プレイバック・平成映画  vol. 2

Column

平成を彩った映画たち。ジブリに並ぶヒットメーカー・新海 誠と細田 守が監督デビューした【平成11年~20年】を振り返る

平成を彩った映画たち。ジブリに並ぶヒットメーカー・新海 誠と細田 守が監督デビューした【平成11年~20年】を振り返る

30年続いた平成に公開された映画を振り返り、私たちが映画を観る環境の変化もざっとおさらいする3回連続企画の第2回は平成11年(1999年)から平成20年(2008年)までの10年間。”噂だけの世紀末”から”ミレニアム”ブーム、そして新世紀を迎えた激動の10年。日本ではどんな映画がヒットしたのだろうか?

平成11年から平成20年までの興行収入No.1作品(洋画・邦画)

【洋画】
公開年 タイトル
平成11年
(1999)
『アルマゲドン』
平成12年
(2000)
『ミッション:インポッシブル2』
平成13年
(2001)
『A.I.』
平成14年
(2002)
『ハリー・ポッターと賢者の石』
平成15年
(2003)
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
平成16年
(2004)
『ラストサムライ』
平成17年
(2005)
『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』
平成18年
(2006)
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』
平成19年
(2007)
『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』
平成20年
(2008)
『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
【邦画】
公開年 タイトル
平成11年
(1999)
『劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕』
平成12年
(2000)
『劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI』
平成13年
(2001)
『千と千尋の神隠し』
平成14年
(2002)
『猫の恩返し』
平成15年
(2003)
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2  レインボーブリッジを封鎖せよ!』
平成16年
(2004)
『世界の中心で、愛をさけぶ』
平成17年
(2005)
『ハウルの動く城』
平成18年
(2006)
『ゲド戦記』
平成19年
(2007)
『HERO』
平成20年
(2008)
『崖の上のポニョ』

※データはいずれも日本映画製作者連盟が発表したもの

前回でも書いた通り、平成はジブリ映画が驚異的なヒットを飛ばし続けた30年。この10年でも半分はジブリ作品が興行記録の首位になっている。ただ最初の10年と違うのは、日本映画が外国映画よりも人気を集めるようになってきたこと。長らく日本は”洋高邦低”で外国映画が圧倒的なシェアを誇ってきたが、平成に入ってこの比率が逆転。平成10年に『踊る大捜査線 THE MOVIE』が大ヒットし、2作目も爆発的なヒットに。ほかにも『世界の中心で、愛を叫ぶ』『NANA』や『デスノート』など日本映画はヒット作を量産。また、独自の恐怖表現を追求する”Jホラー”と呼ばれる作品群も次々に公開され、アメリカをはじめとする諸外国のホラー映画にも影響を与えた。

『千と千尋の神隠し』© 2001 Studio Ghibli・NDDTM

一方の外国映画は「ハリー・ポッター」シリーズの開始と、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作に代表されるファンタジー映画の隆盛が特筆すべきポイントだ。どちらも人気小説の実写化で、ハリポタは完結するまで全作が大ヒット。『ロード…』は最終作がアカデミー賞で作品賞、監督賞など史上最多の9部門に輝いた。

©2018 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
Harry Potter and Fantastic Beasts Publishing Rights ©J.K.R.

当時の映画事情:シネコン時代の到来

かつては窓口でチケットを買い、自由席を求めて行列をつくって映画を観ていた時代があった。しかし、1993年に日本に登場したシネマコンプレックスは年々、規模を拡大。ネットでチケットが買える、座席は予約して観ることが当たり前になった。同時にこの時期からシネコンに押されて老舗の映画館の閉館や建て替えが相次ぎ始める。なお、日本のスクリーン数はこの時期は右肩上がりで2011年に減少に転じるまで増え続けた。

また、シネコンはひとつの施設に複数のスクリーンがあるため、ヒットしている映画は複数のスクリーンで上映することが可能になり、飛躍的に上映回数を増やすことができるようになった。その反面、公開しても人気のない作品はアッという間に上映回数が減らされてしまうことに。ヒットする映画とそうでない映画の差が広がっていく傾向がハッキリと出てきたのが平成の真ん中の10年だ。

今だからわかる! 平成映画の”チェックポイント”
日本アニメーション映画をけん引する新海 誠と細田 守が監督デビュー、MCU作品のはじまり

令和を迎えようとしている我々が平成の中ごろを振り返ると、気になるポイント、のちの映画界に大きな影響を与えた映画がたくさん存在した。

・平成11年、映画『マトリックス』が公開
キアヌ・リーヴス主演の映画『マトリックス』は観客の度肝を抜く映像と巧みな設定のドラマで大ヒットを記録した。『ジュラシック・パーク』がCG時代の到来を告げる映画だとすれば、『マトリックス』はCGだけでなくデジタル技術全般が映画の表現方法を変えてしまうと予感させた映画だった。本作は最終的に三部作になり、本作を模倣した映画が乱発。ちなみに公開時にはラリーとアンディだった兄弟監督は現在、どちらも性転換してラナとリリーの姉妹に。20年とはそんな出来事が起こっても不思議ではない年月……なのかもしれない。

出典 / amazon.cp.jp

・平成14年、新海 誠が監督デビュー
この年の2月に下北沢の小さな映画館で短編映画『ほしのこえ』が公開される。当時は無名の新海誠監督が独力で制作した25分の作品で、口コミで観客を増やしながら上映を続けた。以降、新海監督は少しずつ制作体制と規模を拡大していき、2016年に『君の名は。』を発表。今夏には最新作『天気の子』が公開の予定だ。

©2016「君の名は。」製作委員会

・平成17年、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』公開
タイトル通り、ヒトラーの最期の12日間を描いた本作は小規模な公開で、作品の評価は高かったが、歴史に残るほどの興行記録を打ち立てたりはしなかった。が、ここ日本では本作の一部のシーンに勝手に字幕をつける遊びが人気に。”総統閣下が○○○○○にお怒りのようです”と題した違法動画が次々にネットにアップされた。当時、映画館にいた観客はまさか、あのシーンがあんな風にアップされるとは予想もしなかっただろう。チクショーめ!

・平成17年、細田 守監督が長編アニメ監督デビュー
当時、東映動画(のちの東映アニメーション)所属だった細田守監督が『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』で長編デビューを果たし、フリーに転身したのが平成17年。翌年に発表した『時をかける少女』がロングランヒットになり、3年後に『サマーウォーズ』を発表。以後、次々にヒット作を飛ばすようになる。

©2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

・平成20年、『インクレディブル・ハルク』『アイアンマン』公開
アメリカでは『アイアンマン』が先の公開で、日本では順序が逆になってしまったが、この年からマーベルは自分たちの抱えるコミックを映画制作者に”貸す”のではなく、自分たちで映画づくりに乗り出した。以後、彼らは周囲の予想を遥かに上回る奇跡的な成功を10余年に渡って続け、ついにこの年から始まった壮大な物語のクライマックスを描くべく『アベンジャーズ/エンドゲーム』を製作。すべてはこの年から始まったのだ。

トップ画像 / ©Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

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