Interview

杏沙子 1stフルアルバムで魅せる新しい表情と過去から未来に続くストーリー

杏沙子 1stフルアルバムで魅せる新しい表情と過去から未来に続くストーリー

昨年、ミニアルバム『花火の魔法』でメジャーデビューした杏沙子。インディーズ時代からMVの総再生回数は600万回を超え、そのチャーミングな歌声が注目されていたが、満を持して待望のファーストフルアルバム『フェルマータ』をリリースした。インディーズ時代の名曲から、気鋭の作家陣が提供した多彩なメロディー、彼女の今の思いを綴ったバラードなど予想をはるかに上回るバラエティに富んだ11曲を収録。王道のポップだけでなく、彼女自身が自由に遊んだスカやファンキーなナンバーもあれば、故郷で自分を見つめ直す自作曲まで、いくつもの表情を歌で見せてくれる。ここから始まる彼女のストーリーはどこへ続くのか?杏沙子に訊く。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 沼田学

自分が知らないところで知らない人が私の曲を聴いてくれている。

昨年の7月にメジャーデビューして、約半年でアルバムが完成しましたね。

アルバムは『花火の魔法』をつくりながら制作を始めていたので、自分がやってみたいことが集まってできた感じなんです。だから、ジャンルも幅広い色んな曲を詰め込むことができました。

メジャーデビューで変化したことはありますか?

インディーズで活動していた時は、自分がつくりたいように自由につくっていたんですけど、メジャーデビューによって関わってくれる人や私のことを知ってくれる人が増えてゆく中で、もっとたくさんの人に聴いてもらえる曲にしなきゃと思って、それに縛られて曲が全然できない時期があったんです。

いきなりスランプに?

メジャーでレコーディングをスタートした頃ですね。何をつくってもパッとしなくて、誰かに良いと言ってもらわないと曲が良いのかどうか分からなくなってしまったんです。そんな時、自分がインディーズ時代に歌っていた曲を遡って聴いたら、自分は誰かに認められたくて曲をつくっていたわけじゃないと思い出したんです。自分のために自分が楽しいと思うものをつくろうと気づいて、そこからは遊び始めました。

メジャーゆえのプレッシャーだったんでしょうか?

勝手に責任感を感じていたのかもしれないです。素晴らしいミュージシャンやアレンジャーの方に出会ったり、キャンペーンなどで毎日色んな方にお会いしたり、ちょっといっぱいいっぱいになっちゃったんですかね。自分が知らないところで知らない人が私の曲を聴いてくれていると思うと、もっとみんなに聴いてもらえるようにならなければと必要以上に思いこんでいたんだと思います。

「これ、自分のことじゃん」とドキッとした曲「着ぐるみ」

アルバムには自作曲以外に幕須介人さん、宮川弾さん、山本隆二さんらが詞曲を提供していますね。

私は歌うことを主軸にした活動を考えているので、今は自分の引き出しを増やす意味でも色々挑戦してみたいし、自分の曲にだけこだわるのではなく、幅広い主人公の世界を聴いてくれる人に感じてもらう方が自分らしいかなと。今回、アルバムで初めて頂いた楽曲のメロディーに歌詞をつけてみたんです。宮川弾さんが書いてくれた「チョコレートボックス」と「半透明のさよなら」 がそうなんですけど、それはすごく新鮮な体験でした。

1曲目の「着ぐるみ」は、幕須介人さん作詞・作曲、編曲は山本隆二さんと「天気雨の中の私たち」と同じ制作陣です。

幕須さんは自分にすごくフィットする曲を書いてくれるんですが、「着ぐるみ」は、「これ、自分のことじゃん」とドキッとしました。メジャーデビューしてから、自分より人を優先してしまっている自分がいるなと感じた瞬間があって、そんな時にこの曲をいただいて、「言い当てられている! どこで私を見ているんだろう?」って。ちょっとホラーでした(笑)。

自分を守る意味でも、着ぐるみを着ていた?

