Interview

大江千里が切り取った、2016年の ニューヨークJAZZシーン。渾身の新作を語る

大江千里が切り取った、2016年の ニューヨークJAZZシーン。渾身の新作を語る

2008年、48歳にしてニューヨークに渡った大江千里は、ジャズを学ぶためにニュースクールに入学。困難を乗り越え4年半で卒業して、自分のレーベルを立ち上げ、ジャズ・ピアニストとしてのデビュー作『BOYS MATURE SLOW』を2012年にリリースした。そのまま、ニューヨーク暮らしを続け、ライブハウス“Tomi Jazz”出演などコンスタントな活動を展開してきた。
今回、日本でリリースする『answer july』は、初めてボーカリストをフィーチャーしたアルバムとなる。しかもフィーチャーされているのは、イーストコースト・ジャズのレジェンド、シーラ・ジョーダンだ。さらには彼女を慕うニューヨークの若手ボーカリストたちが参加。作詞もこれまたレジェンドのジョン・ヘンドリックスが担当。ある意味、『answer july』は、大江千里が切り取った“2016年のニューヨーク・ジャズシーン”と言えるそうだ。
そして嬉しいのは、このアルバムが“ジャズ”というハードルを感じさせないこと。本物が揃うとシンプルで聴きやすい作品が生まれるという“音楽の法則”がピタリと当てはまる内容になっている。

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 森崎純子

senrioe_jazz2233M

素敵な季節のコントラストを持った展開をジャズに置き換えて

アルバム『answer july』のレコーディングは、どんな風に始まったんですか?

まずシーラ・ジョーダンに「僕のアルバムに参加してくれませんか?」って打診したんですよ。そうしたら、引き受けてくれた。すぐに彼女に聴かせる曲が必要だから、「Just A Little Wine」 や「Mischievous mouse」あたりをブワーッと書きましたね。それで彼女に送ったら、「あたし、mp3は開けられないのよ!」みたいな(苦笑)。「カセットでくれる?」って言うから「ちょっとそれは」って。オーディオに焼いて送ったら、今度は「オーディオが開かない!」。で、自宅へ行って一応聴けるようにして、聴いていただきました。それだったら、最初から届けたほうが早かったなって(笑)。

(笑)ちなみにシーラが「一緒にやってもいいわよ」って言ったときには、もう曲想がいっぱいあったんですか?

ありました! 「Tiny Snow」だけはちょっと前に作ってあった。だけどそれ以外の曲はもう、シーラにオーケーをもらってからブワーッと書きました。

「Tiny Snow」はすでに書いてあったんですね。

はい。しかも“事後対策”というか、いろんな広がりができるように日本語の歌詞も作ってあったり、テンポを落としたバラード・バージョンも作ってあって。

用意がいいなあ(笑)。日本語の詞を作ってたっていうのは面白いですね。

クリスマス前の時期のTomi Jazzでのライブで、「Tiny Snow」を日本語の詞で平麻美子さんが歌ったとき、オーディエンスがみんなジーッと聴いていて、1番が終わった時点でサーッてさざ波のように拍手が起こったんですよ。僕は演奏してて、ゾワゾワゾワッと来た。「これはマミちゃんのCDに入れよう!」なんて言ってたら、シーラとのレコーディングが始まることになって、「この曲はシーラが歌ってもいいんじゃないか」って話になって。すぐに作詞家のジョン・ヘンドリックスのところに持っていって、「Tiny Snow」っていうタイトルを伝えたら、ジョンが「いかにもアメリカの冬景色」っていう可愛い詞を書いてくれた。それであの曲をシーラが歌うことになったんです。

senrioe_jazz2246M

いい始まり方ですね!

昔、ほら、ユーミンの『SURF&SNOW』っていうアルバムがあったじゃないですか。ああいうリゾート感のあるジャズ・アルバムもありなんだなって最初思っていて。

『SURF&SNOW』かあ、懐かしい! そしてとてもいいアルバムですね。向こうのジャズのソングライターにとっても、そうした“シーズン・グリーティング”のようなテーマはありなんですね。

はい、そういうテーマを面白がって書いてくれるんだなって思いましたね。ジョンが、クリスマスや冬のワクワク感を非常に楽しんで書いてる感じが伝わってきましたし。

このアルバムは、スタンダードなジャズを演奏するだけじゃなくて、オリジナリティが欲しい。例えば歌舞伎だとすると、実験的な「平成中村座やるぞ!」っていうのが決まれば、演目は古典なのか書き下ろしなのか。ユーミンの『SURF&SNOW』にはキラキラした恋や人生が詰まってるので、その素敵な季節のコントラストを持った展開をジャズに置き換えて、シーラを主人公にオリジナルをやるのが、面白いんじゃないかと思いました。

