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B'zとは決して交わらない稲葉浩志ライブの「己」そして「志」とは? 新作映像作品を読み解く

B'zとは決して交わらない稲葉浩志ライブの「己」そして「志」とは?  新作映像作品を読み解く

バンドのボーカリストがソロに転じる場合、元となるバンドのサウンド傾向なり、アレンジ特色なり、さらに進めば、出自たるバンドの楽曲そのものをソロ領域にまで持ち込む場合も、少なくはない。その行為を許す理由は、「リード・ボーカリストがバンドの代表者である」という考え方にある。
多くのリスナーは、楽曲に対し、まずはボーカルを聴くだろうゆえ、ボーカリストがそうした考え方になり、ソロ領域にまでバンドのサウンド傾向や楽曲を持ち込むのだろうが、稲葉浩志という人は、ソロ領域において全く・微塵も、そうした行為をしてこなかった。

B’zのファンの中には、B’zのサウンド傾向や楽曲のテイストを、稲葉ソロ領域に感じられることを密かに期待した人もいるかもしれない。

だが、彼はソロ1作目の『マグマ』(1997年リリース)から、徹頭徹尾B’z的なるものと交わらないようにしてきたのではないだろうか? 少なくとも、僕にはそう思える。だがそれは、目くじらを立ててB’z的なるものを排除してきたというより、B’zと交わらないところでの“己(O.NO.RE)”は、果たしてどんな音楽性を持っているのか? に関して、楽しみながらも注意深く組成してきた道のりだった。彼のその“やり方”に、人としての明晰さを見て取るのは、僕だけではあるまい。

稲葉浩志 DVD & Blu-ray「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」

『マグマ』の時は、例えば「なぜ自分(=稲葉さん自身)はフェンダー・ローズやウーリッツァー〜共に一時代を築いた鍵盤楽器〜の音が好きなのか?」という、彼の感性を少しでも解読せんとするところから始まった作品だった。“音を選ぶ感性”から己を紐解こうとする作業は、ある意味でゴールが見えているようで見えない茫洋とした作業現場だったに違いない。

そして、そうした作業=レコーディング現場が許されているのは、「自分がB’zのボーカリストだからだ」と、稲葉さんは思ったことだろう。したがって、そうした環境に対し、自分を取り巻く周囲にも自身にも、理解と納得をしてもらう・すべく、B’z的なテイストを出しても、無理もない。その行為は、僕としてもよく解る。だが、彼は、しなかった。そこには、彼自身の探究心と、何というか“自分を泳がせる強さ”があるのではなかろうか?
今年のツアー“Koshi Inaba LIVE 2016 ~en III~”は、2014年のツアー“en-ball”でプレイを共にしたメンバーを、そのまま再起用した。“en-ball”の際は、ライブ会場が品川ステラボールに固定され、ほぼ毎日いわゆる“箱バン”の如くステージに上ったが、今回はメンバーを固定して全国9会場を回ったのだった。
大島こうすけ(Key)、Duran(G)、SATOKO(Ds)、コリー・マコーミック(B)、そしてギターとコーラスを務めるJUONは、“NO SYNC”つまり、シーケンス=コンピュータを一切使用せずに全公演をおこなった。この内実も、“en-ball”の時から受け継がれたものだ。この内実の2年越しの反復に、稲葉さんを含めメンバー全員の、ある種の自信を見ることは可能だろう。

