【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 126

Column

CHAGE&ASKA MTVアンプラグドは、チャゲアス伝説のうちのひとつに過ぎない。

CHAGE&ASKA MTVアンプラグドは、チャゲアス伝説のうちのひとつに過ぎない。

1996年6月19日。我々はホテルを出て、ロンドン市内のファウンテン・スタジオへと向かった。途中、マイクロ・バスは行き先を間違えて、とあるライブ会場の前で止まる。その建物の看板は、レイ・チャールズとヴァン・モリソンのジョイント・コンサートの会場であることを告げていた。「このライブも観たいなぁ(笑)」。バスのなかの誰かが言った。ちなみにヴァン・モリソンといえば、ぜ〜ったいに来日しないアーティストとして有名だ)。

会場はがらんとした体育館のような場所であり、客席をステージが取り囲むレイアウトになっていた。ミュージシャン同士も和気あいあいと、誰かのプライベート・スタジオでセッションするかのような雰囲気になりそうだ。そしてもちろん、これは番組収録である。。なによりクレーンのテレビ・カメラが、大きな存在感を放っていた。

収録が始まる前に、ひとりの人間が登場し(おそらく番組プロデューサーのアレックス・コレッティだったと思う)、いろいろ説明をしてくれる。ハッキリ覚えているのは、日本人が固まっていた我々取材班の席を示し、バラけてくれと言ったことだ。様々な人々が無作為に集まっている感じを出したかったのだろう。確か僕も、いったん与えられた席から、別の場所に移動した記憶がある。

手元にセットリストが配られた。以下である。

お読みのみなさんも、ぜひこれを参考にしてほしい。いよいよ収録がスタートする。大きな拍手のなか、メンバーが登場し、着席する。

ASKAの右横に村上啓介、CHAGEの左横にフィル・パーマー。彼はエリック・クラプトンなどとの共演で知られるギタリストだ。さらに背後にキーボードのジェス・ベイリー、ベースのマーク・スミス、ドラムのニール・コンティという、アルバム『GUYS』でもお馴染みの面々が…。加えて3人のコーラスがステージ下手、4人のストリングスが上手に控える布陣であった。

音が出た瞬間、ああこれは、紛れもなくMTVアンプラグドなんだなぁということが、十二分に伝わってきた。ただ、生楽器主体だからといって静かなパフォーマンスかというと、むしろ逆だ。そのことにより、音楽の「動」の部分が強調されもする。フロントの面々の、律儀ともいえるギター・ストローク。さらにリズム隊は、ニール・コンティがブラシでドラムを叩き、マーク・スミスはアコースティック・ベース(アコギのような形のベース)でグルーヴを出してくる。

もちろん注目は、CHAGE&ASKAのオリジナルが、英語ヴァージョンでも歌われることだ。そこには下地があった。『one voice THE SONGS OF CHAGE&ASKA』である。海外のアーティストが彼らの楽曲をカバーした作品集で、イギリスでリリースされたのは、この収録の少し後のことだった。つまり、あのアルバムで確立された英語ヴァージョンを、今度はご本家の二人が“再カバー”するということだ。ただ、これから演奏されるのは、アンプラグドのためにジェス・ベイリーがリアレンジしたものであり、あのアルバムとも、また違う世界観である。

2曲目に歌われた「The River」を聴いて思ったのは、英語にすると、メロディは別のものになるということだ。これはつまり、言葉にはもともと、それぞれ固有ののメロディが“内包されている証拠”でもある。もしこの曲を、日本語のオリジナルと寸分違わぬメロディにしようとしたら、おそらく英語は“乗らない”であろう。

ASKAはそつなく英語のMCもこなしている。でも客席に居て、日本語で歌われる作品の番になると、ついホッとしてしまった。CHAGEが「Lies」を歌い始めると、会場が静まりかえった。CHAGEはシェーシェーとか中国語でもお礼を言っている。MTVアンプラグドの出演が実現したのが、MTVアジアの推挙もあってのこと である。それを意識してのことだったと思われる。

のちにCHAGE&ASKAのファンの間でも評判を呼んだのは、英語ヴァージョンの「RED HILL」ではなかろうか。語りのような始まりから、やがてメロディという名の光が差してきて、ジェス・ベイリーのピアノやフィル・パーマーのギターが楽想を広げ、ストリングスが歌に羽を与え、さらに登りつめる二人の歌声には、気高き“心の仰角”が誇り高く宿っている。このパフォ−マンスは、確かに秀逸だった。

でも不思議なのは、これだけ素晴らしい出来映えなのに、その後DVD化された映像には収録されてるけど、CDには収録されなかったことだ。紹介が遅れたが、このアンプラグドは、二つの形で商品化されたのだ。逆に「男と女」は、CDのほうにしか入ってない。まさか両方買って貰おうというセコい魂胆…、なんてことはないんだろうが、不思議といえば未だに不思議な話である。

この日、もっとも当たり前のように聴けた英語の歌は、「Something There」であった。ハリウッド映画『ストリートファイター』のエンディング・テーマになった作品で、ASKAの作詞作曲だが、英語詞をアメリカのソングライター、チャーリー・ミッドナイトが担当し、元から英語詞なのである。

実は当時、英語のままCHAGE&ASKAのシングルとして日本でリリースされ、50万枚を越えるセ−ルスを記録している。これはすごいことだ。つのだ☆ひろの「メリー・ジェーン」には及ばないかもしれないが、日本人が英語で出して国内でヒットさせた、代表的な作品のひとつである。

この日のステージは、オープニングに選ばれた「HANG UP THE PHONE」がスローヴァージョンで再演され、エンディングを迎える。これがまた、実に味わい深かった。自転車で通り過ぎた街(アップテンポ)を徒歩で歩いてみたら(スロー)、別の発見があった、みたいなことにも似た感覚ではなかろうか。細かな節回し、新たな魅力を発見できて、歌の奥行きを知ることとなった。

のちのちASKAが自らのブログで書いていたところによると、ドラムのニール・コンティとの間に、リハーサル中、一悶着あったようだ。ニールの奏法は正確無比にジャスト。いっぽうASKAは、自分達の歌のの間合いを、汲み取った叩き方を要求したようだ。もちろんそこはプロ同士、最後は思っていたところに着地したのだろうが、この話には更に面白い顛末があり、そのあたりは彼のブログ(https://www.fellows.tokyo/blog/?id=93)を実際に訪ねてみることをお奨めしたい。

80年代名鑑と銘打ちつつも、なんと今回は、1996年のお話しだった。さすがにここらでCHAGE&ASKAは終了して、次回からYMOを取り上げたい。

文 / 小貫信昭

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