『とと姉ちゃん』の舞台裏  vol. 1

Interview

描きたかったのは、「人々の暮しの変化」 脚本家・西田征史

描きたかったのは、「人々の暮しの変化」  脚本家・西田征史

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『とと姉ちゃん』は雑誌「暮しの手帖」創刊メンバーである大橋鎭子さんと初代編集長の花森安治さんをモチーフに描かれている。戦前から戦後、現代へとつながる「暮し」の移り変わりを、小橋常子(高畑充希)と花山伊佐次(唐沢寿明)が作った雑誌「あなたの暮し」を軸に語られていく。モノの無い時代に生まれた「あなたの暮し」も今週(第20週)からはモノのあふれる時代へ突入した。
その『とと姉ちゃん』の脚本を担当したのが西田征史さんだ。
西田さんの脚本は「毎日の暮しに役に立ち、暮しが明るく、楽しくなるものを、ていねいに」という暮しの手帖創刊時の理念が息づき、その一方でフィクションとしての笑いとユーモア、恋愛模様やさまざまな家族のかたちが描かれ、やわらかい感触のドラマに仕上げられている。このやわらかさや、エンタメ性が『とと姉ちゃん』が幅広い世代に受け入れられた一因だろう。
朝ドラとは?暮しの手帖とは?『とと姉ちゃん』で伝えたかったこととは?ドラマも終盤にさしかかり、脚本を脱稿したばかりの西田征史さんに語ってもらった。

取材・文 / 村崎文香 撮影 / 森崎純子

『すてきなあなたに』に心満たされた

『とと姉ちゃん』、絶好調ですね。

ありがとうございます。実は3日前(7月31日)に最終回を書き終えたところです。

どういった経緯で、大橋鎭子さん、暮しの手帖をモチーフに描くことになったんですか?

「何を描くのかは自由です」とオーダーをいただき思案した結果、現代劇よりも時代ものを描きたい、という想いが芽生えたのと、いまの時代に影響を与えた方をモチーフにしたほうがより多くの方に興味を持っていただけるのではないかという気がしましたのでその方向で色々模索していた時期に、プロデューサーの落合さんが「この方はいかがでしょう」と持ってきて下さった本が大橋鎭子さんの自著『「暮しの手帖」とわたし』でした。その瞬間、「ああ、好きなんです」とすぐさま惹かれたのを覚えています。というのも、あまりいい暮しをしていなかった頃、書店で目に留まった『すてきなあなたに』を買って家に帰り、「ああ、こういう暮しをしたい」と強烈に憧れをかきたてられたこともあったもので。

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 それは、どういう感覚だったのでしょう?

当時はこの世界で食べていける状態ではなく、生活もラクじゃなかった。『すてきなあなたに』を開いたとき、暮しの中のちょっとしたことに気を配ったり、生活に彩りを加えるアイデアがそこここに溢れていて、理想とする生活が立ち上ったというか、読むだけで心が満たされる感じがしました。実際に自分の暮しがそういう感じか、と言われると違うんですが、惹かれてしまう。懐かしさと温かみのあるものが昔から好きですね。
それで、大橋さんをモチーフにするとしたらどのような物語になるかを思案し……10歳の時にお父様と死別したことを知った時に、全156話を貫く柱が自分の中で見えた気がしました。女性だけの家族になってしまう為、その家族を守ろうと父親代わりになる……父のことを「とと」と呼ぶことや、「とと姉ちゃん」と呼ばれることなど、すぐにどんどん頭にアイデアが広がっていきました。

 『とと姉ちゃん』はあくまでもフィクション。大橋鎭子さん、花森安治さんほかの登場人物や暮しの手帖は“モチーフ”である、ということですが、どの程度モチーフを取り込むか、難しかったのでは。

