Interview

TAKUYA、JUDY AND MARY時代からの恩師・佐久間正英へのリスペクトが詰まったアルバムと、その先に見据えているものとは?

TAKUYA、JUDY AND MARY時代からの恩師・佐久間正英へのリスペクトが詰まったアルバムと、その先に見据えているものとは?

JUDY AND MARYというモンスターバンドを20代にして引っ張り、華々しく終わらせたあと、TAKUYAは縦横無尽に音楽を続けてきた。その道の途中で訪れた恩師・佐久間正英との別れ。2013年8月に末期ガンであることを公表し、2014年1月に逝去した佐久間は、四人囃子、プラスティックスのメンバーとして日本の音楽史に名を残し、JUDY AND MARYだけではなく本当にたくさんのバンドをプロデュースしたことで知られている。そんな佐久間が生前加入を望んでいたバンドが、この“TAKUYA and the Cloud Collectors”だという。恩師の遺志を継いだTAKUYAの言葉は相変わらずストレートだが、視線はその先にある。

取材・文 / 佐々木美夏


「音楽家が音楽を諦める時」とかブログで言い始めてた佐久間正英を面白がらせるために曲を作った

このアルバムは、アーティスト名がTAKUYAで、タイトルが『TAKUYA and the Cloud Collectors』。

すごく考えたんだけど、最後までタイトルがピンとこなくて。あと実際このバンドが活動することはもうないし、カタログの名前(アーティスト名)を増やすのもなぁ、といろいろ考えて、結局これに落ち着いた。

もともとはどういうところから始まったバンド?

さかのぼると佐久間(正英)さんの還暦のときかな、中西(俊夫)さんとかとプラスティックスのライヴをやって、そのあとでプラスティックスの新譜を作りたいって佐久間さんが言ってきたの。だからデモを作って佐久間さんに投げたりしたんだけどその話はその後進まなくて。そんななか、毎年沖縄でやってる吉本の映画祭があるじゃない。あれに僕の知り合いが映画を出品するんで主題歌を書いて欲しいってかなり個人的に依頼されて、その曲「Uncontrollable」を佐久間さんにプロデュースしてもらって。その頃なのかな、“Cloud Collectors”を名乗り始めたのは。若菜拓馬は佐久間さんが還暦ライヴのときに連れてきたギタリストで、若菜がベースの伊藤千明を連れてきて、僕がドラムのかどしゅんたろうを連れてきて、その4人で佐久間さんプロデュースでやろうってスタートしたと思うんだよね。

それは佐久間さんの病気が発覚する前?

たぶん。「Uncontrollable」を佐久間さんが気に入ってくれたんだよね。だからもう、佐久間さんが喜びそうなやつを作ろうと思ったの。「音楽家が音楽を諦める時」とかブログで言い始めてた佐久間正英を面白がらせるために曲を作った。そしたら1年もしないうちにガンが発覚したのかな。その頃に台湾の“AARON”ってアーティストのライヴが〈a-nation〉であって、佐久間さんはもう手が思うように動かない、最悪出られないかもしれないからTAKUYA一緒に頼むわ、って。当日ステージには立ったんだけど、悲惨だったの。あんな悔しそうな佐久間正英を見たのは最初で最後。そこからガンが進行していって、でも佐久間さんはギリギリまで仕事してたんだけど、とうとう亡くなってしまい……。

コンセプトは、絶対に誰にもコピーできないもの。ぱっと聴いても常人には理解できないようにしようと

アルバムのことに話を戻すと。

「Uncontrollable」以外の7曲のリズムを録ったのも、もう4年くらい前。そこからはほとんど自分ひとりでたまに空いてるときに先を進めて。本当に思い出したかのようにときどきコツコツとギター録ったり歌録ったり。コンセプトは、絶対に誰にもコピーできないもの。変拍子のポリリズムの曲ばっかりなんだけど、ぱっと聴いても常人には理解できないようにしようと。しかもそれを生で演奏する。バンドもかなり練習したの、一番難しい「Raindrops」って曲とかはリズムを僕が設計してコンピューターに走らせたらこうなるよねってのを作ったんだけど、それを生でやるには無理がある。でもグラフを描いてすっごい遅いテンポから全員でちょっとずつ練習して速くできるようにしたり。まぁ大人にしては珍しい、超練習してレコーディングに臨む、みたいな。

長期間にわたってひとりでコツコツやるレコーディングだとモチベーションを保つのが難しそうだけど。

モチベーションなんてなかったですよ(笑)。一番聴かせたい人は死んじゃったし。そもそもこんな音楽は日本では……きっと世界にはこういうの好きな人いるんだろうけども、少なくとも東京で僕のライヴに来る人が求めてるのはこれかと言ったらそうじゃないと思うし、どこに聴かせたいか、っていうモチベーションはとても難しかった。けどせっかくだから。生演奏で録音して、しかもロックバンドで、ジャズ、プログレと言ってもいいと思うんだけど、もうこんなことこの先やることはないだろうと思って。だからしっかり作ろうかなと。ちなみにこれに至る前に菊地成孔さんの“DCPRG”で僕2回くらいギター弾いたことがあって。あれも7拍子とか頭おかしい曲ばっかりなんだけど、それを経験したからこっちにこれたのかも。楽譜もらって練習してライヴで実際にやって、あぁこういう考え方の音楽もあるんだな、っていうのはそっちから学んだのも大きい。ただあれはフリーセッションというか自由度の高いやつだったけど、それをPOPS、歌ものにするつもりで作った。でも、そうね……願わくば完成しないで欲しかったくらい。けど去年の夏前にとうとう録りが全部終わっちゃって、やべぇこれできちゃうなー。ってことはどうやって出そうかなと。何をやるか決めないで今年2回だけeggman押さえてたの。6月9日と9月8日。じゃあ6月9日を最初で最後のレコ発ライヴにしようと思って、そこを締め切りにして。年末にNYにひとりで行って知り合いに写真撮ってもらったり、知り合いにデザイナー紹介してもらったり、スタッフいないから全部自分でやった。

