LIVE SHUTTLE  vol. 342

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井上陽水、出し惜しみのない50周年ツアーで魅せる特定の「時代」に消費されない音楽世界

井上陽水、出し惜しみのない50周年ツアーで魅せる特定の「時代」に消費されない音楽世界

50周年だなんて凄い、凄すぎる。彼が登場した頃といえば、世の中は「フォーク」の時代であり、やがて「ニューミュージック」となり、現在は「J-POP」という呼び名が定着している。でも、どんな世の中であろうとも、井上陽水は特定の「時代」に消費されることなく、アップトゥデイトで在り続けている。作品の世界観と歌声は唯一無二である。さらに最近は、ステージでのユルリとしたトークも絶好調だ。

やっと春らしい気温が戻った4月17日、NHKホールへ向かった。そして定刻。場内が暗転し、これまでの報道・記事をコラージュにした映像がながされる。紗幕が上がり、いよいよ開演だ。

1曲目は「あかずの踏切り」。かつての三鷹駅周辺を描いた歌だが、その踏切も今では立体交差に変わっている。これがオープニングとはシャレてる。“遮断機”は無事あがり、我々は陽水との再会を果たす。

山木秀夫(D)、美久月千晴(B)、長田進(G)、今堀恒雄(G)、小島良喜(KEY)から成るバンドは、いきなり呻りをあげている。凄いパワー。凄いキレ。鉄壁な5人衆に加え、コーラスに稲泉りんと佐々木詩織が加わり、陽水を盛り立てる。

 

先ほども触れたが、ここ最近の傾向として、彼のMCも注目されている。いや注目というか、人気がある。ちなみにこの日の第一声は、「みなさん、お揃いのようで」、というものだった。井上陽水のMCの場合、“この日のために、わざわざ用意してきた感”がまったくないのが特徴であり、道でばったり出くわして、向こうが気さくに話し始めた、みたいな雰囲気なのである。

僕が観たのは東京の桜も散り、やがて葉桜に、みたいな時期だった。そんなことも、彼は話題にした。でも、その桜に己の来し方行く末、人生の儚さ等々を重ね合せて、50周年の感動秘話へ、なんてことにはならず、途中から雲行きが変わり、カジュアルだった語調に、突然、畏まった言い回しが混ざり込み、なんとも言えない間合いを醸し出して、会場が湧く。以下、そのあとのMCも、すべからく、こんな調子で湧かせたものだった。さらに、時には爆笑。

巡る季節にジャストな気分で聴けたのが、「5月の別れ」だ。“木々の若葉は強がり”という表現が、何度聴いてもステキである。「海へ来なさい」を歌う前に、この歌は“自分に初めて子供が出来きた時のもの”であることを語った。それがあったからこそ、より観客の胸に響いたのではなかろうか。“~なさい”が、親から子への願いであることを知れば、いっそう、味わい深いのだ。バンドの演奏は、気づけば見事な奥行きを響かすものへと変化していた。

今回のツアーは「50周年記念ライブツアー『光陰矢の如し』~少年老い易く 学成り難し~」という長いタイトルだが、彼がアンドレ・カンドレの名で「カンドレ・マンドレ」(ややこしいです)でデビューしたのが1969年で、そこから数えての50周年なのだ。

15分の休憩を挟んでの後半は、記念すべきデビュー曲を皮切りに、珠玉の名曲を7曲メドレーで披露するコーナーもあった。「カンドレ・マンドレ」を聴きつつ、そもそも井上陽水…、いや、アンドレ・カンドレの登場は、世間にどう受け止められたのかが知りたくなった。ちょうど手元に、デビューした年の『新譜ジャーナル』という雑誌の記事がある。短く紹介する。

“アンドレ・カンドレというれっきとした日本人男性歌手”とあるので、この名前は当時も周囲に謎を与えたようだ。さらに“アングラソングそのものだが、内容が面白い”と評され、“ヒット性あり”、とも紹介されている。

その後、1972年に井上陽水として再デビューした彼なのだが、これらの論評は、その後の姿を予言してなくもない。アングラ(アンダーグラウンド)なのにヒット性ありというアンビバレンスは、彼のひとつの武器となり、魅力となっていったのだから…。