そうですね。あくまでもモチーフですので、人生の分岐点における行動やエピソードはいくつか取り入れさせていただいた、という感じでしょうか。花山に会うまでに関していうと、8割〜9割はフィクションです。星野という人物も森田屋や青柳商店の面々も東堂先生も実在しませんし。
ただ、話の流れや感情などは全然違いますけれども、『あなたの暮し』で雑誌上取り上げている企画は全て本当のことです。
たとえば直線裁ちは実際にあったものですし、みかん箱を重ねて使うという企画も実際やっていること。そこに紙を貼ってデザインを加えるというのは、何号も読んで別のページにある企画のこれとこれを混ぜるか……と組み立てました。
東堂先生を再度どこで登場させるかは悩んだんですけれども、常子が東堂先生と再会して、「生活に彩りを」ということをもともと教えてくれたのは東堂先生なのに、彼女自身が失いかけている現実を目の当たりにして、このアイデアによって彼女が取り戻すきっかけになる……といった展開を考えました。
実際にあったことをエッセンスとして入れ込んで、フィクションにしていく感じですね。

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 花森安治さんの生き方、編集長ぶりは、研究されたのでしょうか?

出版されているものをいろいろ読ませていただきましたし、実際に暮しの手帖社で働いていた方々にお話しもうかがいました。花森さんがパワフルで面白い人だから、本によっては少し大袈裟に描かれていたりもするようです。スカートの件に関しても、花森さんがスカートを履いていたという説はあるけれども、花森さんに近しい人に聞いても、そんなことしている彼を一度も見たことがないとか。
おそらくですが、当時の花森さんには戦略があった。花森さんは大橋鎭子さんに「僕が広告塔になるから君は裏方でいなさい」と仰っていたそうなんです。奇抜な髪型やスカートも、広告塔としての自分であるためにやっていた側面もあると思います。
花山にスカートを履かせるのか、否か。プロデューサーとも話しました。監督は、「一瞬の賑やかしにはなっても違和感しか残らない。それはやめたほうがいいのではないか」と。でも、僕は一度履かせてみたかったんです。それで、「女性の考えを知るためにやってみた」という生真面目な花山故の行動として取り込んでみました。

 唐沢さんが演じられると面白いです。

素晴らしいですね。絶妙なバランスを保ってくださっています。

笑いはキャラクターを“愛してもらう基準”

 一時期お笑い芸人としてデビューされています。ネタを書くことが脚本につながったのでしょうか。

今思えばですが、ネタは全部自分で書いていましたので、5分のコントでもそれを書いていた経験が、キャラクターを描いてお話を紡いでいく、という今に繋がったような気がします。
芸人の時は全てにおいて笑いが求められるんですけれど、何年かやっていくうちに、笑いの瞬間というよりは“物語を見せながら笑ってもらう”伝え方に惹かれていった。少しずつ変化していった感じです。

 お笑い芸人としてデビューしたものの、順調な道のりではなかった。ちょうど、『すてきなあなたに』を手に取られた頃です。

20歳を超えてからの数年は苦しい時期でした。でも、そこからいろいろなものが見えてきた。自分の中で、笑いがゴールではなくて、笑わせることによってキャラクターを愛していただくことが重要だし、やりたいことだとわかってきた。
笑ってもらえたということは、そのキャラクターに共感してもらえたということかなと思うんです。キャラクターを見せるうえでも、笑いが “愛してもらう基準”として、自分のバロメーターになっている感じです。

 『とと姉ちゃん』の15分の中にも、見事に笑いが入っています。無理のない、キャラクターにぴったりと寄り添った笑い。印象的だったのが、花山伊佐次が「なぜペンを置いたか」について常子に語る回。時代に翻弄される庶民の暮し、母親の生き方、自らの過去を花山が語るシーンは圧巻でした。そのままその回は終わるのかと思いきや、最後にちゃんと花山への笑いが用意してあった。

ああ、ありがとうございます。そう言っていただけると救われます。

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朝ドラだからこそ、伝えられるものがある

 15分という枠に縛られることもあったのでしょうか?

