総力特集 海を渡ってきたJ-POPシンガー『K』  vol. 3

Interview

松尾潔が音楽プロデューサーとして絶賛する、Kの音楽力と人間力

松尾潔が音楽プロデューサーとして絶賛する、Kの音楽力と人間力

総力特集 海を渡ってきたJ-POPシンガー「K」 vol.3

 
松尾潔がKとの邂逅をかたる超ロングインタビュー。前半は、名曲「Only Human」が完成するまでの制作秘話を訊いた。

取材・文 / 森 朋之

Kくんとは非常に幸運な出会いだったと言えます

松尾さんがKさんと初めて会ったのは、いつですか?

日本デビューの少し前、2004年だったかな。池尻大橋の近くに「studio form」という音楽スタジオがあって、そこで僕は別のアーティストの作業を行っていたんですね。その作業中にロビーを通っていたら、隣のスタジオの扉がたまたま開いた瞬間に男性シンガーの声がフッと聞こえてきたんです。「誰だろうな? いい声だな」と思って。で、formのチーフエンジニアの森元浩二さんに尋ねたんです。「あのスタジオで歌ってる男の子、すごくいい声ですけど、僕が知ってる人ですかね?」って。普段はそんなこと絶対訊かないんですけど。そうしたら森元さんが「Kくんっていう韓国の子で、いまデビューの準備をしてるんです。松尾さんなら絶対に好きなはずですよ」と教えてくれまして。たぶん、そのときに紹介してもらったのかな? それから関わりが出来たんですね。

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偶然の出会いだったわけですね。

そうですね。音楽との出会いの最高の形は、街の中でもコンビニでもいいんですが、何の先入観もなくフッと聴こえてくることだと思っていて。こういう仕事をしていると「これを聴いてください」と音源を渡されることが多いので、Kくんとは非常に幸運な出会いだったと言えます。ただね、当時僕には「R&Bに寄ったシンガーで良い声をした日本の男の子は全員知ってる」という自負があったんですよ。平井堅さん、CHEMISTRYとも仕事をしていましたし、久保田利伸さん、鈴木雅之さん、Skoop On Somebodyなどにも関わらせてもらっていたから、Kくんのことを知ったときは「ふーん、俺の知らないところでそういう動きがあるんだ」という偏屈な気持ちもあったんですよね(笑)。

Kさんは2005年3月にシングル「over…」でデビュー。松尾さんが実際にKさんと仕事をするのはどのタイミングだったんでしょう?

最初に関わらせていただいたのは3枚目のシングルの「Girlfriend」ですが、これは僕がゼロから着手した曲ではありません。当時Kくんと同じスターダスト所属だったtetsuhikoさんが作詞作曲された楽曲で、すでに大方出来上がっていたんですよ。ただ制作スタッフの皆さんはブラッシュアップの必要を感じていたようです。僕への当初のご依頼としては、いわゆるサウンドプロデュースでしたね。ヒットポテンシャルを高めるために、曲の構成や歌詞にも遠慮なく手を加えてほしいと言われましたが、tetsuhikoさんのデモ自体が完成度の高いものでしたから、かなり細かく気を使いながら作業をした記憶があります。「Girlfriend」をプロデュースする時点ですでに次のシングルも任されていました。それこそ「ゼロから作ってください」って。もっと言うなら1stアルバムのトータルプロデュースのご依頼もいただいていました。それ以前に僕がプロデュースした平井堅さんやCHEMISTRYの大ヒットありきのお仕事ですよね。その時点で『1リットルの涙』の主題歌にKくんを抜擢するというお話が進行していたどうかはわかりませんが、事務所とレコード会社の双方に男性シンガーのヒットを出したいという強い意向があったのは確かです。

それが松尾さんの作詞・作曲による4thシングル「Only Human」につながったわけですね。

『1リットルの涙』のプロデューサーであるフジテレビの関谷正征さんは、たいへん音楽にお詳しい方なんですよ。劇中における主題歌の役割とビジョンを明確に伝えてくださいました。レコーディングスタジオに何度も足を運んでくださったので、何度も一緒に話をさせてもらいながら制作を進めました。僕はこれまでドラマや映画の主題歌を沢山やらせていただきましたけど、プロデューサーの方とあんなにも多くの熱い時間を共有できたことはないですね。まず、ティーザーCM用にレコーディングしたんですが、そのとき関谷さんが挙げた参考楽曲が、オフコースの「生まれ来る子供たちのために」だったんです。それが僕にとって大きなヒントになって。あの曲が持っているイノセントな感じ、讃美歌のイメージというのかな。ブラック・ゴスペルの雰囲気というよりも、もっとホーリーな感じがポイントなんだなと。ブラックっぽくなり過ぎず、でも、教会で聴けるような重層的な和声を意識したサウンドデザインですよね。具体的には楽曲の後半に出て来るボイスパッドを使ったコーラス。10ccの『I’m Not In Love』でも使われているようなサウンドですが、僕のように「R&Bの請負人」というところで仕事をしてきた人間からすると、ブラックネスを前面に出さない曲という意味でも、非常に記憶に残る仕事でしたね。

