『とと姉ちゃん』の舞台裏  vol. 4

Interview

真の『とと姉ちゃん』大橋鎭子さんのしなやかな生き方、考え方

真の『とと姉ちゃん』大橋鎭子さんのしなやかな生き方、考え方

『とと姉ちゃん』がいよいよ10月1日に最終回を迎える。家族のため、世の中の女性のために雑誌「あなたの暮し」を立ち上げたヒロイン小橋常子の奮闘劇に心ひかれ勇気づけられた人も多いだろう。 その小橋常子のモデルとなったのが暮しの手帖社初代社長・大橋鎭子さん。希代の名編集長といわれる花森安治さんとともに「暮しの手帖」を創刊し、83歳まで社長を務めあげ、92歳まで出社した。その生涯は「暮しの手帖」とともにあった。 実際にはどんなことを考え、どんな振る舞いをする人だったのか? 鎭子さんから2代目社長を継ぎ、現在は通販会社「グリーンショップ」の社長を務める横山泰子さんに話を訊くことができた。 横山さんの話からは、類い希なバイタリティとひたむきさ明るさで難題をも軽やかに乗り越えていく芯の通った女性の姿が見えた。

取材・文 / 村崎文香 撮影 / 森崎純子

女性へのシンパシーが人一倍強かった

『とと姉ちゃん』は毎日ご覧になっていますか?

はい。もともと鎭子さんがいらっしゃる時代から朝の連続テレビ小説は時計替わりに観る家なので。今は毎朝7時30分からBSで観ています。

横山泰子さん

横山泰子さん

今までとは違って、客観的に観られないのでは?

そうですね。10歳で父親を亡くし、“家長” となって家族を支えるところを除けば、雑誌を立ち上げるまでのストーリーはほとんどフィクションですし、私の存じない話なので、まだ客観的に観られたのですが。雑誌「あなたの暮し」を立ち上げてからは編集部の様子が気になって(笑)。それでも、毎回楽しく観ています。

泰子さんは、ドラマでは次女・鞠子のモチーフになった横山晴子さんのご子息とご結婚されたわけですが、もともと「暮しの手帖」のことはご存知だったのでしょうか?

それが、あまり知らなかったのです。私はお見合い結婚なのですが、それまでは朝日新聞社に嘱託で勤めていました。でも、結婚と同時に夫が大阪勤務になり、会社は辞めて子育てに専念しました。なので、自分が暮しの手帖社で働くことになるなんて思ってもいませんでした。

その後、どういう経緯で暮しの手帖社に入られたのですか?

子育てが一段落した頃、鎭子さんに誘われたんです。私だけでなく、近くにいる女性を誘うことはよくあったようです。男の人は誘わない(笑)。たぶん女性に対するシンパシーが人一倍強かったんだと思います。

女性が働くことを大事に思っていた。

女性が男性よりはるかに低い賃金しかもらえず、寿退社が当たり前だった時代ですので、「女性も自分の力を試して、臆せずチャレンジしましょうよ」と、後押ししたい気持ちがあったと思いますね。生涯働きたい女性を仲間に、という想いはずっとあったようです。

女性は男性の補佐的な仕事にしかつけなかった時代、自ら会社を起こすのは並大抵の覚悟と勇気ではなかったと思います。

お父様に代わって女性ばかりの家族を支えていたので、早くから “商売” への意識は強かったようです。女学校3年生、14歳のとき、歯が悪いお母様のためにお医者様に聞いて練り歯みがきをつくった。それがよく効き、評判になったものだから、自分の頭文字をつけて「オーシー歯みがき」として売り出そうとしました。凄いバイタリティです。結局、それは支援してくれる予定の方に困ったことが起きて失敗に終わったけれど、いつも「どうしたら家族を養えるか」を考えていたようです。 防空壕の中でも「自分は戦争ばかりで勉強ができなかったから、ものを知らない。だから自分の知らないことや知りたいことを調べて記事にして出版したら、自分より5歳上から5歳下まで、合わせて10年の世代の人たちは読むのではないか」と考えたそうです。でも、会社に雇われていてはいつまでもお母様を楽にしてあげられない。 花森安治さんという傑出した編集者が一緒にやることを快諾してくれたのも「家族のため」という想いが強かったから。花森さんは頷きながら「君は親孝行なんだね。僕は母親に孝行できなかったから、君のお母さんへの孝行を手伝ってあげよう」と仰ったそうです。

