黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 25

Interview

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(中)多分、みんなバカだった…

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(中)多分、みんなバカだった…

『アストロノーカ』誕生秘話

でも、すごいですね。そんな時代から、もうそんなことをされていたんですね。『アストロノーカ』について、もう少し聞かせてください。すごいチャレンジブルなソフトだったと僕は記憶しているんですよ。ああいう発想のゲームっていうのは、当時のゲームの文法にはなかったと思うんです。

齊藤 私は森川(幸人)さん(注19)たちが参加されていた『ウゴウゴルーガ』(注20)が大好きで。森川さんは『がんばれ森川君2号』(注21)を作られたわけですが、彼のセンスでカタルシスのあるは言い過ぎですが、ゲームとしての勝ち負けが分かりやすいものを作れたらいいなと思っていたんです。森川さんは遊び場の創造に注力してましたけど、あんまり「ゲーム」っていうものには固執しないイメージがあったじゃないですか。やっぱりゲームは勝ち負けがあるのが大事だなと私は思っていて、それで森川さんのところにゲームを作りませんかっていう話をしに行ったときに、そういったことを話したんです。

どこかの打ち合わせの帰りに、電話ボックスからタウンページみたいなのを見て電話したんですよね。確か、まだウルトラっていう会社だったのかな。「エニックスの齊藤と申しますけど」って言ってアポイントを取って。今思えば怪しいですよね。エニックスっていう看板があってよかったです(笑)。

注19:『がんばれ森川君2号』、『アストロノーカ』、『くまうた』など、斬新かつ個性的なゲームを次々に生み出したことで知られるクリエイター。現在、自身が代表取締役を務める株式会社ムームーからどうぶつパズルアプリ『いっぱい!どうぶつこいこい』などを配信中。

注20:森川幸人氏がCGクリエイターとして参加していた、フジテレビの子供向けバラエティ番組。シュールかつ型破りなCGキャラクターたちが大人層から支持され、子供番組の枠を超えた人気となった。

注21:「PiT(ピット)」と呼ばれるAIを搭載した可愛らしいロボットを育成していくゲーム。なかなか思うように育ってくれないのだが、そのままならないところが実際のペットや赤ん坊のようでカルト的人気を誇った。1997年にプレイステーション向けに発売。

すごいなあ~。

齊藤 それで森川さんのところに行くようになったんです。スーファミのゲームのアシスタントプロデューサーをやりつつだったんですが、週に1回ぐらい遊びに行って、雑談を兼ねて、こんなことやあんなことみたいな話をして。半年から1年ぐらい、そういったブリーフィングみたいなことをやって、最後にじゃあ宇宙を舞台にした農家のゲームを作ろうと。

そういう経緯だったんですか。

齊藤 そうなんです。いわゆる「夢の島のハエ」の話を森川さんに聞いたんです。大量発生したハエを殺虫剤で殺しても耐性を持った個体が出てくる。その耐性を持つ個体が増えていくから、人間はそのハエに勝てる殺虫剤を作るんだけど、また全滅しないで耐性を持つ個体が残ってみたいな話で、それは面白そうですねと。ジェネティックアルゴリズム(注22)っていうものでゲームを作れば面白くなるんじゃないかって。でも、ジェネティックアルゴリズムはAIなので、テーブルで管理したパラメータに比べて作るのがメッチャ大変だったんです。確か、完成したあとチューニングに1年ぐらいかけたはずです。会社にはだましだましですよね。実はもうできているんだけど「まだできないんです、ごめんなさい」って。そうやって面白くするためのチューニングにかなりの時間を使いました。

注22:交配、淘汰、突然変異といった生物の進化の仕組みを模すことで最適解を求める手法。いわゆる遺伝的アルゴリズムのことで、人工知能の強化・学習などによく利用されている。

多分、みんなバカだったんでしょうね

そんなに大変だったんですか。普通のゲームを作りつつ、一方で『アストロノーカ』をやり続けたわけですよね。

齊藤 そうです、そうです。「バブー」っていう畑に野菜を食べにきちゃう害獣の声も私ですからね。

あれは齊藤さんの声なんですか?

齊藤 私とサウンド担当がブースに入って「ギャー」とか「ウー」とか、ヘリウムガスを吸いながらやりました。当時はそんなに人数もいなかったので、なんでもやっていましたね。

『アストロノーカ』はいい言い方をするとチャレンジブルな、ちょっと悪い言い方をするとバカゲーですけど、ご自身の中でそういったものをやりたいというお気持ちがあったんですか?

齊藤 多分、マジョリティよりもマイノリティを取るみたいなところがあったんじゃないですかね。福嶋さんに「新しいことをやんなさい」って言われていたというのも多分にあると思います。今までにあるステレオタイプなものを作っていても、そんなにヒットしないよと。年間に作られるゲームが仮に100タイトルとして、その中で新しいもの、斬新なものは5タイトルぐらいだけど、じゃあその今までのもので作った95本からヒット作が何本出るかっていうと、いっても片手ぐらいだと。だったら新しいものをやったほうが仕事としても楽しいでしょ、ただエロとグロは止めてねと、そう言われていました。

その福嶋さんのイズムといいますか、理念をまさに実践されたわけですね。アバンギャルドなものをいっぱいやられていますもんね。

齊藤 個人商店だと思ってやっていたんで。ほかのプロデューサーもみんなそういう意識でやっていたんじゃないですか。

あまりにアバンギャルドすぎて、社内で反発されるみたいなことはなかったんですか。

齊藤 なかったですね。多分、みんなバカだったんでしょうね。良くも悪くも『ドラクエ』が出れば、他はぶっちゃけて言えばどうでもいいみたいなことも、もしかしたらあったかもしれません。「ドラクエ課」っていう『ドラクエ』を作る課と「企画課」っていう『ドラクエ』じゃないものを作る課があって、企画課は4年に1回の『ドラクエ』の間を自分たちがどう埋めるかみたいな感じでやっていましたから。

『ドラクエ』が4年に1度出れば、キャッシュフローもきれいになって利益も潤沢だ、みたいな。

齊藤 はい、そうですね。

でも、それは恵まれた空間ですよね。

齊藤 新しいことをやるっていう意味では良かったと思いますね。

3歳のとき

『アストロ』でやったものが『せがれいじり』(注23)につながったりした部分もあったのではないですか。

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