『とと姉ちゃん』の舞台裏  vol. 3

Interview

『暮しの手帖』編集長・澤田康彦「自分たちの暮しがいちばん大事」

『暮しの手帖』編集長・澤田康彦「自分たちの暮しがいちばん大事」

「自分たちの暮しがいちばん大事」が基本

最新号、売れているそうですね。

そうなんです、とても売れています。 発売前からネット書店は予約がいっぱいで、発売後即完売。全国の書店でも品薄で5万部増刷決定です。雑誌で増刷って今日ではあまり考えられないですよね。ありがたいことです。

最新号は創刊号の一部抜粋したという綴じ込み冊子付録付き。昭和23年に書かれた「あとがき」が泣かせます。
いままた、社会はこの頃と同じ空気をまとっている危機感があります。

はげしい風のふく日に、その風のふく方へ、一心に息をつめて歩いてゆくような、お互いに、生きてゆくのが命がけの明け暮れがつづいています。せめて、その日日にちいさな、かすかな灯をともすことが出来たら……この本を作つていて、考えるのはそのことでございました。

そうですね。もう、風、ふいていますね。あのころの風は、すべて失ってしまって、どう生きていこうか、どこか人を鼓舞するような風ですが、いま僕らが直面しているのは別の種類の重たい風。現在がもはや戦前である、なんてことにならないように願うばかりです。

ご自身の連載エッセイ「薔薇色の雲 亜麻色の髪」も4回目になりますが、「人にやさしくなれる本」というテーマで選ばれた5冊の本の1冊にケストナーの『飛ぶ教室』が選ばれています。そして「第二のまえがき」の引用——、
1933年、ナチス支配下のドイツでケストナーが勇気を振り絞って書いた「まえがき」ですが、いまという時代への警告ともとれる文章です。それを引用しているところに、声高ではないけれど、権力への批判精神が息づいています。

かしこさをともなわない勇気は、不法です。勇気のともなわないかしこさは、くだらんもんです! 世界史には、ばかな人々が勇ましかったり、かしこい人々が臆病だったりした時が、いくらもあります。それは正しいことではありませんでした。 勇気のある人々がかしこく、かしこい人々が勇気を持った時、はじめて人類の進歩は確かなものになりましょう。これまでたびたび人類の進歩と考えられたことは、まちがいだったのです。

日々暮らしていれば政治にも触れざるを得ないだろうし、子どもがいてもいなくても、未来の子どもへの責任は僕たちにもあります。危険を感じ始めたら守りに入らなくちゃいけない。編集長として時代を読むことは必須です。
最大の僕たちの主張は、創刊以来続いている「自分たちの暮しが一番大事」ということ。迷ったらそこに立ち返る。読者の方にもきっとわかってもらえると信じています。

最新号、土井善晴さんの記事も魅力的です。土井さんが喋っていらっしゃる感じそのままで、すんなり入ってくる。何より「汁飯香」という考え方自体に救われる。

土井さんのやわらかい関西弁の文章化は楽しい作業ですよ。
毎日の食事に「ハレ」の料理は必要ない。「ケ」のごはんの基本をおさえていれば、手を抜くことなく丁寧に美しく、自分も家族も納得する料理が短い時間でつくれる。料理が負担にならずに、家族のことを考える時間をつくることができる。土井さんの考え方は日本人の伝統を重んじる心と家族を大事にする優しさに支えられています。

暮しの手帖社のキッチンスタジオ。作りつけの棚には今も現役の昭和の食器が整頓されている。

暮しの手帖社のキッチンスタジオ。作りつけの棚には今も活躍中の昭和の食器が整頓されている。

男女平等、フェアであるということ

『とと姉ちゃん』を観ていると、女性性と男性性のバランスについて考えるところがあります。女性性の枠を超えていく小橋常子と、男性性の枠を超えていく花山伊佐次。いま男性性寄りに傾いている世界を、もっと女性性に比重を置いてバランスを整えることで、もっと平和な世界が現出する、そんなメッセージも感じます。

同感です。世の中、男が出しゃばりすぎでは?と思います。女性がもっと外に自由に出られ、男性はもう少し内に入っていくフェアな社会になってほしいものです。僕は子どもが二人いるんですが、妻が働いている間はたまたま幼稚園の送り迎えや家事・炊事もやる機会がありました。そんな暮しのなかで、父親が家にいることの大事さを感じました。愉しさも。
幼稚園に行くとお父さんはあまりいなくて、お母さんたちのなかにがんばって溶け込んでいったのですがいい体験でしたよ。男も義務として参加するようになればいいのに、と思います。だって、子どもの小さいときの面白さっていったらないんです! そしてその時期はとても短い。
保育園では一時期待機状態になったこともありますし、いろんな問題にも直面できた。それと出会わず過ごしてしまうのはもったいないと思います。

