Interview

THE YELLOW MONKEY 19年ぶりのオリジナルアルバムは、再集結からのドキュメンタリー。この時代に音楽を鳴らす意味と最新作に込めた思いを4人にを訊く。

THE YELLOW MONKEY 19年ぶりのオリジナルアルバムは、再集結からのドキュメンタリー。この時代に音楽を鳴らす意味と最新作に込めた思いを4人にを訊く。

THE YELLOW MONKEYが19年ぶりに完成させた9枚目のオリジナルアルバム『9999』は再集結から3年間のドキュメンタリーのような作品だ。2016年の再集結後、初の全国ツアーで唯一の新曲として披露した「ALRIGHT」にはじまり、同年秋からイエローモンキーは「砂の塔」「ロザーナ」「天道虫」といったタイプの違う楽曲を次々にリリースした。それはイエローモンキーというパーツを一つずつ取り戻すような時間だったという。そして、昨年の秋からはバンド初となるロサンゼルスでのレコーディングを慣行。より研ぎ澄ましたガレージ・サウンドへと突き進んだ4人は、ついにこの時代に音楽を鳴らす意味を掴みとることになる。円熟した魅力を放ちながら、ルーキーのような情熱を抱き、十数年ぶりのロックバンドを全力で謳歌するメンバー全員に、今作に至るまでの想いを聞いた。

取材・文 / 秦理絵

この時代にもう一度イエローモンキーが再集結するっていうことがどういうことなのか? それをちゃんと伝えることがいちばん重要だった(吉井)

3年前に再集結と同時にアルバムを発表するっていうやり方もあったと思いますけど、いまようやく完成させたことがイエローモンキーらしいです。

吉井和哉(Vo/Gt) この3年間は筋トレみたいな感じでしたね。ツアーをやったり、大舞台をやったりするなかで、いかに我々がもう一度イエローモンキーにならなきゃいけないかっていうことに必死だったというか。やっぱり簡単にはイエローモンキーになれないんですよ。この時代にもう一度イエローモンキーが再集結するっていうことがどういうことなのか? それをちゃんと伝えることがいちばん重要だったんです。

エマ(菊地英昭/Gt) 解散してるあいだにそれぞれのスキルは上がってはいたけど、一度バラバラにしたものを、もう1回作り上げなきゃいけないっていう状態でしたからね。

そのためにはしっかりライブを重ねていく時間も必要だったと。

エマ やっぱりライブバンドですから。

ヒーセ(廣瀬洋一/Ba) バンドのタイプによるかもしれないですけどね。僕らはインディーズ時代から、曲を作ったらライブでお客さんの反応を見て、また曲を溜めて。そうやって何年もかかってようやくデビューしたんです。だから、これが僕らのやり方なんですよね。

ただ、10年以上のブランクがあるなかで「もう一度イエローモンキーになる」ということは、体力的にも、精神的にも、かなりハードだったんじゃないかと思いますが。

吉井 もう50代だしね(笑)。若いころの残像があるから、ついそれができると思ってやってるけど、そうでもないですからね。

再集結後に公開されたドキュメンタリー映画『オトトキ』のなかでは、そのあたりが赤裸々に明かされていますね。

吉井 再集結が決まったときからドキュメンタリーを撮るっていうのは決めてたんです。時には無様なところを見せるっていう部分もあったと思うんですけど、必要なリアリティのひとつだったんですよね。決してかっこいいところだけではないけど、これを同世代の方とか、その子どもの世代が見てどう思うかっていうのは興味深かった。そういうなかで不幸が起こって、そこで歌が生まれたりして(※再集結後に菊地兄弟の父親が亡くなり、『オトトキ』のテーマソング「Horizon」は、それらの経験をもとにエマが作詞作曲を手がけた)。「SHOW MUST GO ON」っていう言葉は我々のなかにもあるんですよね。

4人でいるだけで安心できるから、多少弱いところを見せてもいいと思えるんです(アニー)

何があってもロックバンドとして進み続けるっていう。

吉井 そのリアリティだけでも十分にロックンロールバンドですよね。

アニー(菊地英二/Dr) 解散前にはそこまで見せられなかったと思うんですよ。でも再集結してからは、4人でいるだけで安心できるから、多少弱いところを見せてもいいと思えるんです。それは20世紀のイエローモンキーと21世紀のイエローモンキーとで全然違うと思いますね。もっとかっこつけてましたから(笑)。もうあそこに戻る必要もないし、いまはリアリティのかっこよさが大事だと思ってる。それは音にも出てますよね。

吉井 まあ、我々は……と言うか、僕は行き当たりばったりだし、器用じゃないしね。いろいろなことを乗り越えたうえでL.A.でのレコーディングをやったし、この3年間にはドラマがあったから。再集結してすぐにアルバムを作らなくて良かったと思いますよ(笑)。

アルバムには、「砂の塔」とか「ロザーナ」っていう日本で制作した曲と、去年の秋からL.A.でレコーディングした曲が交互に収録されてますね。

吉井 わざとこういう順番で入れたんですよ。

ヒーセ 最初は、すでに発表してる曲とL.A.で録った曲がジグザグになるかなと思ったんですけど、そうはならなくて。それはマジックでしたね。もっと言えば、10年経ったら、レコーディングした順番なんて「そう言えば、そうだよね」にしかならないというか。

吉井 作ったことも忘れちゃうよね(笑)。

ヒーセ それは20年後(笑)。

一同 あはははは!

