佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 81

Column

知る人ぞ知るスタジオジブリの月刊誌『熱風』がますます充実している!

知る人ぞ知るスタジオジブリの月刊誌『熱風』がますます充実している!

宮崎駿氏や高畑勲氏の作品をはじめとする名作アニメを生み出してきたスタジオジブリが、毎月10日に発行している雑誌が「熱風(GHIBLI)」である。
その雑誌をジブリはひかえめに小冊子と表記しているのだが、2003年に創刊された「熱風」は多種多様な題材を取り上げる特集を中心としながらも、読み応えのある連載記事を何本も掲載している総合誌だ。

ただし一部の書店で無料配布されてはいるが、普通に発売されている商品ではない。年間の定期購読者には、毎月10日過ぎに郵送で届けてくれるシステムになっている。

一昨日郵送されてきた2月号は以下の内容だったが、面白くて2日間ですみずみまで読んでしまった。


・特集/北方領土(24ページ)
【対談】東郷和彦×青木 理
「4島に日本人が行き、ロシア人と一緒に島を作っていくという精神が必要」

・特別寄稿/旅を書く(22ページ)
ときには旅のなかほどで――ニューイングランド紀行
(川内有緒)

・連載
第5回 漫画「ワトスン・メモ」(いしいひさいち)
第2回 風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年(田家秀樹)
第22回 海を渡った日本のアニメ/私のアニメ40年奮闘記(コルピ・フェデリコ)
第18回 シネマの風(江口由美)――[今月の映画]『グリーンブック』
第6回「僕、育休いただきたいっす!」~息子のギャン泣き~(税所篤快)
第21回 グァバよ!(しまおまほ)――家出をした財布


『空をゆく巨人』で第16回開高健ノンフィクション賞を受賞した作家、川内有緒さんの旅行記では、旅らしい旅の瞬間を感じ取って描かれたいくつかの文章が心に残った。
特に最後の締め、この言葉は印象的だった。

不思議なものだ。生きていれば、人と人はどこかで会える。予想もしない日に、ときには旅のなかばほどで。
 

今年から始まった音楽をテーマにしたノンフィクション「風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年」が、はやくも第2章にして佳境に入ったかのようで、グイグイと惹き込まれてしまった。

早く続きが読みたい。さて、「熱風」の巻頭特集はこれまでにも「憲法改正」や「人口減少」「移民大国日本」といった政治や社会に関わる問題から、「エコカー」や「人工知能」「パソコンがなくなる日」「日本人とクスリ」といった生活とテクノロジーについて、さらには「コンビニ」や「ヤンキー」「タイ王国」「尊厳の芸術展」といったテーマが取り上げてきた。

今回は実にタイムリーな「北方領土」であったが、それを最もよく知る元外務省の東郷和彦氏が、ジャーナリストの青木理氏との対話によって、今の立場で語れることのすべてを明らかにしてくれた。

そうしたユニークな切り口こそが「熱風」の真骨頂で、表紙の右上に書かれたキャッチに「スタジオジブリの好奇心」と銘打たれているとおり、発行人でもある鈴木敏夫プロデューサーの関心事が特集になることも多い。

「熱風」は無料の小冊子で広告がまったく入っていないし、もちろんパブ記事もない。
だから誰にも気兼ねすることなく、雑誌のつくり手である編集部の意向が、ストレートに紙面に反映されていく。

発行人の鈴木敏夫さんは「熱風」の創刊を決めたときから、そのことには強くこだわっていたし、その方針を常に貫いてきた。

いまも広告のない雑誌なんですよ。それはあのときに考えたスタイル。広告がないと自由に物が言える。それが本来、雑誌のあるべき姿だと思っているんです。
 

2018年8月号の特集として組まれた「米津玄師とジブリ」では、米津玄師×鈴木敏夫の対談「子供にとって音楽は祝福でなければらない」が掲載された。

これは全3回にわたってラジオで放送された鈴木さんとの対談の模様を、未放送だった部分含めて記事としてまとめたものだった。

 

発行部数が10000部に満たない「熱風」は小さいがゆえに、少人数のスタッフで小回りがきくことや、何よりも編集の自由度が高いことで、今では独特の存在感を放つ存在になっている。

鈴木さんは「熱風」を始めて継続していることに対して、取材の際にこんなことを述べていた。

それだけの部数しか刷られていないというのはね、読者の皆さんもなんとなくわかっていると思うんですよ。でも「そういう人のところへ届けばいい」と僕は思っているんですね。 それに本当に必要なものはね、誰かが勝手にネットに載せてくれるんですよ。
 

実際に現物を手にとって読まなければ、そこに書かれた情報に接することができないという意味で、「熱風」は実に希少価値のある雑誌なのである。
ネット上に公開したら膨大な数の人が読むと思われる内容でも、本を手に入れないと知ることができない。

かつて「iPad」が鳴り物入りで発売になると話題になった時、宮崎駿監督にインタビューした記事が「熱風」に掲載された。

編集部も鈴木さんも、そこで発信したものがどこまで届くかということに興味があって、結果を見守ったことがあったという。

そのインタビュー記事はネット上では結構な反響を呼んだが、なぜか日本の主要メディアは黙殺していた。

そこへ海外でも宮崎監督の言葉が話題になっているとして、引用した言葉とともにニュースが流れてきたのだ。

宮崎 あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の関心も感動もありません。嫌悪感ならあります。その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。電車の中がマンガを読む人間だらけだった時も、ケイタイだらけになった時も、ウンザリして来ました。
 

しばらくすると、それがニューヨーク・タイムズのコラムにまで取り上げられた。

そのことについて鈴木さんは、こんなふうに語っていたのである。

やっぱりメディアってそういうもんなんですよ。あの発言が、アメリカで宮崎駿という人が注目を浴びた大きな要因のひとつになったかもしれない。でも発信元は8000部の「熱風」なんですよ。
 

総合雑誌の面白さ、そして活字と本の持つ力について、あらためて考えさせられている。

※鈴木敏夫氏の発言は「ジブリ鈴木敏夫Pに訊く編集者の極意──「いまのメディアから何も起きないのは、何かを起こしたくない人が作っているから」 からの引用です。

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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