自分の知りたいことを読者にもわかりやすく

 “自分の知りたいこと” と言えば、医学も大きな割合を占めました。医学記事の連載「診療室での会話」は、家庭で病気を見つける方法、治す方法について、わかりやすく書かれています。

商品テスト、料理記事、家庭の医学。これが当時の暮しの手帖の三本柱でした。お父様が結核になられてからお母様が苦労される様子をみて「病は家庭のいちばんの不幸」と強く思われたんですね。名医と言われるお医者様に「胃袋はどこにありますか?」といった初歩的な質問から、庶民がわからないことをみっちり質問し、答えていただいた。専門用語は極力使わない。親切なお医者様から話を聞くように、わかりやすく一問一答で。鎭子さんだからこそできた記事だと思います。

料理記事も「プロの味」が家庭でつくれるように、プロセス写真を添えてわかりやすく解説してあります。

“わかりやすい” というのは料理に関してはとくに重要です。失敗したら大切なお金を失うことになる。当時、雑誌の料理記事といえば料理学校の先生が教えるのが一般的でした。でも暮しの手帖では、一流店の料理人に、家庭向けの料理を考案してもらいました。これは、一流店の料理人さんにとってもチャレンジでした。お店で使う材料や調理場とまったく違う環境で作るわけですから。高い材料は使わず、失敗することのないように、必ず編集部で試作してから掲載しました。

商品テスト(ドラマでは「商品試験」)は、企業の嫌がらせに遭ったりすることもあったのでしょうか?

さすがに石を投げ込まれたりすることはなかったようですが、抗議されたり、裁判を起こされたりしたことは何度かあったようです。でも、徹底したテストの計測結果があるのでひるむことはなかったようです。テストに使う商品は必ず正規の値段で購入し、何か必要があってメーカーに出向くときも「お茶以外はごちそうにならない」と決めていたそうです。
結果的に、商品テストを重ねることで商品の品質は向上しました。例えば石油ストーブに関しては、1回のテストで終わりにせず計3回はやっている。その経過の中で、日本製のストーブの品質はぐっと向上しています。アイロンも最初はアメリカ製に敵わなかったけど、のちに日本製のアイロンのほうがずっと性能が良くなった。

「何もかしこい消費者でなくても、店に並んでいるものが、ちゃんとした品質と性能を持っているものばかりなら、あとは自分のふところや趣味と相談して、買うか買わないかを決めればよいのである。そんなふうに世の中がなるために、作る人や売る人が、そんなふうに考え、努力してくれるようになるために、そのために<商品テスト>はあるのである」

とは、花森さんの言葉です。

「何か面白いことはない?」

素顔の鎭子さんはどんな方でしたか?

公私の区別がないというか、仕事が趣味というか。人生と「暮しの手帖」が一体化した人でした。好奇心が強く、決断力があって、男性に頼るところがない。人に何かもらうより、なんでもあげたいタイプ。人にご馳走したり、作者やお医者様を紹介したりの労を惜しみません。基本、おせっかいなんです(笑)。そして、綺麗なもの、愉しいこと、面白いことが大好きで、いつもアンテナを張り巡らせていました。 80代半ばまで土曜日も出社。日曜日には手帳片手に銀座のデパートを覗くのが習慣。人だかりができていたら「何をしているんですか?」と必ずたずねる。引退してからも「何か面白いことない?」としょっちゅう編集部をのぞいていました。気取らず、話が明るいので、50歳以上も年の離れた編集部の女性たちにも好かれていたようです。

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敵をつくることもなかった?