ヒーセ まあ、たぶん初めて聴く人には関係ないことだけど、自分たちのなかでは3年間のドキュメントが違和感なくまとまった感じがしますね。

1曲ずつ体のパーツが戻っていく感覚があったんですよ(吉井)

たとえば「砂の塔」「ロザーナ」「Stars」みたいな、この3年間の前半に発表してきた曲の制作では、どういうことを考えていましたか?

ヒーセ 曲ごとに毎回の達成点があったっていう感じですかね。

吉井 1曲ずつ体のパーツが戻っていく感覚があったんですよ。「砂の塔」は、ちょうど制作のときに菊地兄弟のお父さんが亡くなって、お葬式に行かせていただいたんですよ。そのときに八王子の夜に花火が上がってたんだよね。

アニー 夏でね。

吉井 そのままスタジオに入って制作したから、バンドを組んだときの気持ちが入ったというか、そういうコード感になったんだよね。

エマ アマチュア時代の葛藤してた殺伐とした感じが出てる。

吉井 船山基紀さんという、僕らが大好きな昭和歌謡の名曲を沢山手掛けてらっしゃるアレンジャーの方にストリングスアレンジをしていただいて。昭和歌謡と洋楽的な融合が、再集結後にこんなにスペシャルなかたちでできたっていう喜びがありましたね。

ヒーセ それがその時点でのひとつの答えだったから、すごく達成感があったんです。

アニー で、「砂の塔」を出したあとは、ツアーで自分たちを確認する作業がひと段落して、第二章に突入していったんですね。あのころは、再録のベスト盤を作りながら「ロザーナ」を作ってたから、過去の作品をアップデートするのと同時に、次の東京ドームに向けて、どういう新しいものを出していくかっていうところでしたね。

吉井 イエローモンキーのエディット期だよね、「ロザーナ」は。

エマ そのあとの「Stars」では洋楽っぽいことをやって。いまの日本にまったくない楽曲にチャレンジしたこともよかったと思うんですよ。

吉井 そういう試行錯誤をしていくなかで、去年の夏ぐらいかな。「天道虫」を境に、ようやく手癖でやっていいんだっていう筋肉がついてきたのを感じたんです。

アニー ガクっとシンプルになっていったよね。

ヒーセ 最低限の要素で組み立てていくアレンジに辿り着いたよね。

なるほど。

吉井 「天道虫」のデモは割とソロっぽい作り方をしたんですよね。それまではストーナーロックとかガレージロック的なものって、イエローモンキーではやらなかったけど、出来上がったものがちゃんとイエローモンキーだったんです。あと、自分が好きなイギー・ポップとかクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジが一緒にやってるのを見たりして、グラムロックのなかにあるガレージな部分を抽出したい時期で。そうやってガレージ・ロックを追求していくと、必然的にシンプルにならざるを得なかったし、それをやることでバンドの手癖が生きたし。これはいいぞと思ったんです。

アルバムの後半からL.A.でレコーディングすることになったのは、最初から想定していたんですか?

吉井 いや、急遽です。「天道虫」での作り方をヒントに、次の「この恋のかけら」っていう曲をレコーディングしてるときに、じゃあ、L.A.にメンバーを連れて行ってもいいなって思ったんです。L.A.には僕がソロでやってたときの仲間がいるし、スタジオの状況もわかってるから、絶対に大丈夫だと思ったんですよね。だから「騙されたと思って来てくれ」って言って。

ヒーセ 遡ると、過去にはロンドンとかニューヨークで録ったこともあるし、海外レコーディングのインプットは経験上あったから、それがいまも大事かもなって思いましたね。

そういう流れもあって、L.A.でレコーディングした「Breaking The Hide」とか「Balloon Balloon」「I don’t know」みたいな曲はシンプルなガレージ・ロックになったんですね。

吉井 必要最低限の機材しか持っていかないってルールも決めてましたからね。エンジニアのケニーが裏プロデューサーみたいなものなんですけど、やり慣れた楽器が1本あって、それで全部をやるべきだっていうことを言ってて。どうせ楽器もいっぱい持ってるだろうけど、それを使うと、ろくなことにならないっていうのを知ってたんでしょうね。

アニー 彼の経験値としてね。

ヒーセ ケニーが日本に来てくれて、事前にプリプロできたのも良かったんですよ。

吉井 ケニーが録る音は本当に素晴らしかったね。それがいちばん大事なところじゃないですかね。古いんだけど、ちゃんと新しい音にもならないとダメだなと思ってたから、そこをいちばん重要視してたんです。それはアメリカに行かないと、無理だったと思います。

L.A.に来てるんだけど、中学時代に戻ったみたいな気分でした(笑)(エマ)