15分というのは朝ドラが初めての体験だったんですけれど、ページ数というものとは最後まで闘いました。
最初に提示された枚数で書いたのですが、1週目は、そうですね……結果的には3分の1くらいカットになっています。1週目は色々なものが撮ってみなくてはわからないからカット前提で進められるんです。だから台本には印刷されているんですけれど、撮ってみて入りきらないという判断でカットになる。これは1週目だけではなく結局どの週でもそうでした。勿論それは仕方のないもの、だと受け止めています。ただ、そうすると自分の中ではストーリーが繋がっていかないこともあって。15分という枠の中で、その人物がAからCという行動をとるためにBという整理をつけたのに、Bがカットになっちゃうとドラマの展開が急になったり短絡的な行動に見えてしまう。ページ数をめぐるせめぎ合いは最後まで続きました(笑)。

 それでも、朝ドラを書くのが夢だったそうですね。

はい、唯一の特殊な枠だからこそ、やってみたかったところはあります。
以前『シャキーン!』というNHKの教育番組の立ち上げに参加し、構成をやっていたのですが、そのときに、毎朝15分何かを届ける、訴えることができる凄さを感じていて。毎日顔を合わせることの意味というか、心の距離が近くなっていることを感じていました。
それをドラマでやれるのは、唯一朝ドラであり、凄く意味があるなと思っていたんです。
本来、2時間の映画で描くものって、どうしても無駄を落としていかないといけないんです。毎日15分という尺でなら扱える、ちょっとしたことも描いていけるんじゃないかと期待がありました。

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 上がって来た映像が自分のイメージしていたものと違うことも多いと思いますが、イメージよりずっと素晴らしいと感じたこともありますか?

勿論です!キャストもスタッフの皆さんも素晴らしいです。一つ挙げるとしたら……星野と常子の別れは印象深いですね。キャストの皆さんの演技が素晴らしかった。
『とと姉ちゃん』は、自分の中でいままでと違う描き方をした、チャレンジした作品でもあります。これまで自分は、わかりやすく何かに向かっていったり、1行で説明できるものを大事に書いていたんですけれど、今回はそうではない物語を紡ごうと。例えば、常子が小さい頃から出版社をやりたかったとか、編集者を目指していた話にしてもよかった。でも、そうではなく、人生は最初に思っていたものと違って、少しずつ形を変えていったり、辿り着いて行くものではないかと。これはプロデューサー・監督と慎重に話合った結果、そういう作品にしようという結論に至りました。
そういう意味では、前半は特にあまり明確なものに向かっていく話ではないんですね。「家族を守る」というものに向かうだけですから。しかし、実はその時期の出会いが、常子を成長させ、変化させていき、出版社に繋がる、という構図です。だから前半の常子は、間違った行動をしたりもしますし、大きく明確に変化するわけではない週もあります。それって演じる側は凄く難しかったと思います。高畑さんはその辺を、途中途中で区切りをちゃんと付けて、演じていらっしゃるなと思います。自分の頭の中の常子がいつもそこにいました。

高度経済成長期に失われてしまったものを

 これから、どういう展開になっていくのでしょう?

自分の中では、いよいよ第二部に入っていった感じです。
常子と花山が決裂し、修復し、ここから快進撃が始まっていく胸をすく展開と、ある人物との再会によって、少しずつ動き出していくところが一つのヤマ場かなと思います。
あとは、これが最初から描きたかったところですけれども、”変化“です。常子達の成長という意味もありますが、人々の暮しの変化。戦前があり、戦中があり、戦後の暮らしになって。さらにその後、戦後が「戦後ではない暮し」に入っていく。高度経済成長期に入り、あの時代の人間のエネルギーとか力強さと、それによって得たもの、失っていくもの……。この辺が現代に通じる展開になるのではないかと。
失われてしまったものと、まだ持っているもの、持っているべきだったもの……。そのあたりのもどかしさを取り込んで描いてみたつもりです。

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 実際の花森安治さんは高度経済成長期に企業、国家権力と「ペンで闘え!」とおっしゃった。西田さんはこれから何かとペンで闘う覚悟はありますか?

