佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 97

Column

アヴィーチーに伝えたいと思ったのは「古くても、新しくても、いいものはいい。それが真理だ」という中村八大の言葉

アヴィーチーに伝えたいと思ったのは「古くても、新しくても、いいものはいい。それが真理だ」という中村八大の言葉

永六輔の書いた詩の一節、「上を向いて歩こう、涙がこぼれないように」をもとにして、中村八大が曲をつけてアレンジした譜面が出来上がったのは、1961年7月21日の朝だった。
そこにキュートなヴォーカルと独特なグルーヴで生命を吹き込んだのが、当時19歳だった坂本九である。
この3人の出会いによってその年の秋、爆発的なヒット曲が生まれたのだ。

最初は日本だけのヒット曲だった「上を向いて歩こう」が、世界中の国々で「SUKIYAKI」というタイトルになり、坂本九が歌う日本語のままヒットしたのは1963年の夏だった。
ここから「SUKIYAKI」は世界のスタンダード・ソングへの道を歩んでいく。

それから10数年の歳月が過ぎて、RCサクセションの忌野清志郎が大胆なロック・ヴァージョンでカヴァーして評判になり、後継世代のミュージシャンや音楽ファンからも、広く支持されるようになった。

それと同じ頃、グラミーで最優秀新人賞に輝いたR&Bグループのテイスト・オブ・ハニーが、英語詞による「SUKIYAKI」をアメリカでヒットさせた。

ぼくは世界中で「SUKIYAKI」がカヴァーされてきた軌跡をたどってみて、地球規模のスタンダード・ソングに成長した楽曲が持つ普遍的なメロディや、言葉の壁を超えて希望を感じさせるメッセージに、歌や音楽の持つほんとうの力を教えてもらった気がする。

そして「上を向いて歩こう」という歌そのものにも、さまざまなカヴァーによって不思議な生命力が宿っていったのではないか、と思わずにはいられなかった。

それからおよそ半世紀の歳月を経て、世界中の音楽ファンが注目するなかで、昨年4月に亡くなったアヴィーチーの遺作となるアルバム『TIM』が6月6日に発売された。
そのなかに、「上を向いて歩こう」のメロディがサンプリングされた、「フリーク」という曲が入っていたことに驚いた。

アヴィーチーこと、ティム・バークリングは19歳で世界のトップDJとして認められて、EDMのムーブメントを牽引した才能の持ち主だった。
だが過酷なショービジネスの世界でスターの座を維持するかたわら、表現者として常に新作を生み出していく生活を続けたことで、たえまない緊張を余儀なくされて苦しむことになった。

そこで2016年にツアー活動からは引退することを表明したのだが、創作の仕事に打ち込んでいた昨年の春、訪問先のオマーンで自ら命を絶ったという。享年29。

その後、完成間近だった楽曲が数多く残されていたことから、遺族の強い希望もあって、ともに制作チームを組んでいたクリエイターたちの手で、アルバム『TIM』が仕上げられたのである。

ぼくはそのアルバムを聴いてみて、「上を向いて歩こう」というが持っている生命力について、ふたたび考えさせられることになった。

共同で「フリーク」を完成させたソングライター&プロデューサーのクリストファー・フォーゲルマークとアルビン・ネドラーが、この楽曲が生まれた背景について、分かる範囲のことをYouTube上で音源を聴かせながら述べている。

この曲は元々は暗く深い場所にいることを書いた曲で、また同時にその暗い場所から 出てくるような感じがある。もう一度立ち上がる、というか、彼がそうだったと思っているような感じがする。

きっと彼は本当にいい場所にいたんだろうね、本当に幸せだったんだろう。

最初は「Denial」と呼ばれていた段階から、この楽曲の音源制作に携わっていた二人の言葉をもう少し続けよう。

ひとつの楽曲に命が灯った瞬間のことが、わかりやすく語られている。

これはティムがストックホルムに戻った時のアイディアで、確かLAの家に行った時に最初にやった曲だったと思う。ティムは「いいね、これ好きだよ」といった感じで、「これやらない? でも、ここを変えて、このコードも変えないとね」って言っていた。

そしたら、彼が「sukiyaki」のメロディを演奏し始めたんだ。日本の歌で、とてもはっきりしたメロディがある。たぶん間奏で歌い手がそのメロディを、口笛で吹いているパートがあるんだ。最終的にそのパートを使おうということになり、サンプリングをした。これが、トラックの中にある原曲の「sukiyaki」をサンプルした音源さ。

ピッチとテンポをきっちり変えている。ティムはシンセの音でもメロディを被せている。
聴けばわかると思うよ。そのパートができた時、基本的に曲全体が仕上がったんだ。

バースがあって、コーラスも録音して、他は全部録音した。そこだけが足りない部分だった。それを見つけたときは、もう、”Wow!”という感じだった。

ぼくが「フリーク」歌詞で特に印象に残ったのは、繰り返されるこのフレーズだった。

昔はよく一緒に踊ったね
まわりのこととか気にかけることなく
いつからこんな心の傷を負ってしまったんだろう
教えてくれ
なぜ僕はこんなにおかしいんだ

気分が落ち込んでしまった自分を見つめて、過去を思い出しながらも今を生きていくための歌……。
悲しみの歌でありながら歓びの歌であり、絶望の中にいながらもどこかに希望を感じさせる歌……。

それを作っていた時に、あたかもパズルが嵌まるかのように、「SUKIYAKI」のメロディが浮かんできて、アヴィーチーがそれをトラックに加えた瞬間、楽曲が完成したのである。

「SUKIYAKI」のメロディには、人の胸のなかで眠っているものを掘り起こすような、音の力がそなわっていたのだ。

だからその歌の内容や意確に知らなくても、孤独感や哀しみの中から立ちあがって、なんとかして自分の力で歩きだそうとする意思が、自然に伝わってくる作品になった。

そしてオリジナルの誕生から50数年の時を経て、「フリーク」に貢献したことによって、「上を向いて歩こう」もまた、新たによみがえったといえるだろう。

ぼくは「フリーク」を繰り返し聴いているうちに、アヴィーチーが生まれた3年後に亡くなっていた中村八大が、晩年に語っていたこんな言葉を思い出していた。

いまさら、自分自身が感じてもいないことを音楽でやってもしようがないね。
若い人にコビてウケを狙う必要もない。
古くても、新しくても、いいものはいい。それが真理だ。
Aviciiの楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。現在は顧問。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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