平成のゲーム 30年間の軌跡  vol. 1

Review

【平成元年~10年】現在につながるゲームシーンの基盤を作った10年間

【平成元年~10年】現在につながるゲームシーンの基盤を作った10年間

約30年続いた“平成”が終わりを迎え、新元号は“令和”となった。地球の歴史、もっと言えば宇宙の広がりに比べれば、人類の歩みはおろか直近の30年間などほんの一瞬にすぎないわけだが、私たちはその一瞬にもそれまでの地球の歴史や宇宙を内包し、ときには未来をも描くような、想像力を糧とするエンタテインメント作品を数多く生み出して、人類にとって欠かせない文化的財産を育んできた。そんな財産のひとつである“ゲーム”(ビデオゲーム)は、この30年で飛躍的な進化を遂げ、いまもその勢いは留まるところを知らない。本記事は、平成30年間のゲームシーンをひとつの流れとして読み解く全4回。1回目となる今回は、平成元年(1989年)から平成10年(1998年)までを振り返っていく。なお、個人や世代によってゲームシーンとの関わりはさまざまあると承知したうえで、時系列での掲載をご理解いただきたい。また、数字的データの記載は敢えて避け、肌感覚としての歴史を述べていきたく、資料としての記事ではない点もあらかじめご了承いただきたい。

文・構成 / wodnet、エンタメステーション編集部


平成元年(1989年) -その“少年”は現れた-

平成の始まりとは、すなわち昭和の終わり。昭和天皇が崩御され、日本全国が喪に服したことを皆さんは覚えているだろうか。商店街や歓楽街はネオンなどを灯すことを自粛し、一見すると全店休業中の様相で、一歩店内に入れば通常どおり営業している光景が日本中にあった。人目のつくところで楽しんだり遊んだりしてはいけない。そんなムードが世間を包んだが、家のなかでなら気にせずゲームに興ずることができる。平成になって間もなくのゲームは昭和の象徴の喪失感を抱えた当時の人々に、こんな形で寄り添ってくれていたのかもしれない。
さて、そんな平成元年(1989年)は、日本で消費税(3%)が導入された年。玩具ではミニ四駆ブームが巻き起こった。海外ではアメリカの大統領にブッシュ氏が就任し、ベルリンの壁が崩壊して米ソ冷戦が終結した。この年の4月に登場したゲーム機が任天堂のゲームボーイだ。

▲ゲームボーイ。ROMカートリッジを取り替えることで別のゲームソフトが遊べる携帯ゲーム機は、ゲームポケコン(エポック社)についで2機種目

このゲームボーイは爆発的に普及した。『テトリス』(任天堂)、『スーパーマリオランド』(任天堂)、『役満』(任天堂)、『魔界塔士Sa・Ga』(スクウェア 当時/現スクウェア・エニックス 以下同)など、専用ソフトのミリオンセラーからもそれをうかがい知ることができる。

▲『スーパーマリオランド』(任天堂)。世界中に知られる『スーパーマリオブラザーズ』シリーズのひとつ。伝統の横スクロールアクションに加え、潜水艦や飛行機に搭乗するシューティングも楽しめる

いまでこそ当たり前となった“ゲームを外に持ち出す”という慣習は、日本ではこの年のゲームボーイの登場で根付き始めたと言っても過言ではないだろう。

<平成元年(1989年)>

【時代の出来事】
ソウル・オリンピック開催、NHKが衛星第1・第2放送を開始、横浜ベイブリッジ開通、第1回東京モーターショー、金融機関が週休二日制、美空ひばりさん死去、手塚治虫さん死去、一杯のかけそば、小説『ノルウェーの森』、小説『キッチン』、映画『インディー・ジョーンズ/最後の聖戦』、映画『ダイ・ハード』、映画『バットマン』、映画『ブラック・レイン』、映画『リトル・マーメイド』、映画『魔女の宅急便』、映画『座頭市』、映画『ガンヘッド』、映画『機動警察パトレイバー the Movie』、ドラマ『愛しあってるかい!』、ドラマ『同・級・生』、アニメ『ドラゴンボールZ』、アニメ『笑ゥせぇるすまん』、アニメ『魔動王グランゾート』、アニメ『ドラゴンクエスト』、アニメ『アイドル伝説えり子』、漫画『ドラゴンクエスト –ダイの大冒険–』、漫画『電影少女』、漫画『はじめの一歩』、漫画『ベルセルク』

