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柾木玲弥、松岡広大ら出演舞台『恐るべき子供たち』開幕。大人になることを拒絶した子供たちの“生”への葛藤

柾木玲弥、松岡広大ら出演舞台『恐るべき子供たち』開幕。大人になることを拒絶した子供たちの“生”への葛藤

南沢奈央、柾木玲弥、松岡広大、馬場ふみかたちフレッシュな面々が“アンファン・テリブル”を演じる舞台『恐るべき子供たち』が、5月18日(土)より6月2日(日)までKAAT神奈川芸術劇場 大スタジオにて上演中だ(※5月18日・19日はプレビュー公演)。
本作は、KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督である演出家の白井 晃が、監督に就任してから熱心に取り組んでいる、近現代戯曲を現代の視点で甦らせるシリーズの最新作にあたり、フランスの詩人・小説家・劇作家のジャン・コクトーが10代の子供たちの思春期を描いた中編小説を原作にしている。そんなコクトーの代表的な傑作小説を、劇団「はえぎわ」の主宰、舞台・映画・テレビドラマなど俳優としても活躍するノゾエ征爾が戯曲化、白井 晃が演出を担当する。
初日前日に行われた本作のゲネプロと囲み取材をレポート。

取材・文・撮影 / 竹下力


“大人”になることは、無垢であることを放棄することに繋がる

無垢なるものとは完全無欠な存在なのかもしれない。たとえば赤ん坊はどうだろう。彼らは恐れを知らない。なぜなら、ある種のコクーン(繭)に守られ、そこには他者が介在しないから。いや、“死”という概念を認識していないからこそ無敵なのか。我々人間はいやがおうにでも成長し、“死”をなかば無意識的に自覚していくことで、“生”を感じることができるようになる。極論すれば、“生”を感じることは、“愛”という普遍的な感情を理解することなのかもしれない。誰かを愛し、誰かに愛され、他者を意識し、受容することで、初めて生きることができる。ただし、その対価は大きい。“大人”になることは、無垢であることを放棄することに繋がるからだ。完全な人間になろうとするのに、どんなに頑張っても完璧な人間にはなれない、そんなパラドックスが放つ強烈な人間の“生”の持つもどかしさ、あるいは違和感が、この舞台の普遍的なテーゼになっていると思う。

まず、松岡 泉の舞台美術に目を凝らして欲しい。小道具は最小限に抑えられ、モノは小さく、ほぼ記号に近い扱いで、ハードな物語をシンプルに美しく見せていく。台座のような真四角の素舞台に、数枚の綺麗な布が重なり合って、時折り、キャストたちがそれを手にして波打たせたり、激しく揺らしたり、宙ずりになって、様々なシーンの季節、場所、時間をシンボリックに表現する。キャストはその布に包まれ、戯れ、無垢なる存在の絶対的な価値を証明しようとする。

父親はおらず、病気の母親のもとで暮らす美しい娘のエリザベート(南沢奈央)と弟のポール(柾木玲弥)。物語は、ポールの学校で同級生たちが雪合戦をしているシーンから始まる。何気ないお遊びのはずが、ダルジュロス(馬場ふみか)という男子生徒の投げた雪の玉が胸に当たったポールが血を吹き出して倒れてしまう。ポールの友人・ジェラール(松岡広大)はダルジュロスの投げた雪玉には石が入っていたと大人たちに主張するが、ダルジュロスに憧れているポールが彼をかばう。そして、その怪我が原因で学校に通うことができなくなったポールは、母が亡くなりモデルとして働き始めたエリザベートが出会った、アガート(馬場ふみか)というダルジェロスにそっくりな女性に言い知れない想いを抱くようになる。その後、エリザベートはジェラールの叔父の知り合いで裕福なマイケル(斉藤 悠)と結婚をするが、結婚式をあげてすぐにマイケルが事故死、夫の莫大な遺産を継ぐ。そこから、エリザベートと、ポール、ジェラール、アガート、4人の奇妙な共同生活が始まる……。