松尾さんにとっても新しいスタンスの仕事だったと。

ええ。ですが関谷さんとのコミュニケーションを通じてビジョンがはっきりしていたおかげで、制作上の迷いはありませんでした。歌詞は何度も書き直しましたけど、作曲はスタジオにひとりで籠って3時間で終了しました。アレンジは田中直くんという、当時、大学を中退したばかりの若いアレンジャーと一緒にやりました。いま言ったボイスパッドを使ったコーラスの部分をクラシック出身の彼にお願いして。

Kさんのボーカル・レコーディングはどうでした?

彼は謙遜するかもしれないけど、発音以外はもう既に完成していましたよ。タ行とサ行の発音は彼も悪戦苦闘していましたけどね。そもそも当時の彼は日本語を全く話せなかったわけだし。これは余談になりますが、Kくんが現在のように日本語で達者なお喋りを聞かせるようになんて全く想像していませんでしたよ(笑)。

確かにデビュー当初のKさんは寡黙なイメージでしたね。

そうですよね。もちろん「Only Human」の歌詞はドラマありきで書きましたが、同時にあの頃のKくんのイメージに寄せて書いている部分もあるわけで。もし現在のKくんに対して書いていたとしたら、あそこまでストイックな雰囲気の歌詞になっただろうか?とも思いますね(笑)。そう考えると、まるで惑星直列のようにすべてが重なったんでしょうね。主演の沢尻エリカさんもあのドラマが出世作になったわけだし、その恋人役に今のように有名になる前の錦戸亮さん、沢尻さんが憧れる先輩役もブレイク前の松山ケンイチさんですから。それを含めて、あのタイミングでしか作り得なかった曲だな、と。僕は大衆音楽を作るにあたって、最初からタイムレスなものを目指すのは不純だと思っているんですよ。大げさに言うと、まずは時代が求めるものを粛々と作るべきだと。タイムリーであることを何よりも尊いものとして掲げ、そのタイミングにおいて最良のものを作り、その結果としてタイムレスになればいいいじゃないか、と。

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Kというアーティストにとって、名刺代わりの1曲になったのは確かなので

時代に受け入れられるからこそ、大衆音楽、ポップミュージックになり得ると。

時代に向き合うことなく作られた楽曲が後になって評価されることもあるかもしれないけど、それは邪道だと思ってるんです。大衆音楽の世界でプロデューサーとしてバッターボックスに立たせてもらっているのであれば、ちゃんと塁に出ないとお話になりませんから。先ほど惑星直列という言葉を使いましたけど、そういう楽曲をプロデュースできたのは僕としてもラッキーでしたね。何よりもKというアーティストにとって、名刺代わりの1曲になったのは確かなので。

シングル「Only Human」のヒットは、1stアルバム『Beyond the Sea』の成功(アルバムチャート最高位2位、30万枚超えのヒットを記録)につながります。全体のプロデュースとしては、当時の男性R&Bシンガーの流れを汲むスタンスだったんでしょうか?

そうですね。2005年の時点では「R&Bは終わった」「ピークを過ぎた」と言う人もいたし、「定着した」という言い方をされる人もいたように記憶しています。日本におけるR&Bのムーブメントは女性アーティストが先行したんです。宇多田ヒカルさん、MISIAさんのデビューが1998年。男性では平井堅さんの「楽園」が2000年。ただ、2005年くらいになると宇多田さんも平井さんも次なる音楽スタイルに移行していたんですよね。そういう状況のなか、レコード会社としては「平井堅が作った席が空いているじゃないか」という読みもあったんじゃないかな。洋楽に例えるとわかりやすいかもしれないですね。アトランティック・レーベルの人気者ダニー・ハサウェイの最後のスタジオアルバム『愛と自由を求めて』がリリースされたのが1973年。75年にはアトランティック傘下のコティリオンというレーベルから、ルーサー・ヴァンドロスがグループLUTHER名義でデビューしていて。おそらくルーサーはダニーの後継者として期待されていたと思うんです。

それと同じような状況が2005年の日本にもあった、と。

その状況を踏まえて、R&Bのテイストに意図的に寄せていったのは否めませんね。Kくんの得意分野でもありましたし。まあ、現在の彼はそれほどR&Bのテイストが強いわけではないですけどね。

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「Only Human」と同様、R&Bテイストを取り入れながらも、ブラックネスに寄せ過ぎないという意図もあったんでしょうか?

