モリコメンド 一本釣り  vol. 117

Column

姫乃たま 地下アイドルを経て発表された、傑作アルバムから溢れ出るポップセンス

姫乃たま 地下アイドルを経て発表された、傑作アルバムから溢れ出るポップセンス

2009年、16才のときに地下アイドルとして活動をスタートさせた姫乃たま。地下アイドルの定義は、「定期的にライブ活動をしていて、チェキというポラロイド写真を販売している女の子」。そこから派生して彼女は、DJ、モデルとしても活躍。さらに文筆業でも才能を発揮し、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)、『潜行〜地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)、『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)などがある。アイドルシーンはもちろん、音楽、マンガなどを含むサブカルチャー全般に造詣が深く、分析力、文章力を併せ持ったライターとして高い評価を得ている。音楽活動では作詞と歌唱を手がけ、『First Order』『僕とジョルジュ』などの作品を発表。つまり姫乃たまは、地下アイドルを標榜し、そのシーンにしっかり軸足を置きながらも、幅広いカルチャーを俯瞰しつつ自ら発信できる才女なのだ(と筆者は思っています)。

ところが彼女は2018年8月、noteに「2018年8月18日 パノラマ街道まっしぐら(地下アイドル卒業と記念公演のお知らせ)」という文章を突如として発表。2019年4月30日に開催される(た)ワンマンライブ「パノラマ街道まっしぐら」(渋谷区文化総合センター大和田さくらホール)をもって、地下アイドルの看板を下ろすことを告げた。その理由の一つは彼女自身が「地下アイドル」の定義に当てはまらなくなってしまった(と感じた)こと。さらに……このあたりのことはいくつかのメディアでも語られているので興味のある人はチェックしてみてほしい。ここで紹介したいのは、4月30日の“地下アイドル10周年記念”ワンマンの前にリリースされたアルバム『パノラマ街道まっしぐら』。これがもう、掛け値なしの大傑作なのだ。このアルバムを送ってくれたエディターに「これは2019年の日本のポップス、暫定1位ですね」と返信したのだが、その言葉に嘘はない。

幼い頃から父親(80年代〜90年代にかけて活動したバンド”ASYLUM”のベーシスト、有賀正幸氏)の影響でザ・ビートルズやクイーンなどを聴いていた姫乃は、その後、日本語のヒップホップに傾倒。さらに渋谷系、アニソンからノイズ・ミュージックまで様々な音楽に触れてきたという。これまでの作品からも、一筋縄ではいかないポップセンスを発揮してきた彼女だが、それがもっとも美しいバランスで結実したのが『パノラマ街道まっしぐら』なのだと思う。

このアルバムについて彼女は「アルバム『パノラマ街道まっしぐら』は、地下アイドルとして最後の日々を過ごす私が、地下アイドルではなくなった未来を掴もうとする過程で出来上がった音源です。」「すべての曲がばらばらで全く異なる形をしていますが、いまここに生きている未完成な自分を受け入れながら、それでもどこかへ向かっていこうとするテーマは共通しています。」と記している。その結果として本作は、地下アイドルでもなければアーティストでもない、2018年夏から2019年春までの“姫乃たま”がリアルに映り込んだ作品となった。

ここ強調したいのが、このアルバムが作られた背景や過程を知らず、まったく素の状態で聴いたとしても、“優れた音楽性とぶっちぎりの個性を兼ね備えたポップスアルバム”として思いきり楽しめるということだ。

姫乃の盟友とも言える町あかりの作詞・作曲による自己紹介ソング「長所はスーパーネガティブ!」、これまでの姫乃の音楽活動を支えてきた入江陽、STXとのコラボレーションによるエレクトロ・ポップス「猫の世界はミラーボール」で始まる本作。個人的にもっともツボだったのは、80年代AOR〜10年代のネオ・シティポップを有機的につなぐ穏やかな夜のラブソング「深度は秘密のハイウエイ」(作詞:姫乃たま 作曲・編曲:君島大空)、そして、現代音楽とドラムンベース、エレクトロニカなどが融合したトラックメイクと浮遊感のあるメロディ、“身体が離れていく/心は歌う くりかえし”という歌詞がひとつになった「いつくしい日々」(作詞:姫乃たま・長谷川白紙 作曲・編曲:長谷川白紙)。大注目の気鋭のクリエイターとともに作れたこの2曲は、アカデミックな音楽性と生々しい大衆性を融合させた本作の白眉と言っていいだろう。
そのほか直江政広(カーネーション)が作曲・編曲を手がけた80’sニューウエイブ直系の表題曲「パノラマ街道まっしぐら」、現在の彼女の状況、心境と直結するような「卒業式では泣かなかった」など、まさに名曲ぞろいの本作。彼女自身が語ってるように“地下アイドルを卒業→アーティストに転身”という単純な話ではないことはわかっているが、このアルバムを聴いてしまったら、どうしても「新しい姫乃たまの音楽を作ってほしい」と思っています。優れたアーティストとつながり、質の高さと濃密な個性を絶妙のバランスで共有させたポップスに結びつける——媒介としての彼女のセンスは本当に貴重だと思う。

文 / 森朋之

その他の姫乃たまの作品はこちらへ。

オフィシャルサイト
http://himenotama.com

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