「The Garden Christmas」も楽しい曲ですね。

あの曲のクリスマスのシャンシャンシャンっていうベルの音は、スタジオに大きなベルがあって、実際に鳴らしてみたら、シャンシャンの音が全部の音をかき消すぐらい大っきくて(苦笑)。「こんなんやったらもう、神主が出てきて踊りを踊っちゃうよ!」っていう感じになっちゃった(笑)。

わははは!

なので、デモテープのときに使ってた僕のロジックのコンピュータの音のシャンシャンの方がいいよねってなった。“本物”を使うことだけがいいわけじゃない。そういう意味で、自分がポップスのアレンジをやるときの方法の中で自然と身についていった、いいものは全部ジャズに活用しました。

senrioe_jazz2154M

いろんな人種が住んでいるから、それぞれがいろんな季節のイメージを持っているかもしれないですね。

はい。ニューヨークっていろんな文化が渦巻いてるけど、実はそれぞれの人種や文化同士があまり混じらない場所なんですよ。例えば日本人がミツワ(旧ヤオハン)に行くバスは在米日本人しかわからないし、たとえば日本人と結婚でもしない限りはイスラエル人がその中に入ってくることはなかなかないんです。逆に、やたらプエルトリコ人だけが集まって待ってる場所とかが歩道の端にあって、「何っ?」って思ってると、小さなバスがやって来ていきなりドアがバンと開くと「♪チャカチッチャッツチャッツチャッチャッ」っていうラテン・ミュージックが中から大音量で聴こえてくる。そのバスは彼らのコミュニテイバスで、中にはプエルトリコ人の銀行員や小学生が乗ってたりする。

それは不思議な光景ですね。

メキシコ人はメキシコ人で、お葬式のパレードがやたら派手なんですよ。家でレコーディングしていても、パレードが始まると、「ああ、ダメだこれは、もうレコーディングできないや」みたいな(苦笑)。ブラスバンドの演奏や人々の歌が大音量で聞こえてくるんです。偉い人が亡くなったときなんかは、警察が誘導してパレードが進みます。表の大きな道まで全部を封鎖して、ソンブレロみたいな帽子や大きな鼻のついた白い仮面をかぶった子どもから大人までが、みんなで踊る。前に一度それをカメラで撮ってたら、「あなたも踊りなさい!」って言われたことがあった。その時はたまたま落ち込んでたんですけど、真似して踊ってたら夢中になって、そのままパレードに混じって2駅先まで行ったことがありました(笑)。なんかよくわかんない催しもありますよ。NYって毎日異文化の祝祭や記念日でパレードをやってるから。

ははは!

毎日がどこかの人種や宗教の祝日で、何かしらやってるんですよ。セントパトリックデイで町中が緑色になったり、サンタクロースが溢れかえったり、ハロウインだったり、そんなんばっかりで、ぼーっとしてたら年中浮かれて終わっちゃう。ニューヨークやサンフランシスコなど大きな都市は、それだけ違う文化が渾然一体になっている。

