『とと姉ちゃん』の舞台裏  vol. 3

Interview

『暮しの手帖』編集長・澤田康彦「自分たちの暮しがいちばん大事」

『暮しの手帖』編集長・澤田康彦「自分たちの暮しがいちばん大事」

人々の暮しをより良くするために、広告を取らず、反骨の精神で庶民と向き合ってきた雑誌『暮しの手帖』。創刊から68年にわたって愛され続けてきた雑誌が『とと姉ちゃん』の題材になったことで再び注目を集め、7月発売の83号は増刷決定となった。

現在、暮しの手帖の編集長を務める澤田康彦さんは編集長就任してまだ一年足らずだが、澤田編集長が指揮を執る80号(2016年1月発売)以降の暮しの手帖では、あらためて“茶の間”への憧れと提案がそこここに現れていて、『とと姉ちゃん』で小橋家の中心がつねに居間のちゃぶ台であることとリンクする。

暮しの手帖社のブログに、澤田編集長が就任間もないころに「暮らし」を定義した一文があった。
原点は、愛する家族や、恋人、友人を大切にすること。
澤田編集長が考える理念は、「幸せな暮らしがあれば戦争は二度と起こらないはずだ」と暮しの手帖を創刊した花森安治さんの言葉と重なる。
これからの『暮しの手帖』について、また「暮らし」の理想形について澤田編集長の情熱に迫ってみた。

取材・文 / 村崎文香 撮影 / 森崎純子

みんな、『暮しの手帖』を読んでいた

『暮しの手帖』編集長・澤田康彦さん

『暮しの手帖』編集長・澤田康彦さん

『とと姉ちゃん』が絶好調です。ドラマはご覧になっていますか?

毎日観ていますが、クセになりますね。そうやって視聴率って上がっていくのかな(笑)。
大前提として、あれは事実を元にしたフィクションです。古くからの『暮しの手帖』の読者からは「全然違う、指摘しないのか」という声をいただくこともあります。もちろんその逆の「面白い!」という感想も。雑誌『暮しの手帖』はあくまでも“モチーフ”ととらえて、戦後を生き抜いた女性とキテレツな天才編集長のドラマとして観ていただけるといいと思います。違いを探すより、同じところを探す視点でご覧いただくことをおすすめしたいですね。
でも、フィクションでありながら、私たちの主張を代弁してくれている。コラボレーションしているわけではないけれど、結果的に有意義なコラボ作品になっていると感謝しています。
一度出演者のみなさんがいらっしゃる場に呼んでいただいたのですが、秋野暢子さん、唐沢寿明さん、片桐はいりさんから暮しの手帖を「読んでいました」とか、「好きです」と仰っていただきました。画面を見ていると暮しの手帖を愛して演じてくださっているのがわかる。資料や役者さんを通じて、雑誌のエッセンスがドラマの中に生きているのは嬉しいですね。

編集長になられる以前、暮しの手帖についてはどんなふうにご覧になっていましたか?

すごい雑誌があるものだと思っていました。物心ついたときから家にあったので眺めていた記憶があります。一番意識したのは1982年、平凡出版(現マガジンハウス)に入社し、新米編集者になったとき。雑誌は広告があるのが当たり前で、広告が大きな収入をなしているものです。ところが暮しの手帖は広告を一切とらない数少ない雑誌。驚愕でした。その潔癖さを尊敬していました。また、暮しの手帖の読者はバックナンバーをずっと大切に持っている人が多いということ。全集シリーズの単行本みたいな雑誌で、そういったところも憧れでした。

花森安治さんについてはご存知でしたか?

編集者として当然意識していました。マガジンハウスの中にもカリスマと呼ばれている編集者はいましたが、花森さんの凄さたるや! 絵も描けて、デザインができて、写真も撮れて、文章もキャッチコピーも書ける。こんなにマルチな編集者はあとにも先にも彼ひとりです。

現在の読者はどんな方たちでしょう?

ドラマで知って初めて手に取ったという方も増えています。かつて「購読していた」「親が購読していた」という方が回帰して買ってくださったり。現在はそういった読者を意識した構成にしていて、誌面から「こういう考え方の雑誌なんです」ということをわかりやすく伝えたいと考えています。

4期82号(2016年6-7月号)では暮しの手帖の前身『スタイルブック』から「直線裁ちのワンピース」の記事を復刻、特別付録にした

4期82号(2016年6-7月号)では暮しの手帖の前身『スタイルブック』から「直線裁ちの洋服」の記事を復刻、特別付録にした。

人生最後のトライアルかもしれない

編集長の話が来ることは予想されてましたか?

一切していないです、一切(笑)。京都にいましたし、フリーランスの編集者として単行本をつくったりしつつ、主夫をしていましたから。それが東京で編集長、しかも暮しの手帖なんて! 暮しの手帖でなかったら受けなかったと思います。こんなご縁は奇跡みたいなものです。ぼくを呼ぶなんて暮しの手帖、大丈夫か? 初めて暮しの手帖のことを心配しました(笑)。

でも、嬉しかったんですね。

もちろんです。「選ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」。ヴェルレーヌの言葉ですが、そんな感じでした。ぼくの場合、不安が70%ですが。
雑誌の家(=マガジンハウス)という会社でそれなりに30年ぐらい雑誌をつくってきましたが、クライアントのオーダーをうまく取り入れつつ、編集者がやりたいことを見せていくやり方で、自分なりにこうすればかっこいい面白い雑誌ができる、というイメージは持っていました。でも、暮しの手帖は全然違いました。クライアントではなく読者と直接向き合っていて、扱うものも料理や手芸という自分のあまりやったことのない分野。正直、できるのか? とどきどきしていました。

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誌面のレイアウトを何パターンも貼り、俯瞰して眺めながらページ割を決め込んでいく。

その背中を押したのは?

やっぱり、紙媒体が好きだったということ。これまで編集長として関わったのは主に書籍で、メジャー雑誌の編集長をやったことはなかったんです。ひょっとしてこれは僕の人生の最後のトライアルかもしれない、と思った。それは大きかったですね。

編集長として『暮しの手帖』を4冊出されたわけですが、「ここはいいでしょ!」と自慢できるところはどこですか?

編集長をはじめ編集部全員が愉しんでつくっているところかな。読者に向けてていねいにつくっている、そのリアルで切実な生活感を表現しているつもりです。大事なのは、「つくる者が愉しむこと」それに尽きると思う。雑誌は仕事だからとか、ヒエラルキーがあって仕方ないとか、そういう姿勢でつくるものではない。

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