さて、メドレーは続く。オリジナルとは別に、さらなる意匠をこらしたアレンジもある。しかしイントロが鳴れば、出だしからソラで歌える作品ばかりだ。アクセル踏み込む「飾りじゃないのよ 涙は」。粘膜質な気分になる「とまどうペリカン」。スティーリー・ダンのような理知的なグルーブの「リバーサイド ホテル」。ニュース番組のテーマということもあり、他の作品とは一線を画する言葉のドキュメント性が冴える「最後のニュース」…。

そういえば陽水は、コンサートのはじめのほうで「今日はみなさんご存知の曲を出来るだけ沢山…」と話していた。まさにその言葉に偽りナシのセット・リストだと言えた。

「少年時代」を歌う前に、この作品には“多少のデタラメ”が含まれると説明し、これは意外に思った。そういうことから、もっとも遠そうなのが、この曲だと思ったからだ。でも、もしやその部分は、“風あざみ”、“宵かがり”といった、聴いた人間が様々なイマジネーションをかき立てられる部分を指していたのかもしれない。

最近のステージではお馴染みの「夜のバス」は、この日、特に感動した名唱・名演だった。窓の外は閉ざされた闇。そのなかを、自分ひとりだけ乗せたバスが、すべてを振り払うよう進んでいく。この歌を聴くと、ある“感覚”が呼び覚まされる。それは誰もが経験したことのあるもので、孤独と混沌と寂寞が、混ざり合ったようなものだ。

「氷の世界」では、じっくり腰を据え聴き入っていた観客が、いっせいに立ち上がり、体を揺らす。陽水が吹くブルースハープが加わると、さらに音楽が肉体的になっていき、より一層、熱狂が高まった。

既に数多くの名曲が披露されたが、そういえばあの曲はまだ…。ご安心を。アンコールに用意されていた。「夢の中へ」と「傘がない」。“これは既に、皆様の歌です”とばかり、観客に委ねることも可能な2曲を、きっちりオリジネイターの沽券にかけ、歌い切る。

“フォークの名曲”として紹介される「傘がない」だが、実は後半に行くに従い、どんどんロック的なスケールを増していく。バンドの技量も相まって、まさにパッションを絞りに絞り出し、正真正銘、文句ナシの大団円を迎えた。

今回のツアー・タイトルには『光陰矢の如し』の文字があるが、それはセットリストにも言えるだろう。オープニングからアンコールまで、まさにあっという間で“矢の如し”、なのだった。

取材・文 / 小貫信昭 撮影 / 有賀幹夫

50周年記念ライブツアー
『光陰矢の如し』~少年老い易く 学成り難し~
2019.4.17@ NHKホール SET LIST

01.あかずの踏切り
02.アジアの純真
03.Make-up Shadow
04.東へ西へ
05.5月の別れ
06.新しいラプソディー
07.瞬き
08.海へ来なさい
09.いっそ セレナーデ
10.帰れない二人
11.女神
12.メドレー(カンドレ・マンドレ、闇夜の国から、ダンスはうまく踊れない、飾りじゃないのよ 涙は、とまどうペリカン、ワインレッドの心、ジェラシー)
13.少年時代
14.リバーサイド ホテル
15.最後のニュース
16.夜のバス
17.氷の世界
<アンコール>
18.御免
19.夢の中へ
20.傘がない

50周年記念ライブツアー
『光陰矢の如し』~少年老い易く 学成り難し~

4/26(金)岩手県民会館
4/27(土)八戸市公会堂
5/8(水) 大阪フェスティバルホール
5/9(木) 大阪フェスティバルホール
5/16(木)福岡サンパレスホテル&ホール
5/18(土)市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)
5/19(日)鹿児島市民文化ホール第一
5/23(木)東京国際フォーラム ホールA
5/24(金)東京国際フォーラム ホールA
5/31(金)松山市民会館・大ホール
6/1(土) 岡山市民会館
6/8(土)仙台サンプラザホール
6/9(日) やまぎんホール(山形県県民会館)
6/14(金)よこすか芸術劇場
6/20(木)神戸国際会館こくさいホール
6/22(土)富山オーバード・ホール
6/28(金)福井フェニックス・プラザ
6/30(日)鳥取とりぎん文化会館

井上陽水

オフィシャルサイト
https://yosui.jp/

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