いえ、それが、けっこうあって(笑)。思ったことは気にせず話すし、実行に移すのも早いので、カチンとくる方もあったようです。あるパーティーの席上で、ある男性が「今日こそは言ってやる!」と憤慨していらしたそうです。ところが、鎭子さんのほうはあっけらかんと「あら。こんにちはー」と無邪気に手を振るものだから、相手も怒るに怒れない。「『振り上げた拳を下ろしちゃったよ』と苦笑いされちゃった」と鎭子さんから聞いたことがあります。
計算高さとは無縁で、決めたら揺るがない。いつも一生懸命。それが相手を「許させる」ところがあったのでしょう。一生懸命さは大橋家の三姉妹に共通していましたね。

そんなところが、花森安治さんと絶妙なバランスをとっていた。

そうですね。鎭子さんは、論理ではなく気持ち、心で動き、人を動かす人。男の人がいろいろなものに縛られて身動きがとりにくくなったとき、軽々と飛び越えていくところがあった。何でも、ためらうことなくやってしまう。私がしばらく会っていない友人のことを思い出して「ああ、会いにいかなくちゃ……」と話していたら「私だったら、今日会いにいくわ!」と言われたこともありました。

ドラマでは、常子は星野と二度も別れを経験し、仕事に生きます。星野は架空の人物ですが、鎭子さんも仕事と家庭の両立に悩まれた時期があるのでしょうか?

若いときはあったのかもしれませんが、ほとんど聞いたことはありません。創業して間もない頃、融資してくださった銀行マンは鎭子さんのことをずっと憧れに思っていらっしゃったと聞きましたが(笑)。

以前、鎭子さんが勤めていらした日本興業銀行の方ですね。

「女にはお金は貸せない。まして出版業ではなおさらだ」という重役に「将来の自分たちの退職金を担保にするから貸してあげてください」と頼み込んでくださった方々です。「そこまで言う女性なら」と決裁が下りたのだとか。あとあとまで鎭子さんは「事業というのは、人の愛がなければだめね。私は人が大切で大切でたまらない」と言っていました。

大橋家の三姉妹。左:次女・晴子さん、中:三女・芳子さん、右:長女・鎭子さん

大橋家の三姉妹。ともに暮した自宅にて。左:次女・晴子さん、中:三女・芳子さん、右:長女・鎭子さん

鎭子さんの妹さんで泰子さんのお義母様にあたる横山晴子さんはご健在ですが、どんな方ですか?

義母は大橋家の3人の中ではいちばん家庭的で女性らしいタイプですね。経理担当として入社した横山啓一(ドラマでは伊藤淳史演じる水田正平)と結婚しました。義父は花森さんと同期で、やはり花森さん同様早くに母親を亡くしていたので、久子さん(ドラマでは木村多江演じる小橋家の母・君子)を慕って大切に思い、同居をしたようですね。義母は久子さんと一緒に温かい家庭をつくって、毎日ごはんをつくり、鎭子さん、芳子さんを支えました。

啓一さんは、ドラマの水田正平とは……。

ずいぶん違います。もし生きていたら、怒るんじゃないかしら(笑)。でも、ドラマでは重要な “潤滑油” のキャラクターですよね。

ときめきを届ける商品を

泰子さんは、暮しの手帖社の2代目社長を引き継がれたあと、いまは「グリーンショップ」という通販会社をなさっています。どういう会社なのでしょう?

20年位前、暮しの手帖の売り上げが100万部から50万部位になってきて、心細くなった鎭子さんがつくった会社なんです。日東紡のふきんとか、アイロン台とか、メーカーと共に開発したものを、全国にいる読者が買いやすいようにと。
そのことに、編集部内では反対の声も上がったようです。公平中立であることを大事にしてきた雑誌が、特定の商品を売っていいのか、と。そのとき鎭子さんが言ったのは「じゃあ、別の会社にすればいいんじゃない?」。それで、別会社として設立したんです。
いま、モノは溢れていて、ホームセンターなどに行くと何でも揃っています。でも、本当に “何でも” あるかというとそうではない。シンプルで耐久性があってデザインも美しいもの、となると意外と “選ぶ余地がない” 。そういう方へお届けする商品を扱っています。

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確かにいま、モノは溢れています。でも、確かに欲しいものはあまりない。大量生産大量消費の時代は終わり、モノを持たない暮らしに注目が集まっています。