 暮しの手帖の誌面は、男女バランスがとてもいいと思います。

暮しの手帖をつくるとき、「男女平等にしたい」とまず思ったのですが、それはけっこう難しいことでもあって。いまもまだ男と女がフェアである気がしないんです。それは男にとっても残念なことです。男は勝たなければいけない、と刷り込まれている。昔の父権社会の名残というか、いまだにそこにしがみついている。
だから誌面では「女性も男性も愉しめる」というスタンスを大事にしています。最新号のシンプル・ソーイングの記事「サマーパンツのつくりかた」でも、モデルの男女バランスはもちろん、パターンそのものも、キャッチコピーなど一つひとつの言葉も、偏らないよう気をつけています。
いまだにみんなが当たり前だと思っている「枠」にとらわれ、超えられないものって、いっぱいあると思うんです。暮しの手帖はその「枠」を再提示・再検証する仕事かなと思っています。

これからの方向性は?

今までもこれからも、実証主義でいたいと思います。料理記事なら、単につくり方を載せるんじゃなくて、「なぜ、そうつくるのか」までを伝える雑誌でありたい。編集部の一人ひとりが街に出て、大橋鎭子さんのようにネタ帳に「面白いこと」を書き留めてくる。編集会議はそれを持ち寄る会議です。編集長が決めちゃったほうが早いこともあるけれど、みんなが街で拾ってきたものこそが大事。そこに暮しがあるから。

昔も今も実証主義。第7号(昭和25年)「誰にでも必ず出来る ホットケーキ」の記事は巴里コロンバン銀座支店の指導のもと、レシピを実証した。

ブロセスが大事。

そうです。何でも、そうです。

最後に、まだ『暮しの手帖』に出会っていない読者へ、ひと言お願いします。

自分の暮し以外に大事なものはない。家族、友人、恋人、あなたが大事にしている人たちのために、あなた自身のために、どう生きるのか。それをわかりやすくシンプルに伝えている雑誌です。暮しを大事にする人に、ぜひ読んでほしい雑誌です。

取材を終えて

なんといっても、数多ある雑誌の中でもっとも反骨、我が道を行く、を貫いてきた雑誌が『暮しの手帖』だ。新宿の路地を入ったところにある『暮しの手帖』の編集部は、雑誌の誌面のようにこざっぱりと清潔で、設えは端正で、編集部員が背筋を正して手づくりのお弁当を食べているのがとても似合う出版社だった。
『とと姉ちゃん』で唐沢寿明さんが熱演している花山伊佐次さんのモチーフになった花森安治さんは、思想はとことんリベラル、編集部では強権的、怒鳴ると窓ガラスがビリビリいったという不世出のカリスマ編集者。それに比べると、新編集長・澤田康彦さんは、決して誰に対しても声を荒げることはないだろうな、と思える柔らかい物腰と人当たり、知性の底光りが印象的な人だった。
編集部に来て一年足らず。編集長の机をあえて編集部の真ん中に置き、編集者一人ひとりとサシでご飯を食べにいき、対話をしたそうだ。デザイン打合せの部屋には、次号のレイアウトが何パターンも貼ってあり、それをしげしげ眺めながらいちばんいいページ割を決め込んでいくんだと語る表情からは、職人気質が垣間見えた。世界のこと全般に興味があるけれど、人が好きで、人と話すのが好き。でも、人に流されず、柔らかな反骨精神と自分なりの流儀をしっかり持っている人だと感じた。
子どもの頃から「フェアであること」を大事にしてきたという言葉に、上から目線を何より嫌い、庶民の暮しのための徹底した記事をつくり続け、それを揺るがすものにはいのちがけで抗した花森安治に通底する強さが宿っていたことも記しておこう。

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ギャラリー

澤田 康彦 さわだ やすひこ

雑誌・書籍編集者、エッセイスト。1957年、滋賀県生まれ、上智大学外国語学部フランス語学科卒。マガジンハウス勤務の後、京都でフリー編集者兼主夫業を経て、本年より『暮しの手帖』の編集長に。

書籍情報

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暮しの手帖 第4世紀83号

2016年8-9月号
972円(税込)

◎特別付録 『美しい暮しの手帖』 創刊号よりぬき復刻版
特別企画 70年前のわたしたち
土井善晴さん「汁飯香」のお話
真夏の麺料理
とんかつだいすき
上野万梨子さんのサラダレッスン
サマーパンツのつくりかた
アイスコーヒーとほっとするお菓子
夏の朝の大掃除術
スマートフォンで撮る家族の写真
お金を手にしたときに知っておきたいこと
高山さんのお引越し さよなら東京編

NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』

2016(平成28)年4月4日(月)〜10月1日(土) 全156回(予定)

【放送時間】
<NHK総合>
(月~土)午前8:00~8:15/午後0:45~1:00[再]
<BSプレミアム>
(月〜土)午前7:30~7:45/午後11:00~11:15[再]
(土)  午前9:30~11:00[1週間分]

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