佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 89

Column

忌野清志郎の視線が初めてこちらに向けられて、刃物のように刺さってきたときの記憶

忌野清志郎の視線が初めてこちらに向けられて、刃物のように刺さってきたときの記憶

4月2日に刊行された『I LIKE YOU 忌野清志郎』は、ライターの岡本貴之さんとフォトグラファーのゆうばひかりさんによる企画として、音楽配信サイト「OTOTOY」で連載されたインタビューをもとに、あらためて1人語りに書き下ろした書籍だが、素晴らしい仕事だと感心した。

10年前に亡くなってしまった清志郎さんの思い出や、知られざるエピソードがさまざまな個人的体験から語られていて、たくさんの発見があったし、とにかく面白くてためになる内容だった。

しかも書籍化に際して複数の追加取材を行なったことによって、奥行きがぐっと深まったというか、とても充実した単行本になっていたのである。

証言のなかでとくに印象に残った名言を、以下にいくつか紹介したい。

まずは3人時代のRCサクセションの目撃者で、当時のライブ音源を録音して保存していたグラフィックデザイナー、作家としても活躍する太田和彦さん。

RCというアルファベットにカタカナでサクセッション、個人名は、忌野清志郎、破廉ケンチ、林小和生でしょ。こいつら、ひねくれてていいなあ、と思ったね。嫌われることを厭わないという感じで。

強調したいのは体制に反抗するマインドを絶対に忘れなかったこと。これは立派なことだよ。音楽家は体制に反抗しなきゃダメ。あらゆる音楽においてね。清志郎の音楽は「みんなで一緒に聴ける音楽」じゃない。痛切だし、重いし。ワイワイ言いながらBGMにするには合わない。僕はビリー・ホリディが好きなんだけど、しょっちゅう聴く気になれないのは、楽しくないし、重すぎるから。清志郎の音楽も同じ。でも、聴き出したら途中で絶対やめられない。これこそが〈本物の音楽〉である何よりの証拠だよ。
 

ザ・ローリング・ストーンズのオフィシャル・フォトグラファー、有賀幹夫さん。

こんなかっこいいロックンロール・バンドが日本に出てくるんだったら、僕は写真で生きていけるかもしれない! と思ったんです。大きな夢としてはストーンズを撮影することだったけど、日本人としてはRCを撮れたら最高だな、という夢も、カメラを始めたきっかけでしたね。
 

作家の角田光代さん。

〈忌野清志郎は音楽の人だったけれども、でも、言葉の人でもあった〉
 

スタイリストの高橋靖子さん。

清志郎さんは、なんでも喜んで着てくれました。
清志郎さんは、シャイで純なところが一番記憶に残ってます。本当にそういう方だったと思います。
 

エンジニアのZAKさん。

ものすごく変わった声なのに、聞いていて嫌な気持ちにならないんですよね。それはたぶん、本当のことしか言ってないし、本当の声でしか歌ってないからなんだと思うんですよ。嘘がまったくないんですよ、あの歌は。
 

そして本書のために語ってくれた手相観の日笠雅水さん。
彼女は、ローリング・ストーンズの初来日時に、ミック・ジャガーとの雑誌取材をセッティングして、会わせてくれた人だった。清志郎さんと細野晴臣さんを結びつけたことで、HIS誕生のきっかけを作ったのも彼女だった。

初めて清志郎さんのことを知ったのは、『ヤング720』という朝の番組に3人組のRCサクセションが出てきた時ですね。最初の印象は「なんと地味な人たちなんだろう」という感じでした(笑)。でも、あの顔と歌声はしっかりインプットされてたんですよね。あとから思えば。
初めて清志郎さんのライブを観たのは、それからずいぶん時が経ってからで、YMOのマネージャーを辞めた後の、一九八二年に行われた〈ヘンタイよいこ白昼堂々秘密の大集会〉でした。
同じ時期に、共通の友人たちの結婚披露宴が原宿のクロコダイルであったんです。清志郎さんも来ていたんですけど、みんな賑やかで楽しい雰囲気の中、清志郎さんのいるテーブルだけなんだか静かで暗かったんです。シャイでウブな人たちが集まってる感じで、清志郎さんはその中でも特に目立たない印象でした。
 

