Interview

仲井戸麗市と土屋公平が語る、音楽知性を育んだ「麗蘭」25周年 Vol.2

仲井戸麗市と土屋公平が語る、音楽知性を育んだ「麗蘭」25周年 Vol.2

結成25周年&12年ぶりのレコーディング作品『25』のリリースを記念して、仲井戸“CHABO”麗市と土屋公平へのロングインタビューを行った。Vol.1ではこれまでの麗蘭を振り返り、圧倒的な音楽話に花が咲いたが、Vol.2ではアルバム『25』の収録曲を二人の話から紐解いていく。

取材・文 / 佐伯 明 撮影 / 三浦麻旅子


仲井戸麗市と土屋公平が語る、音楽知性を育んだ「麗蘭」25周年 Vol.1

それでは、ここからは特徴的な楽曲について聞いていきたいと思います。25年経ってから1曲目「マニフェスト」っていうのもね、すごいですよね(笑)。

土屋 ははは!

仲井戸 民主党か、お前は(笑)。「マニフェスト」って、民主党がよくなんか、あいつら(笑)。

使いますよね。格好付けてますよね。

土屋 鳩山由紀夫さんの頃ですよね。

仲井戸 ポッポかよ! みたいな。

(笑)。「we are the Lay-Run」の、こういう“宣言”みたいな曲は、いつかは書こうとCHABOさんは思ってたんですか?

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仲井戸 詞としては以前に書けていて、今回麗蘭用に新たに仕上げたってな、だね。

自分の中でね、「俺はバンドマンだ!」みたいに、「警官にとっ捕まっても自由業って言わねえぞ、バンドマンって言うぞ!」みたいな、そういう個人的な宣言も含めて(笑)。まぁそんなとこが発想だと思うんだけど。

仲井戸 昔、オーティス・ラッシュがね、「ブルースマンってなんですか?」って聞かれたときに、「魂を爆発させる」みたいなことを言うかと思ったら「ビジネス」って答えた。それに痺れて。「マイ・ビジネス」。「うわ、すげぇイカしてるな」と思った。
もちろん音楽は楽しさでやってんだけど、やっぱりそれで家族との関係が保てたりとかね、「それは俺の仕事だ」っていうことを、「バンドマンだって社会の隅っこにいるような、背中丸めて歩かなくたっていいんだ」っていうようなことを、自分をやっぱり奮い立たせたくてさ。そんな想いだと思う。今の若いバンドの子なんかそんなこと何も思わねーだろうけどな(笑)。

あとは、「何はなくてもR&R」と「太陽のシェリー」は、今回土屋さんが2曲歌ってます。

土屋 アルバムの候補曲を2人で出してる中で、CHABOさんが「2曲歌いなよ」って言ってくれたので。1曲は「太陽のシェリー」っていう、麗蘭のライブでやってる持ち歌があったので、それを録音したいなと思ったのと、あとは――

これ、けっこう古い曲ですよね。

土屋 古いというか、5年くらいかな。

仲井戸 公平が歌をうたいだして最初ぐらいに出た曲なんじゃない?

じゃあ、土屋さんがボーカルを入れようとしてからの初期作品ですね。

土屋 自分が歌うために曲を作ろうと思ったときの2曲とか3曲のうちの1曲なんです。で、麗蘭でやらせてもらって。もう1曲の「何はなくてもR&R」は、「もう1曲、だったらCHABOさん一緒に作りませんか」って言ったらサクサクッと書いてきてくれた。

仲井戸 たまたま、珍しくね。「こんなの出来ちゃったよ」って、珍しく(笑)。

土屋 スピーディーに(笑)。で、2日ぐらいでデモテープにしてCHABOさんに送り返して、「こんなのでどうですかね」みたいなことで。わりとね、上手く。

仲井戸 明確だったねえ。

「何はなくてもR&R」は、ちょっとチェス・レコードみたいなサウンドで。

仲井戸 おーっ、いい事言ってくれるねぇ。

土屋 そうなんです、ふたりの大好きなところだし、初期ストーンズとか、一番好きなところで。

“別れ”が多いよね、時代の曲がり角だと思うけど

CHABOさんと土屋さんの、すごく濃い共通項みたいなところで。

仲井戸 そうだね、すごくわかりやすい、2人で「あんな感じな」って言うと「ああ、あれね」っていう、もうツーカーのね、一番育ってきた、聴いてきたやつかもしれないね。

あとは、「Mr.Blues Man」と「SONG for J.J.cale」と、それから「Go Johnny Go」、これはデディケイトっていうか、捧げたところがありますけど、当然CHABOさんは、亡くなった人とかがモチベーションになって曲ができたんですよね。

仲井戸 あまりにもそういう“別れ”が多いよね、時代の曲がり角だと思うけど。その辺は佐伯明のライターとしての分析は俺なんかより遥かにあると思うけど、やっぱり大きな時代のきっと曲がり角で。
ロックが始まって――どこがロックのスタートかわからないけど、俺たちが聴いて育ったブリティッシュの、ストーンズやエリック(・クラプトン)やいろんな連中が、ビートルズも、いわゆる“老い”というところに片足どころか両足も踏み入れているみたいなのと、ホントに旅立っちゃった人も多くて。まあそれよりも彼らが聴いて育ったであろうB.B.さんが去年亡くなったこと。

B.B.Kingはやっぱり、捧げたくて書きたくて、B.B.は書いたんだけど、J.J.caleみたいな人は、そういった意味じゃマニアックでね、クラプトン経由みたいなことで多少知られてるぐらいとかね、それは麗蘭みたいなとこ、俺みたいな立場の奴が書くべきなんじゃないかなとかね。デヴィッド・ボウイやプリンスだといろんな人が捧げるかもしれないけど、J.J.caleはそんなにいないかなとか。
もっと言えば清志郎くんに捧げる曲を書く人はたくさんいるかもしれないけど、山口冨士夫くんはそんなにいないかなって。両方を俺はリスペクトしてるっていうか、J.J.caleもたくさん聴いたから。

土屋さんはどうお感じになりましたか? この“捧ぐソング”3連発は。

土屋 ライブでも一緒にやって、そのときにCHABOさんがそれぞれ持ってきてくれた1曲ずつだと思うんだけど、J.J.caleに関してはホント、クラプトンの「コカイン」で知ったぐらいのことで、CHABOさんみたいに聴いてないので、逆にCHABOさんの教えてもらって、「『オーキー』ってアルバム、よく聴いたよ」「聴いてみようかな」みたいなね。

クラプトン経由っていう人、多いんじゃないですかねえ。

仲井戸 間違いなくそう。それはクラプトンの功績だしね、J.J.caleもきっと喜んだはずだし。いわゆる、ブラックルーツが如実にJ.J.caleってあるタイプじゃないから、公平からしてみればちょっとユルいだろうしさあ(笑)。だけど、なかなか深いっちゅうかね、その辺を公平は理解してくれて。

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