Interview

新生HEATWAVEの第一歩と、山口洋が旅した2018年の日本各地の音と空気感を再現するライブ盤に、山口が込めた思いとは

新生HEATWAVEの第一歩と、山口洋が旅した2018年の日本各地の音と空気感を再現するライブ盤に、山口が込めた思いとは

山口洋は、今、最もアグレッシブに活動しているミュージシャンのひとりだ。HEATWAVEとしてのバンド活動のほか、MY LIFE IS MY MESSAGEやソロでのライブを行なうなど、表現したい音楽やメッセージに合わせて様々な形態で音楽を届けている。
この春は、アルバム2作を発表。ひとつは昨年、敢行した全国弾き語りツアーを収めた2枚組『日本のあちこちに YOUR SONGSを届けにいく』で、青森から沖縄までのライブハウスでのパフォーマンスが聴ける。
もう一作の『OFFICIAL BOOTLEG#007“THE FIRST TRINTY”181222』は、ベースが抜けて3人になったHEATWAVEの、初めてのツアーのファイナルを収録。そのライブ・サウンドは、ヒリヒリするようなスリルと圧倒的なエネルギーに満ちている。
両アルバムとも山口のライフワークの現時点での到達点と言える出来映えで、彼の意志の強さと音楽愛が感じられて清々しい。山口に話を聞いてみた。

取材・文 / 平山雄一
撮影 / 三浦麻旅子

メッセージとして送りたかったのは、「分かれ道に来て大変なことがあったら、困難な方向に行けよ!」って

『OFFICIAL BOOTLEG#007“THE FIRST TRINTY”181222』の1曲目「愛と希望と忍耐」は、池畑潤二さんのドラムから入って、細海魚くんのキーボードと山口くんのブズーキが合流するタイミングが素晴らしかった!

あれねえ、実はズレてるんですよ。「どうしたんだ、魚!」っていうぐらい音楽的には激しくズレてるんだけど、それはあえて修正しなかったの(笑)。

えっ!? すごく合ってると思ったんだけど。

いや、あれはズレたリズムが、一瞬にして戻ってる。それがこのバンドらしいの。あのライブに関して言えば池畑さんが曲目を全部決めた。こんなことはHEATWAVE史上なくて。ここ十数年は、全部俺が決めてた。だけど今回は池畑先輩が決めて、池畑先輩のドラムからライブが始まる。その前のめりな感じが俺にはすごく嬉しくて、全部それに乗っかった。ベースが欠けたということは、家で言うと柱が一本なくなったみたいなもので、新しいベースを入れることは簡単だったんだけど、誰も入れようと言わなかった。それが、やめた人間に対する敬意でもあった。困難なほうを行くんだって決めて、それはすごく大変なことではあったけど、今を生きてる人にメッセージとして送りたかったのは、「分かれ道に来て大変なことがあったら、困難な方向に行けよ!」っていうか、「そのほうが面白いよ!」っていうことをやって見せたかったという意地もあって。

その決断には年齢も関係してる? 

うーん……池畑さんが60歳で、俺も魚も50歳を過ぎてて、あえて難しい方向に行くっていうほうが面白かったから。ベースがいないということは、残された3人にそれを想像させるような演奏ができる力量がなきゃいけないし、逆にいないことによってすごく風通しが良くなったっていうレベルまで行かなきゃいけないから、面白かったね。

演奏がズレても、差し替えはしない。

しないしない、そんなこと(笑)。ベースがいないけど、物足りない感じは全然ない。というか、こっちのほうが風通しがいいというレベルにはまだ完全に到達してないんだけど、その第一歩を記したライブを盤にする価値があったっていう感じかなあ。

ベースがいないというリスキーなシチュエーションに身を置いて、それを推進力に変えようとしている

それが3人のツアー・ファイナルを盤にするモチベーションだったのかな。

うん、そう。HEATWAVEは今年で40年目。去年、俺、池畑さんに会いに行ったの。「俺、40年間でこのバンドしかやったことがない。40年やったら何が見えるのか見たいから、力を貸してください」ってお願いしたら、「わかった」って。なんかいいでしょ?

そこから話が始まって、「じゃあ、曲順は俺が決める。ライブは俺のドラムからスタートする」って言ったんだ。

うん。彼のバンドへののめり込み方がすごく嬉しかった。俺たちには夢があって、その実現に取り組んでる。もうそんなにいつまでできるかわかんないっていう気持ちも全員の心のどこかにあって、だから今やれることで人々を元気にしたいっていう、ただそれだけだから。ベースがいないというリスキーなシチュエーションに身を置いて、それを推進力に変えようとしている。だからステージのセッティングも変えたのね。全員が全員の音を聴けるという。もうお客さんのことは完全に無視してて(笑)。