稲葉浩志 DVD & Blu-ray「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」

en IIIとは言っても4度目となる稲葉ソロツアーの最終公演@日本武道館を収めた本作は、演奏された楽曲をすべて収録してあるため、当然のこと1曲目の「Saturday」からスタートする。歌い出しのフレーズをバックステージの通路で歌った稲葉さんは、マイクを持ったまま通路を歩き、ステージに上る。その間、バンドはミディアム・テンポの「Saturday」をゆっくりと、しかしながら音の波=グルーヴに意識を研ぎ澄ませながら演奏を重ねあわせていく。サビの部分で稲葉さんは、“股関節伸ばし唱法”を早々と繰り出し、身体に共鳴させタメた声を美しく空間に放っていく。演出としては、エンディングでステージ上にて崩れたと思われたトラス(照明を取り付けるための骨組み)は、LEDに投射されたものであり、その精密さに驚いてしまうのであった。
「oh my love」の冒頭で稲葉さんはブルースハープを吹く。そこからコール&レスポンスに移っていくのだが、その往復運動は対オーディエンスというばかりでなく、対バンドにも向けられている。続く「Okay」は、本作がシューティングされた武道館公演に関して、リリックの変遷を軸にして執筆した本サイトの拙文を読んでいただくとして、注目すべきは、後奏のDuranさんとJUONさんのツインリード=ユニゾン・ギターソロであろう。
フェンダー・ストラトキャスターを愛器にしているDuranとギブソン・レスポールを愛器にしているJUONの、それぞれの“サウンド・アイデンティティ”を基調にしながら、その2人が「Okay」に感じ入るところを音で擦り合わせていくのは、稲葉楽曲に対する愛着を感じることもさることながら、稲葉さんの楽曲に対して、どういった(他のメンバーからの)ライブ的アプローチが出てくるのかを、もっとも待ち望んでいるのは稲葉さん自身ではないかという気もする。
コンピュータが1台あればそれである程度のライブ体裁を整えられるというやり方を、ソロの領域でも取らなかった稲葉さんが、初めてメンバーを固定して挑んだ今回のツアーは、音を出す人間と声を出す人間との境界線なき繋がりをさらに深化させることが、稲葉さんの音楽世界の成熟となるであろうことを、彼自身が感じて欲したことにほかならない……と僕は思うのである。
「photograph」は、“逝ってしまった人”がリリックのモチーフになっている楽曲だ。5thアルバム『Singing Bird』の収録曲の中で、唯一、2年前のen-ballで歌われなかったのが「photograph」だ。2年経って、この曲を初めて演ろう、演れるかもしれないと思えたところは、どこなのだろう? と思う。妥当な答えとしては“時間の流れ”が考えられる。“あの時できなかったことが、今になってできる”事態を、簡単に言えば成長となるが、仮に成長していなくとも、心の寛容さや気持ちの変化がもたらしたものが今を作っているのでもあろう。

稲葉浩志 DVD & Blu-ray「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」

サングラスを装着し、カメラを操作し自撮りをする稲葉さんに連なっていく音は、ワウペダル(by JUON)を介したエレクトリック・ギターの音。「水平線」では、マコーミック氏がBOW(弓)奏法を披露し、跳ねるリズムに信念を封じ込めるがごとく歌われる「念書」では、再び股関節伸ばし唱法からとてつもない倍音ボーカルを繰り出し、シャウト・エンドで終わった。中盤は、ウッドベースに下支えされる「BLEED」と“街外れの美術館での出来事”が稲葉さんのモノローグになっている演出を踏まえての「水路」が、楽曲が内包している錨(アンカー)のようなものを、聴く者の心に深く下ろしてくるパートだと言えるだろう。「いろんなことが学べるグループ」という稲葉流形容で、メンバー紹介をしたあとは、熱量曲線をじわりじわりと上げていき、「羽」でひとつのスパークを迎える。だが、本当の稲葉的思慮深さが出るのは、「風船」~「遠くまで」~「愛なき道」の3曲であろう。音楽的燃焼のあとに、心の奥が長いこと余熱を持ち続けていることが、稲葉ソロ・ライブの最大の特性ではないだろうか?

