Interview

画力がすごすぎる…“読む人を選ぶ”傑作コミックが、エンタメ大作映画になれたのはなぜか? 『海獣の子供』監督×原作者が明かす長い道のり

画力がすごすぎる…“読む人を選ぶ”傑作コミックが、エンタメ大作映画になれたのはなぜか? 『海獣の子供』監督×原作者が明かす長い道のり

大いなる海を舞台に、1人の少女のひと夏の体験、そして成長を描いた傑作コミック作品『海獣の子供』が、『鉄コン筋クリート』など、数々の傑作アニメーションを手掛けてきた精鋭クリエイティブ集団・STUDIO4℃の手によって長編映画化。2019年6月7日、いよいよ封切られる。

今回はこれを記念して、原作者・五十嵐大介と、監督・渡辺 歩の2人へインタビュー。哲学的な内容と圧倒的な筆致でコアな漫画ファンを中心に支持される五十嵐大介作品を、映画『ドラえもん』シリーズなど、幅広い層に愛される作品を数多く手掛けてきたベテラン・渡辺監督がどのような意志をもって映像化したのか、存分に語ってもらった。

取材・文 / 山下達也(ジアスワークス)
撮影 / 樋口 涼


劇場アニメ化のはじまり、そして原作コミックの誕生秘話

まずは劇場アニメ『海獣の子供』に、渡辺監督が抜擢された理由についてお聞かせください。

渡辺 今からおよそ5~6年前の話になるのですが、当時、STUDIO4℃さんと小さな仕事をちょこちょこやっていて、そのご縁で、同社代表取締役社長でもある田中栄子プロデューサーに今後、自分がアニメーション監督としてどういうことをやってみたいのかを話す機会があったんです。

もちろん、そんなに具体的な話ではなく「観た人の心が動くような作品が良いよね」とか「普遍性があって、広く訴えかけられるようなものがやりたい」といったざっくりとした内容だったのですが、そうした私の目指す方向性が、彼女が長らく温めていた『海獣の子供』を劇場アニメ化するという企画と符合したのかもしれません。監督をやってみないか、とお声がけいただきました。

五十嵐先生は『海獣の子供』をアニメ化したいというオファーを受けた時、どのように感じられましたか?

五十嵐 意図してやっているわけではないんですが、私の作品は「万人受け」はしないみたいですね、残念ながら(笑)。それでも私が細々と描いていく分には問題ないのですが、多くの人が携わり、多くの人に観ていただかなければ成立しない映画にするのは大丈夫なのかなとは思いました。

五十嵐大介(左)、渡辺 歩(右)

確かに、五十嵐先生の作品は作家性が強いところがありますよね。先生としては、自分の生み出した作品が他人の手で映像化されることについて、抵抗はなかったんでしょうか?

五十嵐 それは『リトル・フォレスト』(2014、2015年)が実写映画になったときの経験があったので、気になりませんでしたね。撮影時に何度か現場を見学させていただいたのですが、さまざまな分野のプロフェッショナルが真剣に映像を作っている様子を目の当たりにして、とても多くの刺激を受けました。できあがった作品も素晴らしいものでしたし、今回も、またあの楽しい体験ができるのではないかという気持ちの方が強かったです。

原作『海獣の子供』について、もう少し詳しく教えてください。五十嵐先生は、この作品をどのようにして着想されたのでしょうか?

五十嵐 『魔女』(2003~2005年「月刊IKKI」連載)のアイデアをまとめていた頃だったか、そのくらい昔に、買ってきた魚の図鑑を眺めながら、色とりどりで、形も面白い魚たちと一緒に泳いでいる女の子の落書きをしたのが“始まり”だったように覚えています。

漠然と『フィッシュガール』なんてタイトルも思い付いて……「魚と人が出てくる、つまり人魚だな」「人魚のモデルはジュゴンらしい」「ジュゴンが人魚のモデルになったのは、授乳時に脇に子供を抱ながら泳ぐかららしい」「その子供が本当に人間の子供だったら面白くないか?」「動物に育てられた赤ん坊と言えば、狼少女ってのもあったよな」……みたいな感じでアイデアが拡がっていって、『海獣の子供』が生まれました。私の作品は、そんな風に落書きから着想していくことが多いんですよ。

そして、2006年から「月刊IKKI」で『海獣の子供』の連載がスタートしました。年老いた主人公・琉花(るか)が、孫に過去の物語を語って聞かせるという導入が、壮大な物語を予感させてくれたわけですが、やはりもうその時点で基本的なストーリーはほとんど固まっていたのですか?

