総力特集 海を渡ってきたJ-POPシンガー『K』  vol. 4

Interview

Kは多様性が価値を高める時代の象徴的な表現者。松尾潔が期待する彼の未来

Kは多様性が価値を高める時代の象徴的な表現者。松尾潔が期待する彼の未来
総力特集 海を渡ってきたJ-POPシンガー「K」 vol.4
Sky’s The Limitも憧れるK。彼の高い音楽性にようやく実年齢が追いついたと松尾潔は言った。成長を遂げたKの新しい世界への予感を語る――。

取材・文 / 森 朋之


2ndアルバム『Music in My Life』ではKさんが作詞・作曲に関わった楽曲が増えていきます。

2ndアルバムのときは、最初から「Kのアーティスト性を形にしてほしい」というオーダーがあったし、本人も「もっと曲作りがしたい」ということを言ってましたからね。何曲か僕と共作もしてますね。表題曲「Music in My Life」もそうですし、シングル「ファースト・クリスマス」もそう。「ファースト・クリスマス」はKくんとふたりでスタジオに入って作った曲で、すごく印象に残ってます。僕としては1枚目以上に好きなアルバムなんですが、ただ、セールス的には1枚目と2枚目でかなり差が出てしまったんですね。で、『Music in My Life』で僕は彼のプロデュースを卒業するんですよ。3rdアルバム『Traveling Song』以降もいくつか曲作りはご一緒していて、歌詞も何曲か提供してるんですけど。

プロデュースを降りた理由というのは?

Kくんに限らず、ワンアーティストのアルバム・プロデュースは多くて3枚くらいかなと漠然と考えているんです。それは根拠がないわけではなくて、たとえば世界中の誰もが「マイケル・ジャクソンとクインシー・ジョーンズの組み合わせは最高だ」とわかっているのに、3枚(『Off The Wall』『Thriller』『Bad』)しか作れなかったという事実を見ても、人と人との濃密なコミュニケーションというのは、そのあたりに限界があるのかなと。特にスタンドアップ・ボーカルのアルバムというのは、基本的にそれほどバリエーションもないと思うんです。悪い意味じゃなくて、そういう表現世界。R&Bの分野で言えば、マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』のようなコンセプトアルバムか、もしくはオリジナルアルバムであっても「名曲を集めました」というベストアルバム的な内容か。その組み合わせに飽きないシンガーだけがR&Bをずっと続けられるんでしょうけど、日本だとそこまでの土壌もないですからね。だからKくんとの仕事も「2枚目までは見える。でも3枚目以降は何とも言えない」という感じでした、最初から。平井堅さん、CHEMISTRY、Skoop On Somebodyとやってきた経験も踏まえて。だから2ndを作っているときは、「この後の足かせになるようなアルバムを作ったら恨まれるよな」なんて自分に言い聞かせて気を引き締めてました(笑)。ただ、制作を離れてからもKくんとはコンスタントに会っていますよ。だって人間的には嫌いなところがひとつも見当たらない!

『Only Human』が不動の1位だったこともあって、自然と

松尾さんがプロデュースするボーカル・グループ「Sky’s The Limit」(スカリミ)のデビュー曲として「Only Human」(2016年8月リリース)が再び注目を集めています。どういう経緯で「Only Human」をカバーすることになったんですか?

「Only Human」は『X FACTOR OKINAWA JAPAN』(2013年から翌年にかけて沖縄で放映されたオーディション番組)で課題曲のひとつとして歌ったんです。番組の模様はYouTubeに細かくアップされていたんですが、そのなかで「Only Human」の再生回数が最も多かったんですよ。ただ、それがデビュー曲になったことに関しては、偶然が重なったところもあります。まず、フジテレビの『水曜歌謡祭』(現『Love music』)の“水曜シンガーズ”として、Kくんとスカリミの山本卓司くんが共演することになったんです。水曜シンガーズはオーディション制だったから、ふたりが共演することはまったくの偶然だったんですよ。これはもう運命だと思いましたね。僕もスタッフも最初から『Only Human』のカバーでデビューさせようと考えていたわけではないですが、先ほど言ったようにYouTubeでも『Only Human』が不動の1位だったこともあって、自然と「だったら、これをデビュー曲にしたらいいんじゃないか」という話になったんですよね。あとね、気づいたらKくんのオリジナルが世に出てから11年経ってたんですよ。僕はここ数年『NHKのど自慢』のチャンピオン大会で審査員をやらせていただいているんですけど、そこで「Only Human」を歌う人もいましたし、モノマネ番組でビューティーこくぶさんが歌ってくださったり(笑)、つまりスタンダード化しているところもあって。そうやってKくんの歌が残っていくのは素晴らしいことだなと。