どうですかね~……最初の話に繋がるかもしれないですけれど、そもそも僕は強く何かを訴えたくて始めたわけではないんです。けれども、20歳超えて30になって40になって少しずつ訴えたいものも出てきて。
「闘う」というほどの強い覚悟ではないですけれども……「次の世代に残していく意識」といいますかね、そんなようなものが芽生えてきた気がします、例えば日本語の美しさだったり。
時代の変遷を知れば知るほど、大橋さん、花森さんがおっしゃっている部分に共感しますし、あの時代、彼女、彼らが守りたい、残したいと思ったことは、いまの時代にも残したいなと強く思います。

 劇中の「とと姉ちゃんと、かか兄ちゃんだね」という台詞が印象的でした。男性性、女性性の枠組から解放されて、自由に生きていくほうが平和な社会がつくれる。そんなことを象徴している気がしました。

ありがとうございます。そうですね。今回、『とと姉ちゃん』はウーマンリブ的な色合いが強い作品にはしないでおこうというのが、最初から話し合ってきたことです。女性の勇気、活力になるような作品にはしたいんですけれども、かと言って男性がダメとか他者を否定するのではなく、“みんなちがって、みんないい”というか。そういうものは崩さずに気を付けて書いていますし、暮しの手帖を男性が読む時代になればいいなと思いますね。

 『とと姉ちゃん』を終えて、これから書いていきたいテーマ、あるいはモチーフはありますか?

根本的に描きたいテーマは変わらなくて、ずっとこういうものを伝えていきたいなと思っています。ただ、作品ごとに色合いを変えたい、という想いもあって……答えはまだ出せていないです。兎に角、じっくり何かをリサーチし、時間をかけて一つの作品に取り組みたいと思っています。今回もそうですが、調べれば調べるほど、知れば知るほど、自分も人間として知識を得て豊かになっていくと思うので。

 『小野寺の弟・小野寺の姉』のように、原作・脚本・監督を手がけられるのも楽しみです。

ありがとうございます。『小野寺の弟・小野寺の姉』は、まさに暮しの手帖を愛読している姉・より子を描きました。僕の中では終わりではなくて、より子のその先を描けていけたらと思っています。

 期待しています。

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取材を終えて

颯爽と現れた西田さんは、弁舌も、佇まいもスマートな方。勢いに乗っている脚本家ならではの風を纏っているように見えた。
「人が好きですか?」というベタな質問にも「好きですね」と即答。彼の脚本に笑って泣けるのは、彼の根底に人間への絶対的な信頼があるからなんだろうな、と思えた。
「運動していますか?」と尋ねると「していませんね……。腰が痛いです」。もともとスポーツが好きなのに、やる時間がない“売れっ子”の辛さも。
「最終回を観終わったあと”とと姉ちゃんロス“に陥りそうな人が周りに何人もいます」と言うと「嬉しいです」とまた爽やかな笑みを見せて立ち去ったのだった。

プロフィール

西田 征史 にしだ まさふみ

1975年生まれ。東京都出身。学習院大学法学部卒業。脚本家、演出家。主な作品に、「ママさんバレーでつかまえて」(作・演出)、土曜ドラマ「実験刑事トトリ」シリーズ(脚本)、ドラマ&映画「怪物くん」「妖怪人間ベム」(脚本)、オリジナルアニメ「TIGER&BUNNY」(シリーズ構成&脚本)など多数。小説「小野寺の弟・小野寺の姉」を上梓し、のちに自身の作・演出で舞台化、映画化の際には脚本・監督を務めた。2012年日経エンタテインメント!にてヒット・メーカー・オブ・ザ・イヤー2012準グランプリを受賞。映画『小野寺の弟・小野寺の姉』の監督として、第39回報知映画賞新人賞受賞。現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の脚本を担当している。

NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』

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2016(平成28)年4月4日(月)〜10月1日(土) 全156回(予定)

【放送時間】
<NHK総合>
(月~土)午前8:00~8:15/午後0:45~1:00[再]
<BSプレミアム>
(月〜土)午前7:30~7:45/午後11:00~11:15[再]
(土)  午前9:30~11:00[1週間分]

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