いや、アルバムでは「もっとブラックネスを追求しようよ」という話になってました。たとえばMummy-D(RHYMESTER)に参加してもらった『Play Another One feat.Mummy-D(RYMESTER)』などは、ネオ・ソウルを意識して制作したり。いわゆる90年代のブラコン的なR&Bではなくて、現行R&Bにも目配りしておきたいという意図はありましたね。そういう曲が入っていないと「ちょっと懐かしいことをやっている人」と思われるかもしれないし、Kくんの若さを活かせないなと。非常に成熟したボーカルだったから、実年齢よりも上に見られることも多かったんですよ。アーティスト写真やミュージックビデオも、そういうスタイリングでしたからね。物憂げで、繊細で、いつも悩みを抱えているような。何も下世話になる必要はないけど、そのイメージのままでは、本人もその先、やりづらくなるんじゃないか?ということも考えていました。

アルバムの方向性、将来的なビジョンについて、Kさんとも話していたんですか?

当時のKくんは基本的に、通訳の方がいないと喋れなかったんですよ。しかも通訳は事務所のスタッフの方だったし、もしかしたらKくんは、僕に本音を話せなかったかもしれないですね。今でこそ下ネタも大丈夫なKくんですけど(笑)、当時は本当におとなしかったし、ピュアな感じでしたから…。『Beyond the Sea』は愛と幻想が生み出した1stアルバムかもしれない。と、書いておいてください(笑)。

現在のピアノマン的な佇まい、シンガーソングライターとしての資質は、当時から感じていましたか?

当時の彼のピアノはスキルそのものよりセンスがいいなという印象でしたね。歌うたいが弾くピアノとして素晴らしいな、と。実は『Beyond the Sea』のレコーディングではほとんど弾いてないと思います。僕のまわりにはピアノのエキスパートがたくさんいるし、かぎられた制作期間の中では、Kくんに何よりも日本語ボーカルの完成度を高めることに専念して欲しかったので。でもKくんのすごいところは、その後ピアノが飛躍的に上達したこと。人知れずストイックな練習を続けていたんでしょうね。楽曲も1stアルバムのときから作っていました。表題曲の「Beyond the Sea」の作曲はKくんだし、歌詞は一応僕の名義になってはいるけど、実質的にKくんとの共作なんですよ。確かKくんが原案を持ってきて、それを僕が歌詞にしていったんです。この手法はCHEMISTRYのときもやっていたんですが、キャリアがまだ浅いシンガーが、作詞を全うするほどのスキルはなくても歌いたい内容のイメージは明確に持っている場合、僕がインタビューするような形で歌詞を書くことがありました。

次回 インタビュー後編Vol.4に続く

プロフィール

松尾 潔


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1968年生まれ。福岡市出身。
音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。
早稲田大学在学中にR&Bやヒップホップを主な対象としてライター活動を開始。米英での豊富な現地取材をベースとした執筆活動、多数のラジオ・TV 出演を重ね、若くしてその存在を認められる。
久保田利伸との交流を機に90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後プロデュースした平井堅、CHEMISTRY を大成功に導いた。
2002年、日韓共催FIFAワールドカップ公式テーマソング「Let’s Get Together Now」をプロデュース。これは韓国で公式放送された初めての日本語詞曲となり、歴史的な1位を獲得する。その後、東方神起の日本デビューにも関わりK-POP 市場の飛躍的拡大の原動力となった。
2008年、EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲・プロデュース)で第50回日本レコード大賞を受賞。
2011年、JUJU「この夜を止めてよ」(作詞・プロデュース)で第53回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞するなど、ヒット曲、受賞歴多数。
プロデューサー、ソングライターとして鈴木雅之、EXILE、JUJU、由紀さおり、三代目J Soul Brothers、Flowerなど数多くのアーティストに提供した楽曲の累計セールス枚数は3000万枚を超す。

これまでに関わったKの作品として2005年のヒットシングル「Only Human」(作詞・作曲・プロデュース)があるほか、1stアルバム『Beyond the Sea』、2ndアルバム『Music in My Life』のトータルプロデュースを務めた。

2014年、初めての音楽エッセイ集『松尾潔のメロウな日々』を上梓。
翌2015年には続編『松尾潔のメロウな季節』を出版。
NHK-FMの人気番組『松尾潔のメロウな夜』は放送7年目を数える。

松尾潔公式Twitter:@kiyoshimatsuo

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