Interview

中屋敷法仁&玉城裕規がミュージカル「ふたり阿国」で魅せたい“芸”の心意気。しかとその目に焼きつけるべくいざ明治座に行かん!

中屋敷法仁&玉城裕規がミュージカル「ふたり阿国」で魅せたい“芸”の心意気。しかとその目に焼きつけるべくいざ明治座に行かん!

芸の世界は厳しい。そんな世界を誰よりも知っている男たちがここにいる。劇作家・中屋敷法仁と俳優・玉城裕規だ。彼らが携わる明治座のミュージカル「ふたり阿国」は、芸能の峻厳の世界を惜しみなく見せてくれるはずだ。
原作は皆川博子の小説『二人阿国』。戦乱の世で“芸”に生きる猛者たち、踊り子・阿国(北翔海莉)と、彼女に恋い焦がれながらも憎しみ、のちに“二代目おくに”と名乗るお丹(峯岸みなみ)を主軸としたストーリーだ。
本作で、中屋敷法仁と玉城裕規の芸を追求し続ける熱き男たちの生き様を目と耳で感じて欲しい。

取材・文 / 竹下力 撮影 / 岩田えり


役者たちの才能がぶつかり合う世界

最初に原作を読まれたとき、どのように感じられましたか?

中屋敷法仁 皆川博子さんの原作の『二人阿国』は、慶長五年(1600年)の時代をもとにしながら、“舞い”や“踊り”といった芸で人々が競い合う“芸能戦国時代”という印象を受けました。

玉城裕規 実際に芸事のお話ですし、芸に殉じている共演者から個性や技術力を見せつけられればプレッシャーになるでしょうね。僕と役どころの共通点はこれから見つけようと思いますが、まず僕が演じる猪熊少将教利の美少年という設定にとても負い目を感じて(笑)。

中屋敷 そんなことないよ(笑)。

(笑)。皆川博子さんの原作は、芸を巡るお話の中にも“生”や“死”といった普遍的なテーマを忍び込ませているのが印象的でした。

中屋敷 僕は原作を一読したときに“死”というイメージが強く残りました。芸能人や芸人は人気商売ですから、人気がある人は生き残るし、なければ言い方が悪いかもしれませんが、野垂れ死んでしまう。そんな“死”のプレッシャーの中で生きている人々に魅力を感じました。今作でいえば、役者が命がけでパフォーマンスをすることに興味があるので、時代は違えど、俳優の本気度が試される作品にしたいですね。

玉城 わかりやすくいえば、死に物狂いで己の芸を競い合うバトルものと思っていただきたいです。あの時代の芸の道に生きた人をしっかり演じて輝かせたいです。中屋敷さんに質問なのですが、舞台はみんなの相乗効果でまとまったほうが良い作品になるのか、あるいはあえてバラバラになると良い作品になるのか、どちらかのパターンが良い作品の条件だと思っているのですが、今作はどちらにされるんですか。

中屋敷 そうだね、今作はいい意味でみんなバラバラでトゲトゲしくなる劇構成にしたいかな。演出家と脚本家には思惑があって俳優にいろいろ言いますが、今作では「僕はこうしたい」という役者の“スケベ心”が大切だと思っていて(笑)。

玉城 あはは。

演劇をしている僕たちのお話

今作を劇作にするにあたって駆り立てたものはありますか。

中屋敷 まさに、演劇をしている僕たちのお話だと思ったんです。歴史的なお話だと思っていたら、あの時代において、どの踊りが素晴らしい、どの歌が優れているとランキングされる世界は、まさに現代の芸能界のようです。優れた役者のお芝居や歌、パフォーマンスを見るようなゾクゾク感を覚えました。

そんな芸事に駆り立てられる役を演じるお気持ちはいかがですか。

玉城 映画『GO』(01)を観てこの世界を目指そうと思ったのですが、飽きやすい性格なのか、今まで続けることができたのがサッカーと役者だけだった。役者は自分以外の人間になれることに面白さがあったんですね。役どころの面白さを探しながら演じると興奮しますし、僕と違う人物の生き様に興味を覚えて役者を続けています。

玉城さんはどんな役もいとも簡単にこなされているイメージがあります。

玉城 そんなことないですよ(笑)。目立つ役、淡々としている役でも“役得”が必ずあると思っています。それでも、ただ役を演じているとお客様に感じられたら負けだと思っていて。役者として目立つという考えは後追いでついてくればいい。まずは役を演じている人間が舞台にきちんと存在していることを最も大事にしています。

自分が書きたいものから逃げない

劇作家には、頭の中にあるものを隅から隅まで書いたら完成、あるいは、いつまでも推敲を重ねることで作品を生み出すタイプに分かれたりしますね。

中屋敷 僕もキャリアを積んできましたから、僕が書いたものは、劇作家・中屋敷法仁の作品になっているとかすかに自負しているところがあって。だからこそ最近は、自分が書きたいものから逃げないことをテーマにしています。劇作家は、良い台詞を書いて“モテたい”、“褒められたい”と声高に言っていい(笑)。俳優は演じることに嘘をつかないのに、劇作家だけ嘘をつくのは違うので、今は僕の感じたままに書いて、物語に自分のすべてをさらけ出しています。

中屋敷さんであれば、これで書き終わったと思うとき。玉城さんであれば、この役を演じ終わったと感じたりする瞬間はあるんですか。

玉城 千穐楽を迎えれば、作品は終わったと思いますが、役に関しては終わったという感覚がないんです。あまり意識していないのですが、僕の中で役が生き続けているからだと思います。

中屋敷 千穐楽の公演がはねない(終演)と書き終わった気持ちにはならないですね。もちろん、幕が開くまでに書き終わっているのですが、俳優の声がお客様の耳に届くまで、お腹に赤ちゃんのいるお母さんのように自分の中で温めている感覚に近いです。俳優とスタッフとお客様の力で物語が生まれるので、今回であれば、4月15日の月曜日が出産予定日になりますね(笑)。それまで安産祈願をしながらソワソワ過ごします。

1 2 >