黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 25

Interview

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(中)多分、みんなバカだった…

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(中)多分、みんなバカだった…

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

読者の皆さんは、『アストロノーカ』というビデオゲームを御存じだろうか。

いわゆる物語的な結末や対戦結果が残る従来のビデオゲームの概念と異なるもので、宇宙イチの農家を目指すという荒唐無稽なコンセプトのビデオゲームに出会ったときの衝撃は忘れない。そして、そこに散りばめられたAI(人工知能)的な要素などは斬新だった。

それらのビデオゲームをエニックスが開発(外部受託)、販売したものだということにさらに驚きを禁じ得なかった。エニックスと言えば、すでに『ドラゴンクエスト』という国民的なRPGゲームを擁している会社だったからだ。

いわば「殿ご乱心?」とまで思ったものだ。

このビデオゲームをきっかけにエニックスとゲームプロデューサー齊藤陽介の存在を知った。その後、アイドルと実写を取り入れた実験的な作品でヒットを生み出し、エニックスの王道コンテンツであるシリーズの『ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン』のプロデュースに至る。そして、現在もゲームプロデュースの最前線に立ち続けるキーマン、それが齊藤陽介だ。

齊藤は、常に面白い作品を作りたい。そして、自分よりも面白い作品を作れるひとのために経験と力を尽くしたい思いからプロデュースに徹しているという。

今回の「エンタメ異人伝」は、そんな齊藤陽介を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫り、彼が創ってきた作品と向かい合い、人生を生きてきたのかを辿る小旅行である。

(敬称略)

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの第2回です。第1回(上)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


ブラウザとメーラーを活用したオンラインゲームとMMORPG『クロスゲート』

どのあたりから、ご自身で企画とかされるようになったんですか?

齊藤 一番初めにコンシューマでプロデューサーとしてやったのは『アストロノーカ』(注15)です。

注15:全宇宙野菜コンクールでの優勝を目指して究極の宇宙野菜作りに挑む育成シミュレーション。農場を荒らす害獣バブーの進化にAIを利用していて、さまざまな進化の仕方をするバブーとの戦いが非常に楽しい。1998年にプレイステーション向けに発売。

やっぱり『アストロノーカ』が最初なんですね。

齊藤 そうです。コンシューマーでは『アストロノーカ』。で、今はソーシャルゲームっていう言葉で呼ばれていますけど、ウェブゲームでそういうものを作りまして、それが『MaildeQuest(メールでクエスト)』(注16)です。途中から『みんなdeクエスト』っていうタイトルになったんですけどね。なぜ、そのウェブゲームを作ったかと言いますと、自分が『ディアブロ』(注17)などのオンラインゲームを楽しく遊んでいたんです。

注16:キャラクターに簡単な指示を出すと冒険結果がメールで送られてくるファンタジーテイストのブラウザゲーム。多人数で楽しむことが可能で、のちに『みんなdeクエスト』に改題。配信と終了をくり返し、2017年3月31日にサービス終了。

注17:ランダムで生成されるダンジョンを攻略していくアクションRPG。ネットなどを介して他のプレイヤーと一緒にプレイできるという、当時としてはまだ目新しかったマルチプレイ要素を搭載。これがウケけにウケけ、世界的大ヒットとなるなどMORPGの先駆けとなった。

もう、そのころからプレイされていたんですね。

齊藤 そうなんです。それで『クロスゲート』(注18)っていう国産のMMOを作ったんですよ。でも、今でこそみんなダウンロードで買えますけども、そんなもの当時はなくて。しかも、パソコンゲームをパソコン売場に買いに行くことの障壁って、尋常じゃないくらい高かったんです。だったらブラウザとメーラーはみんな持っているから、そのふたつを持っていればできるオンラインRPGをまず作ろうと思って、それが『MaildeQuest』だったんです。そこに馴染んでくれれば、パソコンで遊ぶオンラインゲームって楽しいじゃんっていうステップになってくれればと思って、それで『クロスゲート』の前にリリースしたんです。

注18:中世ヨーロッパ風の世界を舞台にした、ほのぼのテイストの国産MMORPG。中国、台湾で高い人気を誇った。

そうだったんですか。

齊藤 そうなんです。だから、『MaildeQuest』はホントに知り合い4人ぐらいで、制作費400万円ほどで作ったんです。でも、モバイル版にもなっているんで生涯収益は十億は楽に超えていると思いますよ。私への還元は1円もないですけどね(笑)。

いやいや、今のポジションにいられるのは大きいと思いますけど。でも、すごいことですね、それは。

齊藤 次の『クロスゲート』は日本ではちょっと時代が早過ぎたんですけど、韓国、台湾、中国に持っていって中国では自分たちで会社が作れるぐらいまでになりました。

そうですよね。

エニックスのパーティーにて

齊藤 でも、ひどかったですよ。小林っていうヤツとふたりでソウルに『クロスゲート』を売り込みに行ったんですけどね。パブリッシャーになってくれる会社を探しに。でも、まだ日韓ワールドカップをやる前で看板が全部ハングルだけなんです。もうバスの乗り方も何も分からない。バスカードみたいなのを買うんですけど、この規格は違うなみたいな。

それは大変だ。

齊藤 そうなんです。それで営業のために数日間は韓国にいたんですよ。NCSOFTとかネクソンとか、大小いろんな会社さんとミーティングをして、条件交渉をしてみたいな。そうすると、やっぱり生きるということに対して貪欲になるというか、頑張ろうって思うんでしょうね。途中からハングルで「カルビ」っていう字が読めるようになったんです。何も分からなくても「あ、ココは焼き肉屋だ」って、ハハハハ。

生きる本能が目覚めるわけですね。でも、よく行かれましたね。

齊藤 そうなんですよ。メチャクチャなんです、ウチは。

やっぱり「行ってこい」と会社に命令されたんですか?

齊藤 「行ってこい」もありますけど、自分たちが作ったものが稼げなかったら、どこかに売りにいくしかないですからね。

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