着ぐるみで素顔を見せない方が楽な時は誰にでもあると思うんです。でも、着ぐるみを脱ぐ時がないと、「私は誰の人生を生きているんだっけ?」ってなるし、ちょっとなりかけていたのかな? よくも悪くも真面目すぎる自分にコンプレックスがあるんです。「ザ・アーティスト」みたいな人はこんな悩みは持たないだろうけど、だからこそ自分に歌えることもあるんじゃないかと。

鼻歌でつくったスカ・ナンバー「予防接種が効かない」

自作曲の「恋の予防接種」は軽快なスカのリズムが新鮮ですね。

 「花火の魔法」の時は、情景があって物語が進んでいく歌が多かったんですが、この曲は例えをふんだんに使って、気持ちの動きを表す歌詞にしてみました。曲は鼻歌でつくったんですけど。ちょっと頭のネジが1本飛んでるようなアレンジにしてもらって楽しい仕上がりになりました、

鼻歌作曲術は続いているんですね。

サビの〈予防接種が効かない〉のメロディーはお風呂で生まれました(笑)。クラシックピアノは習っていたんですけど、曲の作り方が分からなくて、鼻歌という手段しかなかったんです。

大学2年から作詞作曲を手がけて以来、曲のストックは?

インディーズの時に歌っていて、まだレコーディングしていない曲もあるんですけど、今回は「アップルティー」と「おやすみ」以外は新曲です。直感的に「これ、いける!」とエンジンがかかってつくった曲が今回は多かったですね。

幕須介人さんが書いた「ユニセックス」の〈ようこそ!曖昧な境界へ〉という世界観は杏沙子さんにはありますか?

普段の自分とぴったり合致するかといえば違うんですけど、直感を信じて恋に突き進むことの罪深さを感じつつも憧れる部分はあるし、グレーゾーンで楽しむこともいいんじゃないと歌っている曲なんだと思います。〈男も女もない ふわっとしたdiscotheque〉とか、すごく今っぽい多様性を感じさせますよね。

「チョコレートボックス」は作詞が杏沙子さんですが、他の人のメロディーに歌詞をつける時は作家的な意識が働く?

自分が歌うことが前提なので、そういう感じはあまりないんですけど、「チョコレートボックス」はメロディーが英語を呼んでいるなと思って、初めて英詞に挑戦しました。でも、めっちゃ苦戦して気分転換に映画『フォレスト・ガンプ』を観たんです。サビの英語は、主人公のママが死んじゃう前に言う台詞で、映画ではチョコレートボックスを人生に例えているけど、〈開けてみなきゃわからない〉のは恋愛もそうだなと。

なおかつ冨田恵一さんが編曲を手がけ、進化系ポップに仕上がっていますね。

冨田ラボ名義の「眠りの森feat.ハナレグミ」が大好きだったので、冨田さんとはぜひご一緒してみたかったんです冨田さんのアレンジで今の新しいポップスになって、アルバムの幅が広がったと思います。

しゃべり歌の「ダンスダンスダンス」は自分の素に近いかもしれない。

大胆なアレンジで遊んだ「よっちゃんの運動会」や「ダンスダンスダンス」のラップは、これまでの杏沙子さんのイメージと異なる攻めの姿勢がうかがえますね。

この2曲は攻めましたね。「よっちゃんの運動会」は、山本隆二さんが遊びで作った曲をたまたま聴いて、面白い!歌詞をつけてみたい!と思ったのがきっかけで、なぞなぞみたいな歌詞にしてみたんです。「ダンスダンスダンス」のようなファンクやブラック系の音楽はあまり聴いてこなかったんですが、周りの影響で興味が出てきて、ラップというかしゃべり歌いみたいなのをやってみたくなって、歌詞は意外とスルッと1日で出来ちゃったんですよ。

言葉づかいも〈わかんないのさ〉とか〈わたしばっか〉とか、かなりぶっちゃけていますね。

ちょうどその時、友達から彼氏の愚痴をきかされて、その子が聴いたら「私のことだ!」って分かるくらい(笑)。歌い方は自分の素にけっこう近いかもしれない。お母さんも「これがいちばん杏沙子だね」って言っていましたから。〈未読スルー 既読する まめに見る 送信する〉ってちゃんと韻も踏んで、挑戦ではあったけど楽しかった。

インディーズ時代の曲「アップルティー」の新録で気がついたこと。

2016年のインディースデビューCDに収録され、MVの再生回数が600万回を超えた「アップルティー」を新たに録音したのは?

