Interview

『エヴァ』現象の後、庵野秀明は“日常系”学園アニメに挑んだ。20年を経て、鷺巣詩郎が語る伝説的作品『彼氏彼女の事情』

『エヴァ』現象の後、庵野秀明は“日常系”学園アニメに挑んだ。20年を経て、鷺巣詩郎が語る伝説的作品『彼氏彼女の事情』

社会現象となった『新世紀エヴァンゲリオン』の余韻が残る1998年、庵野秀明監督による『エヴァ』後初のTVアニメとして放送され話題となった『彼氏彼女の事情』。そのBlu-ray作品が、放送終了から20年を記念して2019年3月27日に発売された。

少女漫画を原作にした作品でありながら、同時に庵野監督独特の心理描写も色濃く反映されたこのTVアニメ版では、劇伴を『ふしぎの海のナディア』や『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ、『シン・ゴジラ』を含む様々な庵野作品の音楽を担当してきた鷺巣詩郎(さぎすしろう)が担当している。鷺巣氏に、劇伴を含む音楽的な側面から、当時の庵野監督や『彼氏彼女の事情』の魅力を聞いた。

取材・文 / 杉山 仁


『ナディア』『エヴァ』での経験を経て、監督と語り合う言葉はいい意味で減っていた

鷺巣詩郎

『彼氏彼女の事情』は、庵野秀明監督が『新世紀エヴァンゲリオン』のヒット後に初めて手がけたTVアニメとして知られています。まずは1997~98年当時の鷺巣さんや庵野監督が、当時をどんなふうに過ごされていたのか、振り返って教えていただけますか?

鷺巣詩郎 監督と僕にとっては、まずは『エヴァ』のファンの方々に感謝を伝えるような時期だったように思います。例えば1997年7月に渋谷のBunkamuraオーチャードホールで行なわれた『エヴァンゲリオン交響楽』にしても、「書を捨てよ、町へ出よう」ではないですが「オタクもたまには外出して、渋谷でコンサートでも」という意図が少なからずありました。『エヴァ』の声優さん、特に女性声優の皆さんにもご出演いただいたコンサートでしたので、声優ファンも楽しめるオーケストラのコンサートであり、また音楽的には洋楽の要素とアニメーション音楽とをマッチングさせたものになりました。

ただ、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の時点で、監督は内外に「もうエヴァには立ち戻らない」ということを宣言していましたし、97年から98年には実写映画『ラブ&ポップ』の撮影も行なわれていました。そういう意味では、庵野監督にとっては『エヴァ』とはまた異なる面で今までやれなかったこと、やりたかったことを始めた時期でもあったんだと思います。『エヴァ』の余韻を感じつつ、また違う場所に行くためのバネとして、いろいろなことを表現されていた時期だったのかもしれません。

そのひとつが、『彼氏彼女の事情』という作品だった、ということですね。この作品の音楽については、どんなふうに作業を進めていったのでしょうか?

鷺巣 もともと庵野監督はあまり多くを語らない人なので、少ないコミュニケーション機会で確実に理解を深めることを、お互いにとても大切にしてます。『ナディア』や『エヴァ』を経たことにより、すでに『彼氏彼女の事情』の頃にはいい感じで語り合う言葉が、さらに減ってきてました。

そういえば監督と付き合い始めてもう30年になりますが、いまだかつて電話で仕事の話をしたことなんて一度もないんじゃないですかね(笑)。『カレカノ』は庵野作品の中で、(劇伴に必要な音楽を列挙する)「Mリスト」が存在した最後の作品になるのですが、そこに各音楽について「こうしたい」という意図が明確に示されており、鷺巣としてはそれらに忠実であるべく努めました。

『カレカノ』は、庵野監督の音楽戦略がかなりはっきりしている作品かも

そのあたり、より詳しく教えていただけますか?

鷺巣 『カレカノ』は、僕が作曲した数秒のアヴァンタイトル(作品に入る前のプロローグ的な音楽)から作品がはじまって、そのあとに「これまでのあらすじ」のパートで「正太郎マーチ」(『鉄人28号』で使用されていた楽曲の『彼氏彼女の事情』バージョン)が流れますが、この「正太郎マーチ」を使いたいというのは、Mリストどころか企画時からこの曲ありきで監督が進めてたらしいです。

さらに2度目の録音では、ボロディンの「ダッタン人の踊り」を使いたいという話がきたんですが、これも監督のなかではあらかじめ考えていたことだったように思います。そういう意味でも、『彼氏彼女の事情』は、庵野監督の音楽戦略がかなりはっきりしている作品かもしれません。「正太郎マーチ」があって、「ダッタン人の踊り」があって、主題歌も藤井フミヤがプロデュースして……。ひとつのメッセージとして、『エヴァ』よりも広く、分かりやすく大衆に訴求しようという意思を感じました。もちろん、ただやみくもに大衆的なものを作るということではなくて、個人の趣味に即した、フェティッシュなもので、より広く受け入れられるようなものを作る、ということですね。

実際、『彼氏彼女の事情』の劇伴は、『エヴァ』のものとは随分雰囲気が変わっています。よりキャラソン的な要素が、劇伴にも盛り込まれているように感じます。

鷺巣 庵野監督とは1990~91年の『ふしぎの海のナディア』のときに、声優さんに歌ってもらうキャラソンを大量に作ったわけですが、それはアメリカの『サタデー・ナイト・ライブ』や、イギリスの『モンティ・パイソン』のように、普段は見せないひねったエンターテインメントを実現させて、アーティストの幅を広げていくようなイメージでした。

今となっては普通のことですが、60~70年代にはこんなキャラソンはなかったですし、80年代にしても、かなり後期になって出てきたものだったと思います。そういう意味でも、庵野監督とともに『ナディア』でやったのは、TVのかくし芸のように「みんなで持ち場を変えることで、別の角度から作品の魅力を高めていく」「作品に別の魅力を加えていく」という作業でした。

これは、今で言うと“ヒップホップのサンプリング的”と言えるものかもしれませんね。『ナディア』には表立ってそういう要素があって、一方『エヴァ』ではその要素が別次元、たとえばエンディングや付録に集約されてました。『エヴァ』の音楽は足し算で魅力をふくらませるものではなく、むしろ引き算していく、ある意味ブルージーな姿勢だったんです。

なるほど。

鷺巣 そして『カレカノ』の場合は、『エヴァ』とはまた違う振り子の反対側の表現として出てきた作品なので、『ナディア』ではキャラソン的だった要素を、もう本編の中で最初からどんどん出していきました。つまり本来作品が出た後のポスト作業として行なうことを、本編でやっちゃったということです。そこに『カレカノ』の音楽の魅力が集約されている気がします。

当時、Mリストを見た時点で、普通だとそこまではっちゃけはしないようなところでも、音楽的にはっちゃけられる指示がありましたから。主人公の(宮沢)雪野がジャージを着ている場面などで作画がかなりコミカルになるのと、密接に繋がっていますよね。

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