【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 110

Column

CHAGEとASKAは違って当然。だって違う人間だもの

CHAGEとASKAは違って当然。だって違う人間だもの

もはや“相田みつを風”というのはギャグにしか受取ってもらえないのかもしれないが、今回、真剣に言いたいのは、そう、このことなのである。つまりアルバム『RHAPSODY』(88年3月)の充実とは、“違う人間だもの”の充実、でもあるのだ。

違いとはなんなのか? 明白なのは、CHAGEが外部の作詞家とのコンビネーションを重視する指向性を強くしていったのに対し、ASKAは自らをシンガー・ソング・ライターとして成熟させていく道を選んだということだ。こういう書き方をすると、“じゃあ、CHAGEはあまり歌詞を書きたくなかったのか?”とも受け取れるが、そういうことではなく、こと“詞を生み出す”ということに関して言うなら、二人のペースは違ってたわけなのだ。

ここまでの活動をみれば分かるが、実に実にハイペースで攻めの作品づくりを続けてきた。その際、作詞・作曲をこなす、ということでは、ASKAのほうが多作に耐えたのだろう。いっぽうのCHAGEは、あくまでそれを、コトバの制約(目論見)の外側にあるものとして、純粋に“音楽”として捉えていたのかもしれない。そしてそれが、“どんな歌になるのか”については、客観的な楽しみにもしていた。

彼が組んできた作詞家のなかで、この時期、重要なのは、(デビュー以来、CHAGE&ASKAの“三人目のメンバー”ともいえる存在で、今も親交のある松井五郎は除けば)澤地隆だ。アルバム『TURNING POINT』では、「キャンディー・ラブになり過ぎて」、「キューピッドはタップ・ダンス」、「ショート・ショート」、「HIDARIMEが感じてる」と、これらでコンビを組んだ。澤地はCHAGEの曲作りに対して、自然な気持ちで詞が浮かんだのだろう。相性も良かったのだ。

『RHAPSODY』の時期に、このコンビで名作が生まれている。「レノンのミスキャスト」だ。CHAGE自身、公式HPのライナーノーツで、作っている時から「これはいい曲だ」という確信があったという。「詞と曲が、こんなにマッチしたのは久しぶり」とも回想している(この発言は『月刊カドカワ』92年6月号より)。澤地がジョン・レノンも絡めて歌詞を書いたことに関しては、CHAGEがジョンのことを信奉していることを知ってたからだろう。

ちなみに、この曲で実際に“ミスキャスト”を犯したのはジョンではなく、歌に登場する男女が恋愛相手を“ミスキャスト”したのである。ただ、そもそもの出会いのキッカケには、ジョンが絡んでいた。

また、歌詞に“75日”という具体的な数字が出てくるが、CHAGEが公式HPのライナーノーツで、「本当は意味があるんだけど、それはこっちサイドのことだし、返って言うとしらけるから」と発言しているため、かえって憶測を生む結果にもなっている。

普通に考えれば、ジョンが亡くなった80年の12月8日あたりに出会い、やがて暮らし始めた男女が、雪に雨が混ざる春を待つ季節に別れ、それが2か月半ほどの期間だった、ということだろう。ひと夏の恋を歌ったものは五万とあるが、本作は、“ひと冬の恋”であるところが特徴的だ。

『RHAPSODY』にはもう一曲、その後、彼らのライブの重要曲になる「ロマンシングヤード」も収録されている。もともと87年の10月にシングル・リリースされたが、詞は秋谷銀四郎であり、「オージーフットボール ’87 テーマソング」として制作されている。

ビーフならよく食べるけど、“オージーフットボール”ってなんだろうと調べたら、ラグビー経験者もどん引きする世界で一番激しいスポーツ……、なんて見出しもあった。選手同士のぶつかり合いも激しいらしく、なのでこの歌の“Have a Fight!”って勇ましい掛け声のような部分は、それを意識したのではなかろうか。

ただ、CHAGEの書いた曲自体は、みんなの心をまとめ、気高く未来へ向け、共に歩んでいくようなイメージであり、広い会場で演奏した時のハマり具合はハンパない。かつてのアジア公演でも、この曲が演奏されるのを客席から見届けたことがあったが、言語が違う場所ゆえに、余計、“国境を越えた説得力”が際立っていた。

「ロマンシングヤード」は、CHAGEの“お祭り男”体質を、適度な前傾姿勢とともに伝えてくれる点でも秀逸である。いわば彼にとって、浴衣と捩り鉢巻の代わりに“ラガーシャツ”を着込んだ「小倉祇園太鼓」とも言える。

もう1曲、『RHAPSODY』には印象的なASKA作品が収録されている。「風のライオン」である。アルバム1曲目だ。ずっとステージに立ち続けてきた自分が、しばらくそれを休む時の、その心境を綴ったのがこの作品だ。[痛んだ たて髪]を[風にあずけて]というのは、まさにそんな、当時の心境をリアルに表現している(公式HPのライナーに、より詳しく載っている)。
 
注目すべきは、ASKAが自らをライオンに例えたことだ。かつて流行したユングの心理学を持ち出すまでもなく、ライオンといえば父性の象徴。彼が自分のことを、そう思っていたわけだ。ミュージシャンである彼が父性を発揮するとなると、具体的にはどういうことなのか? ひとつには、“プロデューサー体質”ということだと考える。 

当時の心境を綴ったということだが、もうひとつ“赤裸々”なのは、[秘密が増えれば]、それは臆病にもつながっていくという、そのあたりである。この歌には少年時代の自分も活写されており、やがて大人になり、社会人というペルソナを被ったことで生じたズレ(=秘密)というのも、テーマとしてあるのだろう。つまり、イノセンスな少年性からの決別という、ロックの永遠のテーマだ。

それと同時に、アーティストである立場からのものと受け取れる。“パブリック・イメージの中の自分”と“普段の自分”の関係を、改めて考察したのだ。そのふたつがどんどん離れていき、やがて制御不能となることへの危惧も、この作品を書かせた動機だったろう。

ただし、あくまで「風のライオン」は、気楽に聞けるポップ・ソングである。必要以上に重々しく紹介してもしょうがない。「なんだこの時期のASKAは、髪が傷んでたってことは、キューティクルが不足がちだんたんだぁ〜」、みたいなことでいいわけである。え? この曲でリンスのCMやって欲しかった? 僕は……、そこまでは書きません。

文 / 小貫信昭

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