そうなんです。環境の問題もあります。だから、欲しい気持ちを喚起するカタログやWEBサイトをつくるのはどうなの?と思う気持ちはいまもあります。でも、<ときめき>って大事だと思うんです。それは向上心とつながっている。食べる、着る、暮らす。それらはモノの<量>によって満たされるものではないでしょう。ときめきは<質>なんです。必然的に、シンプルで美しく使い勝手がよく、耐久性があるものになります。「普通の人々の暮らしに役立つ」という理念は暮しの手帖と変わらないですね。

さまざまな商品を扱っていらっしゃいますが、ロングセラーの商品にはどんなものが?

一番長く扱っているのは、日東紡のふきんです。ふきんといえば、手拭いと同じ柔らかい木綿しかなかった時代、国務省の派遣でアメリカを視察した鎭子さんは、アメリカのデパートで買い集めたリネンを持ち帰りました。それを研究してレーヨンと綿の混紡で、拭きやすく、ケバが付かず、早く乾くふきんをつくってもらったんです。それから、ロングセラーといえば「KR庖丁」。ロイヤルホテルのシェフと木屋さんとで共同開発して作った商品です。祖母から孫へ、三代使っていらっしゃるご家庭もあります。

暮しの手帖第1期54号のふきんに関する特集記事。「水をよく吸うこと」「洗って丈夫なこと」「しなやかであること」「ケバのつかないもの」という四つのポイントがよいふきんであると結論だてた。

暮しの手帖・1世紀54号(1960年)のふきんに関する特集記事。「水をよく吸うこと」「洗って丈夫なこと」「しなやかであること」「ケバのつかないもの」という四つのポイントがよいふきんであると結論だてた。

暮しの手帖社と日東紡による共同研究により、繰り返しテストして作られた日東紡のふきん。

暮しの手帖社と日東紡による共同研究により、繰り返しテストして作られた日東紡のふきん。

100%の力でなくていい

衣類やアクセサリーも扱っていますね。

鎭子さんも花森さんも服が好き。最初につくった会社名は「衣裳研究所」だったくらいですから。「洋服は骨格で着るもの」「柄より色の組み合わせが大事」と花森さんは書いています。「黒い服は着るな! 色のセンスが身につかない」とも。鎭子さんの水玉好きは、花森さんに影響を受けてのものでした。 シルバーのブローチは鎭子さんが作家さんにつくってもらったもので、お気に入りでした。気に入ったものはたくさんつくってもらって、みんなにプレゼントしていました。作家さんを応援する意味もあったようです。それをこの春復刻しました。

鎭子さんお気に入りのワンピースとブローチ。グリーンショップでは同じデザインのブローチを復刻販売している。

鎭子さんが好きだったブルーグリーンのカラーのワンピースにお気に入りのブローチ。グリーンショップでは同じデザインのブローチを復刻販売している。

鎭子さんも花森さんも、女性を幸せにしたいという気持ちが本当に強かった。女性の社会進出という言葉は過去の遺物になりましたが、女性が働くとき、未だにいくつもの障害があったり、二者択一を迫られたりします。これからを生きる女性へ伝えたいことはありますか?

いま少子化で、女性は働くことと子どもを産んで育てること、どちらも社会に求められています。そして女性が社会で働くことは、未だにたくさんの大変なことを連れてきます。女の人って、ほら、生真面目っていうか一生懸命。だから、頑張りすぎて行き詰まってしまう。その点、男の人のほうがある意味ずるいんです。上手いという言うべきでしょうか。
私も若いとき、上司の人柄や不正が許せなくて「嫌だ! 辞めてやる!」と真剣に考えていたことがあった。でも、同僚の男性に、「ずっと働き続けるんだよ、俺たち。会社もお前もWIN-WINの関係なんだから、そんなに思い詰めなくていいんじゃないか?」と言われてハッとしたこともありました。
だから、これからを生きる女性には100%の力を出して折れてしまうくらいなら、70%の力でいいから細く長く続けてほしいと思います。それに、一時的に働くことを辞めても、また働くことはできる。私も思いがけず管理職になりました。こうなろう、と決めてこうなったわけではない。ある意味「流れに乗った」んですね。 残念ながら、日本はいまも男性社会です。でも、管理職になると見える風景もある。だから、そういうチャンスがやってきたら、自信なんてなくたって受けてほしい。私自身、社長を引き受けたとき、「泳ぎも知らないのに、よく飛び込んだね」と言われました。
人生、必ずしも思っていたことでなくても、やってみると面白いこともある。女の人が頑張りすぎてからだを壊すなんて本当にもったいない。柳のようにしなりながら、時には流れに身を任せて、「やってみなければわからないじゃない?」が口癖だった鎭子さんのように、目を輝かせて生きていってほしいと思います。

