横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 16

Column

ライムライトーーそれは時代が忘れた優しい光

ライムライトーーそれは時代が忘れた優しい光
今月の1本:『音楽劇 ライムライト』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月は『音楽劇 ライムライト』をピックアップ。あの喜劇王チャールズ・チャップリンの名作映画が音楽劇としてどう甦ったのか。その感動をお伝えします。

文 / 横川良明


観る者の心の滓まで溶かすような優しい愛の物語

日々劇場に通っていて、年に1度か2度、こんな熱い気持ちになることがある。掌が痒くなるくらいまで手を叩いて、それでも興奮がおさまりきらなくて。この空間から離れがたくて、この世界から現実に戻るのがさみしくて、ずっとこのままここにとどまっていたい。そう願うような舞台との出会いが。

『音楽劇 ライムライト』は、僕にとってそんな忘れがたい作品となった。

かつて一世を風靡するも、今やすっかり人々から忘れ去られた老芸人・カルヴェロ(石丸幹二)。酒浸りの毎日を送るある日、同じアパートに住むテリー(実咲凜音)という女性がガス自殺を図ろうとしていたところを助ける。本作は、そこから始まるカルヴェロとテリーの、観る者の心の滓まで溶かすような優しい愛の物語だ。

人生に絶望し、一度は夢もその命さえも投げ出した若きバレリーナ・テリー。彼女を失意の底から救ったのは、年老いたカルヴェロだった。芸人とは、ひとを笑顔にするのが使命。何万人もの大衆を笑わせる才能は失ったカルヴェロだけど、目の前のたったひとりぐらいなら、笑顔にすることができる。そう感じさせるような、温かく大らかなキャラクターで、希望を失ったテリーに元気を与える。

テリーは、精神的なショックから足が動かせなくなっていた。もう自分は二度とバレエは踊れない。そう悲観していたが、カルヴェロの励ましに支えられ、ついに自分の足で再び立つことができるようになる。そこから夢の階段を駆け上がり、一躍、エンパイア劇場のプリマドンナに。さらに、かつて淡い恋心を寄せた新進気鋭のピアニスト・ネヴィル(矢崎広)とも再会。きらめくスポットライトが、テリーに降りそそぐ。

けれど、その光は、老いたカルヴェロには眩しすぎた。どんどんその才能を開花させていくテリーとは対照的に、かつて大衆を沸かせたカルヴェロの才能はもうすっかり枯れ果てていた。そして、そのことを誰よりも痛感しているのは、他ならぬカルヴェロ本人だ。このまま自分がテリーのそばにいても、もうしてやれることは何もない。それどころか、いずれ彼女の負担になる。そう悟ったように、そっとテリーの前から姿を消す。

みんなが優しい。だから、その愛が胸に沁みる

本作の美しさは、決してひとりとして悪人がいないところにある。ほのかに心を通わせ合ったネヴィルと再会したとき、きっとテリーはこれまで献身的に尽くしてくれたカルヴェロを捨て、若く才気溢れるネヴィルのもとへ行くのだと思った。

けれど、違う。テリーは、最後の最後までカルヴェロを愛し抜いた。自分がどれだけスターになっても、老いぼれのカルヴェロを決して蔑ろにすることなく、それどころかもう一度カルヴェロを華やかなステージの上へ引き戻そうと心を砕く。その愛が、あたたかい。

テリーの前に現れたネヴィルもそうだ。きっと若さと才能をひけらかし、カルヴェロとテリーを引き離そうと画策するのだと思った。だが、ネヴィルもまたカルヴェロのことを忘れられないテリーの気持ちを尊重し、ふたりのために奔走する。その愛が、あたたかい。

大家のオルソップ夫人(保坂知寿)に、劇場支配人のポスタント(吉野圭吾)や座付き作家・ボダリング(植本純米)も同じだ。だからこそ、最後のステージに臨むカルヴェロへのみんなの優しさに、胸が締めつけられる。浮き沈みを繰り返しながらも、こんな仲間たちに恵まれたカルヴェロの人生を、ちょっとだけ羨ましく思うのだ。

カルヴェロ演じる石丸は、軽妙さの中にペーソスが濃くにじんで、観る者を泣き笑いさせる。テリー役の実咲は踊りが美しく、まるで舞台の上に咲いた花のよう。そして、ネヴィル役の矢崎広は着々とキャリアを重ねながらも、決して俗っぽくならないところがいい。一途な恋を初々しく演じ、涼やかな品の良さでネヴィルのキャラクターを体現。シアタークリエの観客にその存在を印象づけた。

さらに、そんな人間模様に、チャップリン自らが作曲した名曲『エターナリー』の旋律が寄り添う。名優たちの歌声も心地良く、いつまでもその響きを噛みしめていたい、いとおしい時間となった。

喝采に魅入られた舞台人の愚直でピュアな生き様

才能というのは、残酷だ。どんな名声も永遠に続くことはない。大衆に消費され、時代に翻弄され、やがてもっと新しい才能に取って代わられる。だけど、一度、ステージの上で喝采を浴びる快感を知ってしまったら、もうそれを手放すことなどできない。だからみな必死にしがみつく。たとえ泥水をすすってでも。その姿は無様かもしれない。すっかり古くなった芸を披露し、失笑を買うカルヴェロは、みじめで、痛々しいのかもしれない。

でも、それでも、舞台に立ちたい。あの拍手をもう一度全身で浴びたい。そう願わずにはいられない舞台人の執念に、心が動かされる。才能もからっぽで、身体もボロボロのカルヴェロに嗚咽が止まらなくて、喉が焼けそうだった。そしてその涙は断じて同情なんかじゃない。ただただカッコよかったのだ、カルヴェロの愚直でピュアな生き様が。

ライムライトとは、かつて電灯が普及する以前に舞台照明に用いられていた照明器具の一種だ。19世紀中ごろに発明され、一時は重宝されたが、白熱電球の実用化に伴い、20世紀の初頭にはその座を取って代わられた。

カルヴェロも、そんなライムライトだったのかもしれない。そして、世の中にはカルヴェロと同じようなライムライトがたくさんいる。私たちは日々たくさんの娯楽を食い散らかし、飽きたらすぐに次なる代用品に手を伸ばす。食べ残しには、誰も目もくれない。みんな、みんな、忘れていく。

でも、そんな不要品になったライムライトも決して光を失ったわけじゃない。たとえみんなが忘れても、もう多くの人を照らすほど強い光を放つことができなくても、誰かひとりぐらいの心を温めるぐらいなら、できる。そうやってできた無数のささやかな光が、この世界を幸せにしている。

だから、僕も、忘れたくないと思った。時代遅れのライムライトの光を。ほんの一瞬またたいては消え、あとは人々の記憶にしかとどまることのできない演劇もまた、そんなライムライトの光のようなものだから。

音楽劇『ライムライト』

2019年4月9日(火)~24日(水)@日比谷シアタークリエ
原作・音楽:チャールズ・チャップリン
上演台本:大野裕之
音楽・編曲:荻野清子
演出:荻田浩一
出演:石丸幹二、実咲凜音、矢崎広、吉野圭吾、植本純米、保坂知寿、佐藤洋介、舞城のどか

オフィシャルサイト

vol.15
vol.16
vol.17