senrioe_jazz2266M senrioe_jazz2291M

季節、恋、ロケーションなどは導入のアクセサリーであって、メインはもっと人生をシンプルでストレートな深い詞で

ニューヨークのそういう雰囲気の中で、新しいアルバムを作ったわけですね。

はい。ただ気を使ったのは、たとえばユダヤ人にとってクリスマスとは違うハヌカという独自の祝祭があるんですね。多くの人に聴いてもらうためにも、バランスは考えました。 このアルバムをひとりでも多くの人に心地よく聞いてもらうには、クリスマスだけがフィーチャーされるときついのかなと。季節、恋、ロケーションなどは導入のアクセサリーであって、メインはもっと人生をシンプルでストレートな深い詞で。
最初は僕も書いてたんですけども、やっぱりネイティブの英語で隙のないものにしないとと思い、ジャズの曲にボーカリーズとして詞を載せ続けてきてる重鎮ジョン・ヘンドリックスをはじめとするアメリカのリリシストたちに書いてもらうことにしたんです。ジョンには、詞のコンセプトのやり取りや実際に詞を書くときにその場に同席することによって、英語・日本語関係なしに、「やっぱり詞ってこうやって書くべきなんだ」って根幹的なコツみたいな物を、目の当たりにした気がします。彼が詞を書いてるときは、ずっとそばにいて見てました。
もう100歳に近い重鎮が、「オー!」とか「ワォ!」とか盛り上がりながら、1行ずつキラキラした言葉を落としていく。冬の裏庭に雪のブランケットが広がり、どこへ行くかわからない魔法のソリ遊びをする。そんな一つ一つはあっという間に過ぎ去り、雪は溶け母なる自然に帰る。自然に育てられ自然とつながり合う人生という小さな宝物がそこからは透けて見えてくる。ジャズのレジェンドであり至宝であるジョンがなんて可愛らしい、みずみずしい表現をするのだろう、そしてそれはなんてシンプルでストレートなんだろうって。
1行だりとて理解できないところがない明快な詞。なんか僕も今すぐ詞を書きたい、もっともっと書きたいっていう気持ちがメラメラ湧いてくるのを感じました。難しい言葉を使ったり、誰もが使ってないレアなアイテムを出すとかっていうことではなくて、一見どこにでも転がっているような使い古されたような言葉にでも、ひとつひとつ丁寧に命をふきこんでいく、そんな書き方を学んだ気がしました。今回一番の言葉のジャズセッションでしたね。

「The Very Secret Spring」っていう曲があったり、季節感も豊かなアルバムですね。

このアルバムには春夏秋冬が出てくるけれども、その4つの季節を何回も何回も重ねて熟成させて、シーラのような素晴らしい人生が出来上がった。彼女がこれまでのいろんなタイミングを日がな一日思い返したり、彼女に成り代わっていろんなシンガーが彼女の人生に光を当てたり。今もフレッシュにそれを表現し続けるシーラの素敵さに胸を借りたアルバムです。

シーラがこのアルバムのキーパーソンだったんですね。

そうです。シーラは元気でパワフルな人だけど、恐ろしく繊細な感性の持ち主です。とにかくシーラがニコニコ楽しくできるような状況を、レコーディングの日に作るっていうのが僕のメインの仕事でしたね。おうちにお迎えに行って、時間はちょっとストレッチできるようにしておいて、調子のいいときに、いいムードでサクサク小判でレコーディングできるようにする。改めてすごい人と出会ったんだって思うと同時に、シーラってホントに仲間のことをすごく温かい気持ちで愛する人でっていうことを、レコーディングのプロセスの3年半ですごく感じましたね。僕はこれからもジャズっていう音楽をもっと探究して、もっと自由に、もっといい曲を書きたいなって想いはあるけど、そのもっともっともっと先にあるのは、やっぱりシーラが教えてくれる、瞬間で人を温められるような深みのある人間そのものっていうこと。人と音楽って、両輪なんだなあ、そういう感じはしますね。

僕は「Mischievous mouse」のガヤガヤしたにぎやかさも好きだな。

シーラはチャーリー・パーカーから“ジャズ・チャイルド”って言われてた。じゃあ、シーラのことを尊敬してる僕や参加してくれたミュージシャンたちの“ジャズ・グランドチルドレン”が、みんなでシーラのアップステートの小さなカントリーハウスに集って、シーラを囲んでワイワイ演奏してるような雰囲気がでるといいなあっていうイメージがおぼろげながらあって。「Mischievous mouse」はそこから生まれてきた。それぞれの曲のタイトルとコンセプト、曲同士の互換性は僕が考えて、ベッカ・スティーヴンスやローレン・キンハンなどのグランドチルドレンたちと一緒に、アメリカ東海岸の香りのするジャズソングブックを作る。我々が敬愛するシーラっていう人を囲んで、人生や音楽を愛でるような世界観を出してみたかったんです。

この歌に出てくる“マウス”って一体誰のことを言っているんだろう? すごく楽しそうにシーラが歌ってる。

ああ、あれは実は(小声で)ミッキーマウスなんですね。シーラとミッキーマウスは、誕生日が同じなんですよ。それでジョンに、マイケルっていうネズミを登場させてもらい「同い年だよね、私たち」っていう物語を書いてほしいって頼んだんです。「あ、このネズミって、もしかしたら?」って連想できるような書き方をして欲しいってお願いした。とても含みのある茶目っ気たっぷりの詞です。シーラのことを知ってる人は「ミッキーマウスと生年月日一緒だよね」ってほくそ笑みながらニヤニヤ聞けるという。