【発売されたおもなゲーム】
『R-TYPE Ⅱ』、『天地を喰らう』、『エリア88』、『ストライダー飛竜』、『ワルキューレの伝説』、『シムシティ』、『提督の決断』、『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』、『ポピュラス』、『Xak(サーク)』、『MOTHER』、『ファミコンジャンプ英雄列伝』、『ダウンタウン熱血物語』、『スーパーチャイニーズ2』、『ファイヤープロレスリング』、『クォース』、『ガンヘッド』、『ファイナルファイト』、『天外魔境 ZIRIA』


平成2年(1990年) -“ゲームを持ち運ぶ”が当たり前に-

前年のゲームボーイに続き、セガ(当時/現セガゲームス 以下同)がこの年の10月に発売した携帯ゲーム機がゲームギアだ。

▲ゲームギア。日本産では初めてとなるカラー液晶の携帯ゲーム機。別売りされていたTVチューナーを取り付けることで、アナログTV放送を受信することもできた

12月には、NECホームエレクトロニクスもPCエンジンGTを発売。据置型ゲーム機(PCエンジン)と互換性がある世界初の携帯ゲーム機だった。

▲PCエンジンGT。一部のタイトルを除き、ほとんどのPCエンジン専用ソフト(HuCARD)が使えた

こうした各社の携帯ゲーム機投入がゲーム市場を活気づかせるなか、任天堂は据置型ゲーム機のスーパーファミコンを11月に発売した。スタイリッシュな灰色のボディに差し替え可能なコントローラーなど、当時のゲームファンにとって、この未来ガジェット感のインパクトは絶大だった。

▲スーパーファミコン。ファミコン同様の十字キーに加え、ボタンがA・B・X・Y・L・Rと6つに増え、プレイの幅が格段に広がった

この年、『ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち』(エニックス 当時/現スクウェア・エニックス 以下同)や『ファイナルファンタジーⅢ』(スクウェア)がミリオンセラーとなるなど、まだファミリーコンピュータが活躍している最中に後継機が登場し、当時のゲームシーンを沸かせた。同時発売だった『スーパーマリオワールド』(任天堂)もミリオンセラーとなり、圧倒的な人気を誇った。

▲『スーパーマリオワールド』(任天堂)。『スーパーマリオブラザーズ』シリーズの4作目。恐竜のヨッシーに乗ることでアクションの幅がますます広がった

また、この年はアーケードのゲームシーンにも大きな動きがあった。「100メガショック!」でお馴染みのネオジオ(SNK)が、まずは業務用としてゲームセンターに登場した。

▲業務用ネオジオ。本機で採用されたMulti Video System(MVS)は、複数のゲームタイトルの基板をひとつの筐体に入れることが可能で、差し替えの手間なくゲームを選択して遊ぶことができた。また、ネオジオレンタルシステムとして、家庭用のADOVANCED ENTERTAINMENT SYSTEM(AES)とメモリーカードによる互換プレイが可能だった

平成2年と言えば、日本ではバブル経済が破綻して株価の暴落が収まらなかった年だが、そんな年とは思えないほどゲームシーンは拡大し、にぎわいを見せていた。

<平成2年(1990年)>

【時代の出来事】
F1グランプリで鈴木亜久里選手が3位入賞、秋山豊寛さん日本人初の宇宙飛行、第1回大学入試センター試験、ポール・マッカートニー初来日、ローリング・ストーンズ初来日、おやじギャル、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』、映画『トータル・リコール』、映画『レッド・オクトーバーを追え!』、映画『天と地と』、映画『タスマニア物語』、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』、アニメ『NG騎士ラムネ&40』、アニメ『勇者エクスカイザー』、アニメ『ちびまる子ちゃん』、アニメ『三丁目の夕日』、アニメ『平成天才バカボン』、アニメ『まじかる☆タルるートくん』、漫画『スラムダンク』