歌いこなすのは難しい曲ですけどね。

作者の僕も自分では歌えないですから(笑)。いろんな方が歌っているのを聴くたびに「誰もKくんのようには歌えないもんだな」と痛感してきましたし。ただ、スカリミはまったく違うアプローチというか、「おもしろい山の登り方だな」という感じで「Only Human」を歌っていたんですよね。あとね、今回のカバーに至る決定的な出来事として、去年のKくんの沖縄ライブでスカリミがこの曲を歌わせていただいたんですよ。Kくんは去年47都道府県ツアーを成功させましたが、その沖縄公演にスカリミがご挨拶に行ったら「だったら共演しませんか」という話になり。それで「Only Human」を一緒に歌ったというわけです。Kくんもすごく喜んで「いまは僕よりもSky’s The Limitのほうがこの曲を歌ってるからね」なんて言ってくれて。「それはカッコよすぎだろう」とも思いますけど(笑)。でもKくんは実際にそういうマインドの持ち主なんですよね。懐が深いというか、「いろんな方が『Only Human』を歌って、何かを感じてくれてるのが本当に嬉しい」と。

Kさん、本当に愛されキャラですよね。

一度でも会ったら、もうKくんのこと好きな人と大好きな人しかいないっていう人間力ですから(笑)。飲み会や会食の場でもあれほど周りに気を使える人はいないですね。たとえば後輩にあたるスカリミの打ち上げでも進んでスカリミにお酌をしてくれるし。メンバーも恐縮を通り越して、最後は「おかわり!」って言い出すくらい……それは冗談ですけど(笑)、それくらいホスピタリティが高いし、エンターテイナーなんですよね。 _b3a6937m

Sky’s The Limitのデビューシングルには、Kさんをフィーチャーしたバージョン「Only Human feat.K」が収録されていますね。

初めは映像主導と言いますか、「MVに出てもらえるかな?」とお願いしたんです。「スタジオでKくんにピアノを弾いてもらえたら嬉しい。もちろん歌ってくれたら最高」くらいの感じだったんですけど、Kくんも盛り上がってくれてるのがわかったから「じゃあいっそのこと一緒にレコーディングしない?」ということになって。レコーディングも素晴らしかったですね。ボーカルとピアノ両方のアレンジをKくんが作ってきてくれたんですが、それがあまりにも良くて。Kくんのプロデュース力がすごく向上していたから、「Only Human feat.K」に関しては、僕はすごくラクをさせてもらいました。とにかく曲の理解力が深いんですよね。作者の僕をはるかに超えている。よく考えてみればこれも自然なことですけどね。世界でいちばんあの曲を歌ってきたのは、彼なんだから。

Sky’s The Limitのメンバーも「Kさんとレコーディングできて、本当に勉強になった」とコメントしてました。

本心だと思います。「Only Human feat.K」は、先ほども話に出てきた『1リットルの涙』の関谷プロデューサーにMVを手がけていただいたんですよ。いま関谷さんは制作プロダクションのFCC(フジクリエイティブコーポレーション)に出向されていて、音楽畑の仕事もより手がけやすい環境にいらっしゃるので。

なるほど。

ダメモトで「関谷さん、『Only Human』のMV撮りたくないですか?」とお願いしてみたら、やっぱりノリノリになってくれて。最初はスタジオで撮る予定だったんですけど、どんどん話が広がって、結局はKくんの「Only Human」のMVを撮った浜松の中田島砂丘を再訪してドローンで撮影しました。僕たちはノスタルジーで『1リットルの涙』の同窓会をやっているわけではないんですが「あの曲は特別な出会いの場でもあったんだな」と改めて思いましたね。スカリミにしても、番組であの曲を歌ったことで優勝したようなものだし。

様々なつながりを生み出す力を持った曲なんですね。ちなみに「Only Human」というタイトルは松尾さんが決めたんですか?

はい。弱きを知る者の強さという意味合いを込めました。洋楽のR&B、ゴスペルでは“We are only human”みたいなフレーズはよく出てくるんです。日本語でも「たかが人間、されど人間」という言い方もありますよね。いま振り返ってみると、あの頃のKくんの立場もそうだったかもしれないですね。その後のK-POPの大ブームなんて誰も予想できなかったし、韓国のアーティストは超マイノリティだったわけだから。僕はKくんと同時進行で東方神起の日本デビューアルバムもプロデュースしていたのですが、当時、日本で歌って人気を得ていた韓国のアーティストは、東方神起の事務所の先輩BoAちゃんくらいでしたよね。『冬ソナ』などの韓流ドラマ関連を除けば。