senrioe_jazz2263M

「2016年秋」でしかあり得ない一期一会の選曲のツアーに

本当に楽しいアルバムですね。そしてこのアルバムを出して、日本でツアーを行なう。

まず東京JAZZで演奏しました。地球上でいろんな災害が起こっていて、あちこちで精神的なサポートを必要としている方たちに音楽で何かできないかっていう、ボブ・ジェームズさんが中心となって始まった『Music for Tomorrow』に参加させて頂き、この度東京ジャズで『Music for Tomorrow』として演奏をさせてもらいます。この後、9月17日に熊本の美術館で『Music for Tomorrow in KUMAMOTO』としてソロで演奏します。

『answer july』のアルバムツアーは10月26日から11月5日までです。全身全霊の愛を込めて作ったアルバムなのでたくさんの人に生でも聞いて楽しんでいただきたいです。突き動かされる気持ち、「2016年秋」でしかあり得ない一期一会の選曲のツアーになると思います。ぜひ聴きに来てください。会場でお待ちしています。

ありがとうございました。

リリース情報

大江千里 『answer july』~Senri Oe Jazz Song Book~

『answer july』~Senri Oe Jazz Song Book~
9月7日発売

【初回生産限定盤/CD+DVD+フォトブック】 VRCL-10130~10131 ¥4,500(Tax In) 【通常盤/CD】 VRCL-10132 ¥3,000(Tax In)

1.Tiny Snow 2.Answer July 3.Without Moon or Rain 4.Just A Little Wine 5.You and Me 6.Very Secret Spring 7.Mischievous Mouse 8.The Garden Christmas 日本盤ボーナストラック「KUMAMOTO」

ライブ情報

【日本公演決定!!】 Senri Oe「Answer July ~Jazz Songs Book~」

10月26日(水) @静岡・BLUE BOOKS Café Shizuoka 10月27日(木) @福岡・Brooklyn Parlor Hakata ※2回公演 10月28日(金) @札幌・Zepp Sapporo 10月30日(日) @仙台・シルバーセンター交流ホール 10月31日(月) @大阪・UMEDA CLUB QUATTRO 11月1日(火) @名古屋・Nagoya Blue Note ※2回公演 11月2日(水)@横浜・Motion Blue Yokohama 11月4日(金)@東京・Blue Note TOKYO ※2回公演 11月5日(土)@東京・Blue Note TOKYO ※2回公演

大江千里

1960年9月6日生まれ。NY在住。 1983年にシンガーソングライターとしてエピックソニーからデビュー。2007年末までに45枚のシングルと18枚のオリジナルアルバムを発表。音楽活動のほかにも、俳優として映画やテレビドラマに出演。NHK「トップランナー」のMC、ラジオ番組のパーソナリティのほか、エッセイや小説も執筆。 2008年ジャズピアニストを目指し、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICへ入学。ジャズピアノ専攻。AARON GOLDBERG やJUNIOR MANCEなどのピアニストに師事。2012年卒業。 2012年7月、ジャズピアニストとしてのデビュー作『BOYS MATURE SLOW』を全米発売。2013年9月に『SPOOKY HOTEL』を発売。日本ではBILLBOARD JAPAN JAZZ CHARTSでともに1位を獲得。『BOYS MATURE SLOW』は雑誌ジャズジャパン(元スイングジャーナル誌)主催のNISSAN PRESENTS “JAZZ JAPAN”AWARD 2012でTHE ALBUM OB THE YEAR : NEW STARを受賞。2013年、自身が率いるビックバンドで東京ジャズ2013に参加。2015年2月14日に3枚目のアルバム『COLLECTIVE SCRIBBLE』を発売。同年4月には、ポップミュージシャンからジャズピアニストへ。 勇気と努力と音楽と仲間たち。心揺さぶられる感動のリアルストーリー。【カドカワ・ミニッツブック】で24回連載したものをまとめた単行本、『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』を発売。そして、2016年7月5日、New Album『answer july』を発売。4枚目にして初の全曲ボーカルもの。発売日にNYの「The Jazz Gallery」で行ったライブでは、チケット販売後すぐにSOLD OUTとなり、大盛況を収めた。現在、ベースとなるNYで毎月最終木曜日に、ライブを行いながら自身のアルバム製作のみならず、アーティストへの楽曲提供や、NY在住のジャズアーティストの発掘にも乗り出している。

Senri Oe – Jazz Pianist in NY
senri garden note