【発売されたおもなゲーム】
『雷電』、『大工の源さん』、『大航海時代』、『Dr.MARIO』、『ファイナルファンタジーⅢ』、『ダウンタウン熱血行進曲それゆけ大運動会』、『F-ZERO』、『アクトレイザー』、『コラムス』、『パロディウスだ! 〜神話からお笑いへ〜』、『パイロットウイングス』、『レッドアリーマー 魔界村外伝』、『メタルギア2 ソリッドスネーク』


平成3年(1991年) -“コンパクトな円盤”の波、到来-

ついにバブルが崩壊したこの年。海外ではソ連が解体し、湾岸戦争が始まるなど暗雲立ち込める世界情勢のなか、日本のゲームシーンはますます盛り上がった。7月に家庭用ネオジオが発売。ゲームセンターの興奮を家庭に持ち込めるようになった。

▲家庭用ネオジオ。家庭用でありながらコントローラーがアーケードの筐体と同じスティック型で、まさにゲームセンターの興奮を家庭でも味わえる仕様に。そのぶん、本体およびカートリッジの価格が高めで、当初はレンタル用として運用され(1990年〜)、その後家庭用として販売された

さらにこの年は、ゲームにコンパクトディスク(CD-ROM)の波が本格的にやってきた年でもあった。9月にはPCエンジンDuo(NECホームエレクトロニクス)、12月にはメガCD(セガ)とSUPER CD-ROM²(NECホームエレクトロニクス)も立て続けに登場。CD-ROMの性能を活かしたこれらのゲーム機は、以後のゲームシーンの変化を予感させるものだった。

▲PCエンジンDuo。1987年に発売されたPCエンジンとSUPER CD-ROM²の一体型モデルとして発売された

▲メガCD(本体のみ)。メガCD専用ゲームソフトだけでなく、音楽用CDも再生できた

▲SUPER CD-ROM2。ROM2は”ロムロム”と読む。PCエンジンのみを持っていたユーザーは、これを接続することでPCエンジンDuoと同様の機能を得ることができた

さて、ゲームタイトルでは、『ストリートファイターⅡ』(カプコン)、『スーパーロボット大戦』(バンプレスト 当時)、『ぷよぷよ』(コンパイル 当時)と、いま現在もシリーズが続く人気作の誕生した年でもあった。

▲『ストリートファイターⅡ』(カプコン)。2D格闘アクションゲームの王道としてアーケードに登場し、いまもなお進化し続けている。eスポーツを代表するタイトルとして世界的に人気のシリーズだ

また、7月に発売された『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(セガ)は、とりわけ海外で好調な売上を記録し、当時のスーパーファミコンのシェアに匹敵するほどメガドライブ(ジェネシス)の普及に貢献した。

▲『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(セガ)。ハリネズミをモチーフにして生まれたマスコットキャラクターのソニックを操作する横スクロールハイスピードアクションゲーム

新しいゲーム機の登場やゲームタイトルの増加に合わせて、ゲームを取り巻くトピックスの数も増え、それにともなってゲームシーンを扱う雑誌媒体も増えた。ゲーム誌の代表的存在であるファミコン通信(現ファミ通)は、この年に週刊化した。ゲームそのものを遊んで楽しむだけではなく、その周辺領域や文化、流行といった“ゲーム関連情報”に触れる楽しみも、ますます発掘され始めた時期だった。

<平成3年(1991年)>

【時代の出来事】
東京23区で電話番号10桁、新宿都庁が完成、ジュリアナ東京オープン、若乃花・貴乃花(若貴)ブーム、千代の富士が引退、SMAPのCDデビュー、映画『羊たちの沈黙』、映画『ターミネーター2』、映画『バックドラフト』、映画『おもひでぽろぽろ』、映画『機動戦士ガンダムF91』、映画『老人Z』、ドラマ『101回目のプロポーズ』、ドラマ『東京ラブストーリー』、ドラマ『もう誰も愛さない』、アニメ『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』、アニメ『ゲッターロボ號』、アニメ『バブルガムクライシス』、漫画『GS美神 極楽大作戦!!』、漫画『グラップラー刃牙』、漫画『赤ちゃんと僕』

