Interview

あの“ビジュアル系のカリスマ”に見出されたデビューから10年。チェロを携えたアニソンシンガー分島花音、その知られざるルーツと半生を明かす

あの“ビジュアル系のカリスマ”に見出されたデビューから10年。チェロを携えたアニソンシンガー分島花音、その知られざるルーツと半生を明かす

世界的にも珍しいJ-POPチェロボーカリストとして2008年より活動を続ける分島花音(わけしまかのん)が、10周年記念ベストアルバム『DECADE』をリリースする。この10年間、シンガーソングライター、チェリスト、イラストレーター、衣装デザイナーなどの多彩な顔を持ち、アニメソングを中心に作詞家、作曲家、劇伴作家としてもクリエイティブの幅を広げてきた彼女は、日本の音楽&カルチャーシーンで独自のポジションを確立しながら、今も進化を遂げている。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のギタリスト・Manaプロデュースによるデビュー秘話、多彩な音楽性の背景、初のベストアルバム『DECADE』の思い出の楽曲と彼女の道のりについて語ってもらった。

取材・文 / 阿部美香
構成 / 柳 雄大
撮影 / 松浦文生


“お人形さん”の世界観でデビューしたことが、後のアニソンクリエイターとしての糧になった

今回はまず2008年のデビュー当時のことから聞かせてください。分島さんのプロデュースを手がけることになったのは、中世ヨーロッパの耽美なゴシック世界を具現化し、奇抜なパフォーマンスで90年代ビジュアル系ロックバンド界でも孤高の存在だったMALICE MIZERのManaさんでした。これは、どういうきっかけで実現したんですか?

分島花音 もともと私は、高校時代に受けたソニーミュージック主催の10代のためのシンガー・ソングライターのオーディション出身なんです。その最終審査でも3歳の頃から習っていたチェロを弾いて歌わせていただいたんですけど、そこからデビューを迎える時期に、ちょうどManaさんもご自分がプロデュースする女性シンガーを探していらっしゃったようなんです。そこで、チェロが弾ける私のことが話題に上がり、お会いしたのが最初でした。

音楽ファンにとってのManaさんは、とてもミステリアスでカリスマ性の塊のような方。女性と見紛うような美しいメイクときらびやかな衣装の印象が強いのですが、分島さんはどんな印象を?

分島 本当にミステリアスでしたね。お話ししていても不思議な方で、素顔もあまり見なかったです。デビューから約2年ほどプロデュースをしていただいたんですが、ずっとサングラスされたままで。楽曲制作も、自分の世界観をものすごく突き詰めていらして、1曲作るのにも、ほんとにギリギリまでこだわる方でした。

アルバムを2枚作ったんですけど、1stアルバムの『侵食ドルチェ』も完成するまで1年くらい時間をかけて。最初の頃は、何になるかわからない曲を、知らず知らずのうちにレコーディングしていったら、アルバムが出来ていた感じ(笑)。楽曲タイトルひとつ決めるのも、すごくたくさん候補を出して、言葉の意味ひとつひとつをすごく吟味して世に出していく。ものすごくアーティスティックな世界を目の当たりにしました。

そんなManaさんにプロデュースしていただくことが決まって、戸惑いというのはなかったですか?

分島 そうですね。私は音楽業界のことは右も左も分からなかったですし、シンガーソングライターとしてやっていこうと思ってオーディションを受けていた身なので、Manaさんに作曲していただいた曲を歌うということが、どういうことなのかも、ちゃんと分かっていなかったんです。こういう歌い方でいいのかな? どうなんだろう?……という不安を伴いながらやってましたね。

当時は、Manaさんの世界観に合わせて、ルックスもゴシックロリータなドール的イメージで作り込まれていましたが、そこに抵抗はなかったですか?

