Interview

パノラマパナマタウンの『情熱とユーモア』。“めちゃめちゃ生きてる”と高らかに宣言する岩渕想太の熱い気持ち

パノラマパナマタウンの『情熱とユーモア』。“めちゃめちゃ生きてる”と高らかに宣言する岩渕想太の熱い気持ち

パノラマパナマタウンが、ついにメジャー1stフルアルバムを完成させた。『情熱とユーモア』は、収録されている13曲のどれもが、主張したり、熱狂に誘ったり、踊りたくなったり、深く噛みしめたくなったりして、これほどのエネルギーを感じさせるアルバムは滅多にない。
特に注目したいのは、ガンガン畳み込んでくる「Top of the Head」、ストレートなメッセージがてんこ盛りの「めちゃめちゃ生きてる」、強い浸透力を持つ「真夜中の虹」の3曲。つねに「これでいいのか?」と自問してきたパノラマパナマタウンが、生きることの素晴らしさを真正面から賛美するのは、とても素敵な“裏切り”だ。人生のいろんな側面を切り取った『情熱とユーモア』は、音楽性だけでなく、本当の意味でのミクスチャーアルバムと言える。
バンドのキャリアをぎゅっと凝縮し、かつ未来を感じさせる快作について、ソングライター、ボーカル&ギターの岩渕想太に突っ込んで聞いてみた。

取材・文 / 平山雄一

自分の気持ちを素直に出していいんだ

『情熱とユーモア』は、めちゃめちゃエネルギッシュなアルバムだね!

エネルギッシュにしようというより、“生”を肯定する……それぞれの人生があって、それぞれの命があって、それぞれが生きることを肯定するアルバムにしたいというのがテーマで。去年の夏くらいにはそんな大枠があって、そこに向けて曲を書いていった感じです。今までの自分らの曲って、社会に中指を立てるというか、ツバを吐くみたいなものが多かったと思うんです。今回、やっていることもその延長線上ではあるんですが……。

どの方向から歌うかという、表現の仕方が変わったの?

裏になったか、表になったか、くらいの違いなのかもしれないです。社会に反発する背景には、「それぞれがこういう人間でいいのに」っていう強い肯定があるなと思っていて。前のアルバム『PANORAMADDICTION』を出して以降、みんなの生活を肯定したい、各々の命を肯定したいという気持ちが芽生えてきて。素直になったというか……僕は天邪鬼な人間だから、あんまりそういうことを歌いたくなかったのかもしれないんですけど、素直な心がそこにはあって。だから今回は、それをそのまま出したいという気持ちになりました。

前作『PANORAMADDICTION』のツアーで、オーディエンスたちの嬉しそうな顔を見たりしたことの影響があるのかな?

そうですね、大きいと思います。「フカンショウ」というパーソナルな曲が多くの人に届いた。「この曲を聴いてこうしようと思った」「“ほっといてくれ”という歌詞に触発されて、周りに流されずに自分の人生を選ぼうと思いました」っていう手紙をもらったりもして、そういうふうに自分の曲が誰かにちゃんと響いていくんだなということを実感できたんです。それが、自分の気持ちを素直に出していいんだと思えたきっかけでもありますね。

ケンカの売り方と納め方って、その人なりの個性が出るよね。

今、もう一回、ケンカ売りたくなってますけどね(笑)。

この5年間やってきたことが言えてるなって思った

あはは、アルバムを作り終わったら、もう次のモードになってる(笑)。じゃあ、『情熱とユーモア』の具体的な曲の話をしましょう。聴いていて、一番ガツンときたのは、4曲目の「めちゃめちゃ生きてる」だった。

ズバリですね! 「めちゃめちゃ生きてる」は、ずっとこういうことを言いたかった曲。「ラプチャー」という曲で「生きたまま 死ぬんじゃねえぞ」って書いてたりするんですけど、誰かの定規の上で生きていくこととか、目の前にあるものだけで生きていくことが虚しいなとすごく思っていて。

「ラプチャー」は、その虚しい人生に対しての“暗闇の中の光”として表していた。

誰かの定規の上で生きていくことを突っぱねるということは、今までやっていたんですけど、そうではなくて、突っぱねた先を書きたいと思って。虚しく生きるんじゃなく、じゃあ、何なのかという、その言葉がずっと見つかってなかったんですよね。なんて言えば伝わるのかを、ずっと考えてた。生きてる実感をもっと取り戻したいとも言っていたし、生命力を“熱狂”とも言っていたけど、なんかちょっと堅苦しい言葉だよなって思っていて。そのときに“めちゃめちゃ生きてる”って言葉を思いついて、「これでいいじゃん」と思えた。自分の中ではこの言葉で、この5年間やってきたことが言えてるなって思ったんですよ。「めちゃめちゃ生きたいんだ、俺は」って。この曲はギターの浪越(康平)が作った曲なんですけど、この歌詞を思いついたときに、今までの集大成みたいなものになるなと思いましたね。

言いたかったことを、今までとは違う表現で言えた。

うーん、なんて言うのかな……「言えた!」「出せた!」って感じですかね。

「めちゃめちゃ生きてる」が出来たのは、いつ頃?

