Interview

尾崎世界観、処女作『祐介』で小説家デビュー。唯一無二な文学表現

尾崎世界観、処女作『祐介』で小説家デビュー。唯一無二な文学表現
4人組ロック・バンド、クリープハイプの尾崎世界観が初の小説『祐介』を上梓した。市井の人々の他愛なく、鬱屈した日常生活を題材にし、時にはピンサロ嬢やOLの心情を“私”の目線で歌い、つねに小説的な歌詞だと評されてきた彼が、果たしてどんな小説を書き上げたのか。帯には「俺は俺を殴ってやろうと思ったけど、どう殴っていいのかわからない」というフレーズが引用され、タイトルには彼の本名である“祐介”という冠が載せられたが、果たしてこれはミュージシャンが書いた半自伝的小説なのか。いや、決してそうではない。たしかに具体的なエピソードは自分の記憶から引き出しているが、それは小説家も同じこと。ここには、たしかに彼が音楽では表現しきれなかったものがある。本作はクリープハイプの“尾崎世界観”が生まれるまでの前日譚であるとともに、小説家としての尾崎世界観の才能が発芽した瞬間を捉えた誕生劇でもあるのだ。

インタビュー・文 / 永堀アツオ 撮影 / 関 信行
ヘアメイク / 杉本和弘


歌うよりも話したいことっていうのがあって、その話というのは小説でないと表せないこと

処女小説『祐介』が出版されました。まず、率直な現在の心境から聞かせてください。

嬉しいですね。書いて良かったなと思っています。もちろんいろんな反応はあるんですけど。自己紹介できる名刺みたいなもの、それも、嫌いな人には渡さないような名刺というか……自分のことをわかってくれる、自分がわかってほしい人にしか渡さないようなものが出来て。誰にでも同じように均等に行き渡るあたりさわりのない情報ではなくて、もっと詳細に自分のことを書いているもの。そういうものが書けて良かったし、これからにも活きるんじゃないかと思っています。

そもそも、どんな作品にしたいと思って書き始めたんですか?

いろいろ悩みながらやっていたので、書き出すまでに時間がかかったんですけど、自分の話を書こうと思ってからは早かったですね。途中半分くらいまでは、結末を決めずに書いていたので、最後こうしようと決めてからは早かったです。それまではホントに悩みながらで。だから僕の中では1部、2部という感じですね。悩んでモヤモヤしたままやっていたのが1部で、京都に向かうところからが2部。書き終わって改めて読んでみても、前半はどこにも動けずにウーッっていう苦しい感じがするし、後半はメチャクチャになってやけくそな感じで、終わりに向かって走っていく感じがする。階段を頑張って上って行ったぶん、思いきり下っていける感じがしますね。

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たしかに読んでいるほうとしても、京都に行ってから物語が動き出すという印象を受けました。自分の話を書こうと思ったのはなんでですか?

やっぱり頭の中で考えた物語よりも、自分が見たものや経験したこと、自分のもので勝負しないといけないと思ったんです。(この小説が)成功しても失敗しても、自分自身でぶつかっていきたいなと。そうじゃないと、ダメだったときにより恥ずかしいじゃないですか? だから、昔のどうしようもなかったときの自分をそのまま提示したかったんです。それで今回、製本を担当してもらった加藤製本という会社を辞めて、スーパーでバイトを始めた19歳の頃の話を書こうって思いました。自分がどうしようもないときや苦しいとき……今でもそういう気持ちは変わらずにありますけど……バイトしながら悔しい思いをして、もがきながら音楽をやっていたときに、まわりに面白い人がいっぱいいたし、いろんな感情があったんです。今、基本的に音楽には使わないものだけど、すごく面白いことがいっぱいあったので、無駄にしたくないなと思って、それを小説にして書きたいなと思いました。

その過去の経験は音楽にも使っていたりすると思うのですが、小説という形で表現するのとは違うものですか?

やっぱり言葉数が圧倒的に違いますね。メロディもリズムもないので。伝える種類も違うし、使うところも違う。歌詞に書いてはいますけど、歌ってしまうと、メロディがあることによってそのぶんぼやけてしまうというか。歌うよりも話したいことっていうのがあって、その話というのは小説でないと表せないことなんですよね。歌って伝えたい感情もあるし、それで救われることもあるんですけど、音楽というものとして受け取られてしまうことに納得できない感情もあるっていうことかなと思います。

頭の使うところは違いますか?

いや……同じですね。でも、そこに辿り着くまでに時間がすごくかかるというのはありますね。こうやりたいと思いついて表現するときに、音楽だったらわりとすぐに形にできるけど、小説は細かくしっかり積み上げて作っていかなければいけないので。

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自身の思い出を使いながらも、いわゆる自伝的小説にありがちな“僕”や“私”という一人称にはなってないですよね。そこが尾崎さんらしいなと感じました。

最初から自分の言葉はなしにしようと決めてましたね。人の描写や台詞を使って自分の感情を表すという表現をしたいなって思いました。僕は昔からよく人を見ていたし、今でも見ているので、そういう視点を使いたかったんです。

冒頭が大学生から聞いた話で始まりますよね。

はい。これも最初から決めていて。本当は元々中国人留学生の話だったんです。

自分語りの私小説が始まるのかと思いきや、読み始めた瞬間に驚きがありました。

あえて頭はすかしたかったんですよね。えぐい話から始めて、視点を切り替えていくというか。校閲さんが細かくペンを入れてくださったときに、「中国に缶入りコーンスープはないと思います」と指摘されて「たしかにそうだな」と思って。ただ、その描写は消したくなかったので、泣く泣く中国人留学生を大学生に変えたりしました。今回、校閲さんがゲラにいろいろ書いてくださったんですけど、嬉しいですよね。「○○では?」とか投げかけられたりすると、「そうかなぁ〜」って思っちゃう(笑)。

あはは。「いや、そこはこうだ!」と言い返したりしないんですか?

しないですよ。だって、校閲さんは神だと思っていますから。任せたいし、受け皿として頼っているところもありましたから。

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その冒頭の視点の切り替え方はとても鮮やかに感じました。それと、ヴァイオレンス描写が特徴的ですよね。冒頭、中盤の夢の話、終盤の京都のシーンにも出てきますが。

暴力描写はもうちょっとちゃんとしたいなって思ってます。ちゃんと見たこともないし、やったこともないというのは大きくて、そこはリアルに表現できない部分なので悔しいなという思いが今でも残っています。

でも、尾崎さんが好きな日本映画に近い匂いを感じましたし、これこそ音楽ではなかなか表現できないものだなって感じました。

音楽ではどうしても嘘くさくなっちゃいますよね。メロディがあってバンドの演奏があると、途端に滑稽になってしまうこともあるのかなと思います。だからそういう描写は映画や小説じゃないと成り立たないと僕は思っていて。

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