取材を終えて

取材場所はグリーンショップの一室。部屋に通されてまず目に入ったのが鎭子さんのものと思われる色鮮やかなブルーグリーンのワンピースにあしらわれた銀のブローチ。そして鎭子さんのトレードマークでもある水玉模様のハンカチ。花森さんのイラストが赤い糸で刺繍された使いやすそうなふきんに一筆箋、丈夫そうなトートバッグ、着心地の良さそうな麻のシャツ……。懐かしくセンス良く「欲しい」と思わせる商品たちに囲まれて、横山泰子さんは笑顔で待っていてくださった。 1時間お話を伺って感じたのは、風が吹き抜ける大きな木のような方だなぁということ。どっしり構えて細かいことは言わない。肩の力が抜けていて、語り口は柔らかく、時折少女のような表情も見せる。女性へのリスペクトとシンパシーが、他の女性社員の方との会話にも覗いていて、鎭子さんのイメージと重なった。 「これ、羽織ってみていただけませんか?」とお願いすると、コートやシャツをさっと着こなして「いいのかしら、私で」。生地が上質でラインが綺麗な服は、ナチュラルな雰囲気と合っていて、どれもとてもお似合いだった。 「女性の敵は女性」とよく言われるけれど、そんなことはない。「女性の味方は女性」と胸を張って言える女性たちが、これからの社会をつくっていく。そんな期待が胸に灯った。

グリーンショップで販売中のコート。

横山泰子さんがさっそうと羽織るコートは今夏に予約を受け付け、すでに残り僅かだという。グリーンショップでは年齢を問わず心がときめき、長く使うことができる商品を取り扱っている。

グリーンショップ

プロフィール

横山 泰子 よこやま やすこ

1955年、神奈川県生まれ。学習院大学文学部フランス文学科卒業後、朝日新聞東京本社事業開発室に嘱託として勤務。結婚と同時に退社、関西へ。専業主婦、子育て時代を経て東京に戻り、1993年、暮しの手帖社へ入社。営業、管理部勤務。2004年、大橋鎭子に続く2代目の暮しの手帖社社長に就任。2010年暮しの手帖社社長を退任し、(株)グリーンショップ社長に就任、現在に至る。
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書籍情報

暮しの手帖 別冊 しずこさん 「暮しの手帖」を創った大橋鎭子
暮しの手帖 別冊
しずこさん 「暮しの手帖」を創った大橋鎭子

972円(税込)

暮しの手帖社を創業した大橋鎭子の生涯を、たくさんの写真や当時の誌面などでいきいきとご紹介するビジュアルブックです。
生い立ちから女学校時代、そして銀行、新聞社勤めなどを経て、出版社を起こした「しずこさん」、波瀾万丈の93年間。
苦労して育ててくれた母とふたりの妹たちを、早逝した父に代わって幸せにする。その強い思いを胸に、のちに稀代の名編集者と呼ばれる花森安治とともに、戦後、『暮しの手帖』を創刊し、作り続けた、昭和から平成にわたる奮闘記です。
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NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』

2016(平成28)年4月4日(月)〜10月1日(土) 全156回(予定)

【放送時間】
<NHK総合>
(月~土)午前8:00~8:15/午後0:45~1:00[再]
<BSプレミアム>
(月〜土)午前7:30~7:45/午後11:00~11:15[再]
(土)  午前9:30~11:00[1週間分]

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