分島 ファッションは、もともとクラシカルなお洋服とかジェーンマープルというブランドが大好きだったので、抵抗はなかったです。高校時代も、ジェーンマープルの洋服を買いたいがために、ずっとバイトをしていて、すべてをジェーンマープルに捧げていたんです(笑)。当時は、そういうテイストのブランドを取り扱ってくれる雑誌もなかったから、「装苑」と「KERA」ばかり読んでました。

ただ、ジェーンマープル自体は、ゴスロリとはまた違うテイスト。求められているゴスロリの世界観を深く突き詰めたことがなかったので、未知の世界というか……こういう感じでやっていかなければならないんだと、改めて知る衝撃もありました。

その意味での不安も大きかったんでしょうね。

分島 なにが正解か分からなくて。普段の私は……部屋でぐうたらしていたり、子どもの頃は裸足で野原を駆け回ってるような悪ガキだったので(笑)、難しかったです。

歌詞は自分で書いていたんですよね?

分島 はい。歌詞に使う言葉も世界観を大切にして、例えば「薔薇」や「教会」といったイメージに沿って書いていました。でも、それがすごく勉強になったんです。人から提供された曲に歌詞を書く、自分の世界観じゃないものに合わせるという経験は、その後、アニソンを書く時の糧になりました。自分の外側のイメージを汲んで、自分なりに表現することに、すごく役立っています。

一番の転機になった楽曲「killy killy JOKER」

今回リリースされるベストアルバム『DECADE』は、年代順に楽曲が並んでいるので、分島さんのこの10年の変化がとても分かりやすいのですが、Manaさんのプロデュースを離れ、自分ですべてを作詞・作曲されるようになった2012年あたりは、どういう心境で音楽に向き合っていましたか?

分島 シングルでいうと「ファールプレーにくらり」「サクラメイキュウ」という2曲あたりから、徐々にセルフプロデュースになっていったんです。自分で作詞・作曲した曲が世に届くというのは、やっぱりずっと夢に見てたことだったので、すごく嬉しかった。

でも、逆に不安もありましたね。今までManaさんの楽曲が好きでライブに来てくれていた人や、Manaさんを通してファンになってくれた人が、みんないなくなっちゃうんじゃないかなと。ずっとロリータは好きでしたけど、それ以外にもフェイバリットがある私を見た時、ロリータじゃない分島花音は……と、曲を聴いてくれなくなったらどうしよう? とか。いろいろ考えました。

ファン層も変わりました?

分島 はい。変わりましたね。それまでは、9割近くがゴスロリやロリータファッションの女の子。それまでもアニメのテーマソングは歌っていたんですが、それも『ヴァンパイア騎士』だったり、女の子向きの作品が多かったんです。でも、「ファールプレーにくらり」は『To LOVEる -とらぶる- ダークネス』のエンディングテーマでしたし、「サクラメイキュウ」はゲームの『Fate/EXTRA CCC』の主題歌。アニメ自体が男性の視聴者さんが多いものだったので、徐々に男性のお客さんが増えて、そこからは老若男女、賑やかに(笑)。今は男女比でいうと、6:4くらいで男性がちょっと多いぐらいですね。

音楽的な大きな転機も、そのあたりですか?

分島 一番転機になったのは、「killy killy JOKER」ですね。初めてアニメのオープニングを担当させていただいたんです(TVアニメ『selector infected WIXOSS』)。だから……絶対いい曲にしようと思ったんです。でも、ただアガる曲、アニメソングっぽい曲で自分の色をあまりにも出せないのも嫌だったので、あくまでクラシックらしさを引き立たせるストリングスを強調してアプローチしていった。頑張って作った甲斐があり、評価してくれる声をたくさんもらえました。自分にとって、すごく大きいきっかけになった曲だと思います。

セルフプロデュースになってからは、曲の作り方にも変化はありましたか?

分島 そうですね。アニメのテーマソングに関しては、いただいた資料を見たり、原作があるものは原作を読んだりしながら構築していくので、けっこう頭を使いながら作品を作っていくことが多くて。それ以外のノンタイアップ曲は、ワッと湧いてきたものをそのまま曲にしたり、深く考えないで音にしたり……心で書く感じです。2015年にリリースした3rdアルバム『ツキナミ』はそこに特化して、“脳の音楽”と“心臓の音楽”という位置づけで、アニメのテーマソングと自分の衝動的な音楽を融合しました。

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