出来たのは、アルバム制作の最後のほうなんですよ。

じゃあ、ある意味、制作期間中は苦しかったよね。

はい。アルバムを8月くらいから作り始めて、“めちゃめちゃ生きてる”って歌詞を思いついたのが、10月に入ってからだったと思うので。テーマと言いたいことはあったけど、なかなか言葉と音がないっていう状態がずっと続いていて、やっと出来たという感じですね。

そこで初めてアルバムの全体像が見えた。

見えましたね。

最初は「え!?」って感じ。「ダサくね?」って(笑)

メンバーからのリアクションは?

「めちゃめちゃ生きてる」に関しては、最初は「え!?」って感じでしたね。「ダサくね?」って(笑)。歌詞に関しては浪越とぶつかることが多いんですけど、「俺ism」も浪越が作ってきた曲で、「“俺ism”ってどう?」って言ったら「ダサい」って言われて(笑)。けど、今回アルバムを作る中で、バンドの方向性を決定付ける、“ここに行きたい”という大事なものを明確にすることができたのは、浪越と話したことが大きかったなとも思っていて。浪越はロックバンドに対して抽象的なかっこよさ、どうとでも受け取れる懐の深い歌詞へのロマンを強く思っていて。でも僕は、自分の生活から離れていく例え話的な表現に対してピンとこないんですよ。今の日本のロックバンドの歌詞ってほとんど刺さらなくて、抽象的すぎると思っていて。そいつじゃないと歌えない感が少なすぎると感じているんです。時代にフィットしたり、聴いてる人にフィットさせる感覚が優先されている気がして、自分らしいゴツゴツ感や気持ち悪さみたいなものが、ソフトになっている時代だなと思っていて。その中で、自分にしか言えないこと、自分が生きた中で感じたことがすごく大事だなと思うから、僕はそういうものを出したいと思っているけど、それをしようとすると、どうしても固有名詞も増えるし、“めちゃめちゃ生きてる”みたいな言葉遣いになっていく。例えば、「めちゃめちゃ生きてる」の曲名は、“バイタリティー”でもいいじゃないですか?

そうだね、“バイタリティー”は抽象的な言葉で、さらに英語だから二重のオブラートがかかっている。

そうやって意味を遠ざけていくことも選択肢としてはあったけど、自分にはそれはできない。フィットしないと思って。だって、自分じゃなくなるから。だから、浪越に「めちゃめちゃ生きてる」がいいということを説得するために、書いた歌詞を全部見せたりもしたんです。あと、自分らが今まで辿ってきたもの……否定を歌っていたけど、それを裏返すと「めちゃめちゃ生きてる」ということなんだという話だとか、自分の好きな芸術作品、映画なり音楽なり美術なりのこともいろいろ話して、そこで浪越も納得してくれたという経緯があって。

バンド内でそういう議論ができるのは、とてもいいね。

僕の考えも、浪越のロックバンドに対する思いも、ぶつかるほど濃かったっていうところだと思います。浪越は「自分がダサいかもしれないと思うものが、このバンドの持ち味だし、岩渕の持ち味だ」と、最後にはわかって納得してくれたんだと思います。結果的に、メンバー4人とも「めちゃめちゃ生きてる」が最高じゃんってなれたので、一番必要な話し合いだったと思うし、みんなが納得するところに行けた気がするんですよ。

今回、アルバムを聴いていて、パノラマパナマタウンのバックグラウンドが見えてくる気がした。メンバーが今まで聴いてきた音楽が反映されているような印象を受けたんだけど、そういう経緯はあった?

いや、特にないです。けど、Dragon Ashの『Viva La Revolution』(99年発表)のミクスチャー感、最初にヒップホップをやってからバンドに転進していく感じは、参考にしたというか。でも、「めちゃめちゃ生きてる」というテーマに関しては、自分の人生、自分が生きてきた中でこれを歌おうと思ったので、誰かから影響されたというものではないんです。そういう意味では、バンドのテーマっていうのは、普遍的なものになっていくということなんでしょうね。

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