Interview

「2.5次元の演技こそ、より人間にならなくてはいけない」吉谷光太郎(演出家・脚本家)×横川良明(ライター)2.5次元対談 後編

「2.5次元の演技こそ、より人間にならなくてはいけない」吉谷光太郎(演出家・脚本家)×横川良明(ライター)2.5次元対談 後編

製作側と取材側という、それぞれ異なる立場から2.5次元舞台について語り合う本対談。後編は、2.5次元に出演する俳優たちと、2.5次元のこれからについて、演出家・脚本家の吉谷光太郎とライターの横川良明がそれぞれの意見を交換する。

構成 / 横川良明 撮影 / 冨田望

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「“再現”が脚本や演出の主軸ではない」吉谷光太郎(演出家・脚本家)×横川良明(ライター)2.5次元対談 前編

「“再現”が脚本や演出の主軸ではない」吉谷光太郎(演出家・脚本家)×横川良明(ライター)2.5次元対談 前編

2019.05.05

いい役者ほど、健全な危機感を持っている

横川 ではここからは俳優について話をしていきたいと思います。まずは現場を共にする演出家の目から見た俳優への評価をお聞きしたいです。

吉谷 彼らが一番卓越しているなと思うのは、瞬発力。求められているものを瞬時に理解し、それに合わせて修正する力は抜きん出ていると思います。その能力が優れているのは、やっぱりやり続けているから。あれだけたくさんの本数の舞台出演を重ねることが彼らの一番の武器なんじゃないかと。

横川 人気のある俳優さんなら1ヶ月に1本は何かしらの舞台に出ているのも珍しくない。あの出演本数は、広く舞台俳優という括りで見てもすごいと思います。

吉谷 しかも彼らが出演する舞台は多岐に渡っていて、本人のパーソナリティよりも、まずはビジュアルの相似性が決め手。だから、実際の本人のキャラクターと役との距離が遠いこともあるし、振り幅も非常に大きい。そのキャラクターのバラエティ感が2.5次元に携わる俳優の特色です。
すぐにできることではないですからね、自分じゃないキャラクターを自分のものにすることって。見た目だって身長は同じでも、筋肉質な役なら少しでもビジュアルに近づけるよう肉体改造していかなければいけない。そういう経験を年に何本と積み重ねていくわけですから、それは鍛えられるし上手くなる。そこが彼らの強みだし、得がたい経験になっていると思います。

横川 一方で、原作に寄せるといったプロセスから、彼らの演技を「モノマネ」と悪意的にとる人もいます。そういう声について吉谷さんはどう思いますか?

吉谷 正直に言えば、そう思われるのは致し方ない部分もあるのかなと思っています。実際、前編で話した通り、声質だけを真似るなら、それはやっぱりモノマネだし、そんなふうに誤解している役者も新人のうちは特に多い。そこは、僕たちがやっていく中で覆していかなければいけない部分なのかなと。

横川 だとすると、吉谷さんから見たときに本当にいいと思える役者は、2.5次元的な演技とそうじゃない演技の違いをどう捉えているのでしょう?

吉谷 突きつめて言えば差はないです。むしろいい役者ほど、より人間にならないといけないという危機感を持ってやっていると思いますよ。

横川 より人間にならないといけない。

吉谷 たとえば2.5次元舞台の多くが、髪の色が奇抜だったり、ファンタジー的なビジュアルだったりします。でも、たとえ設定がファンタジーでも、その多くが中身は誰しもが共感できる人間ドラマ。ちゃんと俳優自身が自分の演技で濃密な人間ドラマにしていかないと、ビジュアルのパワーに負けてしまう。僕はそれが嫌なんですね。

