佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 82

Column

坂本冬美とマルシアの恩師だった作曲家・猪俣公章の名曲「君こそわが命」

坂本冬美とマルシアの恩師だった作曲家・猪俣公章の名曲「君こそわが命」

マルシアの30周年ライブ「Debut 30th Anniversary Kick Off Live~私はどうしてここに?~」のリハーサルで、久しぶりに坂本冬美さんにお会いした。
そのときにたまたま耳にした「君こそわが命」にまつわる話と、デュエットした二人の歌唱が印象的だったので、あらためて本コラムでお伝えしたい。

2月16日に行われたリハーサルの最中に感じていたマルシアへの思いを、坂本冬美はその日のうちに自身のブログ「冬美便り」で、こんなふうに書いてくれていた。

マルシアは来月行われるミュージカル「ソーホー・シンダーズ 」のお稽古もこなしながら、自身のライブも控えているので超ハードな毎日を送っているようです。
きっと疲れているでしょうが、今日のマルシアはとても輝いていて、目がキラキラしていました。
(☆☆)
二人で一緒に歌いながら、色んなことが思い出され、デビューして30年、ブラジルから日本に来て33年、並々ならぬ努力をして頑張って来たマルシアが愛おしくて愛おしくて、何度もハグしました。
 

二人がお互いの出会いについて語るときに避けて通れないのが、共通の恩師である猪俣公章氏のことである。

坂本冬美は19歳だった1986年にNHK「勝ち抜き歌謡天国」に出場し、番組の歌唱指導を担当していた猪俣に見出された。
そして歌手になるために上京すると、4月から11月までは内弟子として、猪俣の家に住み込んだ。

そこで炊事、掃除、洗濯、楽譜のコピーから犬の散歩にいたるまで、あらゆる経験を積み、満を持してデビューすることになっていた。
もっともヘヴィーだったのが、毎晩のように夜中まで銀座や六本木を飲み歩く猪俣について、自動車で送り迎えする運転の仕事だったという。

いつどこへでも迎えに行けるようにと、店のすぐ近くで待っていなければならないので、休むことができなかったからだ。

そんな猪俣から時々、「おまえも聴きに来い」という連絡が入ってきた。
それはおおむね、六本⽊のハワイアンバー「ルアナ」にいる時のことで、クルマを路上に置いたまま店に⾏くと、酔った猪俣がかならず「君こそわが命」をゴキゲンに唄っていたという。

戦後の有名なハワイアンバンドだったルアナ・ハワイアンズのリーダーとして活躍した山口軍一氏と、兄の山口銀次氏が経営する店だった「ルアナ」は、猪俣には心からくつろげる場所だったようだ。

1967年に大ヒットした「君こそわが命」は、猪俣にとって出世作となった作品である。
第1回のレコード大賞の栄誉に輝いた後に身を持ち崩して零落し、苦汁をなめる日々が続いていた水原弘に、“奇跡のカムバック”と呼ばれる大ヒットをもたらしたのだ。
その時に水原弘はレコード大賞の歌唱賞に選ばれたのだが、これによって猪俣もまた一流作曲家として認められた。

そこから仕事が殺到して、ヒットメーカーとして一世を風靡することになっていった。
そうした記念すべき名曲の「君こそわが命」を、誕生してから50年以上の歳月を経て、愛弟子の二人が歌い継いでいるのである。

1985年にブラジルで開催された歌番組で準優勝した日系三世のマルシアは、審査員だった猪俣が言った「日本で歌手になりなさい」という言葉を頼りに、翌年に単身で来日して内弟子となった。
そこに姉弟子としていたのが坂本冬美であり、二人は猪俣公章の家で育ったという意味で同門だった。

ブラジル生まれで日本語がまったくわからないマルシアと、和歌山弁しか話せない坂本冬美にとっては、お互いが東京でできた初めての友達だったという。

二人が歌で始めて共演したのは、それからおよそ30年後になる。

坂本冬美が2018年12⽉に発表したアルバム『ENKA III ~偲歌~』のなかで、海原千里万里が歌った「大阪ラプソディー」をデュエットでカバーしたのだ。

マルシア コメント
ブースの中で二人向き合いながら歌声を重ねていると、とても心地よいゆりかごに揺られているような感覚になり、まるで仲の良い本当の姉妹のような気分で歌うことができました。
 

そしてマルシアもまた、デビュー30周年記念としてアルバム『マルシア 猪俣公章コレクション』を2月20日に発表する。このアルバムでは、デビュー曲「ふりむけばヨコハマ」をはじめ、猪俣公章が作曲した18曲がうたわれている。

二人の素晴らしい後継者に恵まれた猪俣公章氏の音楽は、演歌という狭いジャンルから解き放たれて、いくつかの作品は日本のスタンダードになっていくに違いない。

坂本冬美の楽曲はこちら
マルシアの楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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