【発売されたおもなゲーム】
『餓狼伝説』、『戦国伝承』、『ボンバーマンII』、『レミングス』、『聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-』、『いただきストリート』、『ベスト競馬・ダービースタリオン』、『ファイナルファンタジーⅣ』、『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』、『超魔界村』、『シャイニング&ザ・ダクネス』、『レンタヒーロー』


平成4年(1992年) -ゲームシーン、光と影と-

ところで、“抱き合わせ商法”という言葉を耳にしたことはないだろうか。小売店が、人気のゲームソフトを不人気な別のソフトとセット(抱き合わせ)で売って不良在庫を減らすという商法で、平成2年に発売された人気タイトルの抱き合わせ販売を巡り、この年に公正取引委員会が独禁法違反として排除措置命令を下した。

この出来事はゲーム市場に多くのタイトルがひしめき合い、活況を呈したがゆえに起き始めた問題とも言えるだろう。この年はさらに、『ドラゴンクエスト』シリーズのナンバリングである『ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁』(エニックス)、『ファイナルファンタジーⅤ』(スクウェア)、『弟切草』(チュンソフト 当時/以下同)、『スーパーマリオカート』(任天堂)など、スーパーファミコンを中心に多くのゲームソフトが続々と発売され、メディアやユーザーのあいだでゲームの販売方法やビジネスにまつわるトピックスを話題にすることが増えていった。

▲『ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁』(エニックス)。シリーズで初めてモンスターを仲間にできた。親子三代にわたる物語の途中には人生最大の選択を迫られる重要なイベントが用意されており、主人公(プレイヤー)に大きな決断を迫る

▲『ファイナルファンタジーⅤ』(スクウェア)。物語のSF的展開や感情表現など、演出面のパワーアップが随所に見られた。『ファイナルファンタジーⅢ』で好評を博したジョブチェンジシステムがさらに進化して採用された

▲『弟切草』(チュンソフト)。まるで小説のように文章を読み進めていくテキストアドベンチャーゲームに、サウンドノベルという新しいジャンルを築いた

▲『スーパーマリオカート』(任天堂)。スーパーファミコン用タイトルで最も売れた本作は、『スーパーマリオ』シリーズのキャラクターが最速を競うレースゲーム

平成4年は学校で土曜日が休日となり、週5日制になった年でもあった。想像の域を出ないが、当時の子どもたちにとって毎週2連休がやってくることの意味は計り知れないものがあったであろうし、ゲームシーンにも少なからず影響を及ぼしたのではないだろうか。

<平成4年(1992年)>

【時代の出来事】
バルセロナオリンピック、岩崎恭子さん金メダル、毛利衛さん宇宙へ、高校野球で松井秀喜さんが5連続敬遠、尾崎豊さん死去、ソニーがミニディスクを発売、チェッカーズ解散、「どたキャン」が流行語に、映画『ボディガード』、映画『氷の微笑』、映画『紅の豚』、ドラマ『愛という名のもとに』、ドラマ『ホームワーク』、テレビ『ボキャブラ天国』、アニメ『クレヨンしんちゃん』、アニメ『美少女戦士セーラームーン』、アニメ『ママは小学4年生』

【発売されたおもなゲーム】
『天地を喰らうⅡ 赤壁の戦い』、『龍虎の拳』、『ワールドヒーローズ』、『ガンバスター』、『プリンセス・ミネルバ』、『同級生』、『スーパーマリオランド2 6つの金貨』、『星のカービィ』、『ロマンシング・サガ』、『真・女神転生』、『らんま1/2 町内激闘編』、『らんま1/2 爆烈乱闘篇』、『マリオペイント』

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