3人が三角形になってるんだ。

そうそう。全員のほうにアンプが向いていて、そこでやってることをお客さんが鑑賞しているという状況で。やってる側の3人は、客席を盛り上げたいなんて全然思ってないし、「自由に盛り上がってくれ」って思ってた(笑)。それをやってる日本のバンドって、ほとんどいないと思う。でも昔からそういうやり方でやりたかったの。「あんたたち、自由に楽しみゃいいじゃん」っていう。

「自分たちも楽しむから」ということだよね。

うん。

言われたことは受け止めて返したくなるよね。今回のツアーは、歌うことにすごく能動的になった

それで言うと、1曲目の池畑さんのドラムが始まったときのお客さんの緊張がハンパなかった。

そうね、固唾を呑んでた。で、池畑さんからの指令は、「なるべく早くお客さんを安心させよう」だった。それがまた緊張感を生んでいて。そのあと、畳み掛けるように演奏してって、お客さんを「ああ、3人のHEATWAVEって、こういう感じなんだ」って安心させて、中盤ではすごく静かなスポンテーニアスな演奏をするっていう。そういうメリハリを今回、池畑さんが決めてくれたというのは、すごく面白かったよ。俺もどうなるかわかんなかったけど、「あ、なるほど、こういうことか」って理解できた。彼はプロデューサーとして優れてるよね。フジロックでも“ROUTE 17 Rock’n’ Roll ORCHESTRA”のリーダーとして、ゲストと内容を決めてやってる。俺に対しても思うことがあったと思うんだけど、でもひと言もそういうことは言わない立場を貫いてきた。

それは、HEATWAVEは山口くんのものだからってこと?

いや、そんなことはないと思うんだけど。たとえば今回、「『満月の夕』はもうやらなくていいッスよね」って言ったら、「やったほうがいいよ!」って諭された(笑)。

ああ、それはお客さんのためにね。

そうそうそう(笑)。

このツアーでもやったの?

盤には入れてないけど、やった。「ギターに逃げず、ちゃんと歌ったほうがいいよ!」「はい! スイマセン!」みたいな(笑)。そういうことを言ってくれる人が今、俺にはいないから、言われたことは受け止めて返したくなるよね。それで今回のツアーは、歌うことにすごく能動的になった。だから「満月の夕」はギターを持たずに歌ったんだよ。

ドラムとキーボードだけをバックに?

そう。俺が「ギター持たない」って言ったら、魚が「ええええーッ!?」って言って(笑)、「じゃあ、俺も鍵盤弾かない」とか言い出して、彼はアコーディオンだけだった。「魚さん、獅子奮迅の活躍」みたいな。ははは!

その「満月の夕」は、盤に入れて欲しかったなあ。

いや、あれはライブで観ないと伝わらないよ。盤にしても伝わらない。だから「ライブに来てよ」っていう。

終わり行く平成と、この変なムードの中で音楽がどんなふうに機能してるかってことを記録したかった

アルバム『日本のあちこちに YOUR SONGSを届けにいく』は、どんなところからスタートしたの?

2017年に初めてのセルフカバー・アルバム『YOUR SONGS』を出して、自分が過去に作った歌が、現代を生きる人たちの日々の中でこんなふうに響いていたということを具体的に知ったわけ。それが非常に興味深くて、生の状態で届けに行きたくなったの。ものすごく小っちゃい町とかね。なおかつリクエストしてもらって、「なんであなたはこの曲を聴きたいの?」ってちゃんと聞いたうえで歌った。たとえば青森県では「弘前市はこんなふうに冬が厳しくて、その中でこの曲がこんなふうに響いていました」みたいなリクエストを、演奏する前に俺が朗読してから歌った。それを各地でやって。

ライブは全曲、そのスタイルで?

全曲、そういう構成にしたから、俺自身もツアーでは煮詰まらなかった。

聴いてる人や景色が変わると、気持ちも変わるよね。

変わる変わる。リクエストしてくれた人数だけの風景の違いがあって。それがすごく面白いなと思ったから「レコードにしよう」と思って、自分で買ってきた小っちゃな録音機材を、歌うマイクの脇にセッティングして。

マイクの脇ってことは、ステージで山口くんが聴いてるのと同じ“音場”で聴けるっていうことなんだ。

そう。面白かったッスよ。平成が終わるっていうのもあったし、オリンピックがあるっていうこの不気味な風潮(笑)に対しての、俺なりの反対意見というのを密かに音楽の中に込めた。

平成末期の日本の空気感を録りたかったと。

そう。終わり行く平成と、この変なムードと、でもこの変なムードの中で音楽がどんなふうに機能してるかってことを記録したかった。心の底から込み上げてくる昭和魂みたいなのがあって、「このままでホントにいいのか。ちょっと黙ってらんないな」というのもあってさ。だから移動も、自分で車を運転して、全部自力。「今夜この町で演奏する」っていうときに、自力でそこに近づいていくっていうことが、俺にとって最も大事だった。

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