【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 109

Column

CHAGE&ASKA 名曲が量産され始め、アーティスト人生の“モテ期”へ

CHAGE&ASKA 名曲が量産され始め、アーティスト人生の“モテ期”へ

音楽の結果は“顕在的”に現われる場合と“潜在的”に現われる場合がある。「フェスに〇万人集まって熱狂」という現象は前者であり、「思えばこの曲、今も口ずさんでいる人が絶えない」というのは後者だ。

80年代後半のCHAGE&ASKAといえば、どっちかというと前者に支えられていた。オブラートに包まず書くなら、ライブの集客はあるけど、レコード(CD)のヒットはなかったのである。でも潮目が変わりそうだな、というのが1988年。アルバムで言うなら『RHAPSODY』である。

一番有名な作品は、先行シングルになった「恋人はワイン色」だろう。全部歌えなくても、“♪こいびとは〜 ワインいろ〜”というサビなら、大方の人達が歌えるだろう。「ボヘミアン・ラプソディ」を全部歌えなくても、“ママ〜 ウゥゥウゥゥ〜”だけなら歌えるように。で、この作品はCHAGE&ASKAにとって、初のドラマ主題歌である。

えっ? まだやってなかったんだっけ? そう思った人は多いだろう。実は僕も、改めて気づいたことだった。チャンスに恵まれなかったのか。別に主題歌などやらなくてもいいと思ってたのか。やっとチャンスが巡ってきたのか。そのあたり、よく分からない。ちなみにそのドラマとは、『あぶない雑居カップル』だ。

当時、観てた人は「懐かしぃ〜」って思うだろうけど、初めてタイトルを目にした人は、「“そもそも雑居ってこと自体、まかり間違えば“あぶない”のでは?”」と思ったかもしれない。しかもそこに男女が絡めば…。もちろんこれ、まだシェア・ハウスなんて概念がなかった時代のお話である。

「恋人はワイン色」という楽曲は、ASKAがソング・ライティングにおいて、ある外的な刺激を受け、それがキッカケとなって誕生したものだが、このあたりのネタは、より深く考察し、いずれ書かせて頂こうと思う。でも、この歌を聴いて誰もが思うのは、「肩の力は抜けているけど、歌が心に滲みてくる」という境地なのではなかろうか? ふんふんふんと、鼻歌で浮かんだみたいなメロディだ。実際は七転八倒して作ったかもしれないけど、聴くヒトにそう思われるメロディは、世の中の摂理みたいなものとも、上手にハモれるから盤石な気がする。まさにそんな曲だ。

才能の賜物だ。でも才能というのは、料理に使う固形ブイヨンみたいなものであり、ちゃんと溶けて全体に染み渡ってないと、どうも具合が悪い。才能あるのは分かるけど、「確かにあるよねー」で終わってしまうヒトもいる。そういうヒトは才能の塊(固形ブイヨン)なんだけど、溶けてない。ガリッとした歯ごたえの“個性派”に終わってしまう。

「恋人はワイン色」は、もしかしたら、初めてASKAの才能が、万人に分かる形で全体に染み渡った楽曲だったのかもしれない(いや、分かってますよ。もちろんこれまでも、彼はたくさん、いい曲書いてきたけどさ…)。
さらに「恋人はワイン色」は、CHAGE&ASKAにとって、明らかに重要な作品だったことを、二人の発言を引用し、明かしておく。

ASKA 自分たちの音楽が世の中に浸透するのを感じた。意識もした。やっぱりやればできるんじゃないかって思ったね。時がくれば、やれるはずだって。
CHAGE その「恋人はワイン色」で今のハーモニーの構成を完成させた。同時にコーラス録る時間が飛躍的に長くなった。

『月刊カドカワ』92年6月号からのものだが、やはり才能が染み渡ったからこそ、世の中に浸透したことが分かる。また、この曲を聴いて力が抜けた感じがするのは、ハーモニーの巧みさ、自然さがあってのことだ。

そもそも二人が組んでポプコンに出場したのは、お互いの声質の個性(ぶっちゃけて言うなら弱点)を補い合うためだった。しかし「恋人はワイン色」では、両者の関係にコペルニクス的転回がもたらされる。声を混ざり合わすというより、声と声が支え合う感覚が、音楽的にも合点がいく形で分かりやすく成立したのだ。その結果、私達は彼らの歌に、力強いひとつの色を感じるというより、色と色が織り成す空間に、聴き手ひとりひとりの別々の想いを投影することが出来るようになっていく。

「恋人はワイン色」は、歌詞も実に巧みである。まずタイトルからして、キャッチィでありつつ“どういうことなんだろう?”と興味をひく。恋人のことを“ワイン色”と感じるのは、どんな時なのだろう…。

歌を聴き終えて分かるのは、相手との鮮烈な出会いの際、ワインが重要なファクターだった、ということである。主人公はパーティーかなんかで、ワイン・グラスを手にして歩行中、“君”に見とれて相手にぶつかり彼女の服を赤のワインで汚してしまう。上手だなと思うのは、相手の服装を“ドレス”としか表記していないのに、ハッキリ目の前に彼女の“いでたち”が浮かぶことである。

さらにこの歌の良さは、現実の描写と回想が、巧みに折り重なりつつ、しかし聴き手を混乱させてはいないことだろう。この場合、記憶の扉を開くアイテムが重要だが、他を欲張らず、ワインに統一している。具体的な歌詞で言うなら、[記憶の香り]がグラスを持つたびにウンヌンの箇所である。嗅覚が掌る記憶は色褪せない。これ、昔から言われていることであり、理に適っている。

セクスィ〜、色っぺぇ〜、と、そう思うのは、相手の唇が[朝と夜 違って見える]という表現。お子さんも読んでいるだろうから詳しくは書かないが、このあたり、実に大人っぽい。この部分に限って言えば、タイアップは化粧品のCMでもイケたのではなかろうか(個人的にはこのフレーズ、ピーターの「夜と朝のあいだに」からインスパイアされたものだと思っているのだが、果たしてどうだろうか)。

ドラマ『あぶない雑居カップル』との関連でいうなら、[アパルトのミセス達]が噂話とかってフレーズだろうか。僕自身、ドラマの記憶がほとんどないので恐縮だが、でもしかし、パリあたりのアパルトマンとこのドラマに出てくる住居では、壁の厚さが違うような気もする。

ちょっと申し訳ないんだけど、『RHAPSODY』は1回では書き切れない。なぜならこのアルバムには、「レノンのミスキャスト」や「ロマンシングヤード」。さらには「風のライオン」なども収録されているからだ。次回はこれらの曲について書かせて頂く。

文 / 小貫信昭

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