本書を最後まで読み終えて、筆者もまた清志郎さんと初めてお目にかかった、冬の冷たい日のことを思い出した。

そのときに書いた記事は今でも保存してある。

1976年1月21日にRCサクセションのシングル盤「スローバラード」が発売されることが決まって、発売元になるポリドールと制作したキティはそのタイミングに合わせて、十分な予算をかけて宣伝を行うことにした。そして音楽業界誌「週刊ミュージックラボ」2月9日号でも発売の告知を兼ねて、メンバーへの取材が行われることになった。

その時に筆者は24歳、「週刊ミュージックラボ」に就職してから2年目で、営業マン兼ライターの仕事に就いていた。
事前に渡された「スローバラード」の試聴盤を聴いて、全身から絞りだすような清志郎さんのソウルフルな歌声に、“こんな凄い歌手だったのか?!”と衝撃を受けた。
そして何度もなんどもレコードを聴いていくうちに、歌詞における言葉の新鮮な表現にも引き込まれていった。

取材が行われたのは東京・六本木にあった音楽出版社の、それほど広くもない会議室だったと思う。
約束の午後3時少し前に音楽出版社へ到着すると、メンバー3人はすでに別室で待っているようだった。
しかし、部屋に入ったときにどことなくではあるが、少なくとも歓迎されてはいないという、ひんやりとした空気が感じられて、急に緊張が高まったことは今でも憶えている。

そこでまずはあいさつがわりにと思って、無理に笑顔をつくって話しかけてみたところ、忌野清志郎も破廉ケンチも一様におし黙ったまま無視で、林小和生だけがこちらにちらっと目を向けたが、すぐに目をそらしてしまった。
誰も取材用の笑顔を浮かべることなどなかったし、そもそもあいさつの言葉もないままだ。

圧迫感が押し寄せてきた感じがして、筆者は焦り気味にインタビューを始めた。

しかし「アルバム発売まで待たされた時間が長かったですね」とか、「完成してみていかがですか」とか話題を振っても、言葉らしい言葉は、誰からも返って来なかった。「あぁ…」とか「まぁ…」とかいう声らしきものはあった気がするが、あまり覚えていない。

破廉ケンチはずっとあらぬ方向を見ているし、忌野清志郎もさりげなく目をそらせたままなので、普通のインタビューとはまったく異なる、重苦しい雰囲気の沈黙が続いた。
筆者はどうして3人が不愉快なのかがわからず、何とか口を開いてもらおうと懸命に頭を回転させた。

そして焦りと不安のなかで、あらかじめ用意していた言葉のなかから、切り札を最初にぶつけることにした。

それは何十回もレコードを聴いたうえでの感想、嘘いつわりのない自分の正直な気持ちだった。

日本のロックの歴史に残る傑作! 「スローバラード」は、ほんとうにいい歌だと思います。
 

それでもまだ沈黙が続き、もう次の質問が出てこないので、仕方なくレコーディングに参加したというタワー・オブ・パワーに触れて、「ホーン・セクションもすごく良かったですね」と付け加えた。

すると忌野清志郎の視線が初めてこちらに向けられて、刃物のように刺さってきたのである。
思わず目を反らせると、しばらくしてから怒ったような調子の言葉が、どこからともなく聞こえた。
もちろん声の主は忌野清志郎、それが最初に聴いた彼の肉声だった。

演奏も、アレンジも、ぜんぜん気に入ってないんだ…。
あれは、オレたちの音じゃない…
スタッフと星勝が、勝手にやったんだ。
 

まったく意外な発言が飛び出してきたことから、どこで虎の尾を踏んだのかと、一気に不安に襲われた。
だからといって自分の意見を修正することも出来ず、ただ動揺しながら不安のなかで、身動きがとれないまま固くなっていた。
「おまえなんか何もわかっちゃいない」と言われているようで、しばらく黙っているしかなかったのだ。

今でも思い出すたびに冷や汗が出てくる。

忘れようにも忘れられない貴重な体験である。

それでもあることをきっかけにして、最後には清志郎さんとだけだったが、少しだけ心が通じあえたと思えたところで取材を終えた。

再会したのはそれから20年後だったが、最初に顔を合わせたときから清志郎さんの目が笑っていて、それだけで憶えてもらえていたことがわかった。

うれしかった。

忌野清志郎の楽曲はこちら
RCサクセションの楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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