この波乱の人生に満ちた男女の四角関係は、四角形という強固な結合力を見せながら、つねにフラジャイルでドキドキしてしまう緊迫感がある。ただ彼らは、同じ家に閉じこもることでコクーンに守られていると思っている。そこに少しでもヒビが入ってしまえば、外界から現実という“大人”が流入してくるからだ。母の死、マイケルの死といった事件が、彼らに生きることの自覚を強いる。しかし、彼らはそれらを徹底的に拒否しようとする。なぜなら、生も死も超越した完全な存在であることが“子供”にとっては最も重要な意義だから。それをひたすら守り続けたいのがエリザベートだ。けれど“大人”は許してはくれない。そこで生まれる歪みは、彼女の叫びとなり、あるいは悪意を持った嘘になり、やがて無垢なる少女としての面影が薄れ、彼女自身が一番なりたくない“大人”へと変貌していく。それに追い打ちをかけるように、10代の思春期を徹底的に破壊しようとする大人然としたダルジュロスを通して、4人の少年少女は、真実の世界とめぐり合うのである。

エリザベート役の南沢奈央は声量も豊かで、ほぼ出ずっぱりにも関わらず、かまびすしい少女を演じ切った。なぜ、彼女はそこまで自分たちの世界を守りたいのかを、言葉ではなく表情で、感情を爆発させた所作で見せ続ける。アガートとダルジュロスの男女二役を演じた馬場ふみかは、可憐なアガートと無頼なダルジュロスとのコントラストが見事で、声質、表情を自在にコントロールしながら丁寧に演じ分けていた。

ジェラール役の松岡広大は、エリザベートにいいように操られてしまう優柔不断な男の子を熱演していた。それでいて、観客に語りかける語り部の役もこなしており、想像するに彼の肩にのしかかる重責は大きいはずなのに、それを感じさせない颯爽とした雰囲気を放って清々しかった。白井から「今作にとって重要な役」と言われていたそうが、そんなジェラールを実直に演じ続けていた。

ポール役の柾木玲弥は、3年ぶりの舞台出演のブランクはどこ吹く風と、やるせない男の子になりきってみせた。ポールは、ダルジュロスやアガートに愛を求めている、心ならずも“大人”になりたいという願望がかすかに芽生えて見える。インタビューで柾木は「“子供”という概念をわかりやすく擬人化したのが、ポールとエリザベート」と語っていたけれど、ポールとエリザベートは姉弟でありながら対極の子供であり、その絶妙なつかず離れずの距離感を迫真の演技で表現していた。愛を求める狂おしい芝居は、人間に許された正しい行為に見えるのに、本作においては許されないという悲しみを背負っている。柾木は、身悶えんばかりの表情と仕草で、10代にしか醸し出せない思春期性をしっかりと体現していたと思う。

シンプルなセットでごまかしのきかない難しい舞台に、フレッシュな若い役者たちが臆することなく向かい合ったことに大きな拍手を送りたい。それに加えて、この個性豊かな5人を平等に描くことで、10代の思春期の最大公約数がわかりやすく表現されていることにも目を見張った。上演台本を手がけたノゾエ征爾は、原作に忠実でありながら、コクトーの詩的な言葉をわかりやすく、それでいて彼らしい笑いの表現を随所に散りばめ、10代の思春期をクリアに描いていた。

演出の白井 晃は、開放的な空気が流れる空間をつくり、アンビエントな音楽と柔らかい照明で舞台を抽象的に見せることで、10代に潜む“危うさ”や“悲しみ”、そしてピュアさ。その微かなゆらぎを絶妙なタッチで表現していた。誰にも侵されない世界にいたいという切なる彼らの願望がそのまま再現されているようで感動的だった。