たぶん僕はこれで最後だと思う。自分でアルバムを作るのは人生でこれが最後かもしれないと思ってる

“Cloud Collector”という単語には思い入れがあるでしょう? 昔自分のアルバムタイトルにもしている。

そうね。雲をつかむような話。クラウディ。ロンドンに住んでたからかなぁ。あの空が懐かしいし。あと今はネット上のクラウドもあるでしょ、そういう意味でもいいなぁと。でも、たぶん僕はこれで最後だと思う。自分でアルバムを作るのは人生でこれが最後かもしれないと思ってる。

一枚の盤にまとめるのが最後。

というか、8曲とか10曲のパッケージにするのは最後。もうそんな時代でもないじゃない。一曲ずつ配信でいいし。しかもこんな大層なレコーディングなんて、この先するかなぁ。自腹でナッシュビルのスタジオ行ったり、仕事でもないのに。それに、日本でもアイドルやアニメとかに楽曲提供はまだもちろんやってるし、これから先もやると思うけど、最近は台湾が増えてきて。佐久間さんがプロデュースしてたAARONを引き継いでやってて、今そのアルバムを、やっと今年こそ完成させるぞってしょっちゅう台湾に行ってるから。

それは世界中でリリースされるもの?

契約の関係で、台湾以外で売るアジア盤なのかな。中国語で歌ってはいけないとか縛りがいろいろある。日本語も何曲かやったんだけど、もう日本語である必要もないんじゃないかと。(注・AARONは過去に日本でもリリース歴がある)英語のほうが本人得意だし。だから今は英語で作ってる。ソングライティングキャンプっていうのがあるの。作曲家が集まって何日かで何曲か作る、日本でもあるんだけど、僕が最初に行ったのは北京。そしたら結構有名な人のアルバムと向こうの映画に2曲入って、そのとき知り合った台湾人の仕事できるやつと今一番仕事してて、台湾でいろんな人と共作してる。

台湾は肌に合う?

もう住めるくらい。言葉もレストランとかでは困らないくらい。この先病院に行ったりするようになるとまたちょっと大変かもしれないけど。台湾ってバラードばっかりなの。ピアノで始まるバラード。なぜそうなのかっていうのもこの間向こうの作家のやつと話していてわかったんだけど、桑田(佳祐)さんのソロのドラマの主題歌「明日晴れるかな」がものすごく台湾で流行ったの。で、「全員、あの曲みたいにしたら売れるって今でも思って作ってます」って。実は桑田さんが台湾POP界の今のお手本だったと。みんな実はEDMやR&Bが好きで、けど仕事で作るのはバラード。そうじゃないとドラマとか映画に採用してもらえないから、そうやって銭を稼ぎながらみんなEDMやR&B作ってる。

いわゆるロックは不毛の地。

うん、いわゆるギタリストとかは見かけない。ひとりだけ台湾でギタリストに会ったことがあるけど、彼はT-squareオタクだった。中国も結構似てて、クラシックとかは中国のほうが特訓してるミュージシャンが多い。クラシック系のピアノとかバイオリンとか、あと歌は圧倒的にうまい。ロックはないけどヘビメタはある。ああいうのはクラシック寄りっていうか……。

様式美だからね。

そうそう、様式美。

ほめてくださいよ、って感じ(笑)。完璧でしょ、って。どうですか、すごいでしょ、って

日本にはもう興味はないの?

うん、どうしようもないじゃないですか、こんなとこで仕事してても。とりあえず来年くらいには東京を離れて、台湾に住むか福岡に住むか、どっちにしようかなぁ。昨今の音楽仕事で音楽家が東京にいる必要はもうほぼない。アメリカで仕事する可能性もちょっとあるけど、でもせっかく中華圏に何年もかけてだんだん入り込んできてるんだし、もうちょっとそっちのドアに向かって頑張ろうってのが今。

このアルバムを佐久間さんが聴いたらなんて言うだろうね。なんて言って欲しい?

ほめてくださいよ、って感じ(笑)。完璧でしょ、って。どうですか、すごいでしょ、って。佐久間さん、四人囃子やってたでしょ。ああいうのとプラスティックスのイメージを僕なりに混ぜたアルバムなのかなぁ。自分としては生演奏でこんだけ複雑で難しいことをやれるんですよ、っていう一個のカタログが出来たから、サブスクで僕の知らないところでバズってくれたら嬉しい(笑)。

TAKUYA and the Cloud Collectors NEWアルバム発売LIVE

6月9日(日)東京・渋谷 eggman
詳細はこちら

TAKUYA

1971年9月9日生まれ、京都府出身。ギタリスト兼音楽プロデューサー。1993年JUDY AND MARYのギタリストとしてデビュー。数々のミリオンセラーを記録し、一世を風靡した。バンド中期以降はメインソングライターとして活動を支え、その傍らソロユニットROBOTSとしての活動も行う。2001年にJUDY AND MARYを解散。2002年からソロ活動をスタートさせた。楽曲提供やプロデュースも多数手がけている。

オフィシャルブログ
オフィシャルTwitter(@takuya54it)