さて、今回の映像作品のレアものと呼んでいいBONUS映像パートを見ていくこととしよう。まずは、稲葉さんがアコースティック・ギターを持って歌い出す「赤い糸」。この曲でマコーミック氏は再びウッドベースを演奏する。僕は何度かマコーミック氏と話をさせてもらったことがあるのだが、彼はロックとジャズにほぼ均等と言っていいほど造詣が深く、単純にベース・プレイとしてはジャズ寄りのものが好きだと言っていた。稲葉ソロ・ライブの現場では、マコーミック氏の音志向が分け隔てなく演奏になっているゆえ、やりがいと楽しさがうまくブレンドされているのではないだろうか?
続く「Touch」はリズムが4分の3拍子から後半で8分の6拍子にチェンジする官能的なナンバー。音源では、稲葉さんがかつてベリカード(受信報告書)をもらうために日夜受信を試みていたラジオ“スカイセンサー(SONY製)”のチューニング音が録音されている。相手との距離をなんとか埋めようとしようとする時を表現する、具体的な音としてのチューニング音は、実に的を射ている。
距離など物ともしないアジャスト感とダンスを想起させるワルツは、ステージと客席をとても官能的なダンスホールに変えていくのである。
続く「LOVE LETTER」は、珠玉の稲葉ラブソングだと断言できる。アコースティック・ギターとディストーション・ギターとの対比に乗る♪あるがままでいる勇気を あなたはくれたんだよ〜というリリック一節は、「Touch」とは真逆の、なんというか清廉な愛情を産み起こしている。
「Touch」も「LOVE LETTER」も同一のアルバム『志庵』(02年リリース)に収録された楽曲だったが、当時は両曲が両極にあるとは、感じられなかった。それは、稲葉さんがライブで培ったものにオーディエンスが反応し、その場を体験した僕が、遅まきながら=鈍感ながら感じたということだろう。
「CHAIN」がBONUS映像の最終楽曲となっている。SATOKO氏のドラムソロを含め、98年リリースのこの楽曲が、稲葉浩志とそのバンドの曲としてステージから放たれていることに、時間の堆積の凄みを痛感せざるを得ない。

稲葉浩志 DVD & Blu-ray「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」

ソロツアーの名前となっているenとはまず縁であり、と同時に円・園・宴・炎・演という同音異義語に転化していく重層的な意味合いを持っている。そのことを稲葉浩志の“志(こころざし)”になぞらえてみるならば、志は、ほぼ同時に詩・師・史・私へと転化していく。
稲葉さんが最初のソロアルバム『マグマ』を発表した19年前、ソロとしての明確な志(こころざし)はなかったかもしれない。だが彼は、時間をかけて志のようなものを錬成し、急がずに己世界の熟成を待った。それができたのは“B’zの稲葉浩志”という後ろ盾があったからだろうが、彼はその後ろ盾にほとんど寄りかからなかった。少なくとも、僕の目にはそう映った。本作を何度も繰り返し再生していると、稲葉さんは、内に持った志をほぼ全うしたのだと思える。詰まるところ、感動的な作品なのである。

文 / 佐伯明

リリース情報

「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」 発売中

稲葉浩志 DVD & Blu-ray「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」

【DVD】
稲葉浩志 DVD & Blu-ray「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」

【Blu-ray】

DVD(2枚組) BMBV-5031~5032
¥7,560 (税込)

Blu-ray BMXV-5031
¥7,560 (税込)

収録内容

01. Saturday
02. oh my love
03. Okay
04. photograph
05. くちびる
06. GO
07. 水平線
08. I AM YOUR BABY
09. 念書
10. 今宵キミト
11. ハズムセカイ
12. Sẽno de Revolution
13. BLEED
14. 水路
15. Symphony #9
16. Receive You [Reborn]
17. SAIHATE HOTEL
18. 正面衝突
19. Here I am!!
20. 羽
21. 風船
22. 遠くまで
23. 愛なき道

【ボーナス映像】
・赤い糸
・Touch
・LOVE LETTER
・不死鳥
・Stay Free
・CHAIN