コクトーの書いた原作『恐るべき子供たち』は、“アンファン・テリブル”という流行語を生み、大人たちを驚かせた。彼はある種、10代の特殊性を描こうとしていたのかもしれない。今作にかぎって言えば、生きているがゆえに表出する儚さ、それゆえに一瞬だけ閃く美しさが舞台全面に溢れていた。そういう意味では、人は誰しもが「恐るべき子供たち」でありうるのだ(あるいはあったのだ)。無垢なる存在でありたい、完璧な人間でいたいという願望は、誰しもが抱く夢であり、それこそが人間そのものなのだと教えてくれた、素晴らしい舞台だった。

お客様に僕たちの言葉をしっかり届けていくことを大切に

このゲネプロの前に、囲み取材が行われ、南沢奈央、柾木玲弥、松岡広大、馬場ふみか、演出の白井 晃が登壇した。

まず、白井 晃が本作について「大人になることを拒否した子供が、社会から自らを切り離して自分たちがつくった“繭”の中で生を終えようとする様を描きました」と語った。

エリザベート 役の南沢奈央は今作が初座長となるが「私が座長だということを初めて知りました(笑)。リーダーという想いもなかったので、和気藹々と稽古をしていました」と微笑み、ポール 役の柾木玲弥は「脚本を何百回も読まなければ役をなかなか理解できなくて(苦笑)。ただ、稽古をしていくなかで、自然と見つけることができるようになりました」と稽古を振り返った。

ジェラール 役の松岡広大は今作がストレートプレイ初挑戦となるが「これまでの舞台で手を抜いていたわけではないのですが、言葉の意味を伝えるには、今まで以上にエネルギーが必要な作品だと思いました。より良い作品にするために、お客様に僕たちの言葉をしっかり届けていくことを大切にしたいです」と意気込み、アガートとダルジュロスの男女二役を演じる馬場ふみかは「それぞれ違った目線で作品を考えることができるので楽しいです。ただ、ワンシーンごとにお芝居を切り替える必要があるので、スイッチを入れたり切ったりする難しさも感じています」と述べた。

最後に南沢が「舞台装置がシンプルで逃げも隠れもできない状況でお芝居をしています。とてもエネルギーのある作品なので、ぜひご覧になってください」とメッセージを寄せ、囲み取材は終了した。

公演は、6月2日(日)まで、KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオにて上演される。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『恐るべき子供たち』

2019年5月18日(土)~2019年6月2日(日)
KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

STORY
美しくも残忍で傲慢な姉・エリザベートと、青白い肌の美しい弟・ポール。ふたりの母は病身でわがまま、父は姿を消している。
ある日、ポールの学校で同級生たちが雪合戦をしていると、ポールが憧れるダルジュロスという男子生徒の投げた雪の玉がポールに命中。ポールは雪を赤く染めて倒れてしまう。ポールの友人・ジェラールはダルジュロスの投げた雪の玉に石が入っていたと主張するが、ポールは投げたダルジュロスをかばう。その怪我が原因で、ポールは学校に通うことができなくなり、家で自由気ままな日々を送るようになる。やがて、病気の母が亡くなり、母の介護をしてきたエリザベートはモデルとして働き始め、そこで知り合ったアガートという娘を時折り家に呼ぶようになる。彼女はポールが憧れていたダルジェロスにそっくりだった。密かにアガートに思いを募らせるポールだったが、姉に悟られたくないポールは、あえて彼女を邪険に扱う。
夫に死なれたエリザベートが夫の莫大な遺産を継ぐと、エリザベート、ポール、ジェラール、アガートの4人の奇妙な生活が始まる。

原作:ジャン・コクトー(コクトー 中条省平・中条志穂:訳「恐るべき子供たち」/光文社古典新訳文庫)
上演台本:ノゾエ征爾
演出:白井 晃

出演:
エリザベート 役:南沢奈央
ポール 役:柾木玲弥
ジェラール 役:松岡広大
アガート/ダルジュロス 役:馬場ふみか

デシルバ安奈、斉藤悠、内田淳子、真那胡敬二

オフィシャルサイト