佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 85

Column

大河ドラマと『いだてん』の音楽にまつわる物語を知り、日本のスタンダード曲について考えた幸せな一夜

大河ドラマと『いだてん』の音楽にまつわる物語を知り、日本のスタンダード曲について考えた幸せな一夜

3月10日はNHKホールで開催された『RUN!HOPE!RUN!~N響×大友良英×いだてんコンサート~』の公開収録を客席で楽しみながら、これからのエンターテイメントついて考えさせられる日になった。
会場に到着する前までにぼくがわかっていたのは、NHKの大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』のテーマソングと劇中歌のほか、1964年に開催されたオリンピック東京大会にまつわる曲などを、大友さんが解説しながら演奏していくのだろうということだった。

NHKでは、「RUN! HOPE! RUN! N響×大友良英×いだてんコンサート」の公開収録を実施します。
大河ドラマ「いだてん」の音楽を担当する大友良英が、「オーケストラ」「テレビ」「歌謡曲」をキーワードにナビゲートするコンサートです。「いだてん」の見どころと、その音楽に込められたメッセージを解説します。NHK交響楽団とビッグバンドがコラボレーションする大河ドラマ「いだてん」のテーマ曲のほか、1964年東京オリンピックの時代を映す曲の数々をお楽しみいただきます。
ゲスト:小松政夫、島津亜矢、薬師丸ひろ子 ほか

ただし、ゲストの顔ぶれが少し普通ではないな、というのが気にはなっていた。

いずれにせよ、大友良英スペシャルビッグバンドとNHK交響楽団という、普通ならありえない組み合わせによるコンサートなので楽しみだった。

ところが直前になって、公式ツイッターで追加のゲストが発表になり、一気にバラエティ色がふえたのである。

あいにくの小雨の中で会場に到着すると、入場時に座席のチケットとセットリストが渡された。
それを一瞥して、このゲストの顔ぶれからすれば、普通のコンサートにはならないな、ということだけはわかった。


『RUN! HOPE! RUN! N響×大友良英×いだてんコンサート』

【ゲスト】綾瀬はるか、小松政夫、島津亜矢、中村獅童、浜田真理子、峯田和伸、薬師丸ひろ子
【司会】大友良英、首藤奈知子
【指揮】下野竜也【演奏】NHK交響楽団、新国立劇場合唱団
【演奏】大友良英スペシャルビッグバンド、芳垣安洋オルケスタ・ナッジ!ナッジ!、上妻宏光


第一部は予想通りに大友良英スペシャルビッグバンドと、『いだてん』の音楽づくりために集まったパーカッション隊の面々、それにNHK交響楽団がコラボレーションするという、器楽演奏が中心の展開だった。
司会進行を自ら引き受けた大友さんが、子供の頃の思い出などを語りながら解説していく。

その人間味のあるトークが面白くて、ときどき身を乗り出して耳を傾けた。
演奏される楽曲の話題も豊富で、大河ドラマのテーマ曲をつくった著名な音楽家たちの物語も聞けて、日本の音楽史を学びながらN饗の演奏で音楽を聴くという、贅沢な時間となった。

さらには黛敏郎や冨田勲といった音楽家たちが、テレビのテーマ曲という枠のなかで、いかに前衛的なアプローチを試みていたのかについて、大友さんならではの視点から語られるエピソードも印象的だった、

特に共感を覚えたのは、大友さんが当初はとても苦手だったという、冨田勲の『新日本紀行』のオープニングテーマについての話だ。

さて、休憩を挟んで第2部に入ると、多彩なゲストが登場して来た。

そこからは歌が中心になったので、熱演が続いて会場も大いに沸いたし、楽しいひとときになった。

『いだてん』の主人公である金栗四三の幼なじみで、後に妻になるヒロイン役、春野スヤを演じる綾瀬が劇中で唄っている「自転車節」を、ライブで初披露した。
もとは明治時代に流行した「ハイカラ節」の替え歌だったらしいが、そのことを知った大友良英は、シンガー・ソングライターの浜田真理子と相談しながら、当時の人たちに唄われていたであろう「自転車節」を再現したという。