五十嵐 あれが琉花かどうかは読む人に委ねるとして(笑)。実は……連載開始当時に決まっていたのは、物語を「誕生祭」というできごとで終わらせるということだけで、そこにどうやって持っていくかは決めていませんでした。ああいう始まりにしたのは当時、自分なりにより多くの人に読んでもらうためどうすれば良いのか考えた結果ですね。

ちなみに『海獣の子供』では、各話タイトルをしりとりにしているのですが、それは、最終回を『誕生祭』にするという縛りを設けることで、そこに繋げるための各話タイトルに内容が影響を受けて、何か思ってもみなかった発想が生まれるのではないかという狙いがあったからだったりします(※)。

※実際には第四十一話『誕生祭V』の後、第四十二話『イルカ』、最終話『海獣の子供』と続いて完結した。

少女のひと夏の体験、“琉花の物語”として描くことになった

渡辺監督にお伺いします。厚めの単行本5巻分もある物語を2時間の映画に凝縮するにあたり、ストーリーの取捨選択が必要になったと思うのですが、これはどのようにして決定されたのでしょうか?

渡辺 それは本当に悩みました。物理的に原作の物語を全て盛りこむことはできませんからね。では、どうすれば、この作品を最も際立たせることができるのか? どこに重点を置くかで全く印象の変わってしまう……奥の深い、懐の広い作品だけに、非常に難しい問題でした。また、先ほど五十嵐先生がおっしゃったよう、夏の映画として、なるべく多くの人に観てもらいたい、そのためにはエンタメ感も出していかねばならないという気持ちもありましたのでなおさらです。

ただ、尺に収めるために話をそぎ落として、物語を小さくまとめるようなことだけはしないというのは決めていました。2時間かけて「この物語はこういうことだったんですよ」というような安易な回答を見せるようにはしたくなかったんです。

悩み抜いたあげく、『海獣の子供』という物語では、どのキャラクターに注目すべきか、誰が最も興味深い存在なのかを考えていき、結論として、「これは琉花の物語なのだ」という結論に達しました。この子が、この夏に経験したことを中心に描けば映画として成立するのではないかと。

なるほど。劇場アニメ『海獣の子供』は、“琉花の物語”なんですね。

渡辺 はい、ただ、原作ファンとしてはやっぱり、アレも入れたい、コレも入れたいという気持ちが最後までありました(笑)。例えば、原作で象徴的な「海に纏わる証言」は、当初の脚本では全て入れていたんですよ。海と人間の奥深い関係性を描いているところですから、これは入れなければならないだろうと。

でも、脚本に落とし込んでいく最中で、自分の中で「ちょっと待て」とブレーキがかかりました。この証言を入れ込んでいくことで、観た人を『海獣の子供』という答えの出せない物語に引き込むことはできるのでしょうが、逆にキャラクターは引き立たなくなってしまいます。そこで、その脚本は捨てて、琉花で始まり、琉花で終わる形に作り直しています。

……といったことをやっていたら、これだけでなんと1年近くが経過していました(笑)。

そうして悩み抜いて作られた劇場アニメ版の脚本、五十嵐先生はどのように感じられましたか?

五十嵐 私が見たのは絵コンテになってから……というか、完成した「脚本」はなかったですよね? もちろん、途中経過の脚本は都度送っていただいていましたが。

渡辺 実はそうなんです。先にお話ししたよう、画に落とし込むまで正解が分からなかったものですから、脚本を完成型に持っていくということはせず、絵コンテで詰めていく形をとりました。

なるほど……。ではあらためて、絵コンテをご覧になった感想について聞かせてください。

五十嵐 (『海獣の子供』のエッセンスは)全部入ってるな、と思いました。監督のおっしゃられるよう「海に纏わる証言」など、いろいろなところがカットされているんですが、印象として、だいたいの要素は入っているんじゃないでしょうか。

重要なところは全部入っている、と。

五十嵐 いや……実は、私にとっては、「海に纏わる証言」こそが『海獣の子供』の本編で、そのつなぎに琉花たちの話があるというくらいの想いだったので、そういう意味では「全部入っている」と言うのは、言い過ぎかもしれませんが(笑)。ただ、『海獣の子供』を映画として、エンターテインメントとして形にするのであれば、“琉花の物語”にするというのはアリというか、むしろそれが良いんじゃないかと思っています。

1 2 >