やっぱり、私にとってはすごく大事な曲なので、アルバムには入れたかった。前のバージョンでもいいかなと思っていた時期もあったんですが、以前のアレンジを踏襲しつつ、少しロック寄りにして、今の歌い方でレコーディングし直しました。当時は自分が描きたい世界を無我夢中で書いたんですけど、再び歌ってみて、「あの頃のようにやりたいことをやればいいんだ」って気づかされた1曲です。

「半透明のさよなら」 は、囁くようなボーカルが少し大人っぽくて、ユーミン(荒井由実)の「12月の雨」を彷彿とさせる季節の情景を描いた歌詞ですね。

わー、嬉しいです。実は私もこのアルバムでいちばんの隠れ押し曲なんです。これは私が目指している情景や空気感、温度感を表現できた歌になったと思います。確かに言われてみれば、ユーミンさんは松本隆さんとともに大好きなので。冬の朝の日常のひとこまを描いてみたんですけど、宮川さんのメロディーを聴いて、「半透明のさよなら」 という好きな人とさよならしきれないふんわりした悲しみが浮かんだんです。「天気雨の中の私たち」は幕須さんの作詞ですけど、「天気雨」や「半透明」 のような何かと何かの間の曖昧な状態にキュンとする。そういう世界はこれからも大事にしていきたいですね。

ピアノだけの演奏で歌う「おやすみ」もインディーズ時代の曲ですね。

歌はピアノと一緒にクリックもなしに同時に録りました。これは誰かの物語ではなくて当時の自分のことを書いたんですけど、自分の恋愛観がだんだん変わってくると、歌い方も変わってくることを今回レコーディングしてみて感じましたね。いつかライブでピアノの弾き語りで歌えたらと思います。

故郷を離れて気がついた大事な場所、「とっとりのうた」

「とっとりのうた」は、杏沙子さんの原点とその先を描いています。

これは最後にできた曲なんです。今回のアルバムでは、今までやっていなかったことに色々挑戦して、ジャンルを飛び越えて自分側にそれを引き寄せてみたんですけど、じゃあその自分の原点はどこだろうと。それで誰のためでもない自分のためだけの曲を書こうと鳥取に帰省して書いたんです。

〈夕日が溶けていく 湖山池〉という場所は思い出がたくさんある場所なんですか?

はい。うちの近くに日本でいちばん大きな池で、学生の頃からよくそこに行ってきれいな夕日を見ていたんです。センター試験を受けた日にできなさすぎて、落ち込んで、湖山池で泣く、みたいな。

〈ここにはなにもない〉と離れた故郷で自分を見つめ直す。地方出身者には泣ける歌。

〈ここにはなにもない〉と嘆いて故郷を出て行ったんだけど、東京には鳥取にないものがあるけれど、鳥取に東京にないものがあることに上京して気がついたんです。それは離れないと分からないことでした。今の自分が頑張れているのはその場所があるからだし、自分のための曲にしようと思ったからこそ、あえてタイトルも愛を込めて「とっとり」と言ってしまおうと。

〈また歌い出す この場所から〉と未来に向かう姿も見えてきますね。

この曲が最後に生まれて、アルバムが自分らしくなったかなと思うんです。今回は、過去の曲、チャレンジした新しい曲、自分のためにつくった曲と様々な曲をうたいましたが、「とっとりのうた」ができてもっと自分らしい歌を探ってみたくなったんです。それは次の課題ですね。

アルバムが完成して気がついたんですね。

そうですね。後から意味が出て来るというか、最初は「着ぐるみ」を着ていた自分が最後の「とっとりのうた」ではそれを脱いでしまっている。ヤバいですね、ストーリーになっている(笑)。アルバムをつくって、自分のことが分かってきたのかもしれないです。

杏沙子 オフィシャルYouTube チャンネル

その他の杏沙子の作品はこちらへ。

ライブ情報

杏沙子ワンマンライブ「fermata」supported by JTB

3月15日(金)大阪 OSAKA MUSE
3月30日(土)東京 shibuya O-EAST

杏沙子

1994年4月4日生まれ。鳥取県出身。2016年に初のオリジナル曲「道」を発表し、本格的に音楽活動をスタート。インディーズ時代に「道」「アップルティー」「マイダーリン」の3曲のミュージックビデオをYouTubeにて公開し、その総再生回数は600万回を超える(2018年12月現在)。2018年7月11日にミニアルバム『花火の魔法』でメジャーデビュー。2019 年2月13日に1stフルアルバム『フェルマータ』をリリース。収録曲「アップルティー」は“JTB ついてる!Hawaii キャンペーン”のCMソングに起用され、2019年4月・5月のNHK「みんなのうた」に書き下ろした新曲「ケチャップチャップ」が決定した。

オフィシャルサイト
http://asako-ssw.com/
オフィシャルファンサイト(mobile)『ラクダリウム』
https://sp.rakudarium.com/mobile-info/

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