「韓国のアーティストによるJ-POP」という明確なコンセプトがあった

ドラマの韓流ブームはありましたが、音楽はまだ未知数だったと思います。

Kくんのプロジェクトには「韓国のアーティストによるJ-POP」という明確なコンセプトがあったんですよね。K-POPの翻訳ではなく、J-POPを韓国人が歌うっていう。Kくんにとっては、それは本当に大変なことだったと思います。僕の立場で言えば、2002年の日韓ワールドカップのときに制作した『Let’s Get Together Now』(2002FIFAワールドカップ公式テーマソング。CHEMISTRY、Sowelu、Lena Park、Brown Eyesが参加)の経験が大きいんですよ。初めて韓国の放送で公式に流れた日本語の曲で、当時10代だったKくんも好きで聴いてくれていたらしいんですが、僕にとっては「1曲作るためにこんなにも苦労するものか」というたいへんな仕事で。その後、「また韓国のアーティストと仕事できるといいな」と思っていたけど、それもなかなか実現しなかったんですよね。そのことを考えても、Kくんが日本語で歌うことのハードルは相当に高かったと思います。

そう考えると「Only Human」が日本のアーティストによって歌い継がれていることは、大きな意味がありますね。

点が線になったという実感はありますね。直線になるはずの点と点がつながらなかったこともあるし、そうかと思えば、光が潰えそうな昔の星が、新しい星と線を結んで星座になることもあって。Kくんと仕事をしていると「ココとココがつながるなんて、あのときは気付かなかったな」という発見が本当に多いんですよ。それは彼がそういう人だからでしょうね。『Beyond the Sea』というテーマも、いまだに有効ですから。 _b3a6880m

Kさん自身も「J-POPアーティストとして韓国でライブをやってみたい」「『Beyond the Sea』のハングルバージョンを歌ってみたい」と発言していて。これからのKさんに対して、松尾さんはどんなことを期待していますか?

Kくんは現代を象徴する表現者だと僕は信じているんです。ダイバーシティ、つまり多様性というものが価値を高めている時代において、Kくんは常にその自覚を強く持つ立場にいるわけですから。そこには大きな心労も伴うことでしょうが、素晴らしいことによき伴侶も得ましたからね。奥さんの関根麻里さんはアメリカの文化も知っている方じゃないですか。Kくんが日本で体験したことと、麻里さんがアメリカの大学で体験したことは同じではないですが、生まれ育った場所を遠く離れて過ごす経験をしている人がパートナーとしてそばにいるのは、表現者としてのKくんがさらに確信や説得力を持つ理由になると思うんですよね。…なんだか結婚式のスピーチのようになってますけど(笑)。これからのKくんの表現にはどうしても期待してしまいますね。 あとは最初のほうにも言いましたが、デビュー当初のKくんは静かなイメージで、ともすれば老成しているように感じることもありました。でもそんな音楽性にも実年齢が追いついてきたと思います。当時から歌っていた「Just Once」(クインシー・ジョーンズ/1981年)、「One Last Cry」(ブライアン・マックナイト/1992年)といったレパートリーは日本のR&Bシンガーとは違うセレクトだったし、アメリカで言うとエルダー(40〜50代以上)と呼ばれるシンガーにも近かったと思いますが、気がつけば彼も30代になって、そういう曲を歌っても背伸びしている印象もなくなって。それどころか、最近のKくんを見ていると、あの頃よりも若々しさを感じることもあるんですよね。動きを感じるというのかな? 以前は「静かなる動」というイメージだったけど、最近のライブではお客さんを煽ったりする場面も多いし、パッション、エモーションが伝わってきて。それも素晴らしいことだなってしみじみ思いますね。

プロフィール

松尾 潔
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1968年生まれ。福岡市出身。 音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。 早稲田大学在学中にR&Bやヒップホップを主な対象としてライター活動を開始。米英での豊富な現地取材をベースとした執筆活動、多数のラジオ・TV 出演を重ね、若くしてその存在を認められる。 久保田利伸との交流を機に90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後プロデュースした平井堅、CHEMISTRY を大成功に導いた。 2002年、日韓共催FIFAワールドカップ公式テーマソング「Let’s Get Together Now」をプロデュース。これは韓国で公式放送された初めての日本語詞曲となり、歴史的な1位を獲得する。その後、東方神起の日本デビューにも関わりK-POP 市場の飛躍的拡大の原動力となった。 2008年、EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲・プロデュース)で第50回日本レコード大賞を受賞。 2011年、JUJU「この夜を止めてよ」(作詞・プロデュース)で第53回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞するなど、ヒット曲、受賞歴多数。 プロデューサー、ソングライターとして鈴木雅之、EXILE、JUJU、由紀さおり、三代目J Soul Brothers、Flowerなど数多くのアーティストに提供した楽曲の累計セールス枚数は3000万枚を超す。

これまでに関わったKの作品として2005年のヒットシングル「Only Human」(作詞・作曲・プロデュース)があるほか、1stアルバム『Beyond the Sea』、2ndアルバム『Music in My Life』のトータルプロデュースを務めた。

2014年、初めての音楽エッセイ集『松尾潔のメロウな日々』を上梓。 翌2015年には続編『松尾潔のメロウな季節』を出版。 NHK-FMの人気番組『松尾潔のメロウな夜』は放送7年目を数える。

松尾潔公式Twitter:@kiyoshimatsuo

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