黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 25

Interview

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(中)多分、みんなバカだった…

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(中)多分、みんなバカだった…

上がつっかえている感ってヤだなと思って……

いや、なかったですよ。どこもみんな続編とかII、IIIばっかりだったじゃないですか。もちろん御社もそういう部分はありましたけど、でも一方では常にチャレンジしているタイトルがあって。「え、こういうの出すの?」って常にビックリさせてくれましたよね。その後エニックスはスクウェアと合併されて、ある種の王道みたいな会社になったわけですが、お仕事がやりにくくなったみたいなことはなかったですか?

齊藤 いやあ、全然ないです。それを気にしたことはほとんどなかったですね。ただ合併した直後は……当時は第10開発事業部っていう『ドラクエ』以外の旧エニックスのタイトルをやっている部署とモバイル事業部の事業部長を兼務でやっていたんです。スマホになる前なのでガラケーが主だったんですけど。

48歳の誕生日に『ドラゴンクエストX』のプロデューサーを卒業

で、コンシューマー系の部署である第1~第10は旧スクウェア、旧エニックスの部署の名前を変えただけだったんですが、モバイル事業部だけは旧エニックスと旧スクウェアのゴチャまぜの部署になったんです。それはそれで面白かったですけど、やっぱりそれぞれの会社の文化の違いとかあって最初は大変でしたね。だから、毎日みんなを連れ出して飲みに行っていましたよ(笑)。

それはコミュニケーションのためというのを含めて。

齊藤 はい。

なるほど、そうだったんですか。さっきおっしゃられていた「自分よりも面白いものを作るヤツがいる」っていう部分なんですけど、『ドラゴンクエストX』などのバトンを次の者に渡された理由もそういったところにあるんでしょうか。

齊藤 やっぱり組織として考えても活性化は必要ですし、ずっと居座るのも違うなと思っていたんです。いつまでも自分がいると人材が流動的にならないですし、上がつっかえている感ってヤだなと。だから、どこかで変わる必要があると思っていて、適任者がどこかにいないかなって、運営が3年経ったぐらいから考え始めていたんです。外から連れてくるのもイヤでしょうからね。

では、ご自身のお気持ちの中では抵抗感みたいなものはなかったと。

齊藤 このままここにいたら新しいモノをゼロから生み出すより、どれだけ楽かと思うことはあります。でも、若い人たちやこれから会社を担っていくコアスタッフが『ドラクエ』とか『FF』っていうものを使って学べることはいっぱいあるはずです。何も分からないで新しいものを生み出すのってホントに大変だと思うんですよ。だから、そういった人たちには経験とかノウハウってものを『ドラクエ』とか『FF』の中で学んでもらって。新しいことはそういうことを経験しているオッサンたちがやったほうが、何かしら後からついてくる人たちのお手本になるんじゃないかと思っています。

そこまで考えている人はそういないですよ。ずっとやりたがって、なかなか手放さない人のほうが多いと思います。

齊藤 効率を考えても、このほうがいいと思うんですよね。人を育てるとか組織を育てるとかいう面で。ずっとやりたくなっちゃう気持ちは分かるんですけど。

プレイバイメールっていうオンラインゲームをメッチャ真剣にやっていました

これまで齊藤さんはある種のヘンなモノを作ってこられたわけじゃないですか。それはご自身が少年時代から青年時代にいたる過程で、何かエンターテインメントの部分で影響を受けたといいますか、感じたものを消化してきたからと思ったりするのですが、そのあたりはどうなんでしょう。

齊藤 オンラインゲームがやっぱり好きなんですよ。もちろん、ひとりでその世界に没頭して遊ぶゲームも嫌いではないですけど、人と遊ぶことが好きで。そこのところのルーツは分からないですけど、昔から人と遊ぶっていうことが多分好きだったんでしょうね。さっきも言いましたがヤンキーとも遊べますし、オタクの友達も多かったですから。

オンラインゲームも『ウルティマオンライン』とか『ディアブロ』の頃からやっていて、すごいことを考える人がいるなあって思っていました。で、自分が作れる立場になったんで、やってみたいなと。国産でやったら、どういうものができるかなと思ったんです。

当時の『ウルティマオンライン』とかですと海外とも繋がっちゃうわけですよね。そこにも積極的にコンタクトされていったんですか?

齊藤 あんまり気にしなかったですね。『World of Warcraft』では、10数人の外人さんたちとボイスチャットでスラングを交えながらレイドを一緒にやったりしていましたから。ほとんど「はい」か「いいえ」でしたけど(笑)。

そうだ、思い出した。大学のときにプレイバイメール(PBM)(注29)っていう手紙で遊ぶオンラインゲームをメッチャ真剣にやっていましたね。「朝朝ジャーナル」っていう「朝日ジャーナル」のパクリみたいな雑誌が月1回送られてくるんです。そこには一見普通の記事も載っていれば、何か超常現象みたいなものが起きたという記事も載っていて、その中から今月の自分はこういうアクションを取るっていうのをハガキで運営側に送るんです。そうすると、次の月にリアクションシートっていう、自分が取ったアクションに対するショートショートの小説みたいなのが送られてきたりするんです。それを1年間かけてやるっていう。

注29:手紙などを利用してプレイヤー同士で遊ぶ多人数参加型のゲームのことでメールゲームとも呼ばれる。ここで齊藤氏が話している内容は「遊演体」という会社が運営していたもので作家の新城カズマや賀東招二などがゲームマスターとして参加していた。

そういったこともされていたんですね。それがさっき言われた『MaildeQuest』とかに繋がっていくわけですか。

齊藤 そうです、はい。

撮影 / 北岡一浩 取材協力 / 仁志睦


続きは第3回インタビューへ
2月19日(火)公開予定

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(下)スクエニファン以外にリーチしたかった

ゲームプロデュースの最先端 齊藤陽介氏(下)スクエニファン以外にリーチしたかった

2019.02.19

著者プロフィール:黒川文雄【インタビュー取材】

くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。DMMオンラインサロンにて「オンラインサロン黒川塾」を展開中。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。

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