Interview

橋本真一、山本一慶が踏み出す“夜明け”。舞台『メサイア -黎明乃刻-』がついに刻シリーズ完結へ!

橋本真一、山本一慶が踏み出す“夜明け”。舞台『メサイア -黎明乃刻-』がついに刻シリーズ完結へ!

ついにこのふたりが中心に立つ日がやってきた。熾烈な国家間戦争に身を捧げた闇のスパイ集団――サクラ候補生たちによる死闘と友情を描き続けてきた舞台『メサイア』。これまで数多くのサクラ候補生たちが苛酷な戦いを経て、たった一人の救い人である“メサイア”と絆を育み、困難を乗り越えてきた。
そして今、新たな試練に立ち向かうのが、小暮洵(橋本真一)、雛森千寿(山本一慶)のふたりだ。前作『メサイア トワイライト -黄昏の荒野-』で北方連合の手に堕ちた小暮。そして、かつてのメサイア・園之人(村上幸平)の影がつきまとう雛森。いくつもの謎と苦悩を抱えたふたりは、最新作『メサイア -黎明乃刻-』でどんな“夜明け”を見るのだろうか。

取材・文 / 横川良明 撮影 / 冨田望


トラウマを抱えた雛森を支えてくれたのが、小暮だった

いよいよ小暮と雛森が物語の中心に立つときがやってきました。今の率直な気持ちを聞かせてください。

橋本 初めてメサイアコートを着たときからずっとこの日を夢見てきたし、いつかこのふたりでセンターを挟んで舞台に立つことがモチベーションにもなっていたので、今はいよいよこのときが来たかという気持ちですね。 僕としては、この公演できちんと小暮の想いを昇華させたいと思っています。それができるのは、演じる僕だけ。脚本の毛利(亘宏)さんや演出の西森(英行)さん、そして隣にいる雛森の支えはもちろんありますけど、僕だけなんです。だから、不安もありますけど、それ以上に気持ちの面では前のめりというか、すでに臨戦態勢に入っています。

山本 このふたりに関しては、舞台上で描かれていないことが多くて。きっとお客さんも小暮と雛森がどういう過去を背負って、なぜ“メサイア”として関係を築くことになったのか探っているところだと思うんですよ。そんなふうに自分の中で妄想を膨らませられるのが『メサイア』の楽しいところ。僕も真一と話し合いながら、ここまで演じてきました。その答えがついに明かされるということで。答え合わせじゃないですけど、どういう真実が待っているのか僕ら自身もドキドキしています。

前作で、北方連合に拘束された小暮は、記憶を抹消され、敵国側の人間となってしまいました。この展開を橋本さんはどう受け止めていたんでしょう?

橋本 こうなることを予想していたわけではないんですけど、実はあまり驚きはなくて。と言うのも、これまで小暮はずっと自分の存在意義について苦しめられていて、マイナスなエネルギーが募っていた。それがこういう方向性で現れたかという意味では、驚きというよりむしろ納得の方が大きかったんです。
ひとつ驚きだったのは、北方に行くことが自分の意志ではなかったこと。第三者に操作された結果というのは少し驚きでした。

一方、雛森に関してはユキ(園之人:かつての雛森のメサイア。現在は北方連合の工作員)の存在が深い影を落としています。

山本 ユキの存在については、まだ語られていないことが多い分、みなさんもいろいろ考察していると思うんですけど、僕が考えるに、ヒナにとってのユキはトラウマの象徴。過去にユキを失ったヒナはすごく大きな喪失感を抱えていて。だからヒナは“メサイア”という言葉そのものに深いトラウマを負っている。
そんな雛森を支えてくれたのが、新しいメサイアである小暮。自分のことを必要としてくれる人がいるという安心感は、傷ついた精神を保つ拠り所だったと思うんですよ。
でもお客さんの感想を見ていると、いろんな捉え方があって。雛森の立ち位置って複雑で難しい分、お客さんそれぞれにそれぞれの答えがあるんです。それがなんだかその人の恋愛観のようなものを反映している気がして、楽しみながら読ませてもらいました。

どういう声をご覧になったんですか?

山本 ヒナはユキに執着している感じがすると。

それは僕も思いました。非常にユキのウェイトが大きいんだろうなと。

山本 もちろん囚われているところはありますけど、でもそれは恐怖からであって。ヒナは過去が怖いんです。自分の過去を受け止めることを拒絶するがゆえに、逆にユキから逃れられなくなっている。だから決してユキは支えにはならない。雛森の支えは、小暮なんです。

雛森の「死ぬな」という言葉を、ないものにしたくなかった

前作の『トワイライト』では、かつて任務中にメサイアを失った雛森が、小暮という新しいメサイアで再び同じ状況を経験しているようなところがありました。

山本 相当怖いですよね。僕だったらとても立ち向かうことなんてできない。でも、雛森は逃げずに何とか小暮を助けようとした。それは単純に小暮のことが大切だからだと思うんです。ユキのときのトラウマもあるだろうけど、それ以上に小暮のことを大切に想っているからこそ、雛森は小暮を助けたいんだと思います。

面白いですね。僕は、小暮視点から見れば、ある種、どこかユキの肩越しに自分を見られているようなところがある気がして。小暮にとっての『メサイア』はアイデンティティの物語でもあるので、もし雛森にとっての小暮がユキのスペアのようなところがあるのだとしたら、それはとても辛いことだと感じていました。

橋本 そこで言うと、小暮自身はまだ雛森とユキと過去にあるものを知らないんですよね。前作で初めて直接ふたりのやりとりを聞くことになりましたけど、そのときはもう人格が北方連合の人間として書き換えられた後だったから、またちょっと意味が違うし。小暮自身は、純粋に雛森を想っているし、光にしているし、支えにしている。
もし次回、小暮が本来の人格で雛森とユキの関係性を知ったらどうなるかは、まだわかりません。ただ、僕としては、ユキとのことは一切関係なく、小暮は雛森の存在によって救われた。小暮にとって、それぐらい雛森は大きいものなんじゃないかと。
実は、前作の『トワイライト』で台詞をひとつ変えさせてもらったところがあるんですよ。

それはどこですか?

橋本 乗っていた飛行機を墜とされて、重傷を負った小暮に対し、穂波(葉礼)が「そんな身体で戦うなんて無駄死にするつもりか」って言うんですけど、最初の台本ではそれに対して小暮は「僕なんて死んでもいい人間だから」というような言葉を返すんです。
でも僕はその台詞にどうしても違和感があって。なぜかと言うと、その前の『月詠乃刻』で、小暮は雛森から「死ぬな」と言ってもらった。あの言葉は、小暮としても、僕としても、すごく大きくて。一慶と対面で芝居をして、あの「死ぬな」という台詞が僕の心に刺さったという事実は絶対にある。それをなかったことにはどうしてもしたくなくて、それでここの台詞は雛森を想っての言葉にしたいなと思ったんです。

それで、西森さんに相談を?

橋本 そうですね。そしたら西森さんが「自分で考えていいよ」とおっしゃってくださったので、いろいろ考えた末に「無駄死にするつもりはありません。死ぬなと言ってくれた人がいるから」に変えさせてもらいました。

山本 僕はそのときまだ稽古に合流できていなくて。台詞を変えたことは、後から真一に聞かせてもらって初めて知ったんですよ。僕はそれを聞いて正解だと思ったし、この一言があるだけで、今まで舞台上で描かれていない裏側に僕らのストーリーが存在していたんだということを見せることができた。「真一、いいところにいい台詞を入れてくれたな~!」っていう気持ちです(笑)。

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