エマさんが作曲を手がけた「Breaking The Hide」なんかは、まさにヴィンテージ感と、削ぎ落したグルーヴがめちゃくちゃかっこいいです。

エマ この曲ではたまたまメンバーの知り合いが持ってたフライングVを使ったんですけど、これがマイケル・シェンカーが所有してたもので。それを持ってた人から借りてきたんですよ。部屋で弾くギターとして何かないか?って言ったら、それがきて。しかもシェンカーのサインが入ってて。

吉井 それそのまま使ってね。

エマ 錆びてボロボロの弦が張ってあったんですよ。どう見ても、シェンカーが巻いたよなっていう。それで「俺、このまま録ってみたい」っていう話をして。

吉井 それもガレージの音なんですよね。

エマ エントリーモデルだと思うんですよ。フライングVのなかでも安いやつ。それを古いアンプに突っ込んで、ファズみたいなのを噛まして録ってみたら、すごく良くて。L.A.に来てるんだけど、中学時代に戻ったみたいな気分でした(笑)。

吉井 この曲はエマのギターもすごいいいし、菊地兄弟の血のつながってる感じも出てるし、そこに入るヒーセの感じが堪らんのですよ(笑)。

アニー そこに4人が立ってるように感じるもんね。エマの曲だから、そのデモに忠実に演奏する部分もありつつ、「ヒーセならこう弾くよね」っていう、自分には考えられないフレーズもちゃんと出てて。それは過去のレコーディングにもあったことだけど、ようやく2019年バージョンとして完成することができたなって感じた曲ですね。

L.A.レコーディングは、この4人さえ揃えば、どんなに時間が経ってもイエローモンキーの音になるっていうことを確認しにいくようなものだったのかもしれないですね。

エマ そうですね。音が少ないから、それが本当にわかりやすく出たんですよね。

吉井 本当にファミリー感がある音をしてますからね。

いまはイエローモンキーの4人は家族であるっていう感覚ですか?

吉井 うん、ファミリーですよ、良くも悪くも。

アニー だから良いことばかりじゃないんです(笑)。

吉井 振り返って思うのは……やっぱりロックミュージックとかロックが好きな人だけじゃなくて、いろいろな人にイエローモンキーを聴いてもらいたいし、それでどう思われるかが大事じゃないですか。ロックファンである以前に、ひとりの人間として、その歌をどう思うか?が重要なんですよ。みんな恋もするし、別れもあるし、歳もとるし。っていうことを、この4人の愛ある音で表現するのがイエローモンキーであるっていうことだったと思うんです。それでシンプルな音になったんじゃないかと思いますね、最終的には。

イエローモンキーをきっかけにして、ロックだけじゃなくて、幅広く音楽を聴く第一歩になってほしい気持ちがあるんです(ヒーセ)

いま「いろいろな人に聴いてもらいたい」っていう発言もありましたけど、再集結後のイエローモンキーは、昔からのリスナーだけじゃなくて、過去のイエローモンキーを知らない世代の人たちも巻き込んで広がっていることがすごいことだと思うんですよね。

ヒーセ イエローモンキーは、ずっとそういうふうに手を広げるバンドでいたいなと思うんですよね。音楽って聴く人は聴くけど、聴かない人は聴かないじゃないですか。だから、ふだんは音楽を聴かないような人もイエローモンキーをきっかけにして、ロックだけじゃなくて、幅広く音楽を聴く第一歩になってほしい気持ちがあるんです。

アニー 解散したのに、こんなに良いかたちで活動できるバンドってそんなにいないんじゃないかと思うんですよね。来年以降、また音が変わってくるかもしれないけど、2019年に出す、2018年までのイエローモンキーを今回のアルバムでかたちにできた自負はあるので。これを楽しんでいたらければ幸せだし、肌に合えばうれしいですっていう感じですね。

またツアーも始まりますけど、今後の活動についてはどんなことを考えてますか?

吉井 次の手癖のために、また冒険しなきゃいけないと思ってますね。

その他のTHE YELLOW MONKEYの作品はこちらへ。

『9999』特設サイト
https://tym9999.com/

ライブ情報

THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2019

詳細はこちらへ
http://theyellowmonkeysuper.jp/feature/tyms2019

THE YELLOW MONKEY

吉井和哉、菊地英昭、廣瀬洋一、菊地英二のラインナップで1989年12月から活動。
グラムロックをルーツに持つ独自のグラマラスなスタイルで人気を博し、1992年5月メジャーデビュー。
ライブの動員、CD売上ともに90年代の日本の音楽シーンを代表するロックバンドとなるも、2001年1月8日東京ドームでの公演終了後、活動を休止。
その後も休止状態のまま、2004年に解散。
2016年1月8日、再集結を発表。
22万人を動員した全国アリーナツアーを皮切りに、フェスへの参加や全国ホールツアー、15年ぶりの新曲リリースなど精力的に活動し、大晦日にはNHK紅白歌合戦への初出場を果たす。
2017年5月にはベストアルバムの新録盤をリリース。その後、3ヶ月連続配信リリースや再集結の一年間を追ったドキュメンタリー映画「オトトキ」の公開などを経て、12月に17年ぶりとなる東京ドーム公演を開催。

オフィシャルサイト
http://theyellowmonkey.jp