横川 見た目がリアルじゃないからこそ、中身までコミック的に演じてしまってはいけないと。

吉谷 突きつめていくと、2.5次元舞台をたくさんやっている人ほど2.5次元という言葉を使わなくなっている気がします。俳優である以上、いろんなジャンルをやりたいし、いろんな役を演じたいのは自然な本能。でも、2.5次元に出続けることって、それと逆行することもあるんですよね。だからたくさん舞台をやっている人ほど、その危機感を強く抱いているし、むしろその危機感こそが彼らを強くしている。 「モノマネ」といった偏見を持たれていることは知っているし、それに抗ってもいるし、寄り添ってもいる。その振り幅こそが役者としてのいい悩みだし、この先の目標になる。どうすれば自分たちのやっていることと世間からの目のギャップを埋めていけるのか。自分の理想は果たして何なのか。悩み考えていくことが知らず知らずのうちに彼らの人間形成に寄与しているし、役者としての力になっているんじゃないかなと。

横川 非常に健全な危機感であって、むしろその危機感を抱いていない方が危機なんですね。

吉谷 そして恐らく、総じてそういう危機感を抱いていない、と世間からは思われている(笑)。でもそれは誤解ですよ。キャーキャー言われている人ほど、その怖さを知っている。キャラクターは年をとらないけど、自分は年をとるということを、彼らは知っていますから。

横川 だからこそ彼らは磨かれるし、美しく輝くんだという気がしました。

吉谷 そこが、僕も含めた、今、2.5次元に関わっている人間の武器だし、誇りなんです。

ちゃんと違和感を持って試行錯誤するプロセスが役者には重要

横川 2.5次元で活躍のたくさんの俳優さんとお仕事をされていると思いますが、彼らがいいなと思うのはどんなところでしょう?

吉谷 今話した危機感を持っていることもそうだし、決して現状に満足していない。貪欲なんですね。そして、みんな自分のやっていることに対して客観的に振り返れる目を持っている。そこが彼らのすごいところです。
たとえば芝居をやっていて、何か違和感があったとします。そしたら彼らは必ずちゃんと僕に言ってくる。もちろん妥協している人間なんてひとりもいませんよ。でも、その違和感に気づかず通り過ぎてしまう人はいる。ちゃんと違和感をキャッチできるアンテナを持っているかどうかが、いずれ大きな差になっていくんです。

横川 歌えるとか踊れるとかっていう技術の話ではないんですね。

吉谷 結局、物語ってキャラクターの葛藤なので。だから、演じる役者にとっても、ちゃんと試行錯誤して、自分の中で整頓していくプロセスは重要。その葛藤をキャラクターの葛藤に持ってこられる人ほど強いし、そういう役者がもっと増えたらいいですね。

演劇の制限の中で遊んでいる舞台ほど面白い

横川 では最後にいい2.5次元舞台って何だろうという話をしていきたいです。吉谷さんはどんな作品がいい2.5次元舞台だと思いますか?

吉谷 やっぱり「再現」じゃない、ということが一番に来るのかもしれません。舞台には、生身の人間がいる。それはプラスでもありマイナスでもあるんですよね。

横川 と言うのは?

吉谷 人間は空を飛べないし瞬間移動もできない。そして、舞台は定められた画角があって、それを変えることもできない。だから単純に再現しようとしたら破綻しちゃうんですよ。 漫画のページを1枚めくるのと舞台で行われていることは、作業工程からしてまるで違う。それを理解し、どう見せていくかが舞台化の意義。そこにどれだけ演劇的な面白さを注ぎこめるかが重要なファクターなのかなという気がします。

横川 お話を聞いていて思ったんですけど、僕が観ていて胸が騒ぐのは、演劇にはたくさんの制限があって、絶対できないことが山ほどある。その制限を上手く遊んでいる舞台は面白いし、その制限に無自覚な舞台ほどつまらないと思うのかもしれません。

吉谷 物理的な事情を言い訳にしないことですよね。人間は飛べないということをわかった上で、いかにそれを見せる努力をするか。

横川 それこそ「文豪とアルケミスト」の終盤に蜘蛛の糸のシーンがありましたよね。あれなんてそこだけ切り取ってしまえば滑稽な画かもしれない。でも、2時間の物語の積み重ねの中で観ると、めちゃくちゃ感動する。そういう演劇の力を信用している演出家と、信用していない演出家がいる気がします。

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