【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 120

Column

CHAGE&ASKA 「木綿のハンカチーフ」と「no no darlin'」にみられる、男女の“往復書簡”という共通点

CHAGE&ASKA 「木綿のハンカチーフ」と「no no darlin'」にみられる、男女の“往復書簡”という共通点

1992年の6月。ASKAは約半年間、ロンドンに滞在する。ほぼ1か月遅れて、CHAGEが合流した。90年リリースの『SEE YA』以来、二度目のロンドン・レコーディングに臨んだのだ。基本部分は、前回を踏襲した。ロンドンでASKAが、キーボード奏者のジェス・ベイリーとプリプロをした。CHAGEは東京で、MULTIMAXの相棒でもある村上啓介と作業していた。その後、渡英した。

ただ今回は、前回と異なることもあった。CHAGEが東京から、食べ慣れたそうめんを持参したのだ。小さいことのようだが、これはデカい。まずは食から体調管理から。チャゲアスのレコーディングとなれば、CHAGEだけの体じゃないのヨ、なのであった。

もうひとつ、忘れてならないのは、CHAGEがバラードを1曲、ジェスとやりたいという希望を持ち、その準備をしたことだ。ロンドン・チームと東京チームの垣根を越えた。通常、彼はプリプロで曲を揃える際、まっさきにバラードを、ということはしてこなかった。今回は先方のスケジュールも鑑み、バラードを優先し、それが「光と影」である(もちろんプリプロの段階ではタイトルなどなく、単に“C-1”と呼んでいた)。

前作の『TREE』あたりから、二人の関係に、新たなバランスが加わった。実に明快なバランスだ。ASKAはこう説明している。

お互い自分の曲に対しての個人的なこだわりみたいなところは、もうあんまりないですよ。
お互いがお互いの曲に注文をつけあっていく作り方になってるから。前回から“チャゲ&飛鳥を作ろう”がテーマですからね。
(『月刊カドカワ』92年12月号)

この話を、CHAGEが語るとこんな言葉になる。

ぼくのメロディ−・ラインと飛鳥のメロディー・ラインは当然違うわけで、そこにコーラスとかヴォーカルが入っていくことによってチャゲ・アスになっていくわけで、ぼくは主旋律を書いた時点で、ここに飛鳥がどんなことやってくるかなっていう楽しみはたくさんありました。
(引用 同上)

実際には先ほどのバラード作品「光と影」について語っている部分だが、おそらく全般的に言えることでもあったろう。

ディスコグラフィ的なことでは、7月に新曲「if」がリリースされている。前回のツアー中にレコーディングされたもので、新曲のオリジナル・シングルとしては「SAY YES」以来1年ぶり。アレンジも同じ十川知司。結果、ミリオン・セラーを記録する。ただ、この事実を周囲が平静に受け止めるくらい、“チャゲアス”という呼称から醸し出されるポピュラリティは、盤石なものになりつつあった。

ロンドン・レコーディングの最初の成果は、10月のシングル「no no darlin’」だ。当初、新作アルバムのタイトル曲である「GUYS」が候補として有力視されたが、ふと気づけば、この曲で意見がまとまっていった。

本当に美味しいものを食べる時、ヒトは“食レポ”風の自己主張などせず、黙々と食べる。それは、“ぜひこの曲をみんなに聴いて欲しい”と、心からそう思う曲が誕生した時も同じかもしれない。“実はこの曲がいいと思ってたんだ”。この、“実は”という想いを、その場にいたアーティストやスタッフ含め、みんなが共有していたことが判明した瞬間、“この曲でいこう!”という方針が、既成事実となっていた。

「no no darlin’」を初めて聴いた時の印象は、“チャートの覇者”であり“ミリオン・ヒット請負人”の彼らにしては、「力、抜けまくってるなぁ〜」、だ。サビに向かって駆け上がると思いきや、逆だ。聴き手の我々に“バトンが渡される”みたいな感覚の曲である。実際、のちにこの曲がライブで演奏されると、みんなで大合唱したものである。

サビのキーがこんなにも低くて、女性が歌えるキーになっていて、なおかつ自分のボーカルがアドリブ的にかぶさっていて、と、初めて試したことが多かった。新しい展開をみせた曲といえます。
(会報「TUG OF C&A」92年11月号)

この曲で有名なエピソードは、そのサビのコーラスに、当時、CHAGE&ASKAのディレクターをしていた女性が参加していることだろう。そもそもこの人は、担当する他のアーティストのガイド・ボーカル(実際にアーティストが歌入れする際、参考になるようオケに入れておく仮の歌)の経験があり、それもあっての指名だった。もちろんここでも、あくまで“仮”だった。しかし、いざ歌ってもらうと、ASKAが曲を作ったとき、頭の中に響いていた声に、限りなく近かったという。そのまま作品に採用されることとなる。

この歌のテーマは「男性の愛の気負いを、女性が上手にさとす」というものであり、サビのコーラス部分は、“さとす担当”だった。その意味でも、彼女の声が、ノンビブラートのクセのないものだったのがイメージ通りだったのだ。ちなみに、AメロからのASKAのボーカルは、この場合、“気負う担当”だ。ダイナミックな節回しだ。二つの対比…。動と静というか、それは曲の意図にぴったりだっのだ。

曲のタイトルだが、Wikipediaに(出典は明示されないまま)このように載っている。[タイトルの「no no darlin’」は、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」の歌詞の一部「いいえ あなた」がモチーフになっているという]。どこかで本人がこう発言しているのかもしれないが、でも確かにこの2作は、男女の往復書簡的な曲構成である点で共通している。

男性のほうが気負っていて、女性はいたって冷静なのも似ている(笑)。松本隆の名作して知られるこの歌詞の一部、しかも、男性の気持ちを女性が切り返す、重要な瞬間に登場する“いいえ あなた”を、(ロンドン・レコーディングだからってわけじゃないだろうけど)英訳して“no no darlin’”にしたのなら、実に洒落ているし、このふたつの作品は同じ系譜のもとでつながっていると言える。

さて次週は、ちょうどこの「no no darlin’」のレコーディングが最終工程のマスタリング作業をしていた時、僕が彼らを訪ね、ビートルズで有名な「アビーロード・スタジオ」を訪ねた時の話をしたい。

文 / 小貫信昭

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