そんな経緯が語られてから、そこで浜田がひと節だけ、見本を唄ってみせるという趣向も効果的だった。

そこから春野スヤになりきった綾瀬が、明るく生き生きとした歌声で唄った「自転車節」には、熊本弁のせいか不思議な力がみなぎっているように感じた。

〽逢いたかばってん逢われんたい たった一目でよかばってん
 

歌い終わった綾瀬が「四三さーん!どこにおるとねーっ!」と、ハリのある大きな声を上げた瞬間に、女優としての資質が全開になって会場の空気が変わった。

ぼくも思わず、「お見事!」と声を出してしまった。

綾瀬はその後、歌詞に込められたメッセージが好きだと語って、1961年に公開された映画『ティファニーで朝食を』の話から、主演したオードリー・ヘップバーンが劇中歌として唄った「ムーン・リバー」を英語で披露した。

第2部はこうして見事な流れとなって、最後まで一気に展開していった。

ピアノの弾き語りでは右に出る者がいない浜田真理子が、テレビの音楽バラエティの原点ともいうべき番組、NHK『夢であいましょう』のテーマ曲を、N饗をバックにスタンディングで唄った。

この曲は「ムーン・リバー」と同じ1961年に、中村八大と永六輔のコンビによってNHKの番組のテーマ曲としてつくられたものだ。
八大&六輔コンビは当時、テーマの新しさとわかりやすい歌詞で、日本の音楽シーンにおいては最先端に位置していた。

それから半世紀以上もの歳月が過ぎて、『夢であいましょう』は21世紀になっても、まったく色あせたり古くなったりはしていない。

世界のスタンダード曲「ムーン・リバー」からの流れで、『夢であいましょう』を続けて聴いたことで、ぼくは日本のスタンダード曲の素晴らしさに、あらためて感銘を受けることになった。

続いては島津亜矢が登場し、やはり『夢であいましょう』から生まれた八大&六輔コンビの「帰ろかな」を、オリジナルの北島三郎よりも濃い演歌調で唄ってくれた。

これもNHKホールにはよく似合う楽曲で、演歌からレゲエまで、どんなアレンジでも成り立つという意味で、日本のスタンダード曲だということを確信した。

島津亜矢には演歌調だけでなく、いくつものアレンジで唄い継いでほしいと思った。

続いてはオリジナルを大ヒットさせた植木等の付き人をしていたコメディアン、小松政夫とともに『いだてん』に出演している中村獅童と峯田和伸が登場し、「スーダラ節」を振付つきで唄って会場を沸かせた。

そして最後のゲスト、薬師丸ひろ子がN饗をバックに「見上げてごらん夜の星を」をしっとり唄って、2部のフィナーレを迎えた。

そこからもうひと盛り上がりあったのだが、大友良英という唯一無二の音楽家ならではの企画だったので、大友さんは最初から最後まで、まさに八面六臂の大活躍だった。

また、これからの新しいエンターテイメントの方向性について、ぼくにも考えさせられることが多々あった。

いろいろ頭の中で考えながら、とにもかくにも音楽にはジャンルがないし、音楽はどこまでも自由なんだという思いを胸に抱いて、ぼくは雨の中を家に帰ったのである。

東京空襲から74年目の3月10日は、音楽のおかげで幸せな一夜になった。

BSプレミアム『RUN!HOPE!RUN! N響×大友良英×いだてんコンサート』

3月31日(日) 午後3:00~ BSプレミアム

詳しくはこちら

いだてん オリジナル・サウンドトラック 前編

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

1966年のビートルズ来日公演、それは今になってみれば、奇跡的といえるものだった。いったい誰が、どのようにしてビートルズを日本に呼ぶ計画を立てて、それを極秘裏に進めて成功に導いたのだろうか? これは日本の経済復興の象徴だったリーディング・カンパニーの東芝電気と、その小さな子会社として生まれた東芝レコードにまつわる、歌と音楽とビジネスをめぐる物語である。

vol.84
vol.85
vol.86