黒選!メディアコンテンツ研究家・黒川文雄がテーマで選ぶ 3+1  vol. 54

Column

平成の30年を振り返る「ビデオゲームの歴史と、その未来予想」3+1選

平成の30年を振り返る「ビデオゲームの歴史と、その未来予想」3+1選

現在、世界的に普及しているコンピュータやパーソナルコンピューターも、そのルーツをたどれば、大砲の弾道を素早く正確に計算するために開発されたものでした。

1832年チャールズ・バベッジが開発した自動計算機 @シリコンバレー コンピュータ歴史博物館

それら軍事目的のコンピュータ開発に膨大な時間、予算が費やされ、それゆえに先端的かつ革新的な技術が生まれました。しかし、それは現在に比べれば低スペックです。例えば、月探索のために使用されたコンピュータはファミコン並みのスペックです。

初期のIBM計算機 初期のコンピュータ @シリコンバレー コンピュータ歴史博物館

アポロ11号の時代(1969年7月20日)から50年、半世紀が過ぎた今、手のひらサイズで収まるスマートフォンはその何万倍も性能が上。その技術の躍進には驚きを隠せません。

アメリカのビデオゲーム産業を牽引したアタリ社のATARI2600などのゲーム機 @シリコンバレー コンピュータ歴史博物館

これら軍事目的だったコンピュータも、一人の科学者が遊びに転じることを思いつきます。当初はオシロスコープを使ったピンポンのような単純なゲームでした。


そんな切っ掛けで始まったゲーム産業。 今回は、ゲームの歴史を紐解き、その未来についてお話をしたいと思います。

ではどうぞ!


ビデオゲームの変化はコミュニケーション手段の変化

1971年に民生用テープレコーダーの小型化に成功したソニーは、録音機能を排除した「TPS-L2」という初代「ウォークマン」を発売します。この時、誰しも「将来的にはみんな音楽(テープレコーダー)を持ち歩いて聴くという時代が来る」とは思っていませんでした。

初代「ウォークマン」TPS-L2  写真提供SONY ©SONY

同じようなことがビデオゲーム業界でも起きました。それが1980年に登場した任天堂の「ゲーム&ウオッチ」です。それまでゲームとは、ゲームセンターで遊ぶものでした。それが、「ゲーム&ウオッチ」の登場により、いつでも、どこでも、遊べて、ポケットに入るサイズで人々を驚かせ、喜ばせることに成功しました。

「ゲーム&ウオッチ」によって莫大な利益を得た任天堂が「ファミリーコンピュータ」を1983年に発売し、家庭用ゲーム機市場が確立しました。しかし、一家に一台というゲームスタイルだけではなく、一人一台という市場があるということを任天堂は忘れてはいなかったようです。

「ゲーム&ウオッチ」筆者所有 復刻版

平成元年、1989年に発売された「ゲームボーイ」によって、携帯ゲーム機市場が確立されました。
しかも、通信ケーブルというコミュニケーションツールがあったことで対戦がアツい!と話題になり、連鎖するように人々が買い求めました。こうして、ゲームは一人の物ではなく、みんなで遊ぶものという価値観を得て、広く世界に普及して行きました。

そして、時は過ぎ、2004年発売の「ニンテンドーDS」の発売によって、ワイヤレスでインターネットに接続できるシステム「Wi-Fiコネクション」が搭載。インターネットを利用した対戦などが本格的に楽しめる時代になります。

時は進み、現在ではスマートフォンを中心としたモバイルサービスが主流となっています。
音楽を聴くには「iTunes/Apple music」や「Google Play Music」などに代表される音楽ストリーミングサービスの時代へ。ゲームアプリも「基本Play無料」や「買い切り有料アプリ」など、さまざまな形態のゲームが手のひらで遊べるようになりました。

もちろんネットワーク接続も可能なので、友だち同士で競ったり、チームで戦うなど、遊び方も様々です。ひとり一台、無数のコンテンツ、そしてネットワークを経由してのコミュニケーションプレイ。
このような時代がやって来るとは30年前には想像も出来ませんでした。

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