。ダグ・ボイドの『ローリング・サンダー』を20代で読んだのは大きな経験だった。自分の成長を止めているのは「FEAR」だとその本は教えてくれた。いわゆる自分探しをしている若者に是非薦めたい一冊。ディランがそうしたように、ここで描かれているメディスンマン、ローリング・サンダーに僕もネヴァダまで会いに行った。何を大切にして生きるのか。彼(ら)の生き方にとてつもない影響を受けた。ぜひご一読を。

最後に。もし僕が作家だったとして、君にノーベル賞をあげると言われたなら、受け取らないと思う。どうしてって、それは爆弾を作った罪滅ぼしみたいな賞だから。そんなものはいらない、という気高さを音楽や文学から僕は学んだ。賞なんてものから、いちばん遠いところに文学やロックンロールは存在しているべきだと思う。

今、とつぜん思い出したけれど、小学生のときに山本有三の『路傍の石』って本を読んで震えた。『路傍の石』、そのスピリットこそがロックンロールだよ。

連載の中でこれからときおり、一冊、一編、ひとりの作家を深く取り上げていけたらと思う。

感謝を込めて、今を生きる。


ランディ・ニューマン / Randy Newman
『小さな犯罪者 / Little Criminals』

アメリカを代表するシンガー・ソングライターのひとり、ランディ・ニューマンの1977年作品。1曲目「ショート・ピープル / Short People」はシングル・カットされ、彼にとって初の大ヒット曲となった(一方で、歌詞が差別的であるという理由で放送禁止にもなった)。グレン・フライ、J.D.サウザー、ティモシー・B・シュミットの3人がバッキング・ボーカルで参加。「身長の低い人たちは元から生きる理由なんかない」「手も小さい、目も小さい、鼻も小さい、歯なんか豆粒のようだ」という歌詞のあと、ブリッジで「身長の低い人たちはちょうど君たちや僕と同じだね/死ぬ日まで僕らはみんな兄弟」と歌われる。全12曲。


ウォーレン・ジヴォン / Warren Zevon
『Learning To Flinch』

孤高のシンガー、ウォーレン・ジヴォンの1993年発表のソロ・ライヴ盤。「Splendid Isolation」で始まり、リンダ・ロンシュタットが歌った「Hasten Down The Wind」や「Poor Poor Pitiful Me」などを収録。ギターとピアノを持ち替えながら切々と歌う全17曲。


ブルース・スプリングスティーン / Bruce Springsteen
『ネブラスカ / Nebraska Original recording remastered』

ブルース・スプリングスティーンの1982年発表の6作目。「アトランティック・シティ / Atlantic City」「ハイウェイ・パトロールマン / Highway Patrolman」他、全10曲を収録。1曲目「ネブラスカ / Nebraska」は映画『地獄の逃避行 / Badlands』(1973年・テレンス・マリック監督)及び、そのモチーフとなった実在の殺人事件に触発されて作られた。自宅の4トラックMTRを使い、ギター弾き語りで録音したデモテープをミキシング後、そのままマスターに使ったアコースティック作品。アメリカの暗部、社会の脱落者をソリッドな筆致で描いた歌詞が秀逸。


マイケル・ギルモア
『心臓を貫かれて』

罪もない人々を殺し、死刑が求刑されたとき、自ら銃殺刑を求めたゲイリー・ギルモア。その傷つけられた子供時代、家族との血ぬられた歴史、衝撃的な“トラウマのクロニクル”に分け入り、魂の破壊と再生を実の弟が語り尽くした渾身のノンフィクション。全米批評家協会賞を受賞。村上春樹 訳。1996年発行/614ページ/文藝春秋


ダグ・ボイド
『ローリング・サンダー ―メディスン・パワーの探究』

アメリカ・インディアンのメディスンマンであり、チェロキー一族およびショショーニー族を代表するスポークスマンとしても広く知られる“ローリング・サンダー”が何世代にもわたって守護してきた秘密の知恵を伝える書。病気の癒し方、薬草の扱い方、雨を降らせる方法、悪魔祓い、時空を超えたコミュニケーション……。現代社会に生きる人間が忘れている大切なものを思い出させる必読の書。北山耕平+谷山大樹 訳。1991年発行/604ページ/平河出版社

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に現在も歌い継がれている。アン・サリーによるカヴァー「満月の夕(2018ver.)」は2019年2月公開の映画『あの日のオルガン』(監督:平松恵美子、主演:戸田恵梨香、大原櫻子)に起用されることが決まった。東日本大震災後は、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと“MY LIFE IS MY MESSAGE”として、福島県相馬市の人たちと希望のヴァイブレーションを起こすイベントを続けている。2018年4月から池畑潤二(Drums)、細海魚(Keyboard)と新生HEATWAVEとしての活動を開始。2018年12月にはHEATWAVE TOUR 2018“Heavenly”を行った。3月25日から名古屋を皮切りにソロ・ツアー“山口洋(HEATWAVE)the boy 40 tour”をスタートさせる。4月6日・7日には東京・国立で本連載の番外編ライヴ・イベント第2弾を開催。トークとライヴの2部構成で、連載で書き下ろしたアーティストの楽曲紹介をはじめ、HEATWAVE結成40年秘話や、カヴァー曲、新曲などを各日異なるテーマで披露する。

オフィシャルサイト

Rock’n Roll Goes On!Vol.3

3月21日(木・祝)東京 代々木 Zher the ZOO
【出演】リクオwith HOBO HOUSE BAND(ベース:寺岡信芳/ギター:高木克/ドラム:小宮山純平/ペダルスティール:宮下広輔) ゲスト:山口洋(HEATWAVE)
詳細はこちら

山口洋(HEATWAVE)the boy 40 tour

2019年3月25日(月)名古屋TOKUZO
2019年3月26日(火)京都coffee house拾得(Jittoku)
2019年3月28日(木)高松 Music & Live RUFFHOUSE
2019年3月30日(土)広島 音楽喫茶ヲルガン座
2019年4月1日(月)大坂 南堀江 knave(ネイブ)
2019年4月3日(水)静岡 LIVEHOUSE UHU(ウーフー)
詳細はこちら

「Seize the Day/今を生きる」番外編トーク&ライヴ

“Long Way For Freedom”
2019年4月6日(土)国立 地球屋
“Long Way For 40th”
2019年4月7日(日)国立 地球屋
詳細はこちら

HEATWAVE SESSIONS 2019

2019年4月18日(木)横浜THUMBS UP(サムズアップ)
2019年4月20日(土)京都 磔磔(takutaku)*磔磔45周年記念 HEATWAVE SESSIONS 2019 in 磔磔
詳細はこちら

vol.51
vol.52
vol.53