【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 117

Column

CHAGE&ASKA “粘り腰”が生んだ大ヒット作『TREE』。久しぶりの「tomorrow」に、まじ泣けたっす。

CHAGE&ASKA “粘り腰”が生んだ大ヒット作『TREE』。久しぶりの「tomorrow」に、まじ泣けたっす。

91年10月にリリースされた『TREE』は、大ヒット作となる。いきなりミリオンを突破し、当時、史上最高のセールスを記録した。91年10月にリリースされているが、いったん決まった発売日が、延期された。さらなる充実を図り、内容が見直されたのである。この事実から垣間見れる彼らの当時の心理状況は、どういうものだったのだろうか。

「SAY YES」が更なるファンを獲得し、彼らはその時、より多くのファンの前に出ていこうとしていた。やがて“ステージのソデ”までやってきた。でも、“さぁ行こう”のハズが、“ちょっと待って”になる。二人はいま一度、その時点での音楽の“身支度”を、整え直したくなったのだろう。なにしろ目の前には、はじめましての人達も、大勢いるはずだ。それらの受け手の顔も想像し、「自分達には、もっとやれることはあるのでは?」と考えた。延期の理由は、そんな心理が働いてのことだったのではなかろうか。

多くの人々が手にしたアルバムは、多くの記憶を生みだしている。たまたまこのサイトで『TREE』のジャケットを見かけ、それが蘇った方もいるだろう。ならば再び、今の耳で、アルバムを聴いてみて欲しい。代表曲というより“佳作”と呼ばれそうな曲。アルバムでしか聴けない曲にこそ、懐かしさがこみ上げてくるはずだ。

そんな作品のひとつが、「MOZART VIRUS DAY」かもしれない。二人の共作曲(詞はASKA)だ。AメロとBメロをCHAGEが作り、それを渡し、残りはASKAが作った。そんな経緯がある以上、「これだったら一人で作っても一緒だった」というものではつまらない。とはいえ、CHAGEの作った前半が「桃太郎」だったとして、ASKAが作った後半が「かちかち山」なら突飛すぎる。結果としてこの作品は“程良くユニークなもの”になった。

冒頭の“♪朝も夜も”は浮遊感ある静かな始まり方である。しかし“♪触れそうだよ”から、一気に激しいパートへと移る(イェイェイェみたいなビートルズ初期のようなノリの良さも感じるほどだ)。さらにタイトルでもある“♪MOZART VIRUS”のフレーズが出るあたりは、また違った肌触りのメロディとなる。

さらに、そのあとの“♪こんな日は”のところも(冒頭のメロディの変奏とも受け取れるが)またまた違った質感だったりするのだ。曲の後半の間奏には、まさにモーツァルト様が降臨したような、弦楽四重奏めいたクラシカルなインスト・パートも用意されていて、アレンジも凝りに凝ってる。

正直、もっと整理することは可能だったろう。でも、敢えてこのままにしたのだと推測する。なぜか。この作品で伝えたかったことと関係する。音楽が、俺たちの中から沸き上がって沸き上がって仕方ないんだよ! この頃、二人はそう感じていた。そしてそれを、音楽という時間芸術に具現化してみせたのが「MOZART VIRUS DAY」だ。矢継ぎ早に様々なイメージのメロディが連なるこの作品の構成は、まさに“沸き上がって仕方ない”状態を表現している。そう解釈すれば、実に納得なのだった。

「誰かさん〜CLOSE YOUR EYES〜」も特徴ある作品だろう。CHAGEはこの曲について、“誰かさん”という言葉をみつけたことで、曲のイメージが広がっていったと語っている。ここ、非常に重要である。具体的にはこんな感じで出てくる。[とまどう 誰かさん]。この場合、“誰か”は“someone”のことではなく、主人公からみれば、素性の知れた人物だ。それはかつての恋人であり、その恋が、再燃するかもしれない相手だからである。

なのに…、なのにどうして“誰かさん”なんて、他人行儀の呼び方をするのか? ふたつ、考えられる。まずこれは、日本語で歌を作った経験がある人なら悩む、ある障壁を越えるためのアイデア、ということだ。悩むのは二人称代名詞だ。英語の歌ならYOUでいいのに、日本語だとアナタ・キミ・オマエ・オタク…、などなど、実に多彩であり、それぞれに色がある。しかしCHAGE案であるなら、余計な色もつかない。

もうひとつ。いったん相手と疎遠になり、しかし再会したからこそ、この呼び方が相応しいのだ。別れてしまえば、特別だった人も“someone”同然の存在に戻る。それは、この言葉の本来の意味である“誰かさん”と呼ぶに相応しい。この歌のなかの二人をみていると、なんかちょっと、ぎこちない。その微妙な距離も、この言葉なら担ってくれるのだ。

このアルバムには、同じくCHAGE作の「CAT WALK」も収録されているが、ここでは歌詞を三人称の「彼女」の目線から描いている。それゆえのサスペンス・タッチというかハードボイルドというか、そんなムードがシャッフルの曲調と合っている。実はこの『TREE』。CHAGEが自ら詞を書いたものが多く、そのあたり、新たな創作法のツボ(まず最初に人称を定め、そこから詞を展開していく、等々)を得た、ということかもしれない。

さて、アルバムの核となるのは「BIG TREE」だ。地下に根を張り、空に枝を伸ばしていく。それはそのまま、生きていくこと、そのものだ。曲調は、今でいう“アンセム・チューン”であり、みんながひとつになり、気持ちを鼓舞していける雰囲気である。

最後を飾るのは「tomorrow」であり、もしコンサートでいうなら“アンコール”の役割の楽曲だ。実はいったん発売が延期になった時、新たに加えられたもののひとつがこの作品だったそうだ(もしそうなら、この楽曲=“アンコール”という説も信憑性を増す)。

この曲、久しぶりに聴いた。なんとも素敵だった。さぁさぁ、感動しろ感動しろよ、みたいなことじゃなく、ふと気づけば感涙してました、というタイプの作品なのだ。二人が順番にリードをとり、やがて声を合わせる。それぞれのボーカリストとしての特徴、声質の魅力。CHAGE&ASKAの“正味”(包装紙などを取っ払った本当の中身)が響いている。こういうタイプの楽曲は、ボーカリストとしての器が試されもするが、見事に二人は応えている。また、はじめまして、という受け手に対しても、この曲なら挨拶代わりを果たす。

次回は「僕はこの瞳で嘘をつく」を軸に、当時の彼らの進化し続けるライブ・パフォーマンスのことも振り返る。ちなみに僕は、なぜASKAはこの曲が書けたのかといえば、それは剣道を真剣にやってきたからだと思っているのだが…。

文 / 小貫信昭

その他のCHAGE&ASKA、CHAGE and ASKAの